そんな書き込みが突き刺さったので乙名史さんごめんなさい。
「ん、んんん?!」
都内某所の書店。
スポーツ系有料チャンネル「目テレG+」のオンラインコンテンツ部門でライターとして活動する彼は目を剥いた。
「なんでここに、アドマイヤグルーヴ選手の写真集が……?」
そう。堂々と平積みされるはフォトブック。国民的エンタテインメントであるトゥインクル・シリーズにおいて、まさに流星の如く煌めくウマ娘。
『アドマイヤグルーヴ写真集』
『スティルインラブ写真集』
『ティアラ路線の二傑が、書店でも激突!』
「いや知らんがな。どういう
頭を抱える彼。割と散々な経緯で出版されることになったスティルインラブの写真集が売れているのかどうか(スティルインラブさんとあの阿呆は確認しないだろうから代わりに)確認しにきただけだというのに、なんでこんなトンデモないことになっているのか。
「す、す……素晴らしいです!」
うわ出た。彼はどうにか出かけた言葉を喉で堰き止める。
「書店エントランス目の前、誰もが目にする箇所での平積み。全く同じ面積で冊数も同じ……
「え、ええまあ……ご無沙汰してます。乙名史記者」
いや全く思いませんがとは口に出さず、彼は適当な挨拶を繰り出しておく。
もちろん脳内の警戒ランクはMAX。なにせ
「それで、そのようなことを仰るということは、貴女の『仕掛け』なんです?」
「
「(やっぱりえげつないな、この記者は)」
狙いは明白。スティルインラブにアドマイヤグルーヴという対抗バをぶつけることで、負けてたまるかとファンたちの闘争心(=販売数)を煽ろうという作戦である。総選挙とか銘打って購買数を伸ばすアイドル稼業の必殺技だ。
もちろん生半可な人気ではファンの反感を買って終わりだが……彼の視線を知って、乙名史記者はニコリと微笑む。
「ここでは邪魔になりますし、あちらにいきましょうか」
指し示されたのは上層階のカフェ。最近ありがちな書店融合型の喫茶店で、ちょうど吹き抜け状になっている書店エントランスを見下ろすポジション。
そこで月替わりのフラペチーノを注文し、
「きた」
1枠1番。リクルートスーツ姿の男性。
こんな秋の終わりにまで就職活動、はたまた第二新卒狙いの転職活動か。となれば今日の目当ては自己啓発本。しかし確実に平積みの写真集に目線がいく。「まあちょっとだけなら……」そんな言い訳が脳裏を過ったのだろう。振り払わずに手を伸ばし……。
「取ったのはアドマイヤグルーヴ……!」
なんたることか、男性が手にしたのはアドマイヤグルーヴの写真集。乙名史記者は余裕の笑み。
「ティアラ路線で常に一番人気、当然の結果です」
「一番人気じゃなくて一着が大事なんですよ」
1枠2番。女学生のトリオ。
学生鞄にぱかプチをたくさんぶら下げていることからウマ娘ファンなのは確定。もちろん目当ては写真集。え? ラブちゃんもいるじゃん! なんて声。ラヴズオンリーユーとごっちゃにならないかとは余計なお世話。でもお小遣いないしなぁとは世知辛さ。
「取ったのはアドマイヤグルーヴ。これで2勝ですね」
「いえ、今日彼女たちはスティルインラブ写真集の存在を知った。あとで必ずお小遣いを前借りして買いに来るはず……」
2枠3番。トレセン学園の生徒。
うひょ箱推し待ったナシじゃないですかには待ったをかけたい今日この頃。神聖な勝負に両方勝ちなんてあってはならない裁決委員。しかし心の叫びも叶わず、彼女はウキウキスキップで両方の写真集を抱えて行ってしまう。
「同着ですね」
「いや、彼女は先にスティルインラブさんの本に手をかけましたよ」
2枠4番。立襟型制服の男子。
入店と同時にビクリと直立不動、目線は写真集に釘付け。おおかた大手の店舗に来るのは初めてで、まさかサブカル専門書店のように写真集が平積みされているとは思わなかったのだろう。
とはいえ挙動からして明らかに目当ては写真集。
「よしっ、スティルインラブを手に取……らない!?」
彼の表情に浮かぶのは躊躇い、窺うのは周囲。どうやら写真集単体でレジに向かうのは羞恥が勝るのか実用書の棚へと向かう。
「あっ、ちょっ……
もちろん届くわけもない叫びを無視して男子学生は戻ってくる。すっと持ち上げた写真集を、戻す。
「あっ戻すな、残せっ」
ギリギリ戻さない。よしっ、とガッツポーズをとるも乙名史記者は表情を崩さない。
「次が来ましたよ」
3枠5番。Tシャツ男性。
紛うことなきレースオタク。なにせシャツにはでかでかと「女帝君臨」四字熟語。レース界隈で〈女帝〉と言えばもちろんエアグルーヴ、つまり彼の目当てがアドマイヤグルーヴの写真集であることは確定的に明らかだ。
しかし舐めてはいけないオタクの資金力。アドマイヤグルーヴの写真集を手に取った彼はそのままホビー系雑誌の棚へ。
となれば残されたのは男子学生。小脇には隠すようにスティルインラブの写真集。
「ここで内からアドマイヤグルーヴ」
「!」
乙名史記者の言葉に内(店舗の奥)をみやれば5番のオタクが帰ってくる。
「世界の優駿」に「タラレバー」と「月刊トゥインクル」に「週刊ターフ」。可処分所得の全てをレースにぶつける勢いだ。
「ちなみに今月の月刊トゥインクルには特別付録『地方トレセンのウイニングライブ』がついています。あのカサマツ音頭も収録! お求めは書店かサンキュースポーツ通販サイトまで!」
「誰向けの宣伝ですか……って言ってる場合じゃない! 4番、4、よん! いけっ、はやく!」
2人のレース記者が月替わりフラペチーノを片手に声援を(周囲の迷惑にならないよう小声で)送る。
祈りが通じたのかスティルインラブの写真集と1000ワニを抱えた
「いけっ、残せ!」
「差せっ、差せ!」
そしてどうにかこうにか、男子学生がハナ差でレジの待機列へと先着した。
「ふう、なんとか1勝したか……」
それまでに何度も敗北している事実を脇において、彼はなんとか一息つくのであった。
今日のスティルはフードを被っている。
特徴的なヴェール型のメンコも隠すフードを。
「楽しみですね」
ウキウキわくわくと文字が浮かびそうな調子でスティルは手を差し出してくる。
もちろんエスコートはぼくの役目。彼女の薄い掌を受け取り、羽のように軽いそれを連れ出す。
……のだけれど。彼女がフードを被って顔を隠そうとしているものだから、なんだか
「どうかされましたか?」
「……いや? なんでもないよ」
なにせ、今日のお出かけは少々特殊なものだ。
そう。今日の目的地は……書店。
「おっ、店頭に置いてくれているのか……スティル?」
恥ずかしがると余計に目立つよとぼくに言われて、ガラス張りの自動扉に隠れていた(ガラス張りなので隠れられていない)スティルがそそくさとぼくの背中に張り付く。
いや、うーん。
「ん?」
ちらり、と上から視線。見上げれば見覚えしかない記者が2人。
しかも仲良く新作フラペチーノを手にしている。
おいおい、
「と、トレーナーさん」
もちろんぼくが気付く視線にスティルも気付かない筈はない。彼女がぼくの裾をきゅっと握る。
「大丈夫だよ。このくらいは想定内さ」
彼らが
背中に張り付いたスティルの右手。その手首をぼくの左手が掴む。その小さくて、細い骨としなやかな筋肉で彩られる指たちを包み込むように右手を添える。
そして逃がさないように、ひとつひとつの指を絡めていく。
「と、トレーナーさん、こんなところで」
「大丈夫。ぼくを信じて」
背中に身を寄せ、吐息も届きそうな距離のスティルがぼくに批難めいた視線を送るけれど、心配はいらない。
なにせ彼女は後ろをフード付きパーカー、前をぼくで隠している。
傍目にみて彼女がティアラ三冠ウマ娘とは、記者か背後で鼻血を出して倒れているウマ娘でもなければ気づくことはない。
そして、気づかれたところで……。
「す、素晴らしいです……!」
「…………」
よし。乙名史記者は両手をガッツポーズ、我らが番記者サマは死んだ魚の眼をしている。
適切な距離感を越えた距離を見せつければ、
「よし、じゃあいこうか…………スティル?」
「その。まだ、少し恥ずかしいので」
言いながらぼくの背中に寄せるスティル。絡めていない方の指たちがぼくの左腕に添えられる。
つまり、ぼくはスティルに後ろから抱きすくめられる格好に。
「……ぼくで視線を遮られるとは思えないけど」
「いいえ。とても大きいです、とても」
背中の生地が擦れる気配。ぼくは防弾板替わりということかい?
「……」
まあ、そういうことにしておこうか。
スティルの歩幅に合わせるよう意識しながら、ぼくらは腕の振り方まで合わせて前へと進む。
そこには平積みにされたスティルの写真集。
そのとなりに……彼女の
「ふむ」
見る限り、スティルの写真集の方が
しかし売ることが目的の小売店において、在庫が積み上がっていることは必ずしも「良いこと」とは限らないワケで……。
「……」
ぼくの背中に張り付くスティルの表情を、ぼくは想像するしかない。
「気にすることじゃないよ」
この結果は予想していたものだ。
そもそもぼくは
きみの走りに、1000人中999人はドン引きすると。
「逆に、
嗚呼、それでも。
きみは気にしてしまうのだろう。
気にせずにはいられないのだろう。
そうでなければ、今日おでかけしようなんて。
行き先にわざわざ書店を選ぶコトなんて。
きみが言い出す、はずがないのだから。
秋華賞を終えたスティル。
次走は、エリザベス女王杯。
スティルにとって、はじめてシニア級とやりあうことになるG1レース。
クラシック級という、同世代のレースにおける同期という枠組みを超えて、日本で活躍する全ての一線級ウマ娘が相手になるということ。
「そして、秋華賞設立以前の……ラスト・ティアラ」
もちろん。現行のレース編成においては秋華賞を獲った時点で彼女のトリプル・ティアラは確定しているのだが。
それでも、
その意味でも、ここは勝ちたい。スティルはあらゆる枠にはまらない、はめられないウマ娘であると示すためにも。
「……とはいえ、それは」
コーヒーの香り。
仄かに混じる、ミルクの気配。
「トレーナーさん」
「ありがとう……っと、もうこんな時間か」
時計を見れば、時刻はとうに18時を回っている。
整理整頓が崩れつつあるデスクの上に辛うじて乗っかったデジタル時計を持ち上げて、スティルに見せる。
「今日の予約は19時からだね」
「はい」
今日は夜の練習日。
スティルが何物にも囚われず、思うとおりに脚を伸ばせる日。
「19時から、なんだけど?」
「? はい」
うんうん。
はい、じゃないよね。
分かってやってるよねスティル。
「どうして、制服姿のままなのかな」
「分かって聞いていますよね?」
まあ、それはね?
ぼくは熟れた林檎のような彼女に手をのばす。
栗毛を覆うヴェール型のメンコ、その繊維越しに熱。
その熱が、ぼくらにあの日の煮え滾るそれを思い出させる。
「トレーナーさん」
私は、あと何回
「……それは、難しい質問だね」
本当に、難しい質問だ。
もちろん。きみが永遠に
でも。それでも。
『いつかは、全部終わる。残念だけれど』
「大丈夫だよ、スティル」
ぼくは力を込める。
彼女は目を細める。
「きみの傍にいるから」
コーヒーの香りが、鼻腔に届く。
ミルクとコーヒーは混ざりゆく。
「きみの
シャンプーと、コンディショナーの香り。
きみの流星が、ぼくの視界を通り過ぎる。
「かならず、
その焔で、
そうして、ぜんぶが灰になったあと。
きみだけは、どうか
スティルへの贈り物(展開アンケート)
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カップケーキ
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バームクーヘン
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ミルクキャラメル
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ハニードーナツ
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ビターチョコレート