ぼくの愛バはむっつりさん【完結】   作:帝都造営

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スティルインラブのヒミツ②
よく鏡の前で笑顔を練習している


エリザベス女王杯:すべての愛、集う場所へ
最上の贈呈品、包装紙は油紙。


 

 

 京都レース場。

 

 スティルと一緒に、3つ目のティアラを戴いた場所。

 そこにぼくらは、さしたる時間を置かずに戻ってきた。

 

「それじゃあ、いつも通りに」

「はい」

 

 勝負服輸送の専門会社、日本服飾輸送(JHT)の梱包を解いて中身を確認する。

 ありとあらゆる生命力を燃やし尽くす場所であるレースにおいて、興業団体(URA)の数少ない良心といえる勝負服。そこに組み込まれた安全装置の確認を終えれば、あとは装着(ドレスアップ)するのみ。

 

「スティル……スティル?」

 

 声をかけて、息遣いすら返ってこないことへの疑問が募る。

 化粧台に向かい合う彼女は、スツールに座ったままに「虚空」を見つめていた。

 

 いや、彼女は確かに鏡へと視線を注いでいるのだ。

 しかしその鏡に映るのは、()()()()()()

 

「やっぱり、気になるんだね」

「!」

 

 虚空に生命(いのち)が宿る。

 瞳孔が開かれて、肩幅が縮んで跳ねる。

 

「トレーナーさん……?」

「ごめんごめん。驚かせるつもりはなかったのだけれど」

 

 安心させるように背中と右腕をさすってあげながら、ぼくは不安そうに見上げてくるスティルと目を合わせる。

 

「大丈夫。きみは、心から笑える」

「……あなたは、そう言うに決まっています」

「ぼくを信じてはくれない?」

「ええ。もちろん」

 

 うんうん。それはまったくもって()()()

 なにせ、きみが鏡に写していた虚空はきみの考える「あるべき姿」だ。

 

「メディア対策かい?」

 

 ぼくの問いかけに、鏡に映るきみは顔をそらす。

 

 聖蹄祭のときもそうだった。

 今のスティルは、誰かの眼にさらされることを躊躇わない。

 ……けれどそれは、取り繕わないで済む(ありのままでいられる)ことを意味してはいない。

 

「そんなものは、ぼくらの番記者に任せておけばいい。きみはもう彼らにとって、切れない存在(金のなる木)なのだから」

「私が編集(いいように)されてもいいのですか?」

「……」

 

 良くはない。

 けれどそれは、支払うべきコストだ。

 

「大丈夫。世界はもう、きみを認めるしかない」

 

 そのコストを払うのは、この世界だ。

 

「きみは、誰かに認められるきみになる必要はないんだ」

 

 誰も否定できない、受け入れるしかない存在になればいい。

 そのためのトリプル・ティアラ、そのための格式(グレード)

 

「……トレーナーさんは、いつもそう」

「言っただろう。きみを世界に認めさせるって」

「綺麗に笑うのは、ダメですか?」

「きみはきれいだよ」

「そういう、ことではなくて」

 

 論を待たずして、きみは美しいのに。

 仕方がないのでぼくは、そっと手を伸ばす。手のひらを冷めきった頬に添える。

 

「ほら、ぼくをみて」

 

 鏡に映る虚像が怖いなら、きみという実像をみているぼくをみるしかない。

 

「トレーナーさん」

 

 スティルの瞳孔の輪郭が揺らぐ。

 真円から溶けて、崩れるようなそれ。

 

「いまはだめ」

「ん……わ、わかっています」

 

 ぼくの人差し指で通せんぼをされて、スティルの尻尾が緩く右足を叩く。

 

「今日の競走相手(おしながき)を思い出して」

 

 変則的ではあるけれど、このままレース前の打ち合わせを済ませてしまおう。

 バ場状態、現時点での他陣営に関する情報。過去のレースにおける勝ち筋と弱点も復習していく。

 

 そうしてくべられた薪が、きみの種火を燃え上がらせる。

 

 

 

 


 

 

 

 

「ずいぶん時間がかかったな、ん?」

 

 勝負服の着用を終え、メイクアップを担当するスタイリストと入れ替わりに控え室を出たぼくに、彼はニヤニヤしながら言った。

 

「まあね、先行して作戦会議まで済ませてしまったんだよ」

 

 もちろん、言葉通りの意味。

 

「作戦会議を後回しではなく、先に片付けたと?」

 

 そして、観察対象の変則的なスケジュールに何かしらの意味を見出だすのが彼らメディアである。

 ……もっとも、意味を見出だしたとて。その意味を活かせるとは限らないのだが。

 

「まあいい。『スティルインラブ選手のトレーナーさん。出走前にお伺いしますが……』」

 

 そして定型文の質問を並べる彼。答えるぼくも定型文。

 もちろんその間に、せこせこと足を動かして廊下を進むことは忘れない。

 

「……それで? 実際のところはどうなんだよ」

「どう、とは?」

 

 親友は控え室から十分に距離を、スティルがどうやっても聞こえないくらいに距離を置いてから本題に入った。

 

「有マ記念、出るのか?」

エリザベス女王杯(今日のレース)をスティルが勝ったなら、もちろん出る」

「つまり現状は出る気なんだな?」

「ファン投票が足りないことはないだろうし、出ない理由がない」

 

 その言葉に、親友の目つきは番記者のそれへ。

 

「狙いは公開抽選会か?」

「ノーコメント」

 

 有マ記念は、枠番抽選会が公開で行われる。

 そしてそこが、スティルインラブが世界に宣戦布告する(コストを払わせる)場所になる。

 

「焦って……は、いないよな」

 

 ぼくに対する問いかけというより、自分を納得させるように彼が言う。

 そりゃそうだ。このローテはぼくが挑発した結果ではあるが、元を辿ればスティルが望んだもの。

 

「……仮にそうだとして、成長途上(クラシック期)のウマ娘には過酷なローテだ」

「けれど、彼女が無理をするよりよほど良い」

 

 

 取り繕った笑顔なんて。

 正しい振る舞いなんて。

 

 きみの持つ〈ホンモノ〉に比べたら、なんと陳腐か。

 

 

「スティルはきっと、URA賞を狙っている」

「……最優秀ティアラウマ娘は確実だろ?」

 

 その言い方をする時点で、彼だって気づいている。

 

 狙うは()()()()の年度代表ウマ娘。

 全ての世代、あらゆる部門の頂点に立つ文字通りの最優秀。

 

「URA賞は『ウマ娘文化の振興に顕著な活躍をした個人と団体』に与えられるとされている」

 

 だからこそスティルは考えたのだろう。

 走るだけではダメなのだと。喰らうだけでは、単なる消費者でいてはならないのだと。

 

 

 故の配信活動、故の聖蹄祭参加、故の笑顔。

 

 競走ウマ娘は走るだけではいけない。

 競走ウマ娘は夢を届けなくてはいけない。

 競走ウマ娘は文化の最先端に立たねばならない。

 

 

「無意味だよ。そんなものは」

 

 ウマ娘は走るために生まれてきたのだ。

 生存競争という長大なレースを走り続けてきたのだ。

 

 そう、かつて。

 海外のウマ娘たちが、日本のウマ娘をあっさり貪り尽くした(たいらげた)ように。

 

「スティルは、走るだけでいいんだ」

 

 走るだけで、全てを喰らう。

 走ったあとには、平らげられた大皿(ターフ)が残る。

 

「だからぼくは、スティルに食べきれないほどの料理を振る舞うつもりなんだ」

「……消化不良には気を付けろよ」

 

 ぼくは首を傾げた。

 この親友は常識的な拝金主義者なので、てっきり小言のひとつやふたつ投げて寄越すと思っていたのだけれど。

 

 

「食欲旺盛な虫は、胃袋も食い破る」

「……」

 

 言い残したいことは言ったとばかりに歩みを早める彼。

 食欲旺盛な虫、つまり獲物(ごちそう)に身を潜めて獅子身中の虫となろうとする存在がいるということだろうか。

 

 ……。

 

 …………思い出すのは、スティルのあの瞳。

 

 虚空ではなく、ぼくを見つめた瞳。

 腫れぼったい、(なみだ)を湛えている瞳。

 

「ぼくらの焔は、誰にも消せやしない」

 

 言い聞かせるように、踵を返す。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 ゲートに収まるのは、競走ウマ娘としての当たり前。

 けれど、ああ。どうして誰も疑問に思いはしないのでしょうか。

 

 なぜゲートなのか。

 なぜ、出走ウマ娘を完全に隔離し、なんなら拘束しうるほどに頑丈なゲートなのか。

 

 ええ、ええ。やはり先人たちは偉大であったのです。

 ウマ娘(わたしたち)の理性を信じれば何が起きるのか、彼らはよくよく理解していたのです。

 

 

『1番人気スティルインラブがゲートに収まります』

 

 

 そして今日の私は、1番人気。

 トレーナーさんは約束通り、私を世界に、認めさせた。

 

 

『メディア対策かい?』

 

 

 けれど、ああ。きっとトレーナーさんはご不満なのですよね?

 私の作り笑いで獲った1番人気を、メディアに好まれ、聞いたとこもない美辞麗句で装飾されたワタシを。

 

 そっと胸に手を当てます。貴方の熱を帯びた勝負服がちろちろと燃えています。

 その炎は怒りでしょうか、やるせなさでしょうか。

 それとも、虚無でしょうか。

 

 貴方は、本当にひどいひと。

 

 私の中のワタシを見透かして、掘り起こして抱き締めてくれたひと。

 その炎に、全てを託してくれた……この炎に、最初に焼かれるひと。

 

 だからなおさら、私は()()()()()()()でいたいと思うのに。

 

 ゲート(鉄格子)の向こう、スタンドの貴方と目が逢う。

 

 トレーナーさん、本当に良いのですか?

 一度でも火が着いたなら、もう誰にも消せません。あなたを、ターフを、世界を全部を焼き尽くすまで、とまらない。

 

『きみはぼくを利用するだけでいいんだ』

 

 うそつき。

 

『きみを逃がさない』

 

 うそつき。

 

『いつかは、全部終わる』

 

 うそつき。

 

『愛してる』

 

 ずるい。

 

 ずるい、ずるい、ずるい。

 

 あなた、本当に、罪な人。

 

 

 ゲートが開く。

 砂糖細工の夢の国(トゥインクル・シリーズ)を守っていた防火シャッターが、開け放たれる。

 

 そうしてワタシの焔は、いのいちばんに飛び込まんとターフの上を走りだす。

 あなたに火をつけて、喰らい尽くすためだけに。

 

 

 

 


 

 

 

 

 あの伝説的なウィナーズサークルでの出来事から、いくらか経って。

 有マ記念の公開抽選会がやってきた。

 

「なに、緊張することはないよ」

 

 沈んだ朱(ワインレッド)のフォーマル・ドレス。薄い生地に申し訳程度のフリル。

 それはフレアスカートを採用した勝負服と異なり、スティルの肢体をより一層強調する。ぼくは肩から体側へと掌を滑らせて、きみを正しくラッピング出来たか確認していく。

 

「きみはいつも通りで良い。きみの思う『いつも通りで』」

 

 観客が競走ウマ娘スティルインラブに求めることは明白だ。

 

 無垢で、穢れを知らなくて、ひたむきに走る。

 美しい芸術品。自然の産み出した彫刻としてのウマ娘。

 

「わたしが」

「うん」

「私が変わっていくとは、お思いにならないのですか?」

「変わらないさ」

 

 きみの本質は変わらない。

 だからこそ、ぼくは真剣にきみを覆い隠す(ラッピングする)

 

「そういう意味では、うん。エリザベス女王杯のアレは良かったね」

 

 正気ですかという顔をするスティル。

 おいおい、ぼくが嘘を言ったことがあったかい?

 

虚像(ブラフ)は多ければ多いほど良い。見えない実像を追い求めるほど、きみの本性は隠される」

「……」

 

 不満そうだね。不満だろうね。

 けれど、ギリギリまで世間は自分の視たいものを視ようとするものなんだよ。スティル。

 

「かつて、きみは『トレセン学園は婚活会場』と言ったね」

 

 ヒトとウマ、ウマとウマ、ウマとヒト、ヒトとヒト。ぼくらの社会は、どうしたってそういう『人間』の集まりで出来ている。

 そうした人間関係の最上位に、どうしてか『結婚』という概念が置かれている。

 

 だからトレーナーとウマ娘が最上の関係を育むトレセン学園は婚活会場。ぼくが辟易とするトゥインクル・シリーズは結婚披露宴の本会場。

 

「そんなことを言う無粋な連中に、教えようじゃないか」

 

 温室栽培の作物が外で通用するものか。

 無風の学園で育てられた絆に価値があるものか。

 

 ()()()()()()()()レースに、本当の価値などあるものか。

 

「ええ、教えましょう」

 

 ホンモノを。

 本当の意味で創られた、人工的自然界の芸術を。

 

 彼女が、ぼくのネクタイに手を這わせる。

 ぼくが、きみのヴェールに手を掛ける。

 

 

 ミルクとコーヒーは2対1、それがぼくらの黄金比。

 

 

 そうして、食後のコーヒーを済ませたのなら。

 今度は、ふたりで食事の準備をしよう。

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