きみと味わう珈琲。砂糖はなし。
かつて、レースは神事であった。
いまや、レースは興業となった。
「トレーナーさん」
ひとつ、聞きたいことがあるのですとスティル。
「あなたは、どうしてトレーナーになったのですか?」
「きみに夢を見たから」
即答するぼくに、彼女は目を細める。
抗議めいた尻尾が、ぼくの大腿を撫でる。
「そうではなくて」
「ああ、トレーナーという職業を選んだ理由だね?」
「……わかっているなら、真面目に答えてください」
ごめんごめん。からかってしまったことを詫びつつ、ぼくは答える。
「レースが、好きなんだ」
剥き出しのレースが。
砂糖菓子を飾り付けない、純粋な生存競走が。
ターフの上では、ラチの内側では。
まだそんな、原初の世界が広がっていると思ってたから。
「そして、きみがいた」
だから、ぼくらは火をはなった。
きみという、最高の焔を。
トレーナー室。
部屋の隅に置かれた応接セット。
ソファと机という、どこにでもある組み合わせ。
「ふう」
次のレースについての分析は終わった。
あとは担当ウマ娘にこれを共有して、ぼくの考えた対策を伝える。
トレーナーとは、職業だ。
競走ウマ娘を走らせ、支え、栄光へと導く職業。
きっとそれは、世間に供される様々な雇用と同じく、不可欠で――――
それでも、今日はまだ社会に求められている。
求められているから、トレーナーとウマ娘は存在し続ける。
「少し休憩にしようか」
誰に言うでもなく口にして、ぼくはそっと立ち上がる。
瓶に詰められたコーヒー豆。チェーンのコーヒーショップで買ったそれ。
ハンドサイズの挽き機で細やかな粒子へと姿を変え、フィルタに収める。
電子ケトルで沸かしたお湯を取り出して、黒い液体を抽出して。
そうして出来上がる、黒い液体。
はるか昔のぼくが憧れた、きみの思い出の香り。
そこにミルクを注ぐ。
拒むように逃げる黒に、逃がさないとばかりに白が絡みつく。
ぼくは応接セットへと戻る。
ソファに腰掛け、お茶請けのクッキーを隣において。
立ち上る香り。柔らかな熱を帯びた感触を思い出しつつ、ぼくはカップに手をかけて。
それから、離した。
ぼくは今日も、思い出す。
ぼくの、ぼくだけのウマ娘。
スティルインラブ。
主な勝ち鞍は桜花賞、オークス、秋華賞…………
――――史上2人目の、トリプルティアラウマ娘。
「トレーナーさん」
ぼくの愛バ。
世間は知ろうともしないけれど、ぼくだけは知っている。
「スティル、おいで」
重なる影。
理性の溶けた流星。
ヴェールの向こうに覗く、剥き出しの欲望。
ぼくはきみに全部をあげよう。
満足できないきみを、いつか満足させてあげられるように。
「愛してるよ」
「……もっと」
それでも、きみはきっと。
満足した素振りもみせやしない。
「あいしてる、スティル」
「……♪」
だってきみは――――ぼくの愛バは、むっつりさん。