『んで、どうなったんだ?』
「断られたよ」
『当たり前だ、バカ』
今回ばかりは反論の種がない。ぼくは携帯をベッドに投げ捨てる。
「つい気が急いてしまったんだよ」
ぼくとしたことが、あの娘と契約したいばかりについ口走ってしまった。それほどに彼女は魅力的だった。
『だからって、世の中には
「ぼくが嫌いなの、知っているだろう?」
『そうだな。だが相手はその常識を重んじている。自分の大事なものを軽んじられたら不機嫌にもなる』
「……あの子の大事なものを軽んじたつもりは」
『なら、今ごろは契約できてたハズだ。俺はお前の人生の教師じゃねぇ。切るぞ』
「おいおい、待ってくれ待ってくれ」
これではなんのために連絡したのか分からなくなってしまう。頼みたいことがあるんだよとぼくは言う。
「トレセンからそれなりに近くて、かつ交通の便が悪いところにあるスイーツ店を教えて欲しいんだ」
『お前が甘党に目覚めただと? 明日は大穴ウマ娘が来るのか?』
「ぼくじゃなくて、彼女さ。スティルインラブ」
あの日以来、ぼくとスティルインラブは言葉を交わしていない。というか、それとなく避けられているので近づかないようにしている。
『さすがに良識はあるのか』
「ストーカーにはなりたくないんでね。体裁にかかわる」
『待ち伏せはストーカーにならないと?』
「偶然会うだけさ。そうだろう?」
それに、ぼくは彼女に「それとなく避けられて」はいるものの……彼女が本気でぼくのことを拒絶しているとは考えていない。
スティルインラブ。それなりの名家出身の令嬢、つまりトレセン学園ならどこにでもいるウマ娘。授業態度に関する噂はなし、補習を受けている情報もなし。つまりどこにでもいるウマ娘。
そんな彼女の特色は、選抜レースはおろか模擬レースや種目別競技大会への出走記録も残っていないということ。タイムが残っていないならまだしも、出走した記録すら残っていないのはハッキリ言って異常だ。
「学内でレース行為をした記録がない……にもかかわらず、あんな走りをする。いやできる」
それが示唆する事実は簡潔だ。
彼女は「どこかで走っている」。
『で? なんでそれがスイーツに繋がるんだよ』
「おいおい、この間のことを忘れたのかい?」
『この間ってのは、パンケーキの時か?』
「そうさ、あの時。店のとなりには
あの時は走り屋ウマ娘が野良レースのしやすい場所を拠点に活動していて、たまたまスティルインラブがそこに踏み込んでしまったと思っていたが、事実は逆。
レースを申し込まれると分かっていて、スティルインラブはあの場所でパンケーキを6つも頼んだのだ。
『……ん? それだと、パンケーキを頼む理由がなくないか? 普通に走り屋に勝負を挑めばいい』
「そこだよ。ぼくは彼女が単純に甘党だと見ている」
『面白味のない推理だな』
「推理に面白さがいるか? これはエンタメじゃない」
ぼくは真剣に彼女が欲しいのだ。
そうして友人に教えられた、トレセンからそれなりに近くて、かつ交通の便が悪い……つまり他のトレセン生徒が滅多に現れない喫茶店にて、ぼくは張り込みを開始した。
ちなみにこの店のおすすめはフルーツ巨大パクパク。スイーツ界隈では
もちろんぼくは食べられないので、コーヒーを頼んで静かに論文を読みながら待つことにする。
「もし。相席よろしくて?」
「構いませんが、座席は他にも空いて……、!」
薄いサングラスをかけた婦人。魅惑の青鹿毛。
「メジロラモーヌ」
「私のことを知ってるのね。なら話は早いわ」
「話が早い? それはどういう……」
ぼくが聞くより早く、喫茶店に新たな来客を報せるベルの音。
「いらっしゃいませ。おひとりですか?」
「は、はい……ひと」
「いいえ。その子は私の連れでしてよ」
「!」
メジロラモーヌが会話に割り込む。店員は来客を、スティルインラブを見た。
「お客様、そうなのですか?」
「え、えっと……はい」
「かしこまりました。お水をお持ちしますね」
そうして一瞬にしてスティルインラブがぼくのテーブルへと連れてこられる。
「……ぁ」
「やあ。偶然だね」
「…………」
押し黙るスティルインラブ。そうだろう。今の流れで偶然ってことはあり得ない。
いや、弱ったな。いきなり来るとは思っていなかったし、そもそも最初は観察に徹して、野良レースで彼女が走り屋を蹂躙してから偶然出会う予定だったのだけれども。
「あなた。
「……なんの、ことでしょうか」
そんなぼくの事情を斟酌するつもりもないらしいメジロラモーヌが口を開く。
そしてスティルインラブがぼくを見る……恨めしそうな眼、ぼくはチクってないぞ。
「この方からではないわ。レースの噂話を、私が聞き逃すことはなくてよ」
メジロラモーヌが一応のフォロー。どうやらスティルインラブが走り屋と野良レースを繰り広げていることは噂になっているらしい。ぼくの推理は正しかったという訳だ。
「でも、つまらないわね」
「!」
つまらない、メジロラモーヌのその言葉にスティルインラブが身を強張らせる。
「毎回、勝っているのでしょう? 鷹狩りの優雅さを否定するつもりはないけれど、レースの格下狩りが面白いとは思えないわ」
それとも、怖いのかしらとラモーヌ。
「自分よりも格上の存在と戦うのが。己が狩る側ではなく
「それは違うね」
つい、とラモーヌに睨まれる。
「あなたには聞いてなくてよ」
「しかし生徒の間違いを正すのもトレーナーの仕事でね」
それを聞いた
「ラモーヌ、君は彼女の走りを見ていないからそんなことが言えるんだ。それに」
「それに?」
「獅子は兎を狩るのにも全力を投じるものだよ」
「ちょっ、ちょっと待ってください……!」
顔を真っ赤にしたスティルインラブに横から袖を引っ張られる。彼女は小声でぼくに抗議する。
「勝手になに言ってるんですかトレーナーさん……!」
「なんだい。手加減してあの凄みだったのかい?」
「いえそれは、ってちがくて! 私、お伝えしましたよね? あれは正しくない、あんな走りは間違っているのです!」
周囲の迷惑にならないよう小声で、しかし必死に訴えてくるスティルインラブ。
「でも、いいのかい? このままじゃ、君の走りは格下狩り呼ばわりされたままだ。それとも、優雅なレースをしたかったのかい、君は」
「そ、それは……」
それが事実ならそれでも構わないが、それは違うだろう。もしそうなら、彼女は学内のレースでお上品に走っているはずである。
「いいんだよ。スティルインラブ」
そう。だからこそ彼女は、苦しいのだ。
粗暴で、獰猛な、自然界から溢れ落ちたままの本能による走りを「悪夢のよう」と定義してしまったがゆえに。
「君の思うままに走ればいいんだ」
「で、ですが」
「ならこうしよう。メジロラモーヌ」
「なにかしら」
ぼくはメジロラモーヌに向かって言った。
スティルインラブの自由な走りを手に入れるために。
「彼女が君に勝ったなら、君は今日のことを一切合切忘れる。約束してくれ」
「あら、走ることも躊躇っている少女に、私が負けるとでも?」
おいおい、煽ってくれるじゃないか。
そんなことをされてもスティルインラブの闘志は漲らないぞ?
「負けるさ。いくら君が、レース史における唯一のトリプルティアラウマ娘だとしてもね」