ぼくの愛バはむっつりさん【完結】   作:帝都造営

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[Devilish Whispers]スティルインラブ
斯くあるべしと、嘆きは抑圧。


 

 ぼくはスティルの無垢な想いを知った。

 

「……やめ。インターバルは5分」

 

 顔を赤らめ、荒れた息を整えようと肩を上下させるスティルインラブ。ぼくは適切な呼吸法を指南しつつ、彼女に水分補給用のボトルを手渡す。

 

「ありがとう、ございます」

「しっかり息をするんだよ。今日はまだまだ追い込むからね」

 

 お嫁さんになりたい。そんな純真無垢な夢を語ってくれた彼女に、ぼくが出来ることは……正直、多くはない。

 だからこそ、ぼくがするべきことは決まっていた。

 

「厳しいかい?」

 

 ぼくの問いに首を振るスティルインラブ。その表情は「大丈夫」には程遠かったけれど、ヴェールがずり落ちそうなほどに力強く頭を振ってくれる。

 それは、彼女がこのトレーニングの意図を理解してくれているなによりの証拠だった。

 

「夏までに、この2倍をこなせるところまで持っていく」

「……はい」

 

 ぼくは、スティルインラブのトレーニングを管理型に切り替えた。それは数値目標を明確にし、達成を目指させるやり方。

 ぼくが嫌いな、ウマ娘を束縛する(に教え込む)練習法。

 

 しかし彼女が清廉に美しく走ることにあくまで重きを置くのなら……それは、必要なこと。

 

「(いまのぼくは、つまらない奴だ)」

 

 王道の面白味のない走りを教える。スティルインラブと契約する前のぼくなら鼻で笑って軽蔑したであろう行い。

 

 しかしぼくは契約相手であるスティルインラブに果たすべき責任がある。

 ぼくはウマ娘の走りを見るためならなんだってするつもりだけれど。そのウマ娘を()()してまで享楽にふけるほど、落ちぶれてはいない。いけない。

 

「トレーナーさん」

「うん」

「これで、私はどこまでいけますか?」

 

 抽象的で、難しい質問だね。それは。

 

「メイクデビューは確実に。オープンは怪しい」

「……」

 

 スティルインラブ。きみの瞳に今のぼくはどう映るのだろうか。ぼくはもう、自分を自由に走らせてくれる共犯者(トレーナー)ではなくなっているのだろうか。

 とはいえぼくの方が大人だ。ぼくはきみに自由に走って欲しいと思っていたけれど。

 

『お嫁さんになりたかったんです』

 

 きみにとってそれより大事なことがあるなら……それを強制することは、ぼくには出来ない。

 

「だから、数値目標を達成できなければそれだけデビューを遅らせる。きみの言う『正しい走り』で重賞クラスは取れるところまで持っていく」

 

 スティルインラブ。社会の常識に囚われた走りを良しとする、素晴らしき本能を宿したウマ娘。

 もしもその走りが「異端」だと、そう世間が断ずるなら……それが否であると突きつけるしかない。

 

 彼女の「本当の走り」を世間に「認めさせる」ためには、その「お披露目」は最低でもG1レースでなければならない。

 

「『正しい走り』には正しい身体が必要だ。一芸に特化した筋肉ではなく、あらゆる状況に対応できるオールラウンダーな身体を作る」

 

 特定分野の最強よりも器用貧乏。ぼくの提案したトレーニングは、ともすればスティルの長所を潰すことにもなる。

 ……まあ、彼女の長所は身体にはないのだから、そんなことは万にひとつもあり得ないのだけれど。

 

「目標は、来年の春。クラシックレース」

「!」

 

 ヴェール型のメンコが揺れるくらいに耳を動かすスティルインラブ。信じられないという表情。

 

「なんだい、そんなに不思議かい? ジュニア級の競走ウマ娘の目標としては()()()()()()だと思うけれど」

「いえ、まだデビューもしていないのに」

「きみが全てを明け透けに見せる覚悟が出来たなら、朝日に阪神、ホープフルだって余裕だよ」

「……私は、姉とは違います」

 

 やはり、意識はしているのかとぼくは思う。ぼくが挙げたジュニア級のG1。スティルインラブが反応したのは、最後のホープフルステークス。彼女の姉が、制覇したレース。

 

 きっと彼女が、家族のあれこれに縛られているのは事実なのだろう。

 そして彼女は、そんな()()()()を疎ましく、苦しく思いながらも。その全てから解き放たれたいとまでは考えていない。なぜなら家族とは、自分を社会に繋ぎ止める『絆』でもあるから。

 

「そうだね、違うとも。それの何が問題なんだい?」

 

 だから、ぼくはぼくの考えを伝えることしか出来ない。

 

 ……いっそのこと、家庭環境に問題でもあれば。きみを()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな大人として正しくないことを考えてしまうくらい、ぼくはもどかしさを感じている。

 

 

 

 


 

 

 

 

 ターフの上には(むくろ)が転がっています。

 べろりと剥がれた靴底、無造作に投げ捨てられたゼッケン。そして静かに横たわる、勝負服に包まれた誰かの肢体。

 

 私はそれを眺めています。目の前に広がる光景をしっかと見開いた眼で見つめ、天上から降り注ぐ賛辞を浴びながら。

 

楽しかった(やってしまった)……!」

 

 状況を理解してしまった私の喉から漏れるのは背反の言の葉。この惨劇を前にして暴れる喉。

 

でも(もう)まだ満たされない(いいかげんにして)!」

 

 これは悪夢、いえ単なる悪夢で済めばどれほど良かったことでしょうか。これは正夢、私の過去の過ちであり未来の抽象画。

 

もっと多くの夢が集まる場所へ(クラシックレースになんて出たくない)

私を満たしてくれる獲物に出逢いたい(こんな姿をさらしたくない)

 

 抑えようとすればするほど溢れる言の葉。私の意思に反して「違うでしょう?」

 

「ワタシは私、私はワタシ。望むものはひとつだけ」

 

 つむじ風がターフに巻き起こり、切れた芝と散った夢が舞い上がります。それがヒト型を象れば、耳を打つのはあのヒトの声。

 

 

『きみが決めるんだよ。スティル』

 

 

大丈夫(やめて)あの方も受け入れてくれる(あのヒトを言い訳にしないで!)

 

 私は悪夢の拘束を振り払おうとして、これまで一度も振り払えたことのないソレを振り払って、あの人の影を蹴散らします。文字通りに。

 スティル、スティルと紛い物の呼び声を響かせながら、空の向こうに消えていくあの人……違います、悪夢が呼び起こした。偽りのあの人。

 

「あなた、最低です(さすがね)

 

 思いどおりに動く口に、少し安堵。それから困惑。

 身体は取り戻せた。そしてここは悪夢の中……どうやって抜け出せばよいのだろう。

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 夢の中なら、走っても?

 

「いいえ、まさか」

 

 私はそれを否定します。闇の中で嗤う誰か(ワタシ)の影法師が揺らめくからではありません。私の、確固たる自意識の発露として、ソレを否定します。

 ……ええ、そうです。否定してしまえばよいのです。ですからこうして、ターフを去れば……。

 

 

「スティルインラブさん!」

 

 ターフと社会(現実)を隔てる外ラチを乗り越えようと手を掛けたとき、外ラチの向こうから押し寄せてくる人だかり。

 それは記者、カメラマン、インタビュアーにテレビクルー、実況解説コメンテーター。

 

「素晴らしい走りでした!」

「次走はどのレースを?」

「次の標的はどなたですか?」

 

「……わ、わたくしは。もう、もう走りません」

 

 思わず後ずさり、逃げ出そうと外ラチに背を向ける私。振り返ったターフには、いくつもの影法師。

 

「走らないの?」

「わたしたちの夢を踏みにじったのに?」

「わたしたちの未来を刈り取ったのに?」

「あなただけ『狩り』を楽しんだのに?」

 

 それらは首のない肢体。先ほど横たわっていた勝負服の肢体だけではありません。

 民間レース場で駆った(狩った)走り屋の勝負服(トップク)、真新しい地方トレセンの校章を胸に着けた体操服。

 

「わたしたち(じゃ)取るに足りない(みたされない)って言うの?」

まさか(そうよ)

 

 頭の中で響く闇の声、違うと振り払おうにも前には過去、後ろには未来。

 

「圧倒的な強さでした。次のレースが早くも楽しみです!」

「あの日、勝たなきゃいけなかったのに」

「勝利の秘訣は、レースにかける想いの強さの理由は?」

「あなたのせいで走るのが楽しくなくなった」

 

 そのふたつに挟まれて、私は、わたくし、は。

 

 

『ぼくはレース界隈が好きじゃない』

 

 

 ……あの人の声を、思い出していました。

 

 

 

 

 

 




(2025/8/22)アドマイヤグルーヴ発表に伴い内容を一部変更・削除
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