霊感があるらしい黒瀬さんが俺のことを見てくる   作:青ヤギ

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霊感があるらしい黒瀬さんが俺のことを見てくる

 

 黒瀬さん、やっぱり俺のこと見てるよな?

 休日明けの月曜日の朝。

 一週間の始まりに気怠さを覚えながら俺が教室に入った途端、窓際の一番後ろの席に座る黒瀬さんは文庫本から目を離した。

 自分の席に移動する俺を、ジ~ッと目で追いかけてきて……それから、ずっと見ている。

 その珍しい、ルビーのような赤い瞳で。

 

 黒瀬蜜希(くろせみつき)

 彼女は学園のちょっとした有名人だ。

 まず特徴的なのが、性別問わず目を引く美貌。

 腰元まで伸びた艶やかな黒髪。沁みひとつない色白の肌。細身でありながら出るところは出た理想的なスタイル。そして猫のように大きな赤い瞳。

 物静かでミステリアス雰囲気も相まって、否応なく注目を集める少女だった。

 入学当初はそりゃもう学園中の男子たちが色めき立った。

 同級生だけでなく上級生のイケメンたちが、ひっきりなしに彼女に告白をした。

 

 ……しかし、数ヶ月経った現在、黒瀬さんに告白しようとする勇気ある者はいない。

 すでに恋人ができたからか? そうではない。黒瀬さんはいまだにフリーらしい。

 だがそのチャンスに乗っかろうとする男子はこの先、現れることはないだろう。

 なぜか? それは黒瀬さんが……学園中の皆から恐れられているからだ。

 

 どうやら黒瀬さんは、見えるらしい。

 いわゆる、幽霊というものが。

 霊感少女。そんな彼女の周りでは、恐ろしい怪異現象が頻繁に起こる……そう、恐れられているのだ。

 

 もちろん、ただの噂だ。

 心霊の類いをまったく信じていない俺からすれば、正直タチの悪いゴシップだと思う。

 ……しかし、黒瀬さんに告白した男子は、例外なく怪異現象に見舞われたらしい。

 

 落としてもいないのにスマホの画面が急にヒビ割れた。

 誰かに足首を掴まれた感触がした。

 耳元で「キエロ……」と囁く声が聞こえた。

 

 嘘か本当かわからないが、黒瀬さんに告白した男子たちは漏れなく顔面を蒼白にして、しばらく家に引きこもった。

 黒瀬さんが告白を断る際、最後に告げた言葉が、彼らにすっかりトラウマを植え付けたそうだ。

 

『……私の体が目的で近づこうとしているのなら、やめたほうがいいです──命が、危ないですよ?』

 

 噂はたちまち広まり、男子どころか女子すらも黒瀬さんを腫れ物のように遠ざけ、誰も声をかけなくなった。

 俺はべつに幽霊なんて信じてないし、黒瀬さんを特別怖いと思っているわけではないが……かといって特に接点もなかったので、会話したことは一度もない。

 

 そう。だからこそ、妙である。

 同じクラスとはいえ、ほとんど関わりのなかった俺のことを、どうして急にあんな風に見てくるんだろう?

 知らないうちに、黒瀬さんに何か気に障るようなことをしてしまったのか。

 でも全然記憶にない。

 左肩を手で揉みながら首を傾げていると、騒がしい足音が俺の席に近づいてきた。

 

「お~い、志郎!」

「おう、啓介。なんだよ急に」

 

 中学以来の友人である轟木啓介(とどろきけいすけ)が隣のクラスからやってきた。

 教室に入るなり、啓介は動画が再生されたスマホの画面をズイッと俺に突きつけてくる。

 

「ほらほら、これ見てくれよ! この間、一緒に撮影しに行った心霊スポットの動画! その動画の再生数が伸びてるんだよ! 初めてバズったぜ!」

「本当だ。これまで投稿したやつで一番伸びてるじゃないか」

 

 啓介は動画投稿を趣味にしており、俺は何度かその撮影に付き合わされていた。

 バイトで稼ぐのは怠いとのことで、何とか動画をバズらせて一攫千金を狙っているそうなのだ。

 尤も、これまで投稿した動画の再生数はどれもこれも雀の涙だったのだが……俺の目の前で再生される動画の閲覧数は、リアルタイムでどんどん増えていた。

 

 それは一昨日のこと。

 俺と啓介は「ガチで出る」という噂の廃神社に向かった。

 何度も言うように俺はべつに神仏の類いを信じているわけではないが……だからといって再生数を稼ぐために、そういう場所を撮影しに行くのは良くないことだと思っていた。

 なので「さすがに今回はやめておけ」と啓介に諭したのだが……。

 

『ひとりじゃ怖くて無理~!』

 

 と泣き喚きながら土下座されては断るのも酷であると思い、渋々と付いて行った。

 撮影中もずっとビビリっぱなしで俺にひっついていた啓介だが、再生数が見事に伸びたことで、いまではすっかり有頂天になっている。

 

「うひょ~! この調子でいけば収益化も夢じゃないぜ~! やっぱり勇気を出して行った甲斐があったぜ~! ありがとな志郎! 一緒に撮影に付いてきてくれてよ!」

 

 まったく調子のいいやつだ。

 帰り際なんて、すっかり腰を抜かして俺におぶられたというのに。

 そのせいかわからないが、左肩がいまだに凝っているんだぞ?

 俺は溜め息を吐きながら左肩を回す。

 

「ん? どうした志郎? ジジイみたいに肩回しちゃって」

「誰のせいだ? しかし、不思議だな。お前の動画、いままで全然注目されてなかったのに、いきなりそんな人気を集めるなんて」

「そりゃだってガチの心霊現象が映ってるからな!」

 

 啓介は最も再生数が多い箇所にカーソルを動かす。

 真っ白な服を着た長い黒髪の女性が映った画面が表示される。

 暗い林の間に佇む女……。

 見ようによっては確かに不気味だが、俺は呆れの溜め息を吐いた。

 

「……またそういうこと言って。あのな、これはただの一般人だろ?」

「いやいや! 絶対に幽霊だって! 志郎だって、あのとき見ただろ?」

「確かに見たよ。でも霊感のない俺たちに何で幽霊が見えるんだよ?」

「いやそれは……波長が合ったとか何とかじゃね? 心霊番組でそんなこと言ってたぞ?」

「アホらしい。こんなの啓介みたいに動画を撮影しに来た投稿者か、もしくは肝試しに来た奴を脅かすために仮装した趣味の悪い人間だろ?」

「志郎って本当にそういうの信じないよな? 俺なんてこのとき失神しそうになったくらい怖かったのに」

「俺を置いて真っ先に逃げ出したやつがよく言うよ。とにかく心霊スポットなんて、こういう不審者と出くわしやすいんだから今後はもう行かないほうがいいぞ?」

「いいや! 俺は次も心霊スポットに行く! せっかく動画が伸びてるんだ! この調子で俺はホラー系の動画投稿者として人気者になる! お前にも協力してもらうぜ志郎!」

「ったく、付き合ってらんないよ……」

 

 友達の夢は応援してやりたいが、毎度尻拭いをする俺の身にもなってほしい。

 ああ、気分が憂鬱になったせいでまたしても左肩が重く……。

 

「……うっ!」

 

 いや、重すぎる。

 何だこれ? まるで肩の上に人が乗ってるみたいに重い!

 

「お、おい、どうしたんだよ志郎? いきなり机に突っ伏して……」

 

 啓介の声もどこか遠く感じる。

 どうなってるんだコレ? 明らかに普通じゃないぞ?

 救急車を呼んでもらうべきか?

 ……あれ? おかしい。舌が回らない。

 何か喋りたいのに、言葉が出てこない。

 

 ──……ニッ……キ……テ……。

 

 え? 誰の声だ、これ?

 女の人の声?

 でも、誰の?

 まったく聞き覚えのない声が耳元に囁かれる。

 すると、左肩がますます重くなって……。

 

「帰りなさい。元の場所へ」

 

 不気味な囁き声に代わって、澄んだ声色が響く。

 すると、嘘のように左肩の重みが消えていった。

 

「あ、あれ?」

 

 机に突っ伏していた顔を上げる。

 何だ? 急に左肩が軽くなったぞ。

 

「具合はどうですか?」

「え?」

 

 声のしたほうを振り返ると……そこには俺の左肩に手を乗せた黒瀬さんがいた。

 赤い瞳と目が合う。

 はじめて間近で見る黒瀬さんの綺麗な顔に、思わずドキッとした。

 

「あ。その……う、うん。もう大丈夫。ありがとう、心配してくれて……」

「そうですか。良かったです」

 

 表情筋を微塵も動かさず、抑揚のない声で黒瀬さんはそう言った。

 ……一応、心配してくれたんだよな? 表面上は、そんな風に見えないけれど。

 というか、さっきの『帰りなさい』って、たぶん俺に言ったんだよな?

 具合が悪ければ確かに早退すべきだけど、保健委員でもない彼女がなぜそんなことを言うんだ?

 

「あの、黒瀬さん……わっ!?」

 

 いきなり黒瀬さんは、ズイッと顔を俺に近づけてきた。

 いまにも唇と唇が触れ合いそうな距離だった。

 教室がざわざわと騒がしくなる。

 悪い意味での有名人と教室でこんな真似をしたら目立つに決まっている。

 いったい、なんのつもりだ黒瀬さん?

 黒瀬さんは瞬きもせず、俺の顔をしばし見つめると……。

 

「……ひとまず、()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って、ゆっくりと離れていった。

 な、何なんだいったい?

 バクバクと鳴る胸元を抑えながら、俺は困惑するばかりだった。

 

白上(しらかみ)くん」

「は、はい」

 

 恐らく、初めて黒瀬さんに名前を呼ばれたことで俺はますます驚いた。

 黒瀬さんは真剣な眼差しを向けて、唇を動かした。

 

「たとえご友人との付き合いでも、そういう場所に行ったり、映像を残すのはやめたほうがいいです」

「……え?」

「特にあなたは、好かれやすいようですから」

 

 そんな謎めいた言葉を残して、黒瀬さんは自分の席に戻っていった。

 教室の皆はしばらく落ち着かない様子を見せていたが、見なかったフリをするように、やがて元の喧噪を取り戻していった。

 

 ……頭の中が真っ白になりそうだった。

 いまの時間はいったい何だったんだ?

 

「し、志郎! お前という奴は!」

 

 ぼう~っとしていると、いきなり啓介に両肩を鷲掴みにされた。

 啓介はなぜか大粒の涙を流して歯噛みしていた。

 

「お前! あの黒瀬さんに肩を触ってもらった上に、あんなに顔を近づけられて! ぶっちゃけ黒瀬さんのこと(こえ)ーと思ってるけど羨ましいぞ!」

「なんだそりゃ……」

 

 なんとも矛盾した嫉妬を燃やして、啓介は俺の肩を揺すった。

 

「だってよ~! 滅茶苦茶怖いけど、黒瀬さんスッゲー美人な上にモデルみたいにボンッキュッボンッなんだぞ!? ブレザーの上からでもわかるくらいのボインボインなんだぞ!?」

「やめろ。そういうことはせめて小声で言え。女子に睨まれるだろ」

 

 席が近い女子たちの冷たい視線を浴びながら、俺は先ほどのことを思い返した。

 

 ……黒瀬さん、本当に綺麗だったな。

 いや、もちろん遠目からでも顔が整っているのはわかっていたが……間近で見ると、こんなにもドキドキしてしまうとは。

 それに凄くいい香りがしたし、肩に乗せられた手もふわふわで……って、随分気持ち悪いこと考えてるぞ俺。

 

「ん~、黒瀬さんってさ、ああいう変なこと言わなければ、本当に理想的な美少女なんだけどな~」

 

 啓介がひどく残念そうに言う。

 変なことか。

 確かに、彼女はやはりちょっと変わっている。

 一方的に理解しがたいことばかり言って、自分の席に戻ってしまったし。

 

 ……でも、なぜだろう。

 黒瀬さんは、俺を助けてくれた。

 どうしてか、そんな気がする。

 すっかり軽くなった左肩に手を添えながら、俺は黒瀬さんが座る席に目を向けた。

 黒瀬さんは、もう俺のほうを見ておらず、文庫本に集中していた。

 ……それをどこか、残念に感じてしまう自分がいた。

 我ながら、不思議ではあるが。

 

「おっと、それよりも志郎! 早い内に次の撮影場所を決めようぜ! 鉄は熱いうちに何とやらだ! こうしている間にも動画の再生数は増えて……って、あれ~~!?」

 

 とつぜん啓介が悲鳴を上げた。

 

「ど、どうなってんだ!? 心霊スポットの動画が削除されてる~!? ……元の動画も無い!? あれれ~!? 俺、操作した覚えないのに~~!?」

 

 涙ぐんで半狂乱になる啓介を横に、俺は固唾を呑んだ。

 なぜか、先ほど黒瀬さんが口にした言葉が頭の中に蘇る。

 

『そういう場所に行ったり、映像を残すのはやめたほうがいいです』

 

 こんなタイミングで動画が消えるなんてこと、あるのか?

 ……いや、偶然だ。

 うっかり屋な啓介のことだから、誤作動で消してしまったのだろう。

 きっと、そうだ。

 こんなの、ただの偶然……。

 

 偶然、だよな?

 

 

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