空に憧れて   作:剣盾発売五周年おめでとう

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何もおそれない

 

 

「本当なら、もう少し側に居たい。けれど、時間が無い。行ってきます、兄さん」

「……あぁ、行ってらっしゃい」

 

 

 二人はカナンの下を去り、スクラップ島から更に東にある島に移動する。ここは暴竜島、かつてはPX80443という味気ない海域名に沿った名前をされていたが、今ではこう呼ばれている。

 

 暴竜──カキカエノワによって奪われたカナンのボーマンダに、カラの諸島の人間が付けた名。人里には滅多に降りないが、この暴竜島では毎日のように暴れ回っている。そんな環境に身を置く野生のポケモンたちもまた強靭かつ狂暴で……僅かながら、カキカエノワに侵されている。

 

「そこ、足元に気を付けて」

「うわわっ」

 

 暴竜島は、切り立った岩の島山だ。人は居らず、舗装も緑化もされていない。足場は劣悪で、連日の局所的大雨で非常に転びやすい。ポケモンに乗るにも急な傾斜と狭い道で、固定具が無い以上危険すぎる。空を飛ぶにも、カキカエノワの支配下にあるウォーグルの群れが邪魔になる。

 

「また野生のポケモン……ウーラオス! ''すいりゅうれんだ''!」

「アズマオウ、''ハイドロポンプ''で突き落としなさい! 頑丈なんて落下ダメージで潰せば良いのよ!」

 

 襲ってくる異様に好戦的なゴローニャやダイノーズを倒しながら、二人は山頂を目指し進み続ける。疲れはあるが、時間は無い。いつ、カナンのことをまた忘れてしまうか分からない。頼みの綱であるユウリは彼との関係や思い出も非常に希薄であり、折角会ったのに数時間でまた忘れてしまう可能性もあった。

 

 ルリナは16歳の少女を付き合わせていることに罪悪感を覚えながら、沈み行く太陽を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、二人はついにだだっ広い岩の山頂へと到達した。淡く輝く満月の下、尾も含めた体長で言えば15mは有ろうかという巨大なボーマンダが暴れていた。叫び、岩を砕き、爪で自傷し、炎を吐き、暴風を起こす。身体中に刻まれた生傷が、彼の正気の程を示している。

 

「ひどい……」

「……えぇ、見ていられないわ」

 

 ボーマンダは、元ガラルチャンピオンの相棒である。その実力は折り紙付きであり、研鑽を失った今でも精強無比。ホウエン四天王筆頭ゲンジの相棒もカナンと同じくボーマンダ、されど二匹には明確な差が有った。その強さは、カキカエノワが『絶対に欲しい』と切望し、自らの力の殆どを使いカナンの存在を意識できないように全人類へ催眠をかける程。

 

 それ故か、ボーマンダはカキカエノワの催眠を100%受けてはおらず、僅かに耐えることができた。結果、時間経過によって催眠が定着するのではなく、レジストの方向へ向かったのだ。現在、ボーマンダの精神は極めて不安定になっている。カキカエノワが横に居なければ、ボーマンダはこうして暴れ回るばかりであった。

 

「……ボーマンダ。私達が今、貴方を救う」

 

 ボーマンダの動きが止まる。暴風雨が止み、岩を焦がす炎も消える。

 

 

 

 ギロリ。ボーマンダが振り返り、二人を睨み付ける。その眼は、何処までもおぞましかった。

 

「……行きましょう! ルリナさん!」

「えぇ! カジリガメ! 本気で行くわよ!」

「ザシアン、おねがい!」

「ヴェグアァァァーーーッッッ!!!」

 

 ボーマンダの巨大な叫び声は大気を揺らし、軽いめまいと耳鳴りに襲われる。無風だった岩場には酷い暴風雨が吹き荒み、ユウリのベレー帽が何処かへ飛ぶ。暴風雨に晒されながらも青い炎の柱が山頂を取り囲む。退路は断たれた、徹底抗戦以外の道は無い。

 

「''じゃれつく''!」

「''ロックブラスト''!」

 

 暴風雨によってカジリガメの''特性:すいすい''が発動、素早さが2倍となる。五つの岩石が瞬く間に形成され、ボーマンダの翼を撃ち抜かんと放たれる。ユウリは素早さではなく耐久力と攻撃力を重点的に伸ばしてインファイターとして活用しているが、ザシアンも非常に素早いポケモンだ。フェアリーの力を纏った剣が、ボーマンダへと肉薄する。

 

 しかし…………こと機動力において、カナンのボーマンダは他の追随を許さない。

 

 ボーマンダは四本の脚で大地を力強く踏み締め跳躍、''ロックブラスト''を華麗に回避。ザシアンはボーマンダを執拗に追い掛け、フェアリーの力を纏った剣で切り付ける。太く大柄な身体には見合わぬ軽やかな動きで初撃を躱し、続く連撃をボディで受けながらも攻撃後の隙で動きが一瞬鈍くなったザシアンの首へ噛み付く。ありったけの力で噛み締めながらマウントを組み、''だいもんじ''で自分ごとザシアンを燃やす。

 

 ボーマンダは炎半減、しかし剣の王の姿のザシアンにとっては弱点だ。''じゃれつく''もクリーンヒットを外し、技ではないが力強く噛み付かれたことで僅かながらダメージも受けた。

 

「''アクアブレイク''で突撃。そのまま張り付き続けて''ロックブラスト''。遠くからでは当たらないわ!」

「雨のおかげでまだまだ耐えてる……ザシアン! そのまま離れないで! 爪で''じゃれつく''!」

 

 未だに食らい付き''だいもんじ''を放ち続けるボーマンダに、ザシアンの爪が食い込む。剣では無く爪、体勢も悪い。だが、ザシアンの''じゃれつく''には変わり無い。ボーマンダのHPが大きく削れ、そこにカジリガメの''アクアブレイク''が直撃。半減とは言え、雨下におけるジムリーダーの相棒のメインウェポン。決して無視できるような一撃ではない。更に岩石を形成し、いざボーマンダを撃ち抜かんとするが……

 

「ファイヤー!」

「ッ!」

 

 ユウリは天才である。ボーマンダの脚の動きを見て、すぐに察しが付いた。次の技は、''じしん''であると。すぐにボールからガラルファイヤーを出し、ルリナの手を引っ張りながら乗る。長時間は乗れないが、一時的な回避ならできる。

 

 これは試合ではない、あのボーマンダに理性は無く力は強大。''じしん''の効果範囲は、ユウリ達にも及んでいた。

 

 だが、ファイヤーを出すことによるデメリットもあった。上空を飛んでいたウォーグルが、ユウリ達を襲う。ただでさえ好戦的なウォーグルが、カキカエノワによって更に向こう見ずで獰猛な性格になっている。見知らぬ飛行物体は、見つけ次第その全てを徹底的に襲撃する。

 

「ユウリはボーマンダに集中して! コイツ等は私が抑える! 戻って来て、カジリガメ!」

「ザシアンも!」

 

 地震によって山が一部崩落し、土砂崩れが起きる。ザシアンとカジリガメにも大きなダメージを入り、瀕死こそ免れたが大ダメージを受けた。ボールへ戻し、次のポケモンを構える。

 

「ぺリッパー!」

「バドレックス、来て! ファイヤーは私達の横で待機、地震に備えながら接近を許したウォーグルにだけ''もえあがるいかり''」

 

 ようやく地震が収まった。二人はファイヤーから降り、バトルを再開。ザシアンでは難しかったが、黒馬上のバドレックスはカナンのボーマンダにも匹敵する素早さ。動きの小回りは効かないが、陸上移動速度に限れば此方が上だ。

 

「''熱湯''を細かく噴射! 全部焼いてあげなさい!」

「ボーマンダは疲労してる! ''アストラルビット''でトドメを!」

 

 ぺリッパーがウォーグル達を抑えている間に、バドレックスはボーマンダの傷口に狙いを定める。無数の霊体が超高速で放たれ、傷付いたボーマンダを的確に撃ち抜く。

 

 ボーマンダの動きは急激に鈍り、バドレックスの''くさむすび''で転倒。最早そこに暴竜の面影は無く、ただの瀕死のボーマンダだけが居た。

 

「バドレックス! ぺリッパーの援護! ''サイコキネシス''! ファイヤーはボーマンダの監視!」

 

 バドレックスの絶大な特殊火力が、ぺリッパーの妨害で動きの鈍いウォーグルを攻撃。''特性:くろのいななき''により特攻はぐぐぐぐーんっと上がって行き、まさに蹂躙であった。

 

「はぁ……これだから伝説のポケモンは。戻って、ぺリッパー。次の群れに見付かったら大変よ」

「さて! ボーマンダはなんとか倒せましたけど……これから、どうすれば良いんでしょうか」

「…………嘘、どうやって倒すかだけ考えて、倒した後を考えてなかった。まぁ、取り敢えずモンスターボールでも投げてみる?」

「そうしますか」

 

 ルリナはモンスターボールを投げ……何処からともなく放たれた黒いエネルギー弾によって破壊された。

 

「ッ!」

「さぁ、元凶のご登場ね」

 

 ボーマンダが、黒紫のオーラを纏い起き上がる。傷が修復され、筋肉が張る。それ以上に動く気配は無く、まるで人形のようであった。

 

「これで会うのは三度目ね。今度こそは、絶対に負けない!」

 

 いつの間に来ていたのだろうか、カキカエノワがボーマンダの後ろから現れる。ゼブライカ模様の身体、赤紫の鬣、バンギラスを越える体躯、結晶質の腹部に空いた大きな穴、聞いていた通りの異形のスリーパーに、ユウリは息を飲む。

 

「グソクムシャ! ''であいがしら''!」

 

 ''であいがしら''は、極めて強力な技だ。虫タイプや場に出た直後にしか使えない等の欠点は目立つが、その強烈かつ神速の一撃は勝負を決し得る。それに、虫タイプという欠点もエスパータイプであるスリーパーには大きなメリットだ。

 

 だが、ボーマンダがカキカエノワの盾となり庇う。範囲攻撃である''いわなだれ''で追撃を仕掛けるも避けられ、ボーマンダから''げきりん''を受ける。グソクムシャは防御力が高いポケモンだが、それでも尚一撃で瀕死となった。

 

「グソクムシャ! っ……休みは終わりよアズマオウ! ''れいとうビーム''」

「バドレックス、''アストラルビット''」

 

 バドレックスは場を広く使い、射線を増やす。アズマオウも移動しながら撃ち、単調な防御を許さない。カキカエノワはボーマンダを盾とし''アストラルビット''を防ぎつつ、''れいとうビーム''をステップで避け続ける。しかし、そう上手くは行かせない。''アストラルビット''の霊体が数個ガードを潜り抜け、カキカエノワに命中。

 

「……ダメージが少なすぎる」

「やっぱりね、これで確信した。奴のタイプは悪エスパーよ!」

 

 ボーマンダの動きが途端に単調になる。二人は、カキカエノワがボーマンダの操縦を簡略化し、自分自身での攻撃に集中しようとしているのだと察した。

 

 カキカエノワの腹に空いた、大きな輪。その中心に悪タイプの膨大なエネルギーが集まる。エネルギーは収束し、収束し、収束し、一つの小さな球体としてバドレックスへ射出される。鈍い球体を軽々と避けたバドレックスは''アストラルビット''を構えようとし……直後、全力で距離を取った。

 

「ファイヤー!」

 

 ファイヤーが二人の盾となり、庇う。球体が地面と衝突したその瞬間、閉じ込められていたエネルギーが大規模な爆発を起こした。天を駆け200m近く離れていたバドレックスであったが、悪四倍弱点が災いし一撃で瀕死。悪半減のファイヤーにも重いダメージが入った。

 

「なんて威力なの……! 範囲技なのに、アズマオウも一撃で……」

 

 ユウリは咄嗟にファイヤーをボールに戻す。ファイヤーが、混乱状態になっていたのだ。

 

 カキカエノワは、怪物である。その力は伝説のポケモンに匹敵し、遥か古代ではツバサノオウ相手にも負けることは無かった。

 

 カナンのボーマンダを奪還されない為に全人類へ微弱ながら催眠を掛けている今、サイコパワーのリソースは殆ど底を尽きている。ルリナへの催眠を強めることも危害を加えることもなかったのは、単純にこれ以上の催眠術が出来なかったから。人類が忘れたのはあくまでカナンだけであり、ルリナに危害が加わればガラルリーグの実力者──例えば、ダンデが暴竜島へ調査に派遣され接触されるリスクが有る。

 

 尤も、理性無きボーマンダはカキカエノワが横に居なければお構い無しに危害を加えようとするが。

 

 それでも尚、準伝説級のポケモンに半減ながら大きなダメージと、混乱状態を一時的に引き起こす程度の催眠を与えることはできるのであった。

 

「……この際、ボーマンダは無視! どうせ機敏な動きとカキカエノワのマトモな攻撃は両立できない! あれだけ攻撃したのよ、カキカエノワの力で瀕死を無理矢理補強しているだけ! まずは元凶を叩くわよ!」

「はい! 悪エスパーなら……ザシアン!」

「カマスジョー、ザシアンのサポート! 兎に角前のめりに!」

 

 ボーマンダ戦の最初に大きく消耗こそしたが、ザシアンにも意地というものがある。準伝説でもないドラゴンに、二匹掛かりであの程度の結果。彼女はボールの中で休憩すると同時に、強い悔しさと苛立ちを募らせていた。

 

「アクアブレイク!」

「じゃれつく!」

 

 ''特性:すいすい''、水タイプ最速、ジムリーダーによる素早さを徹底したトレーニング。カマスジョーのアクアブレイクは、''しんそく''を越えていた。その一撃に初見で対応する術は無く、誰もが怯む。

 

 訳が分からなかった、カキカエノワには。弱い方の女がボールを構え、魚を出したと思った瞬間……強烈なインパクトが、自らの顔面を襲ったのだ。

 

 一瞬の思考停止と激痛による怯み。ザシアン(ガラル最強の女)にとってそんな悪エスパーは、稲藁と大差無かった。

 

 恐ろしい程にフェアリーの力を注がれた渾身の斬撃が、カキカエノワを袈裟斬りした。膝を突き、地に倒れ、声にもならぬ空気を漏らし、目の焦点は荒ぶるばかり。

 

「ユウリ!」

「はい!」

 

 モンスターボールが、カキカエノワへと投げられる。あれだけ弱ったのだ、一度ボールが触れれば抵抗なんぞ出来ぬだろう。

 

 だが、ザシアンに''ガラル最強''の意地が有ったことと同じく、カキカエノワにも''古代エイペックスプレデター''としての意地が有る。

 

 封印から目覚めて以来、現代の人々やポケモンに掛けていた全ての催眠を解除。現代人が今までに観測した中で最大のサイコパワーが、渦を巻きカキカエノワの元に戻る。

 

 カキカエノワは、''ひかえめ''で怠惰な性格であった。だからこそ、直接対決を避け続け、ジムリーダーと一際強力な伝説のポケモンを複数抱えるガラルチャンピオンのデュオという悪夢のような相手でも無ければ負けることはない、カナンのボーマンダを護衛として切望した。その為に、自らのサイコパワーの限界まで催眠を掛けた。

 

 だが……今や、避け続けた直接対決で敗れ、ボーマンダは催眠術に順応し始め近くで手綱を握らねば暴走し、モンスターボールとやらで捕まえられそうになっている。

 

 

 もはや、あの腑抜けを全人類に意識させない催眠なんぞどうでも良い。飛び方も忘れきった陸トカゲなんぞくれてやる。 好きなだけ私の討伐に来るが良い。 どれだけ来ようと、この手で蹂躙してやる。

 

 許さない、この私をよくもここまでコケにしてくれたな。敗北など、敗北など認められるものか。必ずや、貴様に報いを。

 

 

 間に合った、カキカエノワは笑みを浮かべる。モンスターボールが接触する瞬間、サイコパワーの奔流が全てを砕きユウリ達を襲う。咄嗟にファイヤーが庇うも、その圧倒的エネルギーは悪タイプの準伝説を以てしても、ダメージが発生していた。細工は無い、ただの力業である。

 

 ユウリ達がファイヤーの後ろでサイコパワーに耐えている内に、カキカエノワはテレポートで撤退。残されたボーマンダが、力無く地に伏す。暴風雨が止み、山頂を取り囲む炎が消える。

 

 命の灯火が消えかけている筈のボーマンダの顔は、穏やかだった。

 

 

 

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