空に憧れて   作:剣盾発売五周年おめでとう

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白い坂道が空まで続いていた

 

 

「ボーマンダ!」

 

 ルリナがボーマンダに駆け寄る。ボーマンダは元々、ホウエンに長期出張している叔父から10歳の誕生日を迎えたカナンに贈られたタマゴだった。当時のルリナはまだ三歳、物心つく頃から共に居た。自分のポケモンでは無い、共に旅に出たことも無い。だが、確かな絆がそこにはあった。

 

 ありったけの傷薬や包帯を使い、応急処置をする。カキカエノワによって限界を迎えた後に無理矢理戦闘に参加させられ、オマケに肉壁として使われたのだ。その負担は、あまりにも大きかった。

 

「そうだ、モンスターボール」

 

 ルリナはそっとボールを当て、ボーマンダを捕まえる。今できることは全てやった。後は外界から閉ざされたボールの中で安静にし、プロによる本格的な治療をするだけだ。

 

「急ぐわよ! 本島にまで戻れば、ポケモンセンターがある!」

「はい!」

 

 

 

 

 二人は下山し、一直線に本島へ向かった。カナンに下にも寄りたかったが、時間は一刻を争う。ボーマンダのことを思えば、ソレは難しかった。

 

「すみません! ポケモン達の治療を!」

「…………。」

「……あの?」

 

 ポケモンセンターのドアを蹴破らんばかりの勢いで駆け込み、ボールをカウンターに出す。だが、ジョーイさんは全くの無反応。ポケセン内の他の客達もまた、全くの無反応であった。

 

「あの! 聞こえてますか!?」

 

 彼等の姿は、まるで人形。呼吸はしている、心臓も動いている。手を握れば柔らかで温かい人肌の感触。だが動く気配は欠片も無く、ただただ固まっていた。その目は、どこまでも空っぽだった。

 

「間違いない。カキカエノワの仕業ね」

「街がやけに静かだったのも、やっぱり……!」

 

 カキカエノワは撤退した。この負傷では、ユウリ達への勝率が低いと判断したからだ。すぐに見付かってしまえば、傷を癒す暇も無く再度戦闘になってしまう。それを避ける為、療養の前に妨害工作へ打って出た。

 

 サイコパワーの温存の為に複雑な命令や強力な催眠は避けたい、だがあの二人を妨害したい。なんとしてでもカラの諸島に閉じ込め、情報も外へ渡さない。

 

 カキカエノワは自分の能力と療養の時間を計算し、妨害を実施。その一つが、カラの諸島の人々とその手持ちポケモン達から意識を喪失させることだった。強力なポケモン達に護衛されている二人なら無事で済む程度の簡素な催眠術だが、エリートトレーナー級の実力者でもなければ到底抗えない。

 

 結果、ユウリ達はポケモンの治療が出来なくなった。ジョーイさん達は実に簡単そうに治療を行っているが、彼女等は医大や専門学校でポケモンの治療を徹底的に学んだプロ中のプロ。いかにチャンピオンとジムリーダーとて、設備や道具の一部を拝借しお粗末な治療をするのが関の山であった。

 

「場所が場所だから圏外なだけだと思ってましたけど、ここでも電波が届いてません……」

「……波乗りができるのは私のポケモンだけ。でも、この消耗具合で本土まで戻れる? ファイヤーも長時間の飛行は厳しい。船を操縦するって言っても……」

 

 二人が次の行動に悩んでいると、外から足音が聞こえた。いつも以上に静まり返ったこの街では、その大きな足音はよく響いた。

 

「ユウリッ!」

 

 ルリナは小声でユウリに警戒を促し、咄嗟に前に出る。モンスターボールを握り締め、緊張の糸を張り巡らせる。足音は徐々に大きくなり、ついには扉が開かれる。

 

「……ルリナさん? それに、チャンピオン?」

「貴方は……?」

「……あっ!」

「知り合い?」

「はい! マスタードさんの息子さんです!」

「元チャンピオンの? へぇ……この子が」

「お久し振りです、チャンピオン。わたくし、インペリアル・カレッジ・シュート学部生のハイドと申します」

「インペリアル・カレッジ・シュート!? 名門大学じゃん! 飛び級!? いやぁ、暫く見ない間に随分と大きくなったねぇ……」

 

 ハイドは二年前、ヨロイじまでユウリと出会った。当時は中々に小生意気であったが、今ではすっかり13歳とは思えないスーツの似合う少年となっている。ライセンス料無しで公開したウッウロボの開発が功績として認められ、シュートシティへと移住した。それからすぐに、生意気な天才が得られるサポートと礼儀正しい天才が得られるサポートの違いを痛感したのであった。

 

「暴竜の噂が気になって訪れて来たのですが……この状況について、何かご存知ですか?」

「詳しいことはあんまり。でも、これは……ブラックナイトに匹敵する、超大規模なポケモン災害だよ」

「ポケモン災害……と言うと、例の暴竜が?」

「うーんとねぇ……元チャンピオンのボーマンダを、その暴竜に作り替えたポケモンが元凶かな。簡単に言うと、スリーパーの変異種? みたいな伝説級の悪いポケモンが暴れてるの。さっき戦って追い詰めたんだけど、逃げられちゃった。今すぐ追いに行きたいんだけど、その場所もカラの諸島からの抜け出し方も分からなくて……」

「伝説級のスリーパー……なるほど、超強力な催眠術師と考えれば、合点が行く」

「ハイド君、と言ったかしら? 私達の他に意識がある人は見付けた?」

「いえ、全く。護衛の一匹を除き全員偵察に出しましたが、彼等も動く人間を捉えられていません」

 

 ポケモンセンターに、一匹のタイカイデンがやって来る。ハイドが偵察に出していたポケモンであり、大きな撮影器具が身体に取り付けられている。カメラとスマホロトムをケーブルで接続し、データを受信。

 

 

「……これは、壁?」

 

 相当近付くないと見えないが、薄紫の透明な壁がカラの諸島全域に覆い被さっている。通り抜けることは出来ず、エアスラッシュを撃ち込んでもびくともしない。

 

 この脱出を阻む殻は、無論カキカエノワによる妨害である。純粋な、どこまでも純粋な力。メガミュウツーYすら凌駕する絶対的''とくこう''のゴリ押し。ただ単に、エネルギーを集めて固めて作り出した壁。そこにサイコパワーでちょいと補強してやっただけ。

 

「万全のザシアン達を出しても、穴を開けるだけで一日は掛かっちゃいそう……」

「……相手はスリーパーなんですよね? その本領も、変わらず催眠であると」

「うん、そうだけど……」

「これだけの壁を即座に作り出し、この規模の催眠も同時に発動。幾らなんでも強すぎるし、芸達者。そこまで常識外れも常識外れに強いのなら、こんな外から目立つ方法以外も取れたんじゃないかと思いませんか?」

「と、言うと?」

「もしも以前から作っていたのなら、何処にこの大きさを隠していたんだという話。カラの諸島は深海に棲むサクラビスの漁も行っていますし、既に作っていたとは考えにくい。つまり……」

「外付けGPU?」

「察しが良いですね、ルリナさん。その可能性が高いです。奴も、外からの強度より内側からの強度を優先している筈。いざという時に備え、予め諸島の何処かへ迅速かつ強力に結界を張るための補助端末を隠していたのではないでしょうか」

「あ、あの……ごめん、ハイド君。話が難しくて、よく分からなかった……かも、なぁ。なんて」

「…………。この島の何処かにあるであろう、結界を作っている装置を壊しに行こう! という話です」

「ほへぇ」

 

 ユウリが特別馬鹿な訳ではない。単に疲れているのだ。カレーへの愛とバトルの才能が異次元なだけで、普通の16歳の少女。船に登山に伝説級二体とのバトル、万全の体調とは到底言えなかった。

 

「もしも外付けGPUがあるのなら……おそらく、諸島の中央部付近の筈ね」

「地図に照らし合わせて考えると……リーベングイズ山、チョッパリ草原、チョンコ島が怪しいですね」

「チョンコ島は有人島よ、繊維工場がある。チョッパリ草原はなだらかな低地で、物を隠すには不向き」

「でしたら、リーベングイズ山を捜索してみましょう。奴も有人島よりは無人島に隠したい筈です」

「……そう言えば、ポケモン達の体調は大丈夫ですか? ジョーイさん達は意識を失っている、伝説級二体とのバトル後なら完全には傷が癒えていないのでは?」

「……えぇ。私もユウリも、手持ちはボロボロ。暴竜と言われていたボーマンダも捕まえたのだけれど、そっちは特に酷い状況ね」

「でしたら、お任せ下さい。ポケモンセンターの医療設備の扱いについては、少々覚えがありまして」

「ホント!? おねがい、ポケモン達を治療して!」

「喜んで」

 

 

 

 

 

 

 

 治療開始から一時間程、ポケモン達は心身共に万全。ウッウロボシステム開発者の機械操作技術は伊達じゃない。

 

 だが……

 

「駄目ですね。ボーマンダが一向に回復傾向を見せません。私も本職ではない、悪化を対症療法で都度持ち直すのが精一杯です。仮に二、三時間でも放置でもすれば、命は無いでしょう」

「そんな……」

「……よし。ハイド君は、ここで待ってて! 私とルリナさんで、結界を破壊する!」

「……えぇ、そうね。急ぎましょう! 手遅れになる前に!」

「どうか、ご武運を」

 

 

 

 二人はポケモンセンターを飛び出し、カジリガメに小舟を引かせリーベングイズ山にやって来た。暴竜島に比べれば全体的に穏やかで緑に溢れているが、精強な野生ポケモン達は変わらず闊歩している。

 

「虱潰しに探しては日が暮れる、ある程度絞らないと……」

「ルリナさん、来ます!」

「もう! 急いでいるのに、キリが無い!」

 

 襲ってくる三色の猿ポケモンの群れを倒しながら山を進んでいると、二人は山頂に聳え立つ淡く細い紫の光柱を発見する。

 

「絶対アレですね」

「絶対アレね」

 

 進路を変更し、山頂へと直進。リーベングイズ山の標高は130mと低い、到着はすぐであった。山頂の土砂は2m程掘り起こされており、痕跡は真新しい。光柱は穴の中に有る結晶質の物体から放たれており、ここまで近付けば光柱が上空で広がり結界を形成している様も目視できる。

 

「ザシアン、''きょじゅうざん''!」

 

 最強の一撃が、結晶を破壊した。光柱は消失し、結界は薄れていく。電波も復旧し、催眠を掛けられた人々も元に戻ったことだろう。

 

「やりましたね、私達!」

「えぇ、案外すんなり済んだわね。すぐに本土へ戻り、対策本部を設立しま……西南西、何か来る!」

「ウッキー! 今年は申年ィ!」

「な、何よコイツ……」

 

 砂煙を巻き起こし、一人の男が二人の下へ駆けてきた。猿顔の痩せた彼は六つのボールを掴み、ポケモン達を呼び出した。

 

「えぇっ、なんんですかいきなり! ごめんなさい、今急いでるんです!」

「ェ゛エ゛ィッ」

「正気じゃない……カキカエノワの尖兵?」

「きっとそうに違いありません! 人の尊厳を奪い、こんな猿のような振る舞いで襲わせるだなんて!」

「許せない……彼を解放してあげましょう!」

 

 尚、風評被害である。カキカエノワと猿男の間に、接点は何も無い。お互いに、全くもって認識していない。この猿男は、催眠なんぞ一切合切関係無くコレが素である。このリーベングイズ島に居るのは、猿ポケモンを捕まえに来ただけ。襲いかかったのも、『目と目が会ったらポケモンバトル!』を少し勘違いしているだけ。つまり……

 

 

 ただの変な人である。

 

 

 六匹のポケモンが、二人の前に現れる。彼等もまた、猿男と同じ目をしていた。

 

「「「「「「「ウッキー!!!」」」」」」」

 

 ルリナの前には、ヤナッキー、ヒヤッキー、バオッキー。ユウリの前には、ゴリランダー、ゴウカザル、エテボース。

 

「トリプルバトルなんて、随分と久し振りね……」

「エースバーン、バドレックス、ウーラオス!」

 

 バトルの行く末は呆気なかった。猿男はカキカエノワの催眠対象にならない程度の実力は有った。だが、所詮はそれまで。チャンピオンに後出しで一致弱点を付くポケモンを出されては、どうしようもない。オマケに、彼はポケモン達に猫の手を覚えさせてもいなかった。

 

「知ってる? 雨の本領は、一割対一より多対多なのよ。''であいがしら''、''いわなだれ''、''ぼうふう''」

「速いぞォ!?」

「さぁ、そこを退いて。私達、急いでいるの」

「ア゛ァ゛ァァーーーイ゛!」

 

 猿男は、猿のような機敏な動きで木々の間を縫い姿を消した。彼は、本当にただの何でもない変人であった。しかしこの変人との遭遇は少女ユウリの脳に焼き付き、少し先の未来でリーグにトリプルバトルの公式試合を提案するに至った。

 

 トリプルバトルはマイナーながらも確かな人気を獲得し、その波はパルデアにまで波及した。曰く、パルデア地方の若き学生チャンピオンが見慣れない姿のドレディアとムウマを侍らせたコータスで連戦連勝しているとのこと。

 

「あっ、電話だ。知らない番号……取り敢えず出てみますね」

[チャンピオンの番号でお間違いないですね。こちら、ハイドです。結界の破壊、ありがとうございました。父へ一報入れ、電話番号をいただきました]

「そっちはどう?」

[催眠は無事に解けたようです。皆さん特に体調不良はなく、混乱は有りますがそう大きくはありません]

「ボーマンダは?」

[現在、ジョーイさんによる治療を受けています。ですが、根本的な回復は…………まさか、彼は……。失礼、電話を切らせていただきます。船は平行して港に手配しています。お二人は本土へ急いで下さい、戦力が足りません!]

 

 

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