TS飛行士は空を飛ぶ   作:soradayo

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25.兎狩り

《楽しませてくださいね、カレーニナ少尉?》

 

 上空から迫る敵機を避けながら、私は言った。

 

《……善処します》

 

 夜闇を切り裂きながら、私に向かって機関砲弾が迫ってくる。極度の興奮状態の私には、それがゆっくりとした動きに見えた。ゾーンに入ってるってやつなのかな。

 機体を垂直にして、操縦桿を引いた。ハンナさんの機体の旋回性能はあまり良くないようで、私の後ろを飛び去っていった。

 

《私、強そうな人を狩るときには昂っちゃうんです。ふ、んふふ。お上品に行きたいんですが……フフ、ごめんなさいねぇ》

《私の機体とハンナさんの機体じゃ性能差が凄まじいですね。弱いものいじめですか?》

《ウフ、ひどい言い草です。狙う獲物が白兎でも、立派な狩りですよ?》

 

 そして、距離を取って、再び私を攻撃するために進入する。次は同じ高度で、私に対する角度は90度。

 真左からシュヴァルベがやって来て、私の機体が向かう先に砲弾をばらまいていた。

 

 上――は読まれてる。

 下――は地面に激突する。

 右――は後ろに付かれる。

 

 左に動いて、ハンナさんの機体と翼が当たりそうなくらいに接近して、すれ違った。

 一瞬だけ、コックピットの中が見えた。ハンナさんはにっこりと笑っていた。これじゃまるで、本当の狩りだ。

 

《ほうら、兎ちゃん。ぴょんぴょん逃げて、私を楽しませてくださいねぇ》

 

 ハンナさんを振り切るために、上下左右へと細かく動く。

 方向転換をすることなら、私の機体のほうが勝っている。

 これ以上私に付き合うのは不利になると判断したのか、何度か繰り返しているとハンナさんは速度を上げて距離を取り始めた。

 

《余裕ですね、ハンナさん……!》

《狩りには余裕が必要ですからねぇ。焦るのは、獲物だけで十分。焦っていたらずっと獲物のままですよぉ、カレーニナ少尉》

 

 急激に速度を上げる迷彩色のシュヴァルベに追いつくために、私も速度を上げて真っ直ぐに飛行する。

 焦りは禁物……頭ではわかっていても、身体は別だ。手が震えるし、汗は流れるし、息は荒い。

 恐怖なのか興奮なのか、果たしてその違いもわからなくなってくる。

 

 ハンナさんは速度を活かして大きく縦に一回転した。

 私は追いつけない。移動する先に機首を向けておこうと横に旋回すると、聞こえたのは至近距離からのジェットエンジンの音。

 

 ……背後に付かれた。

 操縦桿を引きながらラダーを踏み込んで、わざと速度を急激に落として、シュヴァルベを先に行かせる。

 そうする事で、私の機体は敵機の背後を位置取ることができた。照準を合わせて、発射。

 惜しい。避けられた。

 

《あらぁ、上手なステップ。白兎ちゃんかと思っていたけれど、純白のドレスを纏った淑女だったのねぇ》

《……詩的な表現ですね、素敵です》

 

 シュヴァルベを照準から逃さないように、懸命に追いすがっている。ハンナさんの絶妙な操縦で、ほんの少しの油断が命取りになっていた。

 操縦桿を握る手に汗が滲む。手袋が湿って気持ち悪い。

 

《ふふ、素敵なお嬢様。私と少し、踊りませんか?》

《学校で少し教わっただけの素人ですけど、良いですか?》

 

 (シュヴァルベ)は華麗に夜空を舞った。

 

《ええ。十分です。ンフフ……これより先は狩りよりダンス。エスコートは私にお任せ下さいねぇ。息を合わせて……さあ!》

 

 旋回する。

 背後につく。

 引き離されて、私の方を向く。

 

 接近する。

 射撃する。

 接触する寸前、至近で避ける。

 

 幾度も回り続ける。

 何度も視線が交わされる。

 汗を浮かばせながら、不敵に笑っている。

 

 半月が見える。

 星空が隠れる。

 腰を狙って、弾を放つ。

 

 距離を置く。

 音がする。

 彼女は私を、捉えて離さない。

 

 地面は雪だった。

 曳光弾は白かった。

 逸れた弾は、農家を壊した。

 

《ご謙遜なさって。ダンスもお上手ですわぁ。本当に……お嫁さんに貰いたい気分になっちゃいます!》

 

 ハンナさんの機体から発射された50mmの機関砲は、一発で木造の農家を粉々にした。……かすっただけでも私の飛行機は墜落しそうだ。

 それにしても、こんなにやり合っているのにハンナさんに疲れは見えない。むしろ、刻一刻と熱が高まって、動作一つ一つが洗練されていっている。私は疲労困憊だ。

 

《プロポーズですか?》

《そう……かもしれません。私、強い獲物が好きなんですよぉ。私とこんなにダンスを踊れる獲物なんて、初めて出会いましたわぁ!》

 

 どうしてそんなに元気なのか不思議だったけど、納得した。この人は強い人と空戦をするのが好きなんだろう。私が飛ぶことを大好きなように、この人は戦うのが大好きなんだね。……ウォーモンガーめ!

 こんな人の嫁になるなんて絶対にごめんだ。毎日戦場に連れて行かれそうだし。

 

《んふ、ふふ、フフフフ! カレーニナ少尉、あなた強いわね。リーナって呼んでいいですか? 評共が負けたらリヒトホーフェンの姓を名乗りませんかぁ?》

《嫌ですけど。……ていうか負けませんし!》

《うふっ。健気なリーナも愛おしいわぁ……! あぁ、こんなに他人が欲しくなったのは初めてです……》

 

 うげ……リーナって呼ばれてる……。

 ハンナさん、出張の時はすごいマトモな人に見えたのに。どっちが本当のハンナさんなんだろうか。普段の方が本当の人格だといいんだけど。

 

 こんな話し合いをしている間にも、私たちは当然のように命の駆け引きをしている。

 何発も撃ち合い、ギリギリで避け合い、コックピット越しに視線を交わし合った。

 

《これからはエリカに取られないようにしないといけないわねぇ。ね、リーナ。私より先に、お父様にもエリカにも殺されないでくださいね?》

《それならハンナさんからも言っておいてくださいよ!》

《んふ、それとなく伝えておきますねぇ。「エカチェリーナ少尉は私のものになりたがっている」、って》

《……それなら言わなくて結構です!》

《あらぁ……つれないですねぇ。私、こんなに熱心にアプローチしているのに……いけずな人》

 

 雲が月を隠して、一瞬だけ辺りが真っ暗になって、ハンナさんを見失ってしまった。コックピットをガタガタ揺らしながら左右や背後を探していると、甲高い音が至近で聞こえた。

 ……真下にいた。

 

《あなたは私だけの獲物ですからぁ。真っ白なドレスを纏った綺麗なリーナ……。それともただの白兎を見間違えちゃったのかしらぁ?》

《……私はあなたのものじゃないっ!》

 

 急上昇して、上下を反転して、降下。

 ハンナさんの機体がぴったり照準に収まって、私は射撃ボタンを押した。

 しかし、すべて読まれていたようだ。あと1ミリでもズレていれば着弾しているほどに、ハンナさんは紙一重で私の射撃を避けた。……化け物め。

 

《うぅん……。やっぱりこれは兎なんかじゃないわね。んふふ、フフ、うふふふふっ! あなた綺麗な人ね。私を相手に折れないその心も、私を相手に抗うその強さも。……もっと、もっと、輝かせてみせるわぁ!!》

 

 ふざけたことを言い始めたハンナさんが、急に俊敏な動きを始めた。

 機体の差は大きい――けれど、それは速度だけ。

 運動性に関しては私のほうが優れているはずなのに、卓越した操縦で私と同等、いやそれ以上によく動いている。……どうなってんだ!

 

 後ろに付かれた。もう何度目かもわからない。同じように螺旋を描いた旋回(バレルロール)で押し出して敵機の背後に付こうとして――直感が告げたので、操縦桿を引いた瞬間に真上に逃げた。

 急いで下を確認すると、ハンナさんは速度を緩めていて、旋回中の私を撃ち落とすように待ち構えていた。

 

《センスも抜群ね。素晴らしいわぁ》

《どうも……ありがとうございますっ!》

 

 エルロンとラダーを操って、失速した機体を真下に向ける。重力が私の味方になり、機体は一気に加速する。

 ハンナさんの機体の真後ろに付いた。震える手を深呼吸で抑えて、照準を定める。

 

《リーナ、あなたは私だけの獲物よぉ。あなたを堕とすのは私だけ! ……覚えておいてくださいね?》

《忘れられるわけないじゃないですかっ!》

 

 鈍い音、強い衝撃。

 20mmが敵機に向かっていく。赤い曳光弾が夜を照らす。

 しかし、当たらなかった。放った弾は敵機のほんの少し下を通過して、絶好の機会を逃した。

 

《あら、時間切れです。乙女たちの秘密のダンスを邪魔するなんてマナーに欠けますね……。ですが、門限も近いようなので、帰らせて頂きます》

 

 ハンナさんが加速し始めたので追いかけると、空の向こうに8機ほどの敵機が見えた。

 レシプロの機体だった。シュヴァルベのようなジェット戦闘機ではない、見慣れた敵。

 だが、それでも、1対8は絶体絶命。

 

《うふふ。この程度切り抜けてくださいね? さもないと、お父様ともエリカとも、勝負にもなりませんからね》

《言われなくても! 全員堕としてやりますよ!》

《生き延びて、強くなってください。また、あなたを狩りに参ります。私の愛しいリーナ……》

 

 シュヴァルベは加速して、あっという間に去っていった。

 空域に残ったのは真っ白な機体の私と、8機の敵機。

 

 ……やるしかない。

 

 

 

 

 

 

 ふう、と息を吐くと、翼はボロボロになっていた。燃料を補充しないで来たおかげで、何発か被弾しても翼内の燃料タンクが燃えないでいて、無事でいられた。

 風防のガラスには弾痕がいくつか。機関砲ではなく機銃が当たってくれて、軽症で済んだ。

 

 敵機? 全部撃墜。

 集中と興奮とで頭がどうにかなりそうだった。神経が衰弱していて、視界はひどく狭まっている。

 そんな空っぽの頭で、一つだけ思い出した。

 

「……胴体着陸しないとじゃん」

 

 離陸した時に着陸装置(ランディングギア)を壊していた。……最後の最後で一番危ないことをしないといけない。怖いなあ。

 満身創痍になりながら機体を飛ばしていると、遠くに飛行機が見えた。それと同時に、無線が入ってくる。

 

『ラーナ、見つけたぞ、少尉だ!』

『良かった、生きてた! もう、無茶はしちゃ駄目よ! 次からは私たちも連れていきなさい!』

 

 ……少佐たちだった。そういえば、黙ってハンナさんの追撃に向かったんだった。

 こんな襲撃の後だから、敵戦闘機が来る可能性もあったのに、少佐たちは危険を顧みずに私の捜索をしてくれたみたいだ。

 

『……ただいま戻りました』

 

 信頼できる仲間が側にいるとわかって、私の身体から力が抜けて――機体ががくん、と大きく揺れる。

 

 目を覚ました。

 歩兵だったら感動の再会で倒れてもいいけど、パイロットは別。

 

 意識を失ったら死ぬ!!

 

 気力を振り絞って、なんとか私は基地へと帰還した。……ずいぶんと荒れた滑走路に、胴体着陸をして。

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