TS飛行士は空を飛ぶ   作:soradayo

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5.女の子って、面倒ですね

 誕生日の日に、私は空軍学校に向かっていた。

 首都の郊外にあるわけで、ヴォルシノフからは長距離バスで半日くらい。

 

 お誕生日パーティーは昨日やった。

 友だちとミハイルおじさんたち航空クラブの人を招いて、私のお家でやった。

 クラブの人は称えてくれて、友だちからはプレゼントを貰った。

 

 それから、友だちとお母さんとは抱き合って泣いた。

 ……やっぱり行きたくない。寂しい。

 

 故郷から距離が離れる度に、心細くなっていく。

 私が行く先に知り合いはアンナさんだけ、ほかに誰もいない。

 お母さんも、友だちも、ヴォルシノフから出たことがない。外に知り合いなんて居なかった。……あと、寂しいからお母さんからはいつでも電話してきていい事にした。

 

 鞄を前に抱えて、ぷるぷる震えていた。

 なんとか涙を我慢しているんだけど、隣の人には勘違いされちゃって――

 

「き、君。大丈夫か? 体調が悪いなら運転手に伝えてくるよ?」

「ひぐっ……ごべんなざい、大丈夫ですっ……。さみしくて……離れるの……」

「もしかして、軍学校に向かってるのかい? 寮生活だもんな、初めは不安になるよね」

 

 隣のダンディなおじさんは私がどこに向かうのか察したようだった。こんな風になる人は結構多いのかもしれない。

 「これを使いなさい」と言いながらハンカチを貸してくれた、いい人。

 

「ありがと、ございます……。はい、私、航空学校に入学するつもりで……」

「お、奇遇だね。自分も地方から航空学校に転勤するところだったんだ」

 

 おじさんが手を差し出してきた。今後は同僚……同僚? だから仲良くしようって握手かな。

 私も手を差し出して、握手した。おじさんの手のひらはカチカチだった。

 

「というと、おじさんはパイロットですか?」

「いや、おじさんは裏方でね。航空機の設計なんかをやってるんだ」

「わあ、すごいです。私、操縦はできても設計はからっきし……」

「はは、工科大学を出てないのに設計が出来たら天才だよ。自分はヴィクトル・イリイチ・ミコヤン」

 

 姓がミコヤンで航空機の設計を行ってる人……なんだかこの人は大物になりそうな気がする。

 

「エカチェリーナ・ヴォルシノワ・カレーニナです。飛行士課程に入学するつもりです」

「へえ、パイロットか! 凄いね、自分は逆に操縦がからっきしでね。一回だけ兄貴と一緒に、設計した飛行機の試験飛行をしたんだけど……命があって良かったよ」

 

 ミコヤンおじさんは顔を顰めながら語っていた。

 航空事故なんて一生に一回体験すればそれで十分だろうね。生き残っても寿命が半分くらい縮んじゃいそうだ。

 

「……なんだか、壮絶な経験があるんですね」

「まあ、そういう事だから、試験飛行があったら君に頼むとするよ! ……そうだ、兵士になるならもう大人だな。よろしく、同志カレーニナ」

 

 この国において「同志」と呼びかけるのは、ミスターとかミスみたいに、大人相手に使う。

 だからそれは、相手から一人前だと認められた場合に使われるのだ。そう呼ばれるとちょっと嬉しくなる。

 

「……あ、ふふっ。はい。よろしくお願いします、同志ミコヤン」

 

 ミコヤンおじさんと話していたお陰で、私の寂しさも解消されていた。

 それに、行く先で一緒に暮らす新しい知り合いがもう出来た。ハッピー。

 

 

 

 

 

 

 航空学校は真新しい建物だった。

 どの施設も綺麗で、滑走路なんかは舗装までされている。……すごい!

 

 バス停でミコヤンおじさんと一緒に降りると、行く先は一緒だった。まずは事務所で手続き。

 航空学校の門で、門衛さんに名前を伝えて入れてもらう。すこしドキドキしたけど、問題なく入ることが出来た。

 

 大きな音がしたので空を見上げると、見たこともない飛行機が飛んでいた。すらっとしたフォルムに、速度を重視した円錐形の先っぽ。

 

「お、飛んでるね」

「知ってるんですか?」

「うん。自分が設計した奴だからね。……だけど、低空の性能が低いから採用はされないだろうなあ。高空ならよく動くんだが」

 

 おじさんは少し残念そうにそう呟いた。

 いやいや、設計した飛行機が実際に作られて、さらに実際に飛んでる時点で凄いと思うんだけど……。

 

「低空とか高空とか、変わるんですか?」

「変わる変わる。うちの空軍は低空の機動性を重要視してるから、そこが重要だ。自分のは合衆国の機体みたいなのを目指したんだが……中途半端になってしまってね」

 

 合衆国っていうのは文字通り、アメリカみたいな国のことだ。

 なんでも、魔物を民間人でも駆除できるようになってから発展していった国だから、本当に若い国だという。

 

 ……そして、その国が南北戦争を経験しない代わりに、ドイツみたいな国が地獄の内戦を続けている。もう何十年も塹壕に篭もりっぱなしとか。怖すぎる。

 

「合衆国の機体はどんな特徴なんですか?」

「ともかく搭載量(ペイロード)が凄いね! 何百発も弾を積んで、殆どの戦闘機が爆弾も搭載できるようになってる。良く言えば万能(マルチロール)、悪く言えば器用貧乏だ」

 

 おじさんと一緒にてくてく歩いていくと、2人の兵士が守る事務所の前に着いた。

 こういう時はどうやって入ればいいんだろう。一応、一張羅を着てきたから見た目は問題ないはず。

 

「自分が先に入るよ」

 

 困ってる私を見て、ミコヤンおじさんは先に入ってくれることになった。

 扉を引いて、暖かい空気が私を包む。3月のこの地域はまだまだ寒い。

 

「失礼します……」

 

 おじさんの後ろに続いて、私も入っていった。

 役所の匂いがする。なんとも言えない、インクみたいなあの匂い。

 

V(ヴェー)I(イー)・ミコヤン設計局局長、ヴィクトル・イリイチ・ミコヤン。着任いたしました」

 

 隣で、おじさんがびしっと姿勢を正しながら挨拶をしていた。

 ……え、私ってなんて言えばいいの!?

 まだ普通の民間人……ていうか学生だし……。

 

「同志ミコヤン、山岳地帯からよく来てくださった。歓迎するよ」

 

 そんなおじさんに対して、またまた強面のおじさんが対応している。おじさんしか出てこない。

 私はとりあえず黙っておくことにした。……なんか重要そうな場面だもの。

 

「ところで、隣の彼女は……?」

「道中知り合いました、貴校の飛行士課程へ入学希望の子です」

「そうか。確か、予定があったな。君、少しここで待っていてくれ。チェルニコワ中尉に連絡する。ミコヤン局長はこちらへ」

 

 そうして私は、また一人になった。

 う、うわあ。どうすればいいんだろう。ベンチとかあるけど座っていいのかな……。

 

 きょろきょろ周りを見渡してみると、ここは普通の事務所みたいだった。みんな軍人さんではあるのだろうけど、普通の人寄り。……たぶん。

 

 アンナさんみたいなオーラを醸し出してる人は一人もいなかった。いや、私が殴られたからアンナさんにオーラを感じてるだけかもしれないけど。

 そして待つこと15分くらい。

 外で車を停めた音がして、扉が開くとアンナさんが入ってきた。

 

「昨年以来ですね、エカチェリーナ。お待たせしました」

「アンナさんっ……! お久しぶりです!」

 

 アンナさんはそのまま、私を車に乗せてくれた。

 なんでも飛行士課程の建物は少し遠くにあるらしい。だから、車移動が基本なのだという。

 

「少し大きくなりましたかね、エカチェリーナ?」

「そうですね。1センチくらいは伸びました」

「成長期ですね、良い事です。栄養はしっかり摂りましょう」

 

 少し揺れながら、アンナさんの運転によって私は運ばれていく。

 すぐ近くの滑走路を見てみると、忙しなく色々な飛行機が発着していた。

 

「そういえば」

「はい?」

「私の他に、入学する方はいるんですか?」

「ええ。あなたと同じ年頃の男性が2人。どちらも飛行クラブに通ってはいましたが、あなたほど技術はありませんね。試験を突破してやってきた一般入学の方々です」

 

 私以外にも同級生がいるらしい。仲良くなれるといいけど……。ていうか、やっぱり、普通に入るには試験とか受けないといけないんだ。

 

 ……嫉妬とかされたらどうしよう!

 いじめられる……。

 

「悪い想像をしていますね。ですが安心してください。男女別の寮が割り当てられて、部屋も個室です。問題が起こったら報告するように。私たちはあなたを守りますよ、エカチェリーナ」

 

 ……そうだ、そもそもが男女で違うのか。

 アンナさんも居たし、価値観が前世と混合しちゃってるからあんまり気にしてなかったけど、こんな男の園に女の子がいたらたいへん危ない。

 

 うわあ、その事も気をつけなくちゃいけないのか。面倒だなあ。

 

「……なんか、女の子って、面倒ですね」

「これでも諸外国の数十歩先を行っていますよ。党の指導に感謝ですね」

 

 それからアンナさんと雑談することしばらく。

 折角なので、周辺国の軍事のこととか聞いてみた。その中でも気になったのが、あのドイツみたいな地獄の国の内戦に終結の兆しが見えているということ。……悪い予感がする。

 

 でも、アンナさんは嬉しそうに語っていた。平和になったら行ってみたい場所が沢山あるらしい。

 旅行とか好きなんだとか。意外だ。

 

「着きました」

「ここが……」

「飛行士養成課程の教室棟です。とは言っても、寮や食堂も付属していますので、生活はここで完結しますね」

 

 どうやら私の同級生の男子たちはまだ来ていないようで、先に寮の案内をされた。

 どの部屋にもシャワーとトイレが完備されてる。ベッドもあって机もある。なんならラジオまで。

 めちゃくちゃに高待遇だった。

 

「えっと……その……軍隊ってもっと厳しいものだと……」

「訓練は厳しいですよ。ですが、休める時にはしっかり休まないと高いパフォーマンスは発揮できませんからね」

「徴兵された人たちもこんな感じなんですか?」

「個室は空軍の飛行士と士官のみに限定されています。しかし、設備で言えば大差はありませんね」

 

 ……わあ。カルチャーショック。

 そりゃ、みんないい思い出になるわけだ。厳しい訓練の傍ら友情を育んだりする訳で。

 なんか、大人に良い人が多いのもこういうところが影響してそう。

 

「党の指導に感謝、です」

「ええ。ウラー。同級生の皆さんは明日到着する予定ですので、今日はご自由にお過ごしください。質問があれば、職員たちに何なりと。夜間は寮の1階に私たち女性士官も寝泊まりしますので、問題があれば報告を。では」

 

 どうやら、私への案内はこれで終わりみたいで、最後にいろいろどばっと伝えてくれるとアンナさんは去っていった。

 この人、忙しいんだね。

 

 そうだ、到着の連絡をお母さんにしておこう。

 家に電話はないから、代わりにヴォルシノフ飛行場に電話して、ミハイルおじさんに伝言を頼んだ。

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