TS飛行士は空を飛ぶ   作:soradayo

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48.尋問

「――っ!! は、はっ、はぁっ……どこ……ここ……」

 

 意識が戻る。

 私が居たのは森の中だったけど、今はどこかの集合住宅の一室だ。暖房が壊れているのか、普段なら暑いくらいには温まっているのに酷く寒い。

 外は暗い……いや、窓に板が貼り付けられていた。

 

「暗い……縛られてる……そういう事ね……」

 

 両腕と両足を動かしても、帰ってきたのは縛った紐の感触だけ。薄暗いからよくわからないけれど、姿勢から察するに、私は椅子に縛られているらしい。

 

「……爪はあげるから、貞操は奪われませんように」

 

 順当に考えればそういうことだろう。

 こうした事に対抗するための訓練を受けていないことはないけど……。思えば、あれも空挺軍の訓練プログラムのうちの一つだったんだろう。

 だけど、あの訓練の前提として、『いつか救助が来る』というものがあった。それまで何とか耐えるのが目的の訓練だった。

 ……今の状況下では適用できなさそうだね。どうにか逃げ道を探さないと。

 

「お早う、カレーニナ大尉」

 

 暗闇に慣れてきた目を使って室内の様子を伺っていると、扉が開いて人が入ってきた。

 眩しかった。そのせいで、外の様子はわからなかった。

 

「随分と手厚い歓迎ですね。私のために部屋まで用意してくれて」

 

 中途半端に明るくなったせいで、暗闇がまた視界を支配した。目の前の人物はシルエットだけが薄らと見えて、恐らく、黒い制服を着ている。

 けど、私は敵の空軍関連のことはそれなりに知っていても、それ以外はあまり詳しくはない。どこの所属だろう。

 

「情報を沢山知っているのだろう? 教えてくれれば辛いことにはならない。私にも、君と同じくらいの娘が居るんだ。心の痛むことはしたくないんだ」

 

 部屋の電気を付けながら、目の前の男は言った。

 懐から取り出した写真に写っていたのは長い黒髪を靡かせた綺麗な女性……。

 エリカだった。

 

 だけど、あの彼女が尋問に写真を使うことを許すはずがない。おそらく勝手に使っている。目の前の男は、空軍とはあまり関係の良くない所の人みたいだ。

 それに、よく考えてみればあのリヒトホーフェン卿が敵とはいえエースパイロットを尋問に回すはずもない。最悪の偶然が重なってしまった。

 

「……かわいらしい娘さん……なんて言うとでも? エリカとは会ったことがあるんですよ。あんたの所は漏れが大きいですね、反乱の余地ありだ」

 

 どうせ、SSとかNKVDみたいな部門の暴走だろう。だとしたら、情報を渡した先にあるのは証拠隠滅の死だけ。

 希望の道はただ一つ、心を折らずに抵抗を続けて、脱出だ。

 

 目の前の男を煽ってから、私は叫んだ。

 

くたばれ(スーカ)クソ野郎(ブリャット)!」

 

 

 

 

 

 

 尋問は花占いみたいなものだ。知ってる?

 花びらをちぎって、あの人が自分のことを好きか、好きじゃないか、占うやつ。同じようなものだろう。

 痛みを与えて、欲しい情報が出るまでそれを繰り返す。あんまり効率は良くないんじゃないかな。ウソだって混ぜられるし。

 

「……うあ」

 

 口の中の血を吐き出すと、思った以上に溜まっていたらしい。どろどろになった真っ赤な塊が、床を彩った。

 『水』の魔法を使って、清潔な水で口内を洗浄した。どうやら、敵さんは私がちょっとだけ魔法を使えることは知らないらしい。ハンナさんは報告していないんだろうか?

 ……あの人のことだから、お気に入りの獲物の情報は独り占めとかしてそうだね。

 

 でも、そのお陰で隙は生まれていた。ともかく、生き延びるだけなら『火』と『水』の魔法が使えると使えないのでは天と地ほどの違いがある。

 まずは生きよう。脱獄するのには時間も要るだろう。

 

 ……生きられるかな。

 

 

 

 

 

 

 扉が開く音と同時に、私も目を覚ました。

 今日で一週間。恐らく。太陽の光が入ってこないから、なんとも言えない。

 

「調子はどうだね、カレーニナ大尉」

「そろそろ……エカチェリーナって呼んでもいいですよ、おじさん」

「おじさんか。私はまだそれほど歳をとっていないのだが、戦場での過酷な任務はやはり老けてしまうね」

 

 尋問を行う時には、目の前の男だけでなく補助する人員が何人か共に入ってくる。だから、覚悟は出来るものの、どうしても、恐怖も共に生まれてしまう。

 粗末な椅子に強引に座らされて、手際よく四肢を縛られた。血を止めるように、わざとキツく。凄く痛い。けど、痛みなら耐えられる。

 

「特に……君みたいに、口の堅い若い娘から情報を引き出す時などは、過酷な任務だと、そう思えるね」

 

 男は、同じような椅子を私の前に置いて、そこに座った。

 吸っていた煙草を口から離して、煙を私に向けて吐きかける。そして、私の太ももに煙草を押し当ててきた。

 じゅう、と音が鳴って、激痛。

 

「……っ! じゃあ、はあ、辞めればいいじゃないですか」

 

 根性焼きなんて、いい趣味してるじゃない。女にマーキングしたいタイプなのかな?

 痛みを堪えながら睨みつけると、私の反抗的な視線が気に入らなかったのか、男は顔を顰めた。

 

「そのためには平和が必要で、そのためには君たちを打ち破らなければならないのだよ」

 

 両隣の人に指を動かす合図をして、私の腕を鉄の棒で殴りつけてきた。シンプルに痛い。だけど、慣れることの出来る痛みだ。

 辛くは無い。耐えられる。

 

「ぐっ……攻めてきたくせに、よく言いますね」

「ああ、私の心の平穏のためにも、早く君も口を割ってくれると良いのだが。なに、君たちの所の内務部みたいに、自白や告発をして欲しい訳では無いのだがね。我々は人道的な尋問を得意とするから……」

 

 男は腰に提げていた警棒のような物を手に持って、私の鳩尾(みぞおち)を力強く突いてきた。

 耐えきれずに、胃の中身が全部吐き出された。栄養の足りてないスープと、カチカチになって少しカビの生えたパン。変な色だった。

 

「おえっ……最、悪……」

「情報だよ、大尉。例の『魔女』のように裏切れという訳では無い……おや、良い目だ。彼女がそう呼ばれるのは不愉快かね」

 

 『魔女』という言葉に無意識に反応してしまった。吐瀉物に塗れているのも気にせずに、私は男を睨んでいた。

 ……この戦争において、その言葉が指す人はただひとり。

 

「クク……そうだな、彼女が我々へと与するために為した事を教えてやろう」

 

 私の反応を見て、自虐的な笑みを浮かべながら、男は話し始めた。

 

「まず、君たちのところの将軍と寝たようだね。我々に寝返る時の手土産のために。ご苦労な事だ。そこまで命が惜しいらしい」

「嘘だ! あの人がそんなことするはずないっ! 適当言うな!」

 

 力を込めて四肢を動かしてしまったせいで、縄が一層食い込む。ボロ椅子を壊すつもりで動かしたのに、案外頑丈で、ガタガタと床を鳴らすだけに留まった。

 

「おお、怖い怖い。流石は空の英雄、凄まれると……少し震えてしまうな。縛っておいて良かったよ」

「ふざけるなよクソ野郎が……これ以上アンナさんを侮辱するな!」

「裏切り者だろう? 魔女なんだろう? 君たちからの認識でも、そう変わらないだろう。どうしてそこまで庇うんだ?」

「……それは」

 

 その時になって、私はようやく気が付いた。こいつ――目の前の男に、弱みを見せてしまったことを。

 いつもそうだ……頭に血が上ると、感情的に行動してしまう。リヒトホーフェン卿との戦いだってそうだった。私の欠点だ。

 

 男は私の弱点を見つけられたことに気を良くしたのか、微笑みながら言ってきた。

 

「そうだ、取引はどうだ? 君が情報をひとつ渡す代わりに、君からの伝言を彼女に伝えよう。返事が来たら、しっかりと君に届けるよ」

 

 心が揺れ動いた。

 ……アンナさんが、私のことをどう思っているかなんて、本当のところはわからない。だけど、現状を打破する希望ではある。アンナさんとリヒトホーフェン卿は親戚同士、もし親しい関係でなくとも、アンナさんからエリカ伝いにリヒトホーフェン卿へ救助を求めることもできるだろう。

 

 しかし、その対価は情報だ。1度や2度なら嘘で乗り切れるだろうが、それも直ぐにバレる。そうなれば、もはや希望は潰える。となると、本当のことを言わないとならない。

 

 ――それをしてしまったら、裏切りだ。

 やりたくない。一度手を出したら、二度と元には戻れない。

 

 ……本来ならば。

 それを元に戻す手段は手に入れられるものの、使う相手は私ではない。だから、私は裏切ってはならない。

 

「駄目なら、もう一度だ。布を被せて、上から水をかけてあげよう。ハハ、そこまで苦しくないよ。濡れた布で顔を拭くようなものだ」

 

 髪を掴まれて、上を向かされた。

 顔の上に布が載せられる。ケトルから水が注がれて――

 

「なにを……。――っ、――!!!」

 

 溺れた。

 

「おやおや、どうかしたのかね。そう暴れなくても良いだろう……。さあ、もっと考えてくれたまえ。君へのおもてなしはまだまだあるのだから。時間はたっぷりある……時間は我々の味方だ……」

 

 意識が遠のく。

 空気が足りない。

 視界が暗くなっていく。

 苦しい。

 

「――! ――…………」

「痛……強い……、苦……あまり強……だな。次か……こっちを……う……」

 

 意識が飛んだ。

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