最近、密林の秘密基地に変な奴が来るようになった。
元々ハンターのための村として作られた村だが、最近では遠方からも一団が来るようになった。
理由は様々だ。モンスター調査だったり、薬の材料探しだったり。
詳細は聞かなかったが、雄々しい装備を纏った人間が入っていくのを、初めは興奮しながら見たものだ。
今となってはごくごく当たり前の光景となってしまった。
だからこそ、その日が来ても大して驚きはしなかった。
「また来てる……」
秘密基地はモンスターに気付かれないような場所に立てた。
当然、狩りで赴くわけがない。
どうせサボっているだけだろう。
どうせすぐに帰るだろう。
そう、楽観的ともいえる考えで放置してしまったのだ。
だってそうだろう?
明らかに人が住んでいる場所で寛ぐ奴はいない。
「いないって思ってたんだけどな~」
そうぼやき、俺は茣蓙の上で堂々と眠りこけている女を蹴ってやった。
「おい起きろ! ここは俺たちの場所だぞ!」
「……」
「起きろってば!」
「……」
全然起きない。
そればかりか、そいつは鬱陶しそうに片手を振りやがった。
「なんだよお前」
怒る気力だけがみるみる湧いてくる。
見たところサボり常習犯のハンターといった風貌だ。
濃く黒みがかった緑の長髪を腰まで垂らし、大の大人にしか見えない顔で呑気にプープー寝息を立てている。服装こそカジュアルなインナーだけだが、長身かつ筋骨隆々な体はハンターとしか思えない。
つまるところ、こいつはサボり目的でここへ来たのだ。
ここ―――俺たちの秘密基地に。
「起きろよ、起きろってば!」
「……」
目を覚まさない。
「良いよ、上等だ!」
そっちがその気なら、こっちはとことんやってやる。
「見てろよ、絶対にお前を追い出してやる!」
作戦その一。
耳元で太鼓を叩きまくる。
通称『ガノトトスもびっくり! 大音量爆破作戦』だ。
「太鼓は友達んちから借りてきたし、準備バッチシ!」
ホントは音爆弾を使いたかったが止められた。
曰く『悪戯でも投げちゃいかん。あれは子供が使える代物ではない』という。
「まあいいや。俺の太鼓妙技を見せてやる!」
意気込み新たに基地へ到着。
標的は何も知らずに呑気に寝ている。
近くに太鼓をセット、バチを手に準備は万端。
「起きやがれ、サボり魔!」
ドン! ドン! ドン!
のどかな密林に地響きのような重低音が響く。
近場で休んでいた小鳥は驚いて飛び去り、木に張り付いていた虫たちも慌ててどこかへ飛んでいく。
至近距離で聞いて無事な奴はいない。
そう思っていた。
「……プフー」
「な、なんだと⁉」
あろうことかサボり魔は眠り続けていた。
音すら聞こえていない。そう言わんばかりに。
俺の負けだ。
「ク、クソーッ! 次だ次!」
所詮今のは小手調べ。
本番はこれからだ!
作戦その二。
こやし玉の臭いを嗅がせる。
通称『人間だって逃げちゃうよ! やり過ぎ奇臭作戦』だ。
念のため消臭玉も持っていく。
「お、お前が悪いんだからな。俺にここまでさせて!」
例のごとく友人宅から一セット貰い、サボり魔の前で呼吸を整える。
あくまで臭いを嗅がせるだけ。ぶつけるなんてさすがに可哀そうすぎるからだ。
こやし玉と消臭玉を手に持ち、意を決して女の鼻元へ。
次の瞬間だった。
ボトッ。
「アアアアアアアアッ!」
無造作に払った女の手がこやし玉に直撃。
狙いとは正反対の方向―――つまり俺の下へ帰ってきてしまった。
その後はどうなるか。
想像に難くない。
「く、臭ぇぇぇッ! アアアアッ!」
モンスターすら裸足で逃げだす強力なアイテムだ。
生身の、それも慣れていない人間が被れば混乱は免れない。
結局その日は急いで家に帰り、臭いを取るため長時間の入浴を余儀なくされた。
親には怒られたし、踏んだり蹴ったりだ。
だが、それで懲りるほど柔じゃない。
「上等だ。とことんやってやる」
翌日の昼過ぎに俺は基地へと舞い戻った。
作戦その三。
虫たちを目の前で放つ。
通称『虫々してんなこの密林。ストレスアタック作戦』だ。
そのために密林中を駆け回ってきたのだ。
「喰らえサボり魔! 楽しい楽しい添い寝タイムだぜ!」
虫かごの蓋をオープン。
途端に自由を得た虫たちは秘密基地内を飛び回りはじめた。
「へっ、安心しろ。危ない奴は取ってきてねぇからよぉ!」
とはいえ、いくら寝坊助でも十匹を優に超える虫の大群を前に寝られるわけがない。
俺の勝ちだ。
「わっはっはっは! わっはっはっは……っは……は?」
勝利を確信し高笑いを決めたところだったが、結果は真逆を行ってしまった。
虫たちが、我先にとサボり魔から離れていったのだ。
何が何だかさっぱり分からない。
「な、なんで⁉」
「……」
驚きの声も女には届かない。
寝息を立てる連勝者を前に、ただ膝を落とすしかなかった。
この日は虫集めに時間を掛けてしまったため、作戦一つで泣く泣く帰ることになってしまった。
更に翌日。
もう心が折れそうだ。
「まだだ。まだ終わらねぇ!」
一度目が駄目なら二度目、それも駄目なら三度目。
諦めなければ、正義が必ず勝つ!
「待ってろよ!」
準備を整え、俺は密林へ出向いた。
今回の作戦は趣向を変えて、物で釣る作戦にしてみた。
押して駄目なら引いてみろ、だ。
「美味しい匂いを嗅げばあいつだって起きるだろ」
真っ先に思いついたのがハチミツだ。
滑らかな舌触りに濃厚な甘味、誰だろうと一舐めすれば虜になる最高の食材。
あれを嗅げば起きるに違いない。
「そうと決まれば、たっくさん集めるぞぉ!」
やる気充填完了。
俺は密林の奥地へ駆け出した。
ここで俺が村を出た時間を教えよう。
あれは日が昇ってまだ一時間ぐらいしか経過していない時だった。
昨日の失敗を元に考え、早めに出て作戦を試してみることにしたのだ。
話を今に戻して。
俺がハチミツを集め終えた時。
―――なんと時間は午後三時頃になってしまった。
「や、やっと集まったぁ!」
壺に詰め込んだ琥珀色の甘味にため息が零れる。
うっかり忘れていた。
ハチミツは甘いだけではなく栄養価も高い。既存の回復薬と調合することで性能を上げ、更に治癒力を高めることが出来る。
いうなればハチミツはハンターにとって無くてはならない素材の一つ、彼らが来るようになってからはハチミツの需要が増したことで、逆に数が減ったのだ。
「くっそぉぉ、ハンターめ……」
いくらモンスターを対峙してくれているとはいえ限度がある。
あまつさえ寝坊助サボり魔が基地で惰眠を貪っているのだ。とうに俺の中のハンター像はくすんでしまった。
「こうなったら絶対に起こしてやる」
秘密基地へ戻り、当然のごとく寝ている女ハンターへハチミツたっぷりの壺を近づける。
「ほらどうだ⁉ 甘い甘いハチミツだぞ!」
ところが。
「……」
「お、起きねぇ……」
寝息が無きゃ死んでいると思ってしまいそうだ。
だが諦めない。
何時間も集めたのだ。無駄にはできない。
「これならどうだ⁉」
ハチミツを指で掬い、女の口元へ持っていく。
顔を近づけたら徐々に離していき、目が覚めるのを待つ寸法だ。
ハチミツの芳香にハンターが耐えられるはずが―――。
ぱくっ
「ッ⁉⁉」
食べられた。
ハチミツを指ごと。第二関節まですっぽり。
指先に温かくてぬらりとした感触が伝わってくる。
何度も腹を舐められてくすぐったいのに、なんだか癖になりそうな心地よさがある。
「は、放せよぉ」
ペロペロペロ
「放せってばぁ」
ペロペロペロ
「うぅぅ……」
解放してもらったのは、それから数分のことだった。
駆け回った疲れと先に緊張が合わさって、つい茣蓙の上で横になってしまう。
「なんで起きないんだよぉ」
使える手は出尽くした。
完敗だ。
「ここは俺たちの場所だぞぉ」
「……」
サボり魔は答えない。
聞こえてないわけじゃない。
聞こえていて、それでなお自分の居場所だと誇示している。
こうなっては手の施しようがない。
「……頑張ってみんなと作ったのに」
場所を決め、資材を集め、手分けして完成させたのがこの基地だ。
それを赤の他人に占領されるなんて、悔しくてたまらない。
「酷いよ」
疲労のせいで瞼が重い。
おまけに入り口を開けっぱなしにしたせいで風が入ってくる。
いかに温風といえど、疲れた心には冷気しかもたらさない。
はずだった。
「うわっ!」
急に体が拘束され、動かされた。
サボり魔の胸の中へ。
「なに⁉」
女は答えない。ただ目を閉じ、寝息を立てるだけ。
だが、人肌より高い体温が内側までをも温めてくれる。
「なんだよ、お前。勝手に住み着いて……」
「……」
「……もういい」
疲れた。
女の腕を枕にし、俺は睡魔に身を委ねることにした。
ハチミツのお陰かは知らないが、胸の中は心をほぐすような芳香に満ちていた。
おかげで……ぐっすりと眠ってしまった。
「行ってきます!」
「待って!」
例のごとく基地へ向かおうとすると、お母さんに呼び止められた。
「なに? 買ってくるものあるの?」
「そうじゃないわ。しばらくやめておきなさいって言おうと思ったの」
「なにを?」
「密林へ行くのよ」
雷に刺し貫かれたような衝撃に襲われる。
「なんで⁉ 昨日帰りが遅くなったから?」
「違うわ。近頃変な噂を聞いてしまったの」
不安げに眉を顰めてお母さんは言った。
「危険なモンスターが見つかったみたいなの。凄腕のハンターさんもやられちゃって、当分は密林の奥に近づかないようにって村長が言ってたのよ」
普段はアグレッシブかつチャレンジ精神旺盛な村長だ。
そんな人が自粛するよう通達を出すほど危険なモンスターがいる。それだけで危険度は計り知れない。
普段なら家で過ごすところだ。
でも。
「だったら行かなきゃ」
きっと今も基地で寝ている、サボり魔の女ハンター。
ずっと惰眠を貪ってる悪い奴だけど。
……危険が迫っているのに放ってはおけない。
「駄目よ、家にいなさい」
「でもあそこには―――」
「いい加減になさい!」
ぴしゃりと、語気荒く言い放つお母さんに口を閉じる。
「前から危険だらけで、お友達の子だって行かなくなったじゃない」
お母さんの言う通りだ。
外部のハンターが来るようになってから、森の生態系にも変化が出てきた。
危険なモンスターや、これまで出なかったようなモンスターまで現れてしまい、一時期は村に剣呑な空気が漂ったこともある。
友達もその時から基地に興味を示さなくなり、代わりにハンターになれるよう訓練を積むようになった。
今や秘密基地で遊んでいるのは俺だけだ。
「まだやんちゃ盛りの年頃だから仕方ないけれど、しばらくは家にいてちょうだい」
「……そうだね」
お母さんが正しい。
だからって、自分の意志を曲げることはできない。
「ごめんなさい」
「ちょ、ちょっと!」
お母さんの制止を振り切り、俺は秘密基地へ駆け出した。
―――分かっていた。基地を作ったみんなはもういない。
そもそも秘密基地だって単なる憧れからスタートした計画だ。俺が最初にハンターを見た時のように、みんなもハンターという人種に憧れを抱き、追いかけるようになった。
それが嫌で嫌で仕方なくて、次第に興奮が冷めるという形で離れていっただけ。
女ハンターへの嫌がらせも、元を辿れば単なる身勝手に過ぎない。
―――だったら、
「身勝手で良いよ。俺は、あそこが一番好きなんだから!」
みんなと建てた思い出が。
女ハンターと格闘した場所が。
俺には唯一無二の宝物だ。
何度転びそうになっても俺は走り続けた。
ほとんど意地に近かった。身勝手を諫める現実を叩き潰したくて、がむしゃらに走り続けた。
だからなのかは分からない。
きっと、身の程を知れってことなんだろうか。
「う、嘘……」
俺はモンスターと出会った。
緑色の電を纏い、ステンドグラスのような翼を持った危険な飛竜。
ライゼクスだ。
「まさか、こいつが……」
ペタリ
威圧感に気圧され、地面に尻もちをつく。
それに嗜虐心を煽られたのか、ライゼクスは翼を震わせながらにじり寄ってくる。
「ここで、死ぬの……?」
身勝手の代償と頭で理解していても、本能が生にしがみつく。
死にたくない、死にたくない死にたくない。
「誰か……誰か……!」
ライゼクスのトサカが光りだす。
さながら大剣のようにそれが振り下ろされる。
直前のことだった。
「はぁぁぁぁっ!」
グギャ―――ッ⁉
凛々しい掛け声が聞こえた直後、甲高い炸裂音とともにライゼクスの絶叫が木霊した。
閉じていた目を開け、目の前を視界に捉える。
そこにはトサカを折られたライゼクスと、
―――サボり魔の女ハンターが立っていた。
「お、お前は……⁉」
俺が驚いているうちに女は近づいてきて、手を差しだした。
起こしてくれるのか。そう思った矢先。
「武器は持ってる?」
「へっ?」
「武器。硬ければなんでもいいよ」
無頓着で無関心。
そんな言い方に、けれど苛立ちや反論は芽生えない。
ただ腰に差していた作業用の万能ナイフを取り出し、女の手に渡す。
女は切れ長の目で俺を見つめ、言った。
「三十秒で終わらせる。その間に言い訳でも考えておいて」
「な、なに―――わあっ!」
聞き返す暇すら無かった。
一歩を踏み込む瞬間すら目で追えない速度で、女はライゼクスに飛び掛かった。
迎え撃つように鋏状の尻尾が突き出されるも側転して回避、懐に飛び込むと
早かった。
ただただ早かった。
瞬きしている間にライゼクスの部位は悉く破壊され、呼吸している間にライゼクスは死へと近づいていく。
奴が物言わぬ屍になるのに、三十秒すら必要無かった。
翌々日。
俺はお母さんに持たされたおやつと共に基地を訪れた。
そこには例のごとく女ハンターが。
しかし、今日は眠っていない。
「来たんだ」
いかにも眠そうだが、女は膝の上で頬杖を突きながらも俺を出迎えた。
「どうだった?」
「怒られたよ」
「だろうね」
「知ってたのか? ライゼクスがいるって」
「いんや? たまたま君の傍で気配がしたから駆け付けただけ」
なんてことのないように言うが、その時点ですでにおかしい。
ましてや一分足らずで危険なライゼクスを討伐なんて常人を超えている。
「お前何者?」
「教えない」
「なんで?」
「今までのお返し」
気怠げな目でウィンク。
そして俺からおやつを奪って脇に置き、ポンポンと茣蓙を叩いた。
「寝るよ」
「やだよ。お前と違って忙しいんだから」
「毎日あたしの邪魔してたくせによく言う」
「……」
ぐうの音も出ない。
「それに、あたしのお陰で救われたんでしょ? お母さんには何て言われたの?」
「……あの女ハンターさんに恩返ししなさい、って」
「じゃあして。ほら早く」
ポンポンポン
茣蓙を連打する姿に反抗心が鳴りを潜めた。
近くまで寄って横になると、すかさず女ハンターも横になって俺を抱き寄せる。
「そういえば、お前名前は?」
ふと気になって訊ねるも、ふくれっ面が返ってきた。
「お前って呼ぶ奴には教えない。でも『お姉ちゃん』って呼ばせてあげるよ、坊や」
「ならお前って呼ぶ。つか坊やって呼ぶなよ」
「お相子、かな」
「……ふんっ!」
気に食わないけど、この人がサボってくれたおかげで今を生きてる。
なにより……秘密基地に人が来てくれたのが、本当は嬉しかった。
一人で過ごしたがらんどうな場所に、今は二人でいる。
口に出すことなんてできないけど、それがとっても幸せだ。
「……ありがと」
「……ふぴー」
「だと思ったよ。俺も寝よ」
考えるのは後にしよう。
今は『お姉ちゃん』と一緒に、サボってみるのも悪くはない。
俺は目を閉じ、女ハンターの腕の中で安らかな眠りへと落ちていった。
書きたい組み合わせが多すぎて決められないってよくありますよね。