ま、続くか分かりませんが(ほんとすみません)。
シャガルマガラ×男研究員
寝起きの素晴らしさは筆舌に尽くしがたい。
新たな一日の始まり、期待と希望に満ちた朝日を浴びて意識を覚醒させる瞬間は、何度迎えても変わらぬ新鮮さで受け止めてくれる。
カーテン越しに差し込む陽の光を全身で浴びながら気持ちよく伸び~。
「よしっ、今日も頑張りますか」
ふかふかのベッドに一時の別れを告げてサイドテーブルから愛用の眼鏡を取り装着。
長時間の書類仕事の代償を文明の利器で解決したところで、はたと気付いた。
「……なにしてるんです?」
「……?」
いつの間にか寝室に入り込んだ同居人。
金色の長髪に黒のラインが二本走る特徴的な髪型に同系色の双眸を携え、モデルも顔負けのスレンダーな体を白金のマントで包む人。その容姿は女性とも男性ともとれた。
その人は入り口でこちらのことを眺めていた。ただジッと、近づくでもなく。
「えっと……なにしてるんです?」
返答の無さに呆れつつ再度訊ねる。
すると、
「飯の時間だ」
「あ、お腹空いたんですか。用意するのでちょっと待っててくださいね」
なんだそんなことか、と胸を撫でおろす。
同居人の奇行は今に始まったことではない。理由も分かれば気を張る必要だってないのだ。
しかし、そんな楽観視を金色の麗人は打ち消した。
「我が作った。早く来い」
たった数文字の連絡を口にして同居人は去っていく。
その背を、気付いたらパジャマも着替えずに追いかけていた。
(まずいまずいまずいまずい!)
あいつに料理を作らせてはならない。ひとたびキッチンに入れば大災害を起こす危険人物なのだ。
止めないと、かつてシナト村を襲った悲劇が繰り返されることになる。
「待ってください! 朝ごはんは僕が―――」
間一髪、リビングへ到達する前に引き留められた。
災厄は防がれたのだ。
―――そう思っていた。
「お主、何を言っておる」
キョトンとした顔を前に、先ほどの連絡が蘇る。
必死に反論を探してみたが、どの意見も一つの答えに集約する。
「我が作ったと言っただろ」
最悪の答え合わせを、同居人は若干喜びを称えて行った。
―――――――――――――――――――――――――――――
「僕言いましたよね? 掃除や洗濯はしてもらいますが、料理だけは絶対にしちゃ駄目だって」
「フンッ」
「聞いてます⁉」
時間は流れて一時間後。早起きで無ければ説教する余裕すら無い時刻だ。
仮に出勤時刻が押されてても説教はしただろうが、
「僕言いましたもんね? あなた聞きましたもんね?」
「知らん」
「知らんじゃないでしょ!」
……効果は無い。
まるで石像に話しかけている気分だ。文句を吐かない分、石像の方がマシだ。
「我は我の思うままにしただけだ。むしろ貴様の方こそ、折角朝食を用意してやったというのに一口もつけずに非難とは。人間はもう少し賢いと思っていたが」
「どの口が言ってるんですかぁ!」
叫びながら食卓に並んだ品々を指差す。さながら犯人を糾弾する憲兵だ。
同居人が用意した料理を一言で示すなら―――闇だ。
新鮮な野菜を盛ったサラダも、作り置きしているゆで卵を挟んだサンドイッチも、果てには果物を絞ったジュースも。
全てが黒い粒子を放っていた。
世の料理下手は時折似た物質を生成する。ダークマターと呼称されるそれは、料理というより何らかの実験の副産物に極めて近い性質を持っており、口にすれば最後、絶望と混沌をその身に流し込むこととなる。
友人の奥さんがそれに該当していて、料理を口にし半殺しに遭った友人の姿を何度も見てきた。
だがこれは、料理下手とは違う。
「貴様も嫌ではないだろう?」
組んだ両手の甲に顎を乗せる蠱惑的な仕草で、同居人は悪魔の囁きを口にする。
「我の子種をその身にもたらし、新たな生を与えてやるというのだ。泣いて我に感謝するといい」
「誰がそんなこと喜ぶんですか! あなたの鱗粉を好んで吸う奴なんかいませんよ!」
すでに分かっているだろうが、目の前の人間は人間ではない。
―――シャガルマガラ擬人種。目撃例も情報も雀の涙すら無い希少な変異種だ。
ただでさえ希少な種族の更に希少な個体。一般的なモンスターはその個体数ゆえにある程度の情報が集まっているが、古龍種の擬人化個体は全体の1%にも満たない。
世界的に見てもごく少数な存在の一人が、目の前でブーたれている同居人なのだ。
(なんで僕がこんな目に……)
後悔先に立たず、なんて言葉が理性から聞こえてくるが堪えきれない。
重要な種の特に重要な個体。龍歴院からすれば垂涎ものの研究対象だが、人権を持つ擬人種を研究所に閉じ込めるのは倫理に反する。
ということで、独り身で寂しいこの家に住まわせることとなったのだ。
研究員として喜ばしくないかと問われれば否定できない。だからといって(命に関わる類の)刺激に溢れた暮らしを送るのも健康に良くないのだ。
本当ならもっと叱ってやりたいところだが、生憎と出勤時間が刻一刻と近づいてきている。
「とにかく僕は仕事に行かなきゃならないので、家で大人しくしていてください」
「むっ、研究とやらをするのか。我も共に行こう」
「今日は別件です。とにかく家にいて、変なことしないでくださいね!」
モスジャーキーを口に放り込みながら手早く準備を済ませて出立。
朝の済んだ空気を浴びながら、足早に石造りの建物へと向かったのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
お昼になった。
同居人の研究員は家に食材を残している。元が人間と違う生物だからか生肉だろうが何だろうが平気だが、調理された食材の甘美な味わいを知ってしまうと以前の暮らしには戻れない。
「さて、今日は何を食べるとしようか」
読んでいた本を閉じ、椅子から降りてキッチンへと向かう。
人の身でも火はやや恐ろしい。そのため調理と言っても焼いたり煮たりは出来ず、お昼はもっぱら新鮮な果物や野菜に特製ドレッシングをかけたものが多い。
のだが、今日は少々事情が違った。
「むっ、これは奴のお弁当箱ではないか」
流しの傍に平然と置かれた木製の小さな箱。開けてみると若干冷めた肉の塊とサンドイッチが綺麗に詰められている。
これはいけない。同居人には健康に子を孕んでほしいのだ。腹を空かせて体調でも崩れては大問題だ。
「しかたない。届けておいてやるか」
木箱を適当な布に包み、急げ急げと家を出る。
晴天の下、開放感あふれる村を遠方に見える巨石へと歩く。かつては古代文明のどーたらこーたらを研究しており、現在はモンスターのあーだこーだを研究しているのだと、興奮気味に話していたのを思い出す。
初めての出会いはあまりよくなかった。拉致まがいのやり方で連れてこられ様々な情報を取られたのだ。後に健康診断だと教わったが、ろくな説明もなしに体をべたべた触られたときには殺意さえ芽生えた。
苦い思い出の多い石造りの遺構を進みながら同居人の姿を探す。
二人の会話はそんな時に聞こえて来た。
「それで、モンスターとの生活はどうだ?」
「ご想像にお任せするよ」
自分へ向けるものとは違う砕けた口調。
決して向けられることのない親近感のある言葉は、同僚の男に掛けられていた。
「お前、よく引き受けたよな。俺なら一日だっていたくないってのに」
「まあ簡単にはいかないかな」
「そんなレベルじゃないだろ。毎日毎日病原菌と暮らしてるんだぜ? ハンターみたいな物好きと違って、万一発症したら大変じゃないか」
男の言葉に無意識に拳を握りしめていた。
(我が……病原菌だと……?)
怒りは湧かなかった。当たり前だ。自分は人間たちが呼ぶ狂竜ウィルスを撒くモンスターであり、ウィルスが彼らに与える被害も尋常ではない。忌み嫌われて当然だ。
でも……改めて言葉にされると、当然なはずの認識に胸を深く抉られる。
「ちゃんとウチケシの実は食べてるんだろうな? 気休め程度でも無いよりマシだぞ」
「欠かさず食べてるよ。それに今のところ兆候は見られない」
「兆候が無くたって安心できねぇよ。相手は一時期モンスターの生活を狂わせたバケモンだぞ。いくら警戒したって足りねぇよ」
聞きたくなかった。でも、聞かなきゃいけなかった。
いくら外見が同じでも中身は別物。だからこそお互いに細心の注意を払わなければならない。
傷付けないために、傷付けられないために。
だから……自分がすべきことは……、
(我は、奴から離れたほうが良いのか……?)
悪くない暮らしだった。温かい寝床に美味しい食事、初めて感じた人肌の温もり、故郷へ廻ることも出来ずひっそりと暮らしていた頃では考えられない日々だ。
彼には感謝している。
なら……迷惑をかけないためにも離れよう———
「ごめんだけど、あまり侮辱しないで欲しいな」
振り向き、立ち去ろうとした直後、その声は聞こえた。
「異種族なのは理解しているけど、それ以前に今は大事な家族の一員だ。君だって奥さんを貶されたら良い気分はしないだろ?」
「そりゃそうだが……」
「前にも言ったけど、体調には十分気を付けてる。危険な場面が無いわけじゃないけど、もしもの時はその時さ」
その口調には明確な怒りが含まれていた。
相手へ———同僚の男へ向けて。
「知ってる? シャガルマガラは炎が苦手だけど、実はうちの人も苦手なんだ。前に料理を教えようとした時は火を見た途端に僕から離れなくなってね。普段はいかにも古龍って感じの態度なんだけど、その時はすごく可愛かったな」
「へ、へぇ……」
「あとウィルスを出す時だって、僕に子を孕んでって言ってくるんだ。僕ら人間の価値観からしたら結構な愛情だよね。多分、あの人もそう思ってるはずさ」
嬉しそうな声音で語ると、今度は険しい口調に戻った。
「僕は今の暮らしを気に入っている。あまり酷いことは言わないでくれないか?」
「……分かったよ」
堪忍したように同僚の男が肩をすくめた。
「そこまで惚気られちゃなんも言えんわな。でも注意はしてくれよ? 友人がある日ゴア・マガラになった、なんてことになったらどうするか分からんぞ」
「人間から生まれた実例は知らないけど……ちゃんと気を付けるよ」
二人は会話を終えてどこかへ行ってしまった。
お弁当を渡すタイミングを失ってしまったが、それよりずっと強い感情に心が躍っていた。
(そうか。我は大事な家族なのか)
家族。家族。家族。
聞き馴染みのない、けれど心地良い言葉を口の中で転がしながら、ルンルン気分で帰宅した。
―――――――――――――――――――――――――――――
「ただいま帰りました……」
溜まった疲れを吐き出しながら家へ戻ると、玄関先に金色の麗人が立っていた。
「よくぞ戻った。飯は出来ている」
「へっ⁉ う、嘘だぁ」
思わずがっくりと肩を落とす。朝食を抜いた上に昼食まで忘れてしまい、疲労と空腹で限界なのだ。夕食の準備にウィルスの片付けまで加わるとなると意識が遠のく。
と、思っていたのに、リビングに入ると我が目を疑った。
「こ、これは……⁉」
湯気の立つ色彩豊かな料理の数々。見るだけで涎が出てしまう品々に空っぽの胃が声高に催促する。
それどころじゃない。湯気が立っているということは火を使ったということ。
「だ、大丈夫でしたか? 火傷しちゃったりは———」
「案ずるな。あの程度の脅威に怯えるほど落ちぶれてはおらん」
などと口にしているが、後ろに組んだ手には回復薬を染み込ませた緑色の包帯が巻かれてあった。
「さあ、腹が減っただろう。飯の時間にしよう」
「それはありがたいですけど、でも、急にどうして……?」
「ふふん! さてな」
肩をすくめながらも、その顔には喜色に溢れていた。
訳も分からず立ち尽くしていると、柔らかな手に引かれて着席を促される。
「ほら食べるぞ。大事な家族が飢えてはたまらんからな」
「大事な家族……ってまさか」
「お弁当を届けに行ったのだがな、ついぞ出る機を逸してしまったのだ」
それ以上の説明は不要だった。
まさかの事実に顔が発熱する。本心から出た言葉とは言え、当人に聞かれると恥ずかしいことに変わりない。
「あ、あの、あまり大きな声では……」
「なぜだ? 我は大事な家族なのだろう?」
「そりゃそうですけど……」
「ならば構わんだろう。我も貴様を大事に思っておるぞ」
にこやかな笑みで告げられると何も言い返せない。
(まあいいか)
仲が縮まった。それだけでも、十分だ。
心から滲み出た微笑に酔いながら、料理を一口入れる。
「うん。美味しいです」
「そうかそうか。ならば、より深く親睦を深めるとしよう」
相手の目が一層妖しく光る。
気付いた時には遅かった。周囲に黒い粒子が漂い始め、あっという間に覆われてしまった。
「さあ、我の子を孕め!」
「だから駄目ですってそれは!」
全身から黒いオーラ(物理)を出した同居人に、今度は本気の拒絶を言い渡した。
危ない日々は当面続きそうだ。