自由人提督と真面目憲兵   作:全智一皆

1 / 1
序章 男子の朝は叱咤から始まる

 

 

 

■  ■

 午前〇九三〇。簡単に言えば九時半頃の事である。

 早いか遅いかで言えば中間ぐらいの時間帯で、悪く言うならば早いか遅いか判断しに難い中途半端な時間帯。しかし世間で言えば、仕事を始めるには少しばかり遅い時間帯とも言えるだろう。

 そんな時間帯だが、我らが提督と艦娘が暮らすこの鎮守府の執務室では、そんな時間帯になって漸く提督がご登場するのである。

 

「おはよう叢雲! いやー、今日も良い天気だな、絶好の海戦・演習日和だ! さぁ、今日も頑張っていこう!」

「じゃねぇだろまずは遅刻した事への謝罪からだろうがこんのボケカスがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「ぐぼぁ―――――――――――――――!?!?!?」

 

 バキィッッッ!!!! と、朝からまるで木の柱が真ん中からバッキリと折れてしまった時の様な激しい音を轟かせる右ストレートが、提督の腹に炸裂した。

 衝撃波の様なものが腹から背まで貫通した様なエフェクトが見えたそれは、明らか人に放てる威力のそれではない。もはや砲弾と何ら遜色ないだろう。

 だが―――『憲兵』であれば、その程度の事は朝飯前である。特に、海軍学校を首席で卒業したこのエリート憲兵であるならば、赤子の手をひねるよりも簡単な作業と言えよう。まぁ、それにしても威力が過剰な気はするが。

 まぁ、それはさておいて。

 朝っぱらから自分の提督が憲兵の砲弾右ストレートによって悶絶するという、そんな凄惨な様子を目撃してしまった、本日の秘書を務める艦娘―――「叢雲」は、もうかなり見慣れてしまったその光景に呆れながら、流れる様に仕事に取り組んでいた。

 

「おはよう、バカ司令官。もう書類は纏めてあるわ、さっさと体起こして取り掛かりなさい」

「おっふっ、おぐぅ……む、叢雲さぁん、流石に初期艦ちゃんから心配の言葉が一つも無いのは提督ちょっと、いや結構悲しいぞぉ……」

「もう見慣れたもの。そもそも、わたしや憲兵さんが何度言っても遅刻するアンタが悪いんじゃない。ったく……憲兵さんもごめんなさいね、見廻り中なのに出向いてもらっちゃって」

 

 書類を纏めながら、叢雲は申し訳なさそうに、溜息を吐く憲兵へと謝罪した。

 提督の腹に確実に入った拳をパンパンと叩きながら帽子を被り直すこの憲兵は、かつての提督―――まだ提督が提督という地位に就いていなかった頃、つまりはまだ学生だった頃、彼が通っていた海軍学校の同期である。

 同じ時期に海軍学校を卒業し、大本営の憲兵として在任してから一年も経たずして大本営直属の憲兵部隊の隊長を務める程の逸材だ。

 憲兵は腰に下げた軍刀の柄を撫でながら、叢雲と同じ様に呆れていた。

 

「気にするな。此奴を遠慮なくぶん殴れるというだけで出向く甲斐がある。おい、早く立て間抜け。でないと次はその脂塗れの顔面に鋭い蹴りを叩き込むぞ」

「朝から容赦無さ過ぎじゃね!? つかちゃんと洗顔したから綺麗だっつーの! あんさ、学生時代から思ってたけどお前もうちょっと穏やかに事を解決しようとは思わんの!?」

「貴様がその自由過ぎる性格を直せば良いだけの話だろうが何度言えば分かるんだこのダボがァッ!」

 

 激痛に耐え、腹を抱えながら精一杯に対抗の意を示して反論する提督を、憲兵は凄まじい剣幕で一喝する。

 

「貴様はこの鎮守府の提督だ! いいか、提督だぞ!? 朝早くから席につき、大本営から回される兵装やら作戦確認やらの書類を秘書艦と共に纏め上げ、ある艦隊を海上へと向かわせ指揮して戦闘し、ある艦隊の各々の役割を確認しながら編隊して遠征へと出撃させ、帰還した彼女達へ労いを掛ける、それが提督だ! 鎮守府という組織の上に立つ者として、その地位に見合った確かな行動を起こしてトップとしての模範となり、艦娘達を指揮し、艦娘達と接さなければならないと言うのに、貴様は何だ!? 朝の6時から起床して身支度を整え早めに席に着き、貴様が仕事を円滑に進められる様に書類を整理していた大切な仲間であり初期艦である彼女に対して、部屋に入って来て最初に掛ける言葉がおはようだぞ!? 『遅れて申し訳ない』と言うでも『遅れてしまったのに仕事を進めていてくれてありがとう』と言うでも、朝の挨拶と天気の話だぞ!? しかもそのまま謝罪もなく流れる様に始めようとしていただろうが! そんな貴様に対して鉄拳制裁を与えない訳ないだろうが私がこの手で斬り捨ててやらなかっただけ寛大な温情と知れこの莫迦者がッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 うんうん、と叢雲は勢いよく頷いた。

 全く以てその通り、反論の余地など欠片もない、文字通りぐうの音も出ない正論である。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! そんなに鋭い正論ぶつけなくても良いじゃんかよォぉォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 男提督、艦娘が居るというにも関わらず大人気なく情けないガチ泣きを晒すのである。

 これにはさしもの初期艦もうわぁ……とドン引き。憲兵に至ってはさらに青筋が増えている。

 まぁ、彼女に限らず古参の艦娘達は彼がガチ泣きする場面なんて腐る程見てきている為、別に珍しいものでもないのだが。それはそれとして、いつ見てもドン引きである。

 そして、だからなんだという話。例え大の大人であり共に海軍学校を卒業し今や提督という立場に就いているこの同期が、まるで親に叱られた子供の様にガチ泣きしていようが、しかしだからという事もなく、残念ながらこの憲兵には何ら関係はないのだ。

 

「喧しいッ! 泣く暇があるならばさっさと頭を垂れて彼女に謝罪し、疾く執務に取り掛かれ! 貴様が来ない所為で朝礼も出来ず仕舞いなのだ! 貴様一人の遅刻によって多くの艦娘達を待たせてしまっているという自覚を持て! 分かったな!」

「うす……」

「貴様それでも軍人かッ! 返事は何だ!?」

「はいッ!」

「出来るなら最初からそうしろ! さっさと取り掛かれ!」

「お前の方がうるさいじゃんかよ…」

「あ?」

 

 ドス黒い気魄と共に、鯉口を切った事で白銀の刃がちらりと鞘から顔を出した瞬間、提督は先程までの情けない姿が最初から無かったかの様に、凄まじい体勢を立て直して土下座をかました。

 

「はいマジすんません何でもありません朝からありがたい説教マジあざっすそんで叢雲さん書類纏めてくれてありがとうございますあと遅刻してしまい誠に申し訳ございませんでしたァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「間宮さんのデザートと鳳翔さんの居酒屋、両方奢りで良いわよ」

「はい…是非とも奢らせて頂きます……」

「はぁ……まったく、朝から疲れる。それでは、後はお任せします。私は見廻りに戻りますので」

「えぇ、分かったわ。見廻り頑張って、憲兵さん」

「勿論。もし其処の莫迦が、万が一にでも逃げ出したら何時でもお声掛けください、直ぐ捕らえますので」

「逃げ場が何処にも無い……」

 

 まぁ、我が鎮守府の今日はこういう朝で始まったのだが。

 とりあえず―――今日も、鎮守府は平和である。




提督(自由人)
なんで提督になれたの?という疑問が真っ先に上がってしまう程の自由人。基本的に自分のペースで生きている軍人らしからぬ軍人。絶対に自分のペースを乱さないのが特技というマイペースオブマイペース。憲兵とは海軍学校の同期であり、寮で同室だった付き合い。
呆れてしまう程の自由人だが、実は鎮守府の艦娘達からは強く信頼されている。

憲兵(真面目)
提督が着任した鎮守府を担当している憲兵。皆の頼れる憲兵さん。バカで自由過ぎる提督を艦娘に代わって叩きのめす事が殆ど。提督とは同じ海軍学校の同期。
海軍学校を首席で卒業したエリートで、一年足らずで大本営直属の憲兵部隊の隊長を務めたスーパー憲兵。
白い髪と赤い目が特徴。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。