星滅のリット   作:電磁幽体

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 一五年前に星空が消え、異能者が現れた世界。
 【奇跡を立証するもの(SIGN-ALCHEMY)】――シグナルと名付けられた彼らは、何もせずとも、ただそこにいるだけで人々に恐れられた。
 過ぎた力を持つ者は、持たざる者にとって異物足り得る。日を追うごとに増していったシグナルの数は、やがて世界の許容量を飽和した。
 何が本当のきっかけだったのかは今でも分からない。シグナルがその力で無辜の人々を傷つけたからなのか、あるいは人々がシグナルを恐れて不当に虐げたからのか、ともすればその両方か。
 広がる戦火が全てを覆い隠し、真実は歴史の裏側へと葬られた。
 確実に言えることは二つだけだ。
 予知能力者──【星詠みの魔女】アリスティア・ローレライを旗印とするレジスタンスと、それ以外の持たざる者たち【世界連合】とで二分され、この世の全てが争いに満ちていた。
 そしてこの戦いは【星詠みの魔女】の死を契機に、シグナル側が折れる形で終戦を迎えたということである。





プロローグ「私の知らないその先に」

 (――ねえ、リット。この世界から星空が消えて、一五年が経ったの)

 温かな液体で満たされた暗闇の中、リットと呼ばれる存在が、ただ一人そこにいた。

 暗闇に沈められたリットは、何も見ることができない。何も触れることができない。何も聞くことができない。本来、誰とも接することがない存在だった。

(まるで黒いカーテンに覆われたかのように、ある日突然、夜空はまっ黒になったんだ)

 しかし、そんなリットの脳内には不思議な声が響いていた。ここにはいない、明るくて優しげな少女の言葉。姿かたちは分からないけれど、間違いなくリットに語りかけていた。

(そんな星空の消失と同時に、不思議な力を身につけた人たちがいろんなところで現れるようになった。非科学的な異能を持つ、超常の存在たち。事態を正式に把握した世界連合は、彼らを【奇跡を立証するもの( S I G N ― A L C H E M Y )】――シグナルと呼ぶようになった……リット、ここまでは分かる?)

(……はい)

 リットの短い返事に、少女は気を悪くした風もなく言葉を続ける。

(シグナルはその異能の危険度から、三段階に区分された。【安全指定(グリーン)】と【危険指定(イエロー)】、【災厄指定(レッド)】の三つ。緑は安全、黄は気を付ける、赤は危険ってね)

(それは交通信号?)

(似たようなものね。シグナルの中でも【安全指定(グリーン)】と【危険指定(イエロー)】は、【保護都市】と呼ばれる特別自治区に強制収容されるようになった。そして【災厄指定(レッド)】は……)

(【災厄指定(レッド)】は殺される)

 リットは淡々と答える。少女は調子を変えずに肯定した。

(そう。強大な異能を持つシグナルは、かつて世界を混乱に陥れた。戦火はどこまでも広がり、多くの尊い命が失われた。――シグナルを野放しにしてはいけない。そんな教訓を胸に刻み、世界連合は過ぎた力を持つシグナルを、殲滅すべき世界の敵――【災厄指定(レッド)】と区分した。……それが、シグナルと共存するために世界が出した一つの答え)

 長き時を漆黒の水底で過ごしたリットには、「殺される」という言葉の過酷さを理解することができない。ただ、その言葉の指す意味だけは知っている。生きていたという記録だけが残って、それ以降何も知ることができなくなるということに……リットは胸をちくりと痛めた。それが、悲しみという自らの感情であると気付かないままに。

(そして――わたしは【災厄指定(レッド)】)

 確かめるようなリットの呟きに、少女は迷うことなく肯定した。

(そうだよ。貴方は世界中の誰にも知られていない……いや、私を含めてほんのちょっぴりの人しか知らない、始まりの【災厄指定(レッド)】シグナル。もし、そんな貴方の存在が明るみになったとしたら……)

 人の死というものをおぼろげに想像しながら、リットは他人事のように言葉を継いだ。

(わたしは殺される)

(――いいえ、貴方は生きるの)

 少女は力強く否定した。

(生き、る?)

(ええそうよ。……貴方の行く末は前途多難で、辛いことは何度でもやってくる。その度にくじけそうになるかもしれない。生きることを諦めたくなるかもしれない。それでも、リット、貴方は大丈夫。たとえ世界中のすべてが貴方の敵になったとしても、貴方はこの世界を生きるのよ。貴方の自由は誰にも奪われやしないわ)

(どうして?)

(――だって、きっと、貴方を守ってくれる人が傍にいるから)

 リットを守る、まだ見ぬ人。ずっと傍に居て、この手を離さないでいてくれる誰か。リットはそんな誰かを思い浮かべようとするが、あらゆる経験が欠落しているが故に想像すらできないでいる。

(わからない……それは、あなたのこと?)

(違うよ。その人っていうのは、私じゃない。……私なんかよりも、ずっと素敵な人だよ)

(どんな人?)

(さあ、どんな人でしょうね。ふふっ)

(いじわる?)

(ごめんね、これはまだ秘密なの……でもね、教えなくても、貴方にはきっと分かるから。この人だ、って。その感情を、大切にしてね)

(感情。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ……)

(もっともっとたくさんあるよ? 貴方はこの世界を生きて、色んなことを知っていくの)

 ほんの少し、躊躇うようにリットは聞く。

(……ここを出て?)

(そう。これで、シグナルについてのおさらいは終わり。……さよならをしなくちゃね)

 少女が別れをほのめかすと、リットの心にもやもやとした形容しがたい何かが発露した。昏い水底の奥、胸を僅かにきゅっと締め付けるその痛みの意味を、未だリットは知らない。

(……もう会えなくなる?)

(いいえ、リット。私はここにいる。貴方が私を思う限り、私はずっと、貴方の心の中にいる。だから――)

 少女が発した言葉の続きは――

 

 ――唐突に発生した衝撃によって掻き消え、リットに届くことはなかった。

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