ルーミア的には「さもありなん」は古臭いから「そーなのかー」と言いたい 作:センゾー
丁寧に描くよ
揺れたり震えたりしたって
丁寧に歌うよ
幻想郷に来るずっと前の話。
その日、彼女に出会った時、不思議な引っ掛かりがあったことを覚えている。
それは確かなものではないけれど、どこか過去の良くない記憶と結びつくかのような、『宝島』でジムが片足のシルバーにかつての言葉を思い出すかのような少しばかりの懸念。
私の過去に潜む因縁なのか、それとも彼女の性質から来る不安なのか。
密談は不穏と共に始まった。
ただ、少なくとも彼女は紅茶と共に私を出迎えてくれた。茶葉はアールグレイ、茶菓子はスコーン。紅茶に血が混じっていないことを詫びながら、私達のために椅子を引き、休息の為の着席を促した。
それは夜の王の姿ではなかった。
私は促されるままに着席したが、彼女の袖からは花の香りがした。
死の匂いも、災いの香りも、あるいは悍ましき無臭も、私が思っていたものは何もなかった。私が心のどこかであって欲しいと思ったものなど、そこにありはしなかった。
拍子抜け、呆れ、悲しみ、怒り、様々な感情が駆け巡ったような気がする。
彼女もそれを察しているのだろうか、少し申し訳なさそうな顔をして、おもむろに硬そうな椅子に腰掛けた。下を見ると、私の椅子は同じ木製でも幾分座り心地の良さそうなものだった。それがまた妙に癪に触って、少し唇を噛み締めた。
それをきっと見なかったことにして、彼女は話し始める。
「今日来てもらったのは他でもないわ。夜の王、その座をあなたに譲ろうと思うの。レミリア・スカーレット」
「なぜ、そのように思ったのかしら。あなたともあろう者が」
「もうこういう生き方に、畏れられて、君臨して、思うがままに力を振うことに興味がないから」
そこからは、数分の沈黙があった。
吐き出すようでなくただ零すように話す様にかえって現実味があって、そして私には人の心を察する程度の観察眼はあったから、それが本心であると結論づけるまで大した時間は掛からなかった。
これまで私が幾度となく挑み求めたその座は、奪い取るのではなく、無関心からの譲渡によって齎されようとしている。
しかも、そこには私への侮蔑など微かにもなく、恐らくは私を認めたが故の選択であるのだ。
私を何を悔めばいい。何を悔めば、私はこの怒りに都合をつけられる。
ただ、言葉を発する余裕が無かった。苦しい時間だけが流れた。
そして、沈黙を破ったのは彼女だった。
「そもそもの話ではあるのだけれど、私は夜の王を自称したことはない」
「自称したかどうかは問題ではないわ。周りが認めることが大事なのよ」
「そう、私は周りが私をそう呼んだだけ。そうあれかしとされたからそのようにしただけよ。神の敵の私が、神への祈りに似た言葉で君臨したのは、なんとも皮肉なことだけれど」
「ノブレス・オブリージュだったかしら、たまにはフランス人もいい言葉を生み出す。あなたには力があり、そう願われたのだから、責任が伴う。ここに来て私にその座をくれてやる? ふざけないでもらえるかしら、偉大なるワイルドハント」
その名を呼んだ時、彼女の瞳に輝きを見た。
満月の夜、彼女に挑んだ時、彼女を見下ろした時に、月光に煌く双眸。彼女の闇の奥の微かな輝きを。
「その名は、もう必要ないわ。それも与えられた名。いえ、名より称号と言った方が正しいかしら。それならば、あなたに譲る物の一つね」
「いいえ、あなたがワイルドハントよ。名乗る名も持たないあなたには相応しい」
「名ならあるわ。自分で考えた名が」
「聞かせてもらおうかしら」
「ルミナ」
「光? あなたが? さっきからあなたの言葉は気に食わなかったけれど、本当に狂ってしまったのかしら」
「名とは願いでもあるのでしょう。ならば、光に憧れる私はその願いを名に込めるわ」
「たとえあなたが夜の王の座を退き、光に歩んでも、世界がそれを受け入れるかはわからないのよ」
「さもありなん。そんなことは理解しているわ。それでも、歩み始めなければ、前には進めないでしょう?」
あまりにも楽観的な言葉。けれど、その穏やかさに触れるうちに、どうにも怒りの熱が冷め始めていた。
引き留める言葉が無駄であろう事は既に理解している。彼女は元より何かの執着することはなく、私との戦いにおいても見下ろされることに不快感を抱きはしなかった。その玉座は最初から大した意味はなく、本当に願われて断る理由がないから座っていただけだった。
けれど、さっきの輝きからわかったこともある。彼女はその在り方を忘れたわけではない。ただ、捨て去ることにしただけだった。
彼女には力がある。過去も、現在も、そしてきっと未来にも。ならば、そこには権利がある。私の思うノブレス・オブリージュのような義務のない、最も強い者だけが得られる自由という権利。今、彼女はそれを行使することができる。
彼女が力故に自由になるのならば、いつか私は彼女を打ち倒し、本当の意味で夜の王の座を手に入れよう。
今私ができるのは、そのように楽観視することだけだ。彼女のように。
「わかったわ。私ももう止めはしない。玉座もいただきましょう。それで、あなたはこれからどこへ行くの? あてはあるのかしら」
「勿論。遥か東、極東の地に秘された場所があるのよ。ツテでそこの人に話を通しているわ」
「地名とか、何かあるのかしら。いつか訪ねに行くこともあるかもしれない」
「忘れられた者が逃れる地、幻想郷。私にとっては希望の地ね」
「もしも、そこへ行くことがあったならば、或いはあなたが帰ってくることがあったならば、また会いましょう」
「えぇ、良き友、レミリア・スカーレットよ。いつかまた、会いましょう。その時には、あなたの願う決着がつくことを祈っているわ」
「願わないでもらえるかしら。それはあなたの敗北なのだからね」
最後の最後で、私たちは約束と共に微笑みあった。
新月の暗い夜のことであった。
※
「それで、あの後幻想郷に着いたらあなたは力を封印する予定だったと」
「……えぇ」
「あの夜の時点で私との約束が反故にされることは決まっていたと」
「……えぇ」
紅く美しき屋敷の奥、客間の大きなソファで二人の少女が向かい合っていた。
一人は館の主人にして偉大なる夜の王、レミリア・スカーレット。そしてもう一人は、金髪に赤いリボンをつけた黒服の少女だった。
レミリアが真っ直ぐに見据えるのに対し、少女は動揺した様子で、視線を泳ぎ口元は苦笑が震えていた。
「私に言うことがあるんじゃないかしら」
「た、大変申し訳ありませんでした!」
少女は立ち上がるや否や、レミリアの前に進み、滑り込むように綺麗な土下座が披露された。
そして、5秒ほどして顔を上げると、泣きそうな顔をして言い訳を始めた。
「だって、あなたあそこでそう言ったら、絶対に素直に行かせてくれなかったじゃない。私だって騙したくはなかったけれど、穏便に済ませたくって」
「言い訳は結構よ!」
レミリアの一喝に、少女はピタリと言葉を止めて、再びソファに腰掛けた。
「まだ多少の怒りはあるけれど、過ぎた事はもういいわ。ルミナ、あなたにまた会えたこと自体は嬉しいから」
「あ、名前なんだけど、今はルーミアって名乗っているの」
「ルーミア? ルミナじゃなく?」
「当時は日本の妖怪ばかりでルミナと聞き取ってもらえなくて、ルーミアと呼ばれているのよ」
「あなたはそれでいいの?」
「まぁ、いいんじゃないかしら。皆がそう呼ぶならそれで」
「……へぇ、あなたがあんなに意味ありげに語っていたルミナという名も、その程度のものだったのね」
「あっ、ヤバ」
「あの時絆された私が馬鹿だったわ」
「本当に!本当に申し訳ございませんでした!」
また、美しい土下座がレミリアの前で披露される。
それでも、彼女は最後にはルーミアを許し、微笑み合って紅茶を飲むのである。
そして、レミリアに故郷の話を聞かされて、かつての言葉のように言うのである。
「そーなのかー」
「それ、昔馴染みからすると恐ろしいほど似合ってないわよ」
「えっ、マジで?」
かつてのワイルドハントは、幻想郷でひっそりと生きている。
それでも君を連れて行くよ
揺れたり震えたりした線で
描くよ 君の歌を