ルーミア的には「さもありなん」は古臭いから「そーなのかー」と言いたい 作:センゾー
ここに居ようとしてる?
逃げるよ 逃げるよ
あと少しだけ
細い三日月に微かに照らされた夜のことであった。
どこかの森の奥、秘された屋敷の縁側で、二人の少女が言葉を交わしていた。
容姿から多少の年の差を感じるも、二人とも外見には似つかわしくない大人びた振る舞いと言葉遣いであったから、結局のところ差など問題にならなかった。奇妙な少女の会話というのが客観的な結論である。
「というわけで、レミリアには会ってきたわ。私の事は伝えたから、秘密は再び守られたと言うわけね」
「感謝しますわ、ルーミア。何分あなたの正体は随分都合が悪いもので」
「そーなのかー。まぁ、私も別に戻る必要は感じていないし、ここでの穏やかな暮らしが無くなることは望んでいないもの。あ、煎餅いただいてもいいかしら」
「どうぞどうぞ。なら、ついでにお茶も。藍、お茶を入れて差し上げて」
「ありがとう。ところで」
「はい」
「仮に私の封印が解かれたら、その時は一暴れさせてもらうから、よろしくね」
ルーミア、と呼ばれた幼い少女の言葉に、もう一人は縁側に揺らしていた足を止めた。その顔には、先程までの穏やかさが残ってはいたものの、驚愕の硬直からか変化を見失っていた。
「それはどういう意図で?」
「幻想郷における私の価値は、私一人のものでなくなったという事よ」
「……レミリア・スカーレットの来訪は思わぬ災いを招いたようで」
「ごめんなさいね」
「謝罪は結構ですわ。あなたを受け入れると決めた時に、少しは覚悟していたことですから」
「苦労をかけるわね。私を打ち倒そうとし、私が玉座を譲り、私の今を理解する。そんな彼女の為に、私は私の価値を下げられないの」
「わざわざ丁寧に説明まで」
「でも、安心していいわよ。この世界の機構に影響は必ず出さないし、犠牲者も出さない。それなりの異変を起こすというだけの話。たとえば、ずっと夜になる! とかね。いいアイデアだと思わないかしら、紫」
紫は呆れ返って、話しているうちに用意されていた緑茶を啜った。
随分と具体的で、実現可能で、そのくせ彼女がやりそうにない内容である事が、やけに不安を煽る。
けれども、彼女はこういう時、その意図を伝えはしない。意味があってもなくても彼女は何も伝えないし、それが余程のことでない限り干渉しようとはしない。つまり、彼女がこの形で言及する限り、大した問題にはなりはしないのだ。そういうものなのだ。
紫はそれを知っているから、頭の片隅に残すに留めた。
「まぁ、私の封印が解けなければ問題はないのだけれど。知っているのは管理人達と紅魔館くらいのものだからね。」
「あなたを知る者がまた入ってきた時、或いは実は既にいた時が厄介なのです。向こうで暴れたあなただから、見ればわかる人も多いでしょう」
「それはー、そうね」
「そうね、と軽く言いますね」
「軽く言ったからね」
「……はぁ」
「なーに、大丈夫よ。だから、私は力も何もかも捨てて、こんな体でひっそりと生きてるんだから」
「楽観視、あなたの悪い癖ですよ」
「この前、レミリアにも言われたわ。お説教の中で、3回は言われたんじゃないかしら」
「改善しては?」
「……」
「そのように顔を逸らしていても何も解決しませんよ」
「そーなのかー、じゃなくて。いいじゃない、こういう幼い解決策。こんな体になったんだから、出来なかったことはやりたいだけやらないと」
「別に外見が幼なくとも関係ないでしょう。それこそ、レミリア・スカーレットがいる」
「彼女はカリスマでしょう。そりゃあズレがあっても良いわよ。私は別にカリスマじゃないし、元から大人びていたわけでもないわ」
「どちらにしてもそれがしたくてここにきたわけじゃないでしょう?」
「今日は私を虐める日?」
「そうした方がよければそうしましょう」
「あー、うーん、よし! ご馳走様! それじゃあ、そういうことだから!」
気まずそうに視線を泳がせたあと、ルーミアはお茶を一気に飲み干して、煎餅を頬張って駆け出した。
すぐにその姿は黒い闇に覆われて、影すらも見えなくなった。そうなったところで、暗すぎる闇が、夜には浮いてしまうから追跡は容易だった。
そうしなかったのは、彼女ならば、本当に何とかなりそうな気がしているからである。
曖昧なものを信じるなんて愚かだと思う。けれど、あの日、彼女の最後の日を思い出すと、彼女は大丈夫だと思えた。
かつて最強のワイルドハントだったからか。カリスマでなくともいるだけで存在感があったからか。自分の望みの為に全てを捨てられるような人物だったからか。力を失った後も笑っていたからか。
封印を施された彼女の言葉を思い出す。
「あぁ、やっぱり、月は綺麗ね」
当時、その言葉に別の意味などなかった。だから、きっと彼女はそのまま以上の意味をそこに潜ませてはいないはずだった。それなのに、まるで世界の全てに恋しているかのようだった。
そして、やはり文面以上の意味などないはずの言葉を重ねるのだ。
「死んでもいいわ」
死にたくないはずの彼女の言葉。意図を聞くことはなかった。笑っていたから。
少なくとも、彼女に死ぬ気はなくて、その瞳は新たな未来に向かって輝いていたから。
それからかなりの時が過ぎたが、もう大した力も残っていないのに、彼女の印象は最初から変わっていない。ワイルドハントの時から、何も変わっていないのである。
彼女にどんな秘密があるのかは知らない。暴こうとも思わない。闇の奥に秘されたものは、きっとそうであるべきだと思うから。
彼女がいる限り、どうとでもなるような気がしている。それだけで、私は彼女を信頼できる。
「ルーミア、あなたが幻想郷の最期までいる事を願うわ」
月下の淵をなぞる様にして、闇は遠くへ消えていった。
その様子は、ここから離れるにつれて、踊るように楽しむように揺れていた。
行けるよ 行けるよ
遠くへ行こうとしてる
イメージしよう イメージしよう
自分が思うほうへ