もし自分が魚だったらどんな魚になるのか考えたことはあるだろうか。いつもゆっくりとしているからマンボウだとか足が速いからカジキかなという具合に。僕はこれといった特技は無いしなんとなく鯖かなあ・・・そう思いながら青く澄み渡る夏の空の下、離岸流に飲み込まれた。
次に目を覚ました時には青い壁に囲まれていた。辺りは暗くひんやりしていて部屋全体が少し揺れている。いったい此処はどこなのだろう。自分は海で溺れたはずである。うまく状況が呑み込めず考え込んでいると
「どこだ此処は早く海に返してくれよ」
と後ろから声が聞こえてきた。かなり驚いたが今は驚きよりも安堵の方が大きかった。自分以外にも海からこの場所に来てしまった人がいるのだ。「あなたも気が付いたらここに居たんですね。」そう言いながら後ろを振り向くとドでかい鯖がしゃべっていた。僕も何を言っているのか分からないがドでかい鯖がしゃべっているのだ。早く海に帰ってみんなと一緒に泳ぎたいだとか、お前も気が付いたら此処にいたんだなとか。なんで鯖がしゃべっているのか。なんでこんな大きいのか。疑問は沢山あるが僕は嫌な予感がして鯖に尋ねた。
「なあ、もしかして僕って鯖になってる?」
「何言ってんだ鯖に決まってんだろ?」
最悪だ。僕はどういうわけか鯖になってしまったらしい。
「顔は見たことないけどたぶん同郷だろ。俺はヨセナベ。みんなナベちゃんって呼んでた。よろしくな。」
随分と陽気な鯖だなコイツ。僕たちが何者かによってこの暗い場所に閉じこめられているというのに。しばらく経つと部屋の揺れが止まり急に辺りが明るくなった。さっきまでは暗くてよく分からなかったが此処は部屋ではなくバケツの中みたいだ。するとバケツがゆっくりと傾いて水と一緒に僕とナベちゃんは大きい水槽に移された。
僕たちが大きな水槽に移されてから数週間、いろいろと分かったことがある。鯖の群れで行動するときは列を乱さないこと、餌は一三時と一六時の一日二回ということだ。最初は渋々食べていたがもう慣れて時間が来たら腹いっぱいオキアミを食べている。もう立派な魚類である。
「ここでの生活にもだいぶ慣れてきたねナベちゃん」
「そうだな~ここはマグロのやつも居ないしオキアミもたらふく食えて天国よ。まあ海に残してきちまった仲間に会えないのはちと寂しいけどな。」
前にも思ったが鯖に区別なんてつくのだろうか。少なくても僕はナベちゃんの背ヒレに傷がなかったら他の鯖と見分けがつかない。
「そろそろオキアミタイムだな。行こうぜ。」
びゅーんとヒレを豪快に揺らしながらナベちゃんは行ってしまった。
餌場はいつも混んでいるが今日は特に混んでいる。どうやら新しく入ってきた飼育員が誤ってバケツのオキアミを全部撒いてしまったらしい。水槽の魚たちは大はしゃぎで、鯖のみんなは大群になって水槽の中に水流を作り出している。その時だった水面に彼女の泣いている顔が見えたのは。僕がまだ人だった時は二人でよく水族館に足を運んだ。彼女は水族館が大好きで特にくらげが好きなこと、いつか水族館で働きたいと言っていたのも覚えている。僕は無我夢中でヒレを動かした。鯖たちの合間をぬって水の流れに逆らいながら進んでいく。そして僕の体は水面を超え床に叩き付けられた。彼女はどうやら僕に気付いていないらしい。
「もうだめだ私って何にも上手にこなせない。彼がいなくなってからずっと…」
そんなことはない君は頑張れる人だ。僕は必死に尾ひれを動かす。が、僕が飛び跳ねる音は鯖たちの餌に群がる音でかき消されてしまった。身が重い。乾いてきて呼吸が出来ない。君に気付いてほしい。僕は今ここにいる。気付いてくれ。そのとき一匹の背ヒレに傷のある鯖と目線があった。助けてくれ。息が出来ないんだ。最後に見たのは僕を一瞥して餌を食べる鯖。聞こえてきたのは「くらげになりたい」という悲痛な叫び。僕の願いは叶うことなく鯖たちの騒音に呑みこまれた。
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