先生は、あるマンションの一室にいた。
事の一室はシャーレの地下室に出てきた青い泡。
『なんかヘルタにあったあれ思い出すなあ』
『シャーレの意味変わってきてしまいますね』
『人の家でスキャラカバズ繁殖させるのやめてほしいね』
宇宙ステーションヘルタのあれのような質感を持つ泡が出てきたのだから、当然先生もそれを口にする。
『この泡が爆発物だったらどうします?』
『嫌だなあ』
そう言いながらも結局放置しているのも危ないと判断した先生は、プレナパテスに見守ってもらう事前提でその泡に触れて何かを確かめることにした。
触った瞬間に神経が全部ダウンする感覚に襲われて気絶。
そして、日差しのいいマンションの一室で目を覚ました。
「起きましたか?先生」
「____」
ハナコが声をかけてきたのはわかったが、どこにいるかはわからない。
ずっと視界がぼやけているのでどうも動きようがないものの、座っているのはおそらくソファ。多分、このまま身を預けても問題ない。
「そろそろ朝ごはんですよ。食べれそうですか?」
「もう少しだけ時間を頂戴_____すぐには食べれない」
「そうですよね、ならもう少し寝てても大丈夫ですよ」
「うたた寝する時間を少しだけ」
そう言って、彼女を見た。
背が少し伸びて、なおのこと大きい美女として大成したハナコがそこにいたが、何故自分がハナコと一緒にいるのかはわからない。
とはいえ、これが常識だったのだから何も言うことはない。この時の先生は、同棲自体に疑問を抱いてはいなかった。
「ところでハナコ」
「なんでしょう?」
「他の子達には会いに行かなくていいのかい。コハルとか、アズサとか、あとヒフミとか」
「……先生」
寝ぼけたままの彼の顔が、ハナコによって持ち上げられる。
先生の顔は変わらないにしろ、少しばかりハナコの顔が不機嫌になっているのは口角を見ればわかった。
「もう、その人たちの話をしないでと言いませんでしたか?」
「ごめん、忘れてた」
「みんなもう殺されたんですよ?ティーパーティーのメンバーによって謀殺されて、私と先生は一緒に逃げてきたではないですか。貴方も危険分子だ、そう言われたのを忘れたのですか?」
意識ははっきりしてるのに身体は眠気を取り払えない。そして、言われたことと記憶の乖離に泡の中という認識と記憶がはっきりと戻った。
かと言って先生は何も出来るわけではないのだが。
「え……?」
「ああ、そうでした。先程まで寝てたんですよね。ええ……ごめんなさい」
彼女の四肢が先生を包み込む。胸も何もかも柔らかい、それ故に先生は自身の性別の確固たる証拠が年下の純情を相手に粋がるのを下着の触覚で理解した。
「お寝坊さんなのに、しっかり反応するんですね」
「私はただ……」
「気にしなくていいんですよ。私に出来ること、ですから。この身体でなければ、先生を引き止めることも叶わなかったでしょうから」
自分が女性経験に疎く、またハナコがとても淫靡であると理解はしていたから負けたのかもしれない。それに負けるほどの状態であったのだから、きっと自分は彼女と過ごしているのだろう。
そして自分の身体でしか止められない自分の不甲斐なさにも感じている彼女は、それから逃げるように抱きしめる力を強めた。少し痛くて意識がはっきりしているのに、気力を奪われる眠気がまだ邪魔をする。
「やめてほしい、な」
「ふふ、ご飯を食べてからにしましょうか。食べ終わって、お口を拭いて、そしたら思う存分楽しみましょう。私のお腹に子供が出来たら子供を堕して、また貴方を孕んで。その繰り返しで過ごしましょう。これからも」
「う、うん」
どうも答えに詰まってしまった先生は、なおさら朝ごはんを食べるのが億劫になってしまった。食べ終わったら地獄が始まる、そう思うと箸に手を伸ばせなくなる。
二進も三進も行かない甘い地獄。どうしようもなく日差しにすら見捨てられた彼は呆けたままで祈っていると、電話の音が聞こえた。
「……」
流石に動かなければ、と思い先生は立ちあがろうとする。
「私が取りますよ」
そう言って何かに怯えるように、ハナコが遮って電話を取った。
「はい、もしもし……」
彼女は挨拶をして、少し話す。
1分くらい話したら、彼女は先生を見た。
「先生?プレナパテスさんって先生のお知り合いですか?」
「……うん」
眠気が邪魔して勢いよく頷けないが、その名前には違いない。先生は携帯を受け取って、プレナパテスに挨拶した。
「おはよう」
『あらおはようございます。シッテムの箱勝手に使ってアクセスしたんですけどどうですか?』
「どうって」
『いい夢を見れてますか』
プレナパテスの質問。
確かに、日常がこの空間だけ、自分の好きにしていい美女がそこにいて、それが世界の全てであるならば確かにこれはいい夢なのかもしれない。そう思うと、いい夢だと言える。
だけど、先生は男である。
男である、それは美女に弱いと同義だ。
だがそれ以上に弱いものがある。
『どうですか』
プレナパテスの声と共に戻ってくる意識と思考。
近頃はずっとアリスの後ろを見ていたが故に、近かったもの。
かっこいい動き、かっこいい攻撃、かっこいいセリフ_____男はたとえ最初が何であれヒーローに憧れるものだ。
いや、男だけじゃない。女だってヒーローに憧れる。応援したくなる。
三つ子の魂百までというなら、憧れこそが根源。それを色欲で潰すことはできない。
色欲程度で潰せる生き方を、憧れが塗り替えて行ったのだから。
「悪い夢だよ」
そう返事した先生は、いつの間にか眠気を飛ばしていた。
電話を握りしめたまま、先生は立ち上がる。
『先生ならそう言うと思ってましたよ』
「まるで人の心を見透かした言い方」
『そうでなければ喜んで託されるわけないでしょう?貴方が』
「それもそうだね」
彼はゆっくりと、玄関へと向かう。
「先生!」
振り返ると、ハナコの影も薄くなってきているが必死に止めようと彼の手を繋ぎ止める。
「ちょっと行ってくるよ。すぐに戻るさ」
「行かないでください!」
「心配することはないよ」
玄関が開く音がする。
「ん」
「ああ、クロコ」
「先生」
シロコ*テラーに手を伸ばせば伸ばすほど、後ろへ引く手も声も消えていく。
足が進めるくらいに弱くなったら、もっと近づいてその手を取った。
先生は目を覚ます。
「先生?」
「ん?ああ」
彼は体を起こすと、そこにはアリスもシロコ*テラーもプレナパテスも居た。
「いやあ、どうでしたか。嫌な夢を見たくらいには寝汗かいてましたけど」
「え、そう?」
「まだ汗をかいてます!」
アリスが当てたハンカチはおそらく自分の汗を吸っているのだろう。少し言及したくない臭い、それに加えてぬるく湿っぽくなっていた。
「いやあ、まさかこんなことになるなんてね」
「ひどいうなされようでしたから、きっと悪夢でも見てたんでしょう」
「ああ、本当に酷い夢だった。なんというか、絶望しか感じないような」
先生は立ち上がった。
周りにあったジュースを、適当に氷を入れたコップに注いでから飲み干す。甘味が舌に浸透し、喉が鳴るにつれて内側から汗を出し切り乾きそうという肌と筋肉が潤う感覚がする。
「ふ、はあ____いやあ、水分を持っていかれすぎた。おまけに時間を食ってしまった、書類をやらないとな」
「一番多かったゲヘナとトリニティの分は終わらせましたよ。シャワーを浴びてくる時間はありますが、どうしますか?」
「いっつも書類仕事を任せて悪いね」
「この仕事がなくなったら本格的に存在意義がなくなりますからね。ごゆっくり」
「ああ」
先生は上着を放ってからシャワールームへと向かった。
昼寝にしては最悪すぎた、そう思いながら上を脱ぎ、上裸の自分を見る。
鏡は、反射する真実しか映さない。
「_____」
いずれ未来はどうなるか。ああやって、誰かと終わる日が来る未来もあるのだろうか。自分が満足できた、そういう終わり方はあるのだろうか。
いや、それを考えたら仕事にならないな。
服との熱で蒸れた空気を流して気分をスッキリさせよう、先生はシャワーを熱くして強く流し始めた。
シャワールームのライトは、強く光るがただ淡い