先生は目を覚ます。
激痛の中で蠢き、その痛みに逃げようとしても自分が一番の原因であるから当然逃げられない。
「あが、う、あ」
「先生!」
アリスがつきっきりで、彼を抑えて寝かせる。
ここはアビドス行きの特急列車。少し様子が変だと感じたのか、ハイランダーの生徒が寝台列車を一両貸切にしてくれたようだ。しかも最後尾。
「こ、こは」
「アビドス行きの寝台列車です!アリス達のことを見かねた緑の二人が貸してくれました!」
「シュポガキコンビか。くそっ、味な真似が得意なレディは嫌いじゃ……あが」
「無理しないでください、先生!」
ベッド一つでのたうち回る滑稽な男。
「そうも言ってられな……痛い……」
「言わんこっちゃないですね」
奥から、プレナパテスがやってくる。
人型だからこそ、特に何も変な様子なく包帯を変えてくれていて、礼を言いながらも先生は聞く。
「あ、ありがとう……そういえば、今どうなってんだ。ハナコを倒してからの記憶が、ない……」
「山海経と百鬼夜行では同様の被害があって、それを今別の方が対応中です」
「対応中って、生徒を出したら意味が」
「ほら」
ミレニアムのホログラフィックモニターを出したプレナパテスは、二つの画面を見せる。中継映像だ。
一つはミモリvsキラ、もう一つはコクリコvs不良のマッチアップ。
『僕が必ず君を止める!』
『貴様の負けが確定したな年増ぁ!アリスみたいに若さがない雑魚に用はねえ!』
「あっ、あの不良!何で戦ってんだ!」
不良の方は、何となくだが彼女の勝ちが確定しているように見えた。
マナは三つ、ゲンムエンペラーとバトライ閣に居座るハムカツマンが相手のリュウセイカイザーを睨んでいる。
『ラッキーダーツで!?引いたのが!?なんだってぇ!?そんな簡単にな、ダーツデリートが決まるわけねえよ!動画見て出来るって調子に乗ったガキはな、自力持ったバカに負けるのが定めだ!』
「楽しそうだな」
それはそれ、キラは苦戦を強いられているようだ。
シールドが二枚まで削られ、しかも目の前にはアルカディアス・モモキングがいる。絶望的な状況だ。
『花嫁は負けてはならない、誰にも!先生に勝てば、手に入る!そうでしょう!?』
『それは愛じゃない!強くて、ぶちのめして手に入るから愛じゃないんだ!気づいて、ミモリ!』
「あいつピンチじゃないか!」
先生が急いで行こうとして、そのまま激痛でのたうち回る。
「ばか!」
「う、あ、でも、キラが……」
「先生」
静かにしていたアリスが、口を開いて冷たく声を広げる。
「先生は、何をしなければならないと思っていますか?」
「この事態を終わらせることだ。だから、全て自分でぶちのめして」
「誰の仕業か分かっていて、雑兵に構うのが正解なんですね」
「……何だと」
アリスは、ケイの声ではない、自分の声でありながらも女王厳として先生に詰め寄る。
「今まで戦ってきた生徒が誰かの手引きによるもので、その首謀が分かっていて、ならば大本を叩けば解決する。違いますか?」
「だが、それを一気にして何か後遺症とか残ったら」
「先生」
彼女の冷たい声が傷口から奥にも響いて、先生という名の19歳は怯んだ。
「誰がそれを実証したんですか?そして、そのようなことを誰が言ったのですか?アリスは全部見ていないので知りませんが、もしかしてそれは事実ではなく予測ではないでしょうか」
「……」
「はあ」
アリスは、しゃがんで横たわってる先生に目線を合わせる。
「確かに、そう思う材料がないわけではないです。負けた相手が気絶したり、デュエル自体にケガする要素があったり。代償を負って不正をすれば死にかねないというのは、確かに気掛かりになると思います。でも先生、そうだったなら尚更大本を先に叩いてしまうということが大事ではないでしょうか」
彼女は諭し続ける。
先生ほどの指揮官が狼狽えるのを見ていられなかったのもあるだろうが、彼が等身大に帰って足掻き続ける姿に”仲間”としての忠告が必要だと判断して、未熟な己の知略への恥さえ承知で口にし続けた。
「山海経には『百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり』という言い伝えがあると、アリスは習いました。まさしく今こそ、その基準を守るべきではないでしょうか」
「アリス……」
「無論、それで本当に被害があったら取り返しがつかない可能性だってあります。ですが、彼女達みたいな契約者を地下生活者というエネミーが増やさないという確約は?上部の生徒だけ救い続けて根本を解決しないというのは、それは本当に解決に向かってるといえますか」
女王だった。
全てを統べるに相応しく、全てを愛すに深すぎる、その御身は人の機嫌たる子として表れ、それがアリスを表現するに最大の礼儀とリソース。
「それに、仮にそう言ったものを用意していたとしてもアリス達には匿ったベアトリーチェや、蓄えてきた様々な小細工があるではないですか。神の鍵も、色々な人たちの能力も、そして巨大なやつが出てきたらガンダムだって」
「はっ、そうかもな。だが忘れてたよ、逆転の一手は……」
確かにいろんなゲームの要素が混じってとんでもないことになってるこのキヴォトスでは、それ以上に色々なものへのカウンターがある。それを一個ずつ持ってきた彼女は、その蓄えと自分たちが今まで経験してきたことが、必ず勝利につながると信じていた。
その姿が、彼の心に陽の光を差す。だから、思い出したことがあった。
先生の手はアリスに向かい、彼女の胸の中央にそっと添える。
「俺らの勇者だよ。女王でも鍵でもない、俺らのアリス」
「先生……!」
「そうですよ、先生」
プレナパテスが付け加える。
「生徒のことを信じて突き進むのが、我々先生の役目だったはずです。私は全て、自分で救わないと、そう思った瞬間から全てを狂って不幸にさせてしまったのを知っているのでしょう?だから、貴方も一人で突っ込まないでください。そして、生徒を信じてあげてください」
「プレナパテス」
「だから、突っ込むときは仲間をぜひ集めてからにしましょう」
彼の顔が、少しだけ笑っている。
「貴方だけいい思いをして花火を楽しんでは、羨ましくて仕方ない」
「おいおい……」
「そうですよ!勇者御一行なら、魔王を倒してハッピーエンド!それしかありません!」
「……ああ、そうだな」
少しだけ涙を浮かべて、先生は笑う。
《次はアビドス、アビドスだよー!先生を起こして、さあ地下生活者とやらを倒して救おう!》
《先生、頑張ってね。応援、してる》
車掌二人のエールと共に、列車は減速。
「ほら、車掌の可愛い二人も応援していることですし、ちゃんと勝ちましょう。青春っぽくね」
「言われなくても分かってるさ」
列車は止まり、遠くでベルの音が鳴って、扉が開く音がする。しゅー、という音が響いてくるようだ。
先生は服を着て、ゆっくり立ち、少しばかり動いてふらつかない事を確認し、二人に声をかけた。
「行くよ、アリス、プレナパテス」
「ハイっ!」
「ええ」
勇者御一行はそのままホームに降り立つと、遠くの列車から手を振る二人を見た。
ノゾミとヒカリが手を振っている、いつも通りの表情で。
「行ってくるからなぁー!夜までに解決するから祝勝会の準備をよろしくー!」
「パヒャッ!頑張ってね〜!」
「がんば〜」
上着を翻して、先生はそのまま改札を通って降りる。
綺麗になっても砂が舞い、それでもニュータウンに変わっていくアビドス。
アビドスに向かうためのオート運転の車は、黒く、佇んで、三人をその中に入れるべく待ち構えていた。