結華のグルメ   作:勉強サボ浪

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撮影スタジオ近くのカレー屋

 東京都 某撮影スタジオ

 

「――良いですね、結華さん」

 

 カメラマンがシャッターを切る。つぶやきの主である雑誌の企画担当者は特段、アンティーカのファンでもなければ283プロのファンでもない。ただ他の雑誌の企画をみて彼女に依頼したらしい。

 結果的に言えば依頼は成功になるようだ。

 

「視線を少し右下――少し寂し気に、そうそう」

 

 普段の三峰ソロで着るサブカル調の衣装とは違う、シックなドレスを身にまとった彼女を見てファンは何を思うのだろうか?

 

「こう……ですかね?」

「はいはい!確かにそのポーズも良いな……三峰さん、すごく良いじゃないですか」

 

 カメラマンが興奮したようにまくしたて、フラッシュの光が焚かれる。

 

「いいねぇ……良いですよ――あぁ、ここも――」

 

 ……カメラマンが少し興奮しすぎではないだろうか?さしもの三峰も少し困ったような表情をポーズとポーズの合間で見せていた。

 そんなカメラマンの様子をさすがに異常だと悟ったのか、企画担当者が口をはさんだ。

 

「ちょっとカメラマン……どしたの今日は」

「いや、だって今日はあのアンティーカの三峰結華さんですよ……!?興奮するに決まっているじゃないですか」

「えっ、そんなにファンだったの?」

「えっと……」

 

 なにやらコントを始めた2人に対して三峰は困惑したが周囲の反応を見るにどうやらこれはいつもの事なのか笑って流していた。

 

(これは……どうなるかなぁ)

 

 

 今日の仕事は1人で、送り迎えは無し。

 仕事自体は順調に終了したのではないだろうか。プロデューサーは今日は同席していないため最終チェックは今度にはなるが、とりあえず今日は三峰の仕事は終了である。

 外は夏の太陽の光にさらされて、暑さでうだるような天気だった。正午すぎという時間は特段彼女の体を弱らせる。

一般的に軽く見られがちな雑誌の撮影だが、基本的には立ちっぱなしであり難しいポーズを維持することも要求されるためそれなりには体力を消費する。

 今日は土曜日で大学の授業はない。予習は翌日に回すとしても回さないにしても、余裕はまだある。

 そしてお金に余裕はまだある。

 つまりである。

 立ち止まって、ため息をついた。

 

(お腹が……空いた……)

……

………

(何か食べれるところを探そう)

 

 三峰はうなずくと歩き出した。

 

 ――うどん屋。ちがう。

 ――ハンバーガー。気分ではない。

 ――ステーキ。さすがに予算不足。

 色々と目移りはするものの、いまいちどれもピンとこない。

 あぁ、しまった。大通りを抜けてしまい、住宅街に出てしまった。

 

(ここには流石に……うん?)

 

 道なりに進んだカーブの先まで歩く。そこには一軒の大きなカレー屋があった。看板には「ランチセット800円」とプリインストールのソフトでデザインしたであろう文字が載せられていた。

 

(値段も手ごろだし……それに日本式のカレーは食べ慣れているけれど、本場の本格派なカレーを最近食べていない。ここで久しぶりにスパイシーなカレーを食べるのも悪くないかもしれないなぁ)

 

 そう思うと、彼女は店に入った。

 

(あ、ここ電子マネー使える)

 

 

 店内に入るとどういうわけか四角形でない国旗が壁に貼られていた。

 

(ネパール……?確かにインドには近いけれど、そんなにカレーが有名なのかな)

 

 店の中には明らかに英語ではない音楽が流れ、慣れない香辛料の匂いが鼻につく。厨房から聞こえる従業員の異邦の言葉。

 

「イラッシャイマセ。コチラヘ、ドウゾ」

「はい」

 

 明らかに日本人ではない片言の言葉と姿。間違いない、ここは本場のカレーを食べられる。……ただ本場がインドなのかネパールなのかは分からないが。

 

 案内された席に座るとメニューを取った。お冷が注がれる音を聞きながらランチメニューと示された部分を注視する。

 

(サラダとスープと……アチャール?――あっ、ナンお代わり自由。お代わりするほど食べるかな……)

 

 裏を見ると大量のカレーが印刷されていた。さて何を頼もうか……。

 

(チキン……は、ずっと鶏肉しか食べていないからパス。ポークか、キーマか……ん?)

 

 見慣れぬ緑のカレーに三峰は少し目を奪われた。グリーンカレー……というわけではないようで「ほうれん草とジャガイモのカレー」と書かれていた。

 

(うわ、何このカレー……!?ほうれん草のカレーなんて初めて見たよ……。でも、ベジタブルも気になるし――)

 

 少し逡巡をした後に三峰はテーブル脇にあった呼び鈴を押した。

 

「注文、キマリマシタカ」

「Aランチ、ほうれん草とジャガイモのカレーを中辛で。――あぁ、ナンでお願いします」

「ドリンクハ、ドウシマスカ」

「えー……ラッシーで」

 

 カシコマリマシタ、と変わらずに片言で話して退く従業員を横目に三峰は暇つぶしにメニューにあった説明文を読むことにした。

 

(アチャールはインド・ネパールの漬物……やっぱりネパール系のカレー屋なのかな?インドカレーとネパールのカレーの違いなんて私にはわかんないけど)

 

 耳を澄ますと厨房内の外国語や別の客の話し声などが聞こえる。

 

「じゃあ僕はポークの中辛それにチャイで、2人は?」

「じゃあ僕はベジタブルの普通とラッシーでお願いしますっす」

「じゃあー、僕はダルの中辛に……マンゴージュースで」

 

 サラリーマンだろうか。成年男性3人の声がする。

 壁には外国の寺院のポスターが貼られ未知の言語で説明書きが記されていた。いったい何が書かれているのか気にはなったが諦める。

 

「オ待タセシマシタ。スープ、サラダデス」

 

 そういって出されたのはスープとサラダ、2種類のドレッシング。1つはベージュ色でもう1つは赤色だった。あまりにも見慣れない色のドレッシングに三峰は警戒の表情をとる。

 

(なんだろう、これ)

 

 ベージュ色のものをサラダの上に少しだけ出して食べてみるとただのごまドレだった

では、と不審に思いながら赤色のものも試してみる。するとどうだろう、香辛料仕立てだと思われるエスニックな味が広がる。辛さ、というよりも酸っぱさのほうが強いだろうか。見た目の毒々しさに比べて味は初心者向けである。

 

(このドレッシング、面白いなぁ……。なんの味と形容するべきなんだろう。とてもおいしい)

 

 よくわからないスナックの粉末がかけられているサラダに赤色のドレッシングをかけて、食べる。サラダのハリハリ触感にスナックの乾いた触感がアクセントだった。

 

 黄金色のスープを飲む。透明な玉ねぎと緑色のネギが浮いたスープだ。飲んでみると特別アクセントのない、しかし体の芯が温まる感覚が芽生える。何らかのスパイスが効いているのだろうか?少なくとも三峰は好きな味だった。

 

 サラダとスープを食べ終わると、間もなくして従業員が食べ物を届けに来た。

 

「カレー、ナン、ラッシー、アチャール、オ待タセシマシタ」

「はーい」

 

 運ばれたナンは大きく、メニュー表よりも大きい。カレーはメニュー表通りの緑色だった。

 

(さて、このカレーは……)

 

 右手だけで柔らかいナンを千切ろうとしたが、どうも難しい。数十秒試行錯誤したものの諦めて、左手も使い千切る。千切ったナンでカレーを掬い、食べる。

 

(おっ、これは……!)

 

 辛い。

 かなり辛い。

 これこそが三峰が求めていた辛さである。

 2口目に思わず手が伸びる。

 

(そうそう、こういうのを求めてたんだよ)

 

 スパイスの辛さとほうれん草の旨さがうまく調和してとてもおいしい。

 しかし辛い。

 ジャガイモの甘さが口の中に広がる。

 しかし、とても辛い。

 

(いや、これ辛っ……!これすごく辛いな……!)

 

 思わずラッシーに手を伸ばす。

 ラッシーもただのヨーグルトドリンクではないようで甘さは控えめだ。しかしカレーの辛さを流すのに一役を買っている。これならカレーを食べ続けることができるだろう。

 

 しばらくカレーとラッシーを交互に食べ続けていると、ふと出されたアチャールと呼ばれた漬物が気になった。漬物、と書かれていたため野菜かと思ったがジャガイモが使われている。食べてみると独特の風味が口の中に流れる。中々に面白い味。カレーの辛さともラッシーの甘さとも言えない、しかし口の中の後味を無くす良い味だ。

 

 よし、このまま一気に食べきってしまおう。

 三峰は決心するとナンを千切る。辛いカレーを食べ、食べ、辛さに耐えきれなくなったところでラッシーを口に含む。時折アチャールを食べて口の中を整える。そうやって食べていくと手が止まらなくなる。

 気づいた時にはカレーはなくなり、ラッシーが少し残るのみとなっていた。

 

(そういえばナンはお代わり自由だったのに一切食べていないな)

 

 まぁ無理してナンを食べるものでもないだろう。残ったラッシーを飲み切ると思わず「ごちそうさま」と意識せずに言った。

 

 

 支払いを済ませて外に出て、満足そうに深呼吸。あれだけ辛い物を食べたというのに辛さが舌に残らない。

 さて、今日は久しぶりのカレーだった。今度外食するときはいったい何を食べよう。

 

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