人を治さばベッドが二つ   作:あいいろのふとん

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第33話 希望は霜柱のよう

 終わりは突然だった。

 既に行先を決め出立を明日に控えた日のこと。突然サルサが消えた。ちょっと買い物に出てくると言ったっきり宿に戻ってこなかった。刻々と過ぎる時間はまるで一秒が何時間もあるみたいで、僕の不安は募る一方だった。

 

 遂に僕は耐えきれず宿を飛び出していた。最近着るようになったコートも、革の靴も何も身に着けず、この寒空の下かつてのように薄着にサンダルで街を駆け回る。この日はいつにも増して雪が多く降り、道の端には所々に汚れた雪が積もり踏み荒らされた足跡がくっきりと残っていた。

 

 サルサが隣にいないという事実が、不安や孤独という負の感情になり、必死に走り回る僕を推し潰そうとしてくる。しかしそれでも僕は走る。ギルドや商店街など、彼女のいそうな所を我武者羅に走り続け、やがて辿り着いたのはこの世界に転移した時の、あのスラムの路地だった。

 

「お願いサルサ……無事でいて…………」

 

 息を切らせつつ絞り出した声は吹き付ける風にかき消される。でも言葉にせずにはいられない。僕の手足は既に真っ赤に染まり感覚が無くなっている。雪に混じった砂利のせいだろう、足は傷だらけになっていた。今更になって震えが来たようだが寒さは全く感じなかった。

 

 今はそれより大事なものがある。僕は再び走り出す。探すあてはないがただひたすら前へ、少しでも前へと走り続ける。そしてついに立つ事さえ難しくなり始めた頃、今まで来たことの無い大通りに着いた時、そこに彼女はいた。

 

 何とか足を動かし、気付けば彼女に後ろから抱きついていた。この天気のせいだろう、彼女の身体はとても冷たかったが心臓はまだ動いているようだった。彼女が生きてくれただけで嬉しかった。思わず涙を流すが不思議とその雫さえも暖かい気がした。

 

 しばらく泣いていると不意にサルサの声が聞こえてきた。

 

「一体どうしたんだい、そんなに泣かないでよもう……。」

 

 そう言うとサルサは振り返って僕を強く抱きしめ返した。とても暖かく柔らかい感触で、胸が熱くなるのを感じた。もうどこ行ってたんだよ、と声をかけようと顔を上げた瞬間、僕は彼女から距離を取る。

 

「誰だ!!!お前は誰だ!」

 

 思わず大声をあげるが彼女はただ笑っている。

「なに言うんだシオ、アタシはサルサだよ。」

 

「違う!お前はサルサじゃない!サルサはそんな目で僕を見ない!!!そんな哀れみと嘲笑を含んだ目を、彼女は決してしない!!彼女をどうした!!」

 

 僕の直感は彼女を別人だと叫ぶ。

 だが彼女の感触、匂いや波長までもがサルサと全く同じなのだ。彼女に触れたのに目の前にいるのは彼女ではない。その事実が僕を混乱させる。

 

「……………アルシェ、バレたけどどうする?」

 

 サルサの姿が一瞬にして黒いローブを着た女に変わる。その目は冷たく、まるでゴミでも見るようだった。

 

「まぁ、いい。おびき出すことに成功した今、然して問題はない。」

 

 アルシェと呼ばれた男はそう吐き捨てた瞬間、僕の視界は何かに覆われていた。 どうやら巨大な黒い手のようなもので頭を強く掴まれているようだ。 その手の力は強大で逃れることができない。

 

(なんだこれっ! …… 頭が割れそうだ……)

 

 僕は何とか逃げ出そうと体を必死にもがかせているのだがビクともしない。

 

「無駄だ。」

 

 今度は黒い手がさらに力を強めてきた。 このままでは本当に頭を潰されてしまう。 僕は咄嗟に赤切れによって出血した手を何とかしのび込ませ、魔術を行使する。

 

「破裂《バースト》!!」

 

 手のひらがバンッ!! と轟音を立てるとともに、白い閃光を放った。 それと同時に僕を押さえつけていた黒い手は消失する。自爆により手は骨が見え、爛れてしまっている。 顔も似たようなものだ。 だが僕の足はまだ動く。 解放された反動を利用し、急いで立ち上がり距離をとる。

 

「ひぇー、アルシェのあれから逃げ出せるのかよ~。それに精神魔術も効いてないみたいだぜ?」

 

 黒ローブの女は飄々とした態度で、驚きの声をあげる。

 

「チッ、全く忌々しいがこのガキの魔術耐性は異常だ。結界に力を割いている以上、もう出力は上げられん。ネルケ、油断するな。」

 

「へいへ~い。」

 

 ………結界…そうだ、頭に血が上り気付かなかったがここは大通り、なぜ街行く人々は僕たちに目もくれず歩いている?

 

 途端、僕はこの男の能力に気が付き、恐怖と不安に包まれる。

 

 ──精神魔術。

 

 対象者の精神を支配する、この世界で最も忌み嫌われている魔術である。それを扱えるものは限られるものの、扱うことができれば国一つ掌握することなど造作もないと言われている。

 僕も知っているのは名前とほんの少しの概要だけ。

 

「お、今更気付いたみたいだぜ。思ったより鈍いんだな。それとも恋人のことで頭がいっぱいだったか?」

 

「うるさい! サルサをどうした!!!」

 

 僕はさらに後退り、辺りを見渡す。街の人は恐らくこの透明な結界内の事象に気付くことができない、恐らくそんなところだろう。

 

 ──落ち着け、いつものように。

 

 ふーっと息を吐く。寒さによる震えも、出血による怠さも、この状況下では邪魔だ。逃げるんじゃない、今ここで決着をつけサルサを救う。僕にそれ以外の選択肢はない。

 

「お? なんだその反抗的な目は? いいねぇ~。まずは小手調べッ!」

 

 ネルケはおもむろに僕に何かを投げてきた。それは小さなナイフ。だが僕はそれに向かって突進する。

 こいつらは未だ僕を舐めている。だからこそこういう奇襲は有効なはずだ。

 

 ナイフを薙ぎ払い、そのままネルケの懐に入る。その瞬間、()()で爛れた手を治し、影箱(ボックス)から短剣を取り出す。ネルケは咄嗟の出来事に判断が遅れ、そのままナイフを胸に受ける。

 

「ぐっ!」

 

 しかし、その刃は心臓まで達していなかったようだ。

 

「このクソガキがぁ!!」

 

 (今だ! )

 

 僕はすかさず二撃目に移行。だがその剣先は彼女の首に触れた瞬間、まるで鉄にでも斬り付けたように跳ね返される。彼女は体制の崩れた僕の手を掴み投げ飛ばす。

 

「あがっ!」

 

 石畳に叩きつけられ、思わず苦悶の表情を浮かべる。すると彼女は指をパチンと鳴らした。その瞬間、僕の体は地面に吸い寄せられたかのようにの様に頭を垂れ、最終的には地面に張り付けになってしまった。

 

「これで少しは大人しくなったか?…にしても治しながらの奇襲とはつくづくイカれたガキだな。ってアルシェ、ンなとこで突っ立てないで手伝えよ。」

 

 大丈夫、身体強化を全開にすればまだ抵抗できる。皮膚が固いのなら粘膜を狙う。振り向きざまに両手で目に二連撃、攻撃を丁寧に繋げば勝機はある。

 

「あがぁ、っ!……うぐ……はぁ。」

 

 しかし僕の体は動かない。術の出力が上がった。呼吸さえままならない。

 

「アルシェ、動けなくしたよ~。クソッ、使う気なかったのにぃ~。」

 

 ネルケの手からサラサラと何かの粉が零れ落ちる。

 次第に全身の骨ミシミシと音を立て、ついに至る所で折れ始める。僕は勝機を探しながら必死に治癒を繰り返す。

 

「足搔くなガキ、抵抗したらサルサという猫獣人は死ぬ。」

 

 この一言は僕にとってあまりに致命的だった。

 

 僕の必死の努力虚しく、再び巨大な何かに頭を鷲掴みにされ、そのまま持ち上げられた。するとネルケは僕の顔をまじまじと見つめ、再びサルサへと姿を変える。

 

「へぇ~、よく見たら可愛い顔してんじゃん。」

 

「で~も~、さっきのお返し。女の子を切りつけちゃうのはどうかと思うよ~?」

 そう言うと、僕の首を両手で絞める。

 

「どう? 苦しいでしょ~? あはっ!いい顔!その可愛い声も~ぷちゅん。」

 

 ネルケはまるで人形でも弄ぶかのように僕の喉を潰す。

 

「ハァァァ、やっぱこの感覚最ッ高だわ~。」

 

「相変わらず下劣な趣味だ。」

 

「アルシェだって人のこと言えないじゃない~。」

 

 そう言いながらネルケはサルサの姿のまま僕の首から手を外し、地に這いつくばる僕の頭を踏みつけ、そのままグリグリと地面に擦りつける。

 

「この子、まぁだ意識あるわよ? 可哀そうね、なまじ硬いばっかりに。」

 

「フンッ。」

 

 アルシエルは興味なさげに鼻を鳴らす。

 

「でも~可愛い子を嬲るのは疲れたわ~、旦那様も待たせていることだしそろそろ終わらせてあげましょ?」

 

「そうだな。」

 

 するとネルケが僕から離れ、アルシエルに場所を譲る。アルシエルは巨大な手で僕の頭を掴み上げると、そのまま地面へ叩きつける。何度も何度も執拗に、辺りの雪が血飛沫で真っ赤に染まるまで。

 

 もう治す気力もなく意識が朦朧とする中、僕は必死にサルサの名を呼ぶが返事はない。ただ冷たい雪の感覚だけが伝わってきた。

 

 




霜柱って層が多いほど踏み潰す瞬間が気持ちいいんです。
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