下級魔法しか使えない魔法使い~何いいいこの俺を追放だとお!? おいおいつまんねえギャグ……え、マジなの?~   作:結城彼方

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27 コエグジ事件の生き残り

 

 フードを上げた瞬間、月を隠していた雲が動く。

 月光が丁度良く不審者を照らしてくれたので顔はよく見えた。

 灰色の長髪、尖った耳、赤い瞳、鋭い牙。ここまではいいが、不審者だった女性が立ち上がると黒い蝙蝠のような羽が広がる。明らかに人間には存在しないはずの羽を持つ女性の正体など、アリーダには心当たりが一つしかない。

 

「女、いやそれよりも……魔人、だと」

 

 正直なところ、アリーダは見蕩れていた。

 外套を突き破って生えてきた羽なんて気にならないくらいの美女である。一生眺めていられると言っても過言ではない美術品のような美しさ。尾行していた不審者の正体がそんな美女だったことに驚き、追撃や捕縛のための思考が出来ない。

 

「……不覚。まさか風呂を覗くとは思わなかった。驚いて気配が強く漏れてしまったか。もしや、我の位置を把握するためにわざとあんな行動を起こしたのか? やり方は酷いが合理的に動けるのは素晴らしいな」

 

「え、あ、ああ! 俺の策にまんまと嵌まってくれたな!」

 

 欲望のまま動いた結果とは言えず、アリーダの心の中にしまっておく。

 すぐに動揺を収めて冷静に頭を働かせたアリーダは深呼吸して美女を見つめる。

 

「……で、なぜ俺達の跡をつけた。何が目的だ」

 

 一番気になるのは彼女の目的。それ次第では次の行動が変わってくる。

 

「人間と魔人が共に行動しているのが珍しくてな。悪人に騙されていないか見守っていただけだ」

 

「……そうか、同族だから感知出来る的なやつか」

 

 アリエッタの正体は隠しているし、観察されてバレる隠し方ではない。つまり魔人は特殊な波長か何かを感じ取って同族かそうでないかを判断出来る可能性が高い。今更隠し続けても無意味なのでアリーダはあっさりと認めた。

 

「安心しろよ。俺達は仲良くやれてる」

 

「そうか、良かった」

 

 女性は胸に手を当てて一息吐く。

 同族のことだからか心底安心した魔人が悪事を企んでいるとアリーダは思えない。目の前の魔人こそ今回アリーダが求めていた存在だ。良い魔人が存在しているなら、アリエッタの記憶が戻ってもきっと今のままで居られる。

 

「随分と優しいんだな。同族とはいえ面識のない相手を心配するなんてよ」

 

「不安だったんだ。コエグジ村が滅びて以降、人間と魔人の溝は深くなったから」

 

「コエグジ村、ね。やっぱり知ってんのかあの事件」

 

「知っているも何も我はコエグジ村の住人だった。当事者さ」

 

 衝撃の事実にアリーダは「な、何だと……?」と驚く。

 コエグジ村に住んでいた魔人は皆殺しにされたはずだ。王国に攻め込む計画を立てたとして、武力で滅ぼされたはずだ。目前の女性の話が本当なら彼女はコエグジ事件の生き残りであり、戦争を企てた魔人の一人ということになる。

 

「生き残りが居たとは知らなかったぜ。また王国を攻める計画でも立ててんのか?」

 

「君は知らないのか。あれは冤罪だ、我々は純粋に人間と仲良くなりたかった。しかし噂なのか、誤報なのか、王国は我々が戦争の準備をしていると思ったらしい。王国は突然我々を襲撃してきた。だから我々は数少ない生き残りと共に新たな居場所を作り上げている」

 

「居場所ってのは?」

 

「村さ。今は人間の王国と魔人の帝国の国境付近で暮らしている」

 

 とんでもない話を聞かされたアリーダはこれからどうすればいいかを悩む。

 実はコエグジ事件には生き残りが居て、勝手に村を作って暮らしていましたと報告するのは簡単だ。しかし掛けられた容疑が濡れ衣だったのが本当なら人間と魔人で和解するチャンスもある。見逃したいところだが、証言が嘘なら敵を放っておくことになる。王都の孤児院も危険に晒されるかもしれない。

 

「一度来てみないか? 実際に見てみれば偏見もなくなるはずだ」

 

「……考えさせてくれ。答えは明日、朝の九時あたり、村の外で聞かせる」

 

「そうか。では、また明日会おう」

 

「あ、待ってくれ。この村の人間が夜に魔人を見たって騒いでるんだ。お前のことか?」

 

 当初の目的である魔人の調査も大事だ。村の中に居たのだから目前の魔人が怪しい。

 

「たまに買い物で村に寄るからその帰りかもしれん」

 

「蛇のような尻尾を見たって言われたんだが」

 

「……蛇、あいつか。どうやら見られたのは我ではなく我が村の住人らしい。会いたいなら村に来れば会えるぞ」

 

「分かった。情報サンキューな。今のことも含めて考えてみるわ」

 

 女性の魔人は黒い羽を引っ込めてフードを被り直してから去って行く。

 部屋に戻ってからじっくり考えようと思ったアリーダは宿屋の入口へと向かい、その途中で坊主頭の男児と衝突した。慌てた男児が走っていたせいでぶつかり、体格差から男児がバランスを崩して尻餅を付く。

 

「うわっ!?」

「おい気を付けろよガキ。夜なんだから周りをよく見てゆっくり歩け」

 

 男児は慌てて立ち上がると謝りもせずに走っていった。

 

「何だあ、あのガキ。待てよ今のガキが走って来た方向……ははーん、そういうことか。さては風呂を覗いて怒られたなマセガキめ。バカめ、覗くならバレないように覗きやがれ。準備は大切ってのが分からねえのかねえ。……念のため、俺も準備はしておくか」

 

 何に対しても準備というものは重要である。

 アリーダは宿屋に戻るのを止めて村の外へ出て行った。

 

 

 * * *

 

 

 早朝。太陽が昇り始めて明るい時間帯。

 妙な騒がしさで目が覚めたアリーダとイーリスはベッドから上体を起こす。アリエッタは熟睡中で動かない。

 

「……何だあ? うるせえなあ」

 

 欠伸をするアリーダは再びベッドに転がり、イーリスは騒がしい外を確認する。

 

「何かあったのだろうか。宿屋の前に人が集まっているようだが」

 

 宿屋入口前では村の大人が大勢集まっていた。只事でないことは分かる。

 イーリスが不思議に思っていると部屋の扉がノックされてゆっくりと開かれた。ノックした従業員の老爺は恐る恐るといった様子で部屋の中を覗き、困り顔で「あのー」と口を開く。老爺の視線はまず寝ているアリエッタに向き、すぐに彼女を見ないよう他の二人に目を向けた。

 

「村長達があなた方を出せと仰っておりまして、入口に行ってくださるとありがたいのですが……」

 

「何かあったのか?」

 

「それがその……そちらで寝ている少女が魔人だと騒いでおりまして」

 

 老爺の話を聞いたアリーダとイーリスからは眠気が吹き飛び驚愕の声を上げる。

 二人の叫び声で寝ていたアリエッタは飛び起き、涎を垂らしながら周囲を見渡す。

 

「ちっ、お望み通り出て行ってやるか。アリエッタ、お前はここに居ろ。いいな、絶対だぞ」

 

「村長とは私達が話をしてくる。君は安心していてくれ」

 

 この部屋には誰も通さないよう老爺に伝えた二人は宿屋入口へと向かった。

 入口では従業員達が村長と話していたが、二人が来たと分かると横に退く。

 現状は非常にマズい事態だ。村長と彼に従う大人達は包丁や(くわ)など武器を手に持っており、険しい顔で二人を睨んでくる。丸く収めるために誤解と思わせたいところだが聞く耳を持ってくれるかすら分からない。

 

「出て来たな魔人の仲間め! 村に来たのは何が目的だ!」

「今すぐ村から出て行け!」

「何言ってるの殺すべきよ魔人なんて!」

「なんの為に武器を持ってるのよ男共、魔人を殺してよ!」

 

 村人達の空気は完全に余所者の魔人とその仲間を殺すものとなっていた。

 全員が怒りと敵意で満ちている。宿屋の従業員はまだ困惑が強く、村長達の肩を持たないのが救いだ。従業員までもが敵意に染まっていたら今頃アリーダ達は集団で襲われていた。しかし彼等を味方と思ってはいけない。今は困惑しているだけで、時間が経てば状況を呑み村長側に付くだろう。

 

「まあまあまあまあ待て待て待て待てってばよおおおおおお!」

 

 アリーダの大声で村長達の騒がしさは一旦収まり、話を聞く態勢になる。

 

「まずはっきりさせておきたいんだがよお、さっきからいったい何の話してやがんだあ?」

 

「惚けるな! もう私達は分かっているんだぞ、あの黒髪の少女が魔人だとな!」

 

「ふざけるな、証拠でもあるのか村長。どこを見てもアリエッタは人間だろう」

 

 アリエッタは日頃から外出時は尻尾を服の中にしまっている。ナステル村に来てから転んではいないし、スカートの中を変態に覗かれたり捲られたりされてもいない。尻尾の存在がバレるはずないのだ。角だって小さすぎて頭を触らなければ分からない。

 

 村長は「レイル」と誰かの名を呼ぶと、坊主頭の男児が大人達の間から前に出る。

 突然出て来た怯えた様子の子供は昨夜ぶつかった子供だとアリーダが思い出す。

 

「オラ見ただ。昨日の夜、宿屋の風呂を覗いたら……あの黒髪の女の子のお尻から尻尾が生えているのを見ただ! そっちの金髪の女の人には生えてなかったけど、黒髪の女の子の方には絶対生えていただ!」

 

「何いいいいい!? テメエこのマセガキいい、イーリスの裸まで見たってのかあ!? なんっつー羨ま、いや許せねえ行為だ覗きなんてよお! 他人の風呂は覗くなって誰からも教わってねえのか! 風呂覗きは罰金だぞ!」

 

 レイルという名の男児は「ひっ!」と悲鳴を零して大人達の足に隠れる。

 自分も覗いたのを無かったことにしたアリーダは論点をずらそうとしたが、レイルの父親らしき男が「もう叱りました」と告げて覗きの話は終わった。論点ずらしで解決出来る甘い状況ではないと予想していたので問題ない。

 

「とにかく、子供の証言とはいえ魔人のことです。バカな話と切り捨てるわけにはいきません。あの少女の体を隅々まで調べさせていただきたい。もちろん女性の手で調べるのでご安心いただきたい。仮にあの少女が人間だったとしてもトラウマにはならないでしょう」

 

 もう、手遅れだった。アリーダ達は何手も遅れていた。

 レイルが報告した時なら誤魔化せたかもしれないが今の村長達を説得するのは不可能だ。本当にアリエッタの体を隅々まで調べて、人間か魔人かはっきりさせるまでどんな言葉を掛けられても納得しないだろう。

 

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