下級魔法しか使えない魔法使い~何いいいこの俺を追放だとお!? おいおいつまんねえギャグ……え、マジなの?~   作:結城彼方

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67 信用と感謝

 

 イーリスは思いっきりアリーダの顔面をぶん殴った。

 縦に回転したアリーダはそのまま壁に叩きつけられる。

 

「殴るの、早すぎねえか……?」

 

「時と場所を考えろ。今は冗談を言っている場合じゃないぞ」

 

 断られたら諦めよう程度に思っていたがアリーダは少し落ち込む。

 イーリスは呆れた顔でアリーダの小指の断面同士を付けて、中級魔法の〈超治癒〉で小指を完治させた。指切りはこれで終わりだがイーリスは帰ろうとせず、ジッとアリーダの体を眺める。

 

「……不思議だな。こうして見ても君は人間にしか見えない」

 

「まあ、尻尾や角は生えてねえからな。でも不思議はねえ。魔人の外見は個々でかなり違う。この村の連中やアリエッタを見れば分かるだろ。外見人間のままな魔人だって居てもおかしくねえさ」

 

 魔人の誕生には謎が多い。一説によれば、人間とモンスターが子を作ったのが始まりと言われている。時間経過と共に徐々にそういった存在が増えていき、人語を喋るモンスターを魔人と呼ぶようになった。人間の遺伝子が含まれているなら、人間そのままの外見の魔人だって生まれるだろう。可能性が限りなく低くてもゼロではない。

 

「エルさんは君が魔人だと知っていたのかな」

 

「さあ、分からねえ。親や出身地の話はしたことねえんだ」

 

 仮に知っていたとしても教える必要がない。外見が人間そのままなら、骨の色を確認でもしなければ魔人だとバレないのだから。嘘を吐き続ける人生にしたくなかったと考えられる。

 

「……ヴァッシュ、見ているな?」

 

 イーリスが自分の影を見て問いかける。

 

「何言ってんだよ。ここには俺とお前しか……」

 

「――まさか気付かれるとは」

 

 影に波紋が広がり、灰色の長髪の女性が影から出て来て床に立つ。

 

「気配察知は得意でな。下から気配を感じた」

 

「マジかよ。全然分からなかったぜ」

 

「なぜ私の影に潜んでいた?」

 

 ヴァッシュは赤い瞳をイーリスへ向けて「それは……」と言い淀む。

 反応から推測するに言い辛い理由。アリーダは説明前に理由を理解した。

 村に滞在中のメンバーでイーリスは危険だと判断されたのだ。クビキリへの強い復讐心のせいで現況に不満を抱く人間。いつ暴れるか分からないので村人も不安になり、ヴァッシュが監視することになったのだ。

 

「……私の監視か?」

 

 イーリスも見られる理由は想像していたのですぐ答えに辿り着く。

 ヴァッシュは俯き、何も喋らない。だが沈黙は肯定と思っていい。

 

「やはりな。薄々感じていたよ、村人からの怯えた視線を。安心しろ。同じ敵を倒すための共闘関係の間クビキリは襲わないと約束する。奴が裏切らない限り、私が裏切ることもない」

 

「共闘には納得したのか」

 

「戦力不足を補うためだと分かっているからな。戦いが終わった後に奴をどうするかは考え中さ。フレザールの町で奴を殺せなかったのは、ジャスミンが言った通り迷ったからだ。まずは心の迷いを断ち切る。戦いが終わるまでには私の答えも出せるだろう」

 

 イーリスは正義感が強く悪人には容赦ないが、守るべきものは命懸けで守る。まさに騎士の鏡と言える心を持つ。心優しい彼女だからこそ、ルピアの気持ちを知って迷いが生じた。クビキリを殺せばルピアは確実に悲しむ。たった一人でも悲しむ人間が居ると分かればイーリスの剣技は鈍る。

 

「ん? なあ、ずっと影に居たってことは俺が魔人だって話を聞いて……いや、今更か。その前はクビキリの影に居たんだもんな。俺が魔人だったってこともとっくにご存じだよな」

 

「そもそも、我には魔人と人間を区別出来る能力がある。最初から気付いていたし、君を魔人として見て話していたのだがな。我は君が自覚していると思っていたぞ」

 

 最初ヴァッシュは魔人と人間が共に行動しているのを見て、仲良く出来ているのかをアリーダに確認してきた。問題なしという人間の言葉を簡単に信じていたが、あれは同族の言葉として聞いていたらしい。

 

「そんなことよりアリーダ、君には急ぎやるべきことがあるのではないか?」

 

「はあ? 何かあったっけ」

 

「上級魔法の習得だよ。二ヶ月で習得するとフェルデス相手に言っただろう」

 

「ああそのことね。あんなの嘘だよ」

 

 ヴァッシュとイーリスは目を丸くして驚く。

 

「精霊との契約なんて面倒だし魔法は下級だけでいい。ああ思い出したら腹が立つぜフェルデスの野郎、下級魔法をゴミとか言いやがって。あの野郎の思い通りになんか絶対ならねえ。俺にもプライドがあるんだ。下級魔法しか使えない俺が負かしてやる」

 

 中級以上の魔法を扱うには、各属性の精霊を儀式で召喚して契約する必要がある。精霊によって認めてもらえる方法は違う。中には会話だけで契約出来る精霊も居る。しかし、アリーダは儀式も契約も面倒なのだ。そんなことに時間を使うなら、下級魔法を利用した新たな戦術考案に時間を使いたい。

 

「本気か? フェルデスの強さは異常だぞ。下級魔法だけでは戦いにすらならない。あの戦いで君にはそれが理解出来ないのか? 脅しもされていただろう?」

 

「下級魔法しか使わないとは言ってねえよ。利用出来るものは何でも使うさ。今から俺はあの野郎に通じる策を考える。悪いが、一人になりてえから出て行ってくれねえかな」

 

「気が変わったら言ってくれ。精霊召喚儀式の準備はしてある」

 

「必要ないさヴァッシュ」

 

 イーリスの言葉を聞いたヴァッシュは「だが……」と呟く。

 

「君は彼の戦いをあまり知らないから疑うのも仕方ない。私は彼ならやってくれると信じている。策を練った彼ならどんな相手にも勝てるさ。私にとっては、彼こそが最強の魔法使いだ。……卑怯だがな」

 

 イーリスとヴァッシュが出て行ってからアリーダは策を考え始める。

 最強と呼ぶに相応しい程の魔法を操る敵に通じる策はまだ……ない。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 村の片隅には小さな墓場がある。

 一度は更地にされたそこにクビキリは毎日来ていた。

 

「誰かの墓参りですか?」

 

 クビキリの後ろから二人の女性が歩いて来る。

 黒髪の少女アリエッタは悲しそうな目で多くの墓石を見つめる。

 

「妹と村の魔人達。そして……村に住んでいた人間達」

 

「意外ですねえ。人間の墓にもですか」

 

 アリエッタから一歩引いた場所で墓石を眺める女性がそんなことを言う。

 メイド服を着用する彼女の名はネイ。髪の毛が全て極細の蛇であり、服の下からは尻尾である太い蛇がクビキリを見ている。元々はコエグジ村に居らず、コエグジ事件後にやって来た女性だ。

 

「今の俺なら、この村の人間を信用出来る。俺達の無実を信じてくれたのは彼等くらいだからな。ネイ、だったか? 今この村に居る人間は何人になったか分かるか?」

 

「十六人ですね。敵の襲撃で八人死にましたから」

 

「そうか。……俺は、彼等の顔も名前も把握しようとしなかった。それでも一度、感謝したかったのだ。遅くなったが、魔人の無実を信じてくれたことへの感謝を」

 

 故郷を捨てて共に移住した人間達。彼等は魔人を信じてくれたのに、クビキリは彼等を信じられず嫌悪した。今でも人間を嫌う気持ちは変わらない。ただ、以前よりは歩み寄れる。

 

「アリエッタ」

 

 クビキリが名前を呼んだ瞬間、ネイの表情が怒りに染まる。

 

「おい、アリエッタ様だろうがバカヤロー」

 

「アリエッタ、様」

 

「呼び捨てで構わないですよ。ネイ、あなたが皇族を尊敬する気持ちは分かっていますが、少しは寛容になってください。今の私は皇族でない者として扱って構いません」

 

 今度はネイの表情が困ったものになる。

 

「も、申し訳ありません。お城で働いていた感覚が捨てきれなくて」

 

「努力はしてくださいね。で、クビキリさん、何かお話でも?」

 

「この村をどう思う?」

 

 問いに頭を悩ませたアリエッタは十秒以上考え込む。

 

「魔人と人間が共に暮らせていて、とても素晴らしいと思います」

 

「人間をどう思う?」

 

 次の問いには一分以上も考え込む。

 

「体は魔人と違っても、心は変わりません。当然良い人も悪い人も居ます」

 

「その当たり前のことを忘れる輩は多い。お前は良い女帝になれる」

 

 体は違っても心は同じ。善にも悪にも傾く。

 産まれた瞬間は誰もが善と悪の中間で純粋な心を持っている。

 種族の違いなど所詮外見だけ。そんな当たり前のことを忘れた者が他種族を悪と決めつけ、容姿で心を決めつける者が差別思想に染まる。自分はそのような者達と変わらなかったとクビキリは恥じている。人間というだけで疑惑の目を向けてしまっていた。

 

「皇帝の座にはお兄様が就きますよ」

 

「ならお前はその考えのまま兄や父の補佐をすればいい。将来、どれだけ先になっても構わない。魔人と人間が共に暮らすのを当たり前にしてほしい。妹はずっと、そんな世界を望んでいた。お前や王国の王女が協力すればきっと国の常識を、人々の意識を変えられる」

 

「ええ、いつか必ず」

 

 アリエッタの宣言にネイが涙を流して拍手する。

 長く続く拍手はアリエッタが「やめてくださいよ」と言うまで続いた。

 

「クビキリさん、あなたは王女のミルセーヌ様と行動していたのですよね。彼女は今無事なのでしょうか。敵に見つかっていなければいいのですが……心配です。彼女の傍には今頼れる味方が居ませんし」

 

「俺も心配だが合流は出来ない。あの王女はもうフレザールの町に居ないだろう。王女には行動力がある。たった一人になっても目的に向かって突き進む。無謀なことはしないと願いたいがな」

 

 ミルセーヌ本人にはいくつも策を考える知恵がなく、敵を倒す力もない。

 大臣が敵なので彼女の目的地は王城だろうが一人では危険だ。敵の狙いは彼女の命なのだから、王城に戻れば敵を目的達成に近付ける。どうにか彼女と合流したくても現在地不明なうえ捜索方法もない。

 フェルデス達との戦いが終わるまで隠れていてくれとクビキリは願う。

 

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