[Ⅰ]
漆黒の闇の中、どこからともなく話し声が聞こえた。
「ミンウ……助かりますか?」
なにやら心配そうな声色だ。
声の感じからして、恐らく、若い女だろう。
「はい、じきに意識を取り戻します。この者達からは、力強い生命力を感じます」
続いて男の声が聞こえた。
こちらは若い男のモノと思われる。
一体、誰だろうか……。
「フィンから避難してくる時、この子が血みどろになって倒れているのを見つけたのです。貴方なら助けられると思いました。ところで……そちらにいる貴方の同郷と思わしき若者の容体はどうですか? 湖の畔で倒れていましたが……」
「この者も、じき目を覚ますでしょう。自力で岸に辿り着いたはいいが、疲労で気を失ったのだと思います。マモノどもから必死に逃げてきたのでしょう」
「恐らくそうでしょうね。あのテイコクの軍勢から、よくぞ逃れられたモノです。しかし……変わった服を着た方ですね。ミシディアには、このような衣服もあるのですね、ミンウ。私は初めて見ました」
フィン? ミンウ? テイコク? ミシディア?
何がなんやら、わけがわからない。
これは……夢か?
「え? え、ええ……そうですね。それはともかく、このマホウジンが彼等の生命力を増幅させます。今はそっとしておきましょう」
ミンウと呼ばれた男は、やや歯切れ悪くそう返した。
最後は半ば強引に、話題を変えた感じだ。
「そうですか、安心しました。それでは会議に行きましょう。 もうそろそろ、皆が集まっているころです。テイコクがバフスクで建造中の大戦艦……あれが完成したら、パラメキアの総攻撃が始まるでしょう。早急に、何か手を打たないといけません」
「ええ、行きましょう、ヒルダ様」
その後、徐々に遠ざかるカツカツという足音が聞こえ、暫しの静寂が訪れた。
どうやら、声の主達が付近から去ったようだ。
奇妙な静けさであった。
近くで何かを燃やしているのか、油が焦げたような香りが若干鼻につく。
それに加え、焼香のような香りも漂っていた。
また、遠くから沢山の人々の話し声が聞こえてくる。
何を話してるのかは聞き取れないが、悲壮感が漂う話し声であった。
まぁなんというか、若干の混乱状態である。
(なんなんだ一体……わけがわからない。さっきの奴等は妙な会話をしていたが……ン? 明かり……)
ふとそんな事を考えていると、ユラユラと揺らめくような薄明かりが、瞼越しに感じられた。
俺はそこでようやく、自分の状況を理解したのだった。
どうやら俺は今、横になって寝ているようだ。
なぜ寝ているのかわからんが、とりあえず起きるとしよう。
俺は瞼を開いた。
だがその直後、俺は更に少し混乱状態に陥ったのである。
(えっと……何、この天井……こんなん、見た事ないんだけど……)
そう、眼前に広がっていたのは、見たことない古めかしい石積みの壁と天井であった。
長い年月が経っているのか、所々にシミみたいなモノが見える。
俺はそこで半身を起こし、周囲を見回した。
そして、俺はますます混乱したのだった。
なぜなら、わけわからん部屋に俺はいたからである。
そこそこ大きな四角い部屋で、怪しげな文字や紋様が描かれた扉が壁に1つだけあった。4つの壁に窓はない。
床には高級感があるフカフカの赤いカーペットが敷かれており、その中央には白い魔法陣のような紋様が描かれていた。
しかも、その魔法陣の中に俺はいたのである。
おまけに、俺の他にもう1人いた。
欧米の白人みたいな見た目の若い男で、頭には中近東系の民族衣装を思わせるカラフルなターバン風のバンダナを巻いていた。
中世欧州の人々みたいなチュニック風の衣服や、革製のブーツを履いていたのが印象的だ。
勿論、全く知らない男である。
とはいえ、なかなかのイケメン外国人であった。
恐らく、日本に来たインバウンド旅行客かもしれない。
とりあえず、この部屋にいるのは俺とコイツだけのようだ。
部屋の雰囲気が儀式っぽい感じなので、どこかの宗教施設なのだろうか?
(どこやここ……それに、誰や、コイツ。う~ん……わけがわからん。待て待て……冷静になろう。順を追って思い出すんだ。俺は確か……探偵事務所に来た依頼人から、とある人物の素行調査をお願いされたんだ。で、その翌日の夜、車で目的の人物が乗った車を尾行して、その後……そうだ……思い出した。尾行中に湖畔を走る道路のカーブで、奇妙な閃光があったんだった。それで曲がりきれずに、俺は……)
これまでの経緯を思い返すことができたが、それは少々、思い返したくない事象でもあった。
そこからの記憶がないので、どうやら俺は、車ごと湖にダイブしたのだろう。
もしかすると今のこの状況は、誰かに救助されたという事なのかもしれない。
(参ったな……面倒な事になった。もしかすると、車は湖の底か? 30歳間近でようやく手に入れた初めての新車な上に、ローンもまだ5年あるのによ……ついてない)
俺はそんな事を考えつつ、自分の衣服と持ち物を確認した。
ちなみに衣服は、カーキのカーゴパンツに黒いTシャツというシンプルなモノだ。
尾行していた時と同じ服装である。
おまけに服は湿っているので、俺はやはり、湖に落ちたとみて良さそうだ。
続いて俺は、カーゴパンツのサイドポケットに手を入れたが、そこには何も入ってなかった。
訝しげに思い、他のポケットにも手を突っ込んでみたが、やはり、何も入ってないのであった。
幾つかのポケットには、スマホと財布と手帳が有る筈だが、はて?
(不味いな……もしかすると湖の中か……手帳には依頼人関係者の個人情報が結構書いてあるんだよな……ン?)
ふとそんな事を考えていると、隣にいる外国人の若い男が半身を起こした。
どうやらお目覚めのようだ。
頭が痛いのか、額に手を当てて周囲を見回している。
するとそこで俺と目が合った。
俺はとりあえず、軽く英語で話しかけてみた。
「ええっと……
すると男は、ポカンとしながら俺を見ていた。
顔の感じからして、言葉が通じてなさそうだ。
もしかするとスラヴ系か、ラテン系の国の方かもしれない。
「アイ、ドント? ……貴方は誰です? いや、それよりここは一体……」
返ってきたのは、流暢な日本語だった。
話しかけておいてなんだが、少し恥ずかしくなる展開だ。
(なんだよ、日本語喋れるんかい……ったく、俺が馬鹿みたいじゃねぇか。まぁいい、それならそれで好都合だ)
つーわけで俺も普通に返しておいた。
「さぁな……とりあえず、どっかの建物の中だろ」
「どこかの建物……」
「ところで君はどうしたんだ? 俺と同じく、ここで気を失っていたようだが。もしかして、湖で溺れたのか?」
「え? いや、僕はテイコクに……ハッ!? そうだッ! 皆は無事なのか!」
若い男はそう言うや否や、勢いよく立ち上がり、慌てて周囲を見回した。
「レオンハルト! マリア! ガイ!」
しかし、その呼びかけに答える者はいなかった。
男は不安気に俺を見た。
「今のは、お友達の名前か?」
男は無言で頷く。
「残念だが、ここにいるのは俺と君だけだ。その扉の向こうに行けば、誰かいるんじゃないか? ま、何がいるかは、開けてからのお楽しみだがな」
俺もそこで立ち上がり、この部屋に1つだけある木製の扉を指さした。
「そ、そうですね……」
男は恐る恐る扉を見詰め、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
かなりビビっている風であった。
しかし、様子が変だ。
まるで命を取られるかのような雰囲気だったからである。
そこまでビビる事でもない気がするが。
「なんだそんな顔して、怖いのか? 大丈夫だよ。さて、それじゃあ行くか、外国人の兄ちゃん。俺も現状を把握したいんでな」
男は不思議そうに俺へ振り向いた。
「あの……貴方は一体、誰なのですか。こんな状況なのに凄い余裕ですが……」
「は? そうでもないよ。ま、色々と訳ありなんでな」
「そうですか。あの、僕はフリオニールと言います」
「不倫お兄ちゃん?」
たぶん、違うとは思うが、こういう風に聞こえたのはガチだ。
「違います、フリオニールです! ところで、貴方は?」
「ふぅん、フリオニールというのか……あ、そうそう、俺は風間陽兵という。とりあえず、カザマさんとでも呼んでくれ」
コイツの名前はフリオニールというらしい。
ちょっと気になる名前であった。
なぜなら、他にも気になる単語を幾つか耳にしたからだ。
フィン・ミンウ・ミシディア・フリオニール……そして、コイツがさっき言った仲間の名前。
これらは、ガキの頃に携帯ゲーム機で遊んだファンタジーRPGの固有名詞と同じだった気がする。
確か、ファイナルファンタジーというゲームの2作目だったか。
まぁでも、偶然だろう。
幾らなんでもそんな事はないだろうからだ。
「カザマさんですね。わかりました。ところで、お願いがあるんですが……」
「ン? お願い?」
「暫しの間、仲間を探すのに手を貸して欲しいのです。いいですか?」
「ああ、いいだろう。俺も現状を知りたいんでね。互いに助け合いと行こうか」
「よろしくお願いします、カザマさん」
そして俺達は扉を開いたのであった。
さて、何が待ち受けるのやら……。