[Ⅰ]
怪しい紋様が描かれた木製の厳かな扉は、フリオニールの手によって開かれた。
すんなりと開いたので、鍵の類は掛かっていない。
とはいえ、フリオニールはそれを危惧していたようだ。
閉じ込められたとでも思ったのかもしれない。
まぁそれはともかく、扉の向こうは下へと続く、薄暗い石の階段となっていた。
俺達は恐る恐る、その階段を降りてゆく。
それに従い、階下の喧騒も次第に大きくなってきた。
なんとなくだが、下のフロアは慌ただしい感じだ。
もしかすると、トラブルの類が起きているんかもしれない。
階段を降りると、その先は石畳の廊下となっていた。
そして、俺とフリオニールはそこを進んでゆくのである。
だが進むに従い、俺は妙な違和感を覚えていた。
(しかし……すげぇ歴史ある建物だよな、これ。壁のシミや汚れが半端ない年月感じるわ。どこにある建物だろう。なんとなく、明治時代の西洋建築といった感じだが……当時の領事館かなにかかな。こんな所でファイナルファンタジーごっこしてるとかいうオチは……流石に無いか。ン?)
ふとそんな事を考えながら廊下を進んで行くと、前方に美しい女と背の高いゴツい男が立っていた。
するとその2人は、俺達を見るなり、慌てて駆け寄ってきたのである。
まず女性が目を潤ませ、安堵の表情とともに口を開いた。
「フリオニール、生きていたのね! 良かった……私……グスン」
「マリア、ガイ……レオンハルトはどこだ?」
「フィンの王女……助けた、俺達……レオンハルト、どこにもいなかった」
「そうか……大丈夫、生きているさ、きっと……」
俺は黙って彼等のやり取りをマジマジと見ていた。
もうなんというか、あのゲームのワンシーンを見ているような気分だったからだ。
(ええっと……コイツ等、ガチでやってんの? いやその前に、なんだよ、このやり取りは。FF2のオープニングとそっくりやんけ。なにこれ? ここって、劇団の施設なんか?)
俺はそんな事を考えつつ、3人の寸劇を呆然と眺めていた。
女は裾の長いチュニック風の白い衣服を着ており、腰をベルトで締めているせいか、スカートを穿いてるような出で立ちであった。
線が細く美しい顔立ちで、肩より長い紫色の長い髪が若干ミステリアスな雰囲気を醸し出している。
また、男はブロンドの短髪で、古代ギリシャ人を思わせる露出の多い衣服を着ており、そこから見える筋肉はムキムキでプロレスラーのような体躯であった。
背も高い。恐らく、190cmクラスだろう。女の方は160cmくらいか。
身長175cmくらいの俺から見ても、なかなかの図体である。
ちなみに、フリオニールは俺と同じくらいの身長だ。
まぁそれはさておき、なんというか、対照的な身体的特徴を持つ2人であった。
また、2人ともフリオニールと同じ欧米系白人だが、古式ゆかしい衣服や肌の汚れ具合がリアルだ。凄い完成度である。
汗臭さも満点だ。とりあえず、風呂くらい入っとこうか。劇に臭いはいらんぞ。
などと考えていると、女性が俺に気が付いた。
「ねぇ、フリオニール……この人は? 顔立ちがミンウ様に似ているから、ミシディアの人?」
「この方はカザマさんだよ。一緒に魔法陣の部屋にいた方だ。ですよね、カザマさん?」
フリオニールは俺に話を振ってきた。
「あ、ああ……そうだが……」
俺はこの寸劇が腑に落ちない為、歯切れの悪い返事しかできなかった。
当然だ。こんな寸劇を見せられる理由がわからないからである。
とりあえず、訊いてみよう。
「あのさ……君達はアレかい。どこかの劇団にでも所属してるのかな?」
「え……ゲキダン? なんですか、それ? もしかしてどこかの町の名前ですかね。違いますよ。僕達はフィンの王都の住民です。パラメキア帝国の軍勢による大襲撃で都を追われたのです。ですがその途中、僕達はパラメキアの黒騎士団にやられて……」
お、おう……FFⅡ的模範解答や。
ちゃんとストーリーを踏襲してるじゃねぇか。
しかも、眉一つ動かさず、自然に返してきやがった。
名優じゃね、コイツ等……って、違う。
なんなんや、これ?
ここで寸劇する意味がわからんぞ。
「フィ……フィンの王都の住民? 黒騎士団? そ、そういう設定なの?」
「フリオニールの言う通りです。私達は命からがら、フィンから逃げてきたのです。パラメキア黒騎士団の襲撃に遭い、死にかけていたところ、ヒルダ様の御一行がちょうどそこに通りかかったので、私達は命があったのですから」
女がそう答えてきた。
コイツ等の目は真剣であった。
演技の筈なのに、とても演技には見えない。
対応に困るところだ。
俺にもこの流れで演技しろと言わんばかりである。
下手に水を差すと、ブチギレられそうな程の真剣さだ。
(コ、コイツァ、ヤヴェ……話が通じない気配がプンプンするぜ。どうしよう……俺にもこの演技に付き合えってか? 勘弁してくれよ、ったく……仕方ない。とりあえず、礼儀正しく彼等に合わせ、この場から撤収するとしよう……)
俺は3人に向き直り、それっぽくブルジョワ風の自己紹介をした。
「そういえば、2人はフリオニールのお仲間でしたね。これは失礼した。我が名はカザマと申す。マリアさんとガイ君と申されたか。以後お見知り置きくだされ」
「え、あ、すいません、自己紹介が遅れました。私はマリアです。そして、こちらはガイと言います」
マリアは俺の突然の豹変に少し驚いていた。
フリオニールもポカンとしている。
「さてそれでは、フリオニール君との折角の再会に水を差すのも悪い。私はこれで失敬するとしよう。では御機嫌よう」
俺はそこで彼等に背を向け、スタスタとクールに移動を開始した。
するとフリオニールが慌てて追いかけて来たのだ。
「え、カザマさん! 待ってください!」
フリオニールは俺の前に回り込んできた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! まだ仲間が1人見つからないんです!」
おい、しつこいぞ。FFⅡ劇団。
もうこれ以上、寸劇に付き合うつもりはねぇよ。
まぁいい。とりあえず、大人の対応をしとこう。
俺はフリオニールの肩の上に、ポンと手を置いた。
「フリオニール君……大丈夫さ。レオンハルト君は生きてるから。だから君達3人で探しなさい。君達なら必ず見つけられる」
「ほ、本当ですか! 兄は! 兄は今、どこにいるんですかッ!」
今度はマリアが必死の形相で駆けてきた。
うわっ、面倒くせぇ。
いつまでこの茶番続けんだよ。
「それはわからないよ。直感さ。でも、俺の直感はよく当たるんだよね。だから時の流れに身を委ねるんだ。俺に関わってる場合じゃないよ」
「直感て……そんないい加減な! 私が今、どんな気持ちでいるかわかってるんですか! 兄はもう、私のたった1人の肉親なんです。そんないい加減なこと言わないでください!」
マリアの悲しげな瞳から、一筋の涙が頬を伝う。
迫真の演技である。
素晴らしい演技力だ。
ブラボーと言いたいところである。
その演技力に免じて、俺も全力で応えようではないか。
「マリア……君の兄は確実に生きているよ。そう、確実だ。ビールを飲んだら、ゲップが出るというくらい確実にな。そして、予言しよう。いずれ必ず、レオンハルトと君達は生きて巡り逢えるだろうと。外れたら、この俺を好きにするがいい。俺は今の言葉に、この身を賭けようではないか」
「え……ご自身を賭けるんですか? そこまで自信があるのですね、カザマさん」
フリオニールはそう言って、俺に大きな目を向けた。
マリアは怪訝な目で俺を見ている。
ガイは無表情であった。
「ああ、自信はあるよ。だから、その時まで待つがいい。じゃあな」
俺は移動を再開した。
(これで彼等も満足だろう。でも、もう寸劇には付き合わんぞ。ン? なんだありゃ……)
だがその時であった。
俺は少し進んだ所で、思わず足を止めたのである。
血生臭さと共に、信じられない光景が目に飛び込んできたからだ。
俺がいる場所の壁には大きな窓があり、そこから下のフロアが見えるのだが、そこには沢山の人々がいた。
数にして100人以上はいるだろう。
そして、そこにいる者達は皆、フリオニール達同様、時代錯誤な衣服を着ており、尚且つ、怪我人や薄汚れた老若男女達ばかりだったのである。
しかも、俄には信じられない事をしている人物もいたのだ。
その人物は怪我人と思わしき兵士達に向かい、手をかざしているのだが、その者の掌からは、眩い光のシャワーが放たれていたからである。
(え? おいおいおい、なんだありゃ……トリックか……にしてはリアルだが……)
俺が足を止めていると、そこでフリオニール達がやってきた。
「どうかしたんですか、カザマさん」
「フリオニール、アレって……」
マリアが隣に来る。
「あの方が、白魔導師のミンウ様。ヒルダ様の側近中の側近です。恐らく、フリオニールや貴方を治療されたお方よ」
白魔導師のミンウ。
そう呼ばれた人物は、白いローブを纏い、頭には白いターバンを巻いている。
また口元を白い布で覆い隠す出で立ちの男であった。肌はやや浅黒い感じだ。
勿論、フリオニール達と同じく、FFⅡに登場してくる重要キャラの1人と同名である。
見た目はもうゲーム通りといった感じで、完成度高いコスプレ姿であった。
いや、これはそもそも本当に寸劇なのだろうか。
視界に入る人々の生活感や悲壮感は、とても演劇とは思えないからである。
「マリア……あの光は?」
「アレはミンウ様の癒しの魔法よ。ミンウ様ほどの凄腕の白魔法の使い手ならば、深い傷を負った兵士の治療も可能なの」
「し、白魔法? へ、へぇ……すごいね」
俺は目の前の信じ難い光景に目を奪われていた。
なぜなら、兵士の血に塗れた深い傷が、その光に洗い流されるように治癒していったからだ。
俄に信じられない光景であった。
そして、俺はそれを見た事により、違和感を拭えずにいたのである。
(コレは本当に劇なのか? 何かおかしい……何かが……そもそも俺に寸劇を見せる意味もわからんし。ン?)
するとその時であった。
階下にいるミンウと呼ばれた男が、こちらへと視線を向けたのである。
ミンウは俺達をジッと見ていた。
何かを思案するように……。