[Ⅰ]
俺はミンウの後に続き、会議室を後にした。
それからアジトの中を進み続け、俺はミンウと共に建物の外へと出たのである。
つまり、俺は外の光景を否応なく見てしまったというわけだ。そう……リアルなアルテアの街を。
これを見た事により、俺はより一層、混乱してしまったのは言うまでもない。
なぜなら外は、中世欧州や古代ギリシャを思わせる沢山の建造物群が軒を連ねていたからである。
どうやら、最悪な事態になってるのは間違いないようだ。
たかが芝居の為に、こんな大きな街並みを作る劇団なんて聞いたことがない。
俺は幻覚かどうかを確認する為、石畳の地面に転がる小石や建物の壁に直接手を触れてみた。
勿論、リアルな感覚であった。
幻覚の類ではない。現実である。
(触れた感じは本物だ……温度や質感は現実そのもの。今、ここにある空や風、そして人や物は、恐らく本物だ。どういうことだ一体……いや、その前に、どこなんだここは? 俺は拉致されたのか? いやいや……そんな馬鹿なことある筈ない。拉致するなら自由にしないだろう。何なんだ一体? 本当にゲームの世界に紛れ込んでしまったとでも言うのか?)
俺は脳内で、自問自答を繰り返す事しかできなかった。
そのリアルな光景に、流石の俺もパニックを起こしかけていたのである。
家に伝わる風魔の古流武芸を嗜んでいる為、忍耐力や胆力はそこそこ養われているが、これを受け入れるのは容易ではない。
本当に困った状況であった。
おまけに景色だけじゃなく、空気感もまるで違う。
恐らく、文明の利器である電気や車が全く走っていないのが、その原因だろう。
軽油車両の排気ガスや石油の燃える匂い、そして先端技術の放つ香料や、化学染料が醸し出す科学の匂いが、まるでないからである。
そればかりか、馬車や馬のようなモノが普通に闊歩している上、そこに住む人々も、白人や中東系黒人が圧倒的に多い。
それに加え、人々は皆、フリオニール達のような古式ゆかしい姿の者達ばかりで、現代的な衣服を着た者は皆無なのである。
早い話が、完全に中世欧州を思わせる街の姿なのであった。
誠に残念だが、本件はこれを以って、芝居ではなく、別の結論を導かざるを得ない。
アンビリーバブルな状況であった。
(嘘だろ……参ったな、こりゃ……一番考えたくない展開じゃないか。というか、ゲームの世界に迷い込むなんてあんのかよ。いや、有るわけねぇだろ。どういう事じゃ、一体……)
俺は動揺しつつも、ミンウの後を続いた。
程なくしてミンウは、アジトの前にある広場の池へと俺を案内した。
そこは噴水が上がっており、バシャバシャと水しぶきが上がっている。
また、外の気温は20度くらいで、日本で言うなら春の気温といったところだろう。
過ごしやすい気候である。
とはいえ、違う意味で、過ごしたくはない所だが……。
ちなみに、ここにいるのは俺とミンウだけだ。
フリオニール達もついて来たが、その途中、ミンウが俺と2人で話がしたいと言い出したので、アジトの中で別行動となったのである。
ミンウは俺に振り返り、鋭い目を向けた。
「さて……ここなら誰もいない。ゆっくり話を訊かせて貰うとしよう」
内心穏やかじゃないが、とりあえず、俺は平静を装っておいた。
「何を訊きたいんです、ミンウさん」
「ではまず、君の名前を教えてもらおう」
「俺は風間陽兵と言います。一応言っておくと、姓が風間で、名が陽兵です」
ミンウは片方の眉を吊り上げた。
「セイ? 家の名か?」
「ま、そんなところです」
「そうか……君はなかなか高貴な者のようだな。まぁいい、では訊こう。君は一体何者だ? どこから来た? そして……コレは一体なんなのだ? 教えてくれるかな」
ミンウはそう言うと、懐から手帳と財布とスマホを出してきた。
勿論それらは、俺の所有物である。
「あ!? それ俺の! アンタが持ってたのかよ!」
俺は思わず、それに手を伸ばした。
するとミンウはサッと後ろに下がり、俺と少し間合いをとったのだ。
いつでもトンズラ出来る体勢である。
「答えてくれたら返そう。さぁ教えてくれないか?」
仕方ない、話すとしよう。
「良いでしょう、俺が何者かでしたね。ではまず……簡単なプロフィールからいきましょうか。名前は今言った風間陽兵。職業は探偵。年齢は29歳。性別は男。現在独身。身長は175cmで体重は68kg。そして、日本という国に住まう善良な国民で、自称ナイスガイなショートヘアスタイルの男です。それから……ここに来た経緯ですが、それは俺にもよくわかりません。仕事中、目の前に閃光が走り、気がついた時にはあの魔法陣の部屋にいたのでね。以上です」
俺はそこで話を切り、ミンウの反応を見た。
ミンウはジッと俺を見ている。
口元を白い布で覆っているので、その表情は伺い知れないが、なんとなく困っている感じだ。
「気が付いたら、あの部屋にいただと……どういう事だ。私が君を見つけたのはフィンの南に広がるガルテアの湖の畔だ。君はそこに倒れていたんだからな。しかも、半身が水に浸かった状態でだ。パラメキア帝国の兵や魔物に追われていたんじゃないのか?」
「ガルテアの湖? よくわかりませんが、俺はそんな湖は知りませんよ。そんな所に、なんで俺がいるんですかね?」
「それはこちらが訊きたいくらいだ。というか、今訊いている。それとニホンなんて国、私は聞いたこともない。カザマといったか……私を
ミンウは怪訝に眉を寄せ、目を細めた。
ちょっと怒ってる感じであった。
これは演技じゃないだろう。
まぁいい、話を進めよう。
「誂ってなどいませんよ。俺は至って真面目に答えてます。それに……アンタもそこまで俺を疑ってはいないんじゃないですか? 俺の所持品について訊いてくるくらいだしね」
「何?」
「それを訊いてくるという事は、使い方がわからないという事。つまり、アンタにとっては未知の道具という事だ。もしかすると、もう既に、色々と試したんじゃないですか?」
「なッ!? ウグッ……」
ミンウはギョッと目を見開いた。
このわかりやすい反応……当たらずとも遠からずだろう。
チャンスだ。こちらのペースに引きずり込むとしよう。
「その反応だけで十分ですよ。良いでしょう、それが何か教えて差しあげますよ。アンタが今手にしてるのは、1つは財布で、1つは手帳、そしてもう1つはスマホという便利な道具だよ。まぁ言ったところで信じるかどうかわからんがね」
「財布と手帳だと……」
ミンウは訝しげにそれら2つを交互に見た。
財布は革製の手帳型マネークリップなので、同じく革製の手帳と見た目は似ている。
知らない者が見たら混乱するだろう。
「スマホというのはどれだ?」
「その小さな板みたいなやつだよ」
「コレがそうか……で、便利な道具と言ったが、何に使うのだ?」
頃合いと見た俺は、ここで取引を持ちかける事にした。
「教えてもいいですが、タダというわけにはいかないな。というわけで、取引しましょうか」
「取引だと……ギルが欲しいのか?」
「違いますよ。幾つか訊きたい事があるだけです。まずこの地域の情勢と、貴方の使う魔法という技能について。それと、この地の死生観や文化なんかも教えてもらえると助かりますね。それと……俺を見つけた当時の状況もね。どうです? そんな大した事じゃないでしょう?」
これは勿論、現在の自分の置かれた状況を探る為である。
考えたくはないが、ここがゲームの世界かどうかを確認する為の交渉であった。
できればここは日本……いや、現実世界であってほしいところだ。
ミンウは暫しの沈黙の後、返事をしてくれた。
「良いだろう……その取引に乗るとしよう」
「そうこなくちゃね」――
[Ⅱ]
ミンウとの取引の後、俺はフリオニール達とアジトで落ち合った。
そして、旅支度を整え、翌日の早朝に、俺達はアルテアの街を後にしたのである。
目的地はフィン。ミンウの助言を聞き入れた感じだ。
メンバーはフリオニールとマリアとガイ、そして俺の4人。
ゲームならこの時点では3人パーティなので、俺は完全に要らないメンバーだが……さて、どうなる事やら。
ちなみにだが、旅をするに当たり、俺も装備を整えておいた。
ミンウからは餞別で300ギルと癒しの魔法書を貰えたので、それで買物したわけだ。
で、購入したアイテムはというと、裾の長いチュニックのような茶色い服と癒しの魔法薬、それから革製の盾と西洋風の長剣、道中の携行食である。
長剣は刃渡り60cmから70cmくらいの片手剣といった感じで、そこそこ軽かった。盾の方が重いくらいだ。
そして、携行食はクッキーみたいな乾燥食品で、味は大したことない代物だ。
文明レベルの低い保存食なので、しょうがないところだろう。調味料が少ないに違いない。
それと癒しの魔法書だが、実を言うと昨日、ミンウに教えてもらいながら、俺も契約をしてみた。が、しかし……そこで思いもよらぬ事が起きてしまったのである。
ミンウもこれには首を傾げていた。
結論を言うと、俺は癒しの魔法を習得できなかった。
だがその代わり、妙な事ができるようになっていたのである。
それは何かというと、テレキネシスのような物体を浮遊させる超能力であった。
ミンウもこればかりは理解不能だったようで、「そんな馬鹿な事がある筈……」なんて言っていた。
ただ、そう悪い事でもないので、俺はこのフォース……じゃなかった、この妙な力を少しづつ扱えるようにしていくつもりだ。
*
話は変わるが、取引のお陰で、俺はミンウに色々と教えてもらえた。
そして、ミンウの話を聞いたことによって、俺は1つの可能性を受け入れざるを得ない状況になってしまったのである。
それは勿論、本当にゲームの世界かもしれないという事だ。
そう考えるに至った1つが、やはり魔法の存在だろう。
ミンウに実演をしてもらい、その現象をまざまざと見せられたので、否定が出来なくなってしまったのである。
実演してもらったのは癒やしの魔法と、分身の魔法というモノであった。
癒しの魔法はともかく、分身の魔法には度肝を抜かれた。
なぜならガチで残像が見える分身の術だったからだ。
ミンウ曰わく、攻撃を回避する為の魔法らしい。熟練者が使えば凄い残像になるそうだ。
これらは恐らく、ゲームではケアルとブリンクと呼ばれている魔法だろう。
だが、ここでは意外にも、その魔法名は使われてないようである。
俺がその名前を言ったら、ミンウは首を傾げて知らないと言っていたからだ。
つまり、魔法名やアイテム名に関しては、必ずしもゲーム知識と符合しない世界観なのかもしれない。
また、ミンウには黒魔法についても少し教えてもらった。
そしてそれらもやはり、炎の魔法や氷の魔法、雷の魔法といった感じで呼ばれているそうだ。
ゲームのような英単語魔法名の方がカッコイイ響きなので、そこはちょい残念なところであった。
ちなみに魔法は、魔法屋に売られている契約の魔法書を購入して習得するそうである。
それと世界情勢についてだが、ゲームと同じく、パラメキア帝国との世界大戦状態のようだ。
劣性に次ぐ劣性で、かなり悲壮感漂う情勢のようである。
ゲーム同様、独立保ってる国が殆どない状況なんだろう。
他にも色々と教えてもらったが、それは追々、手帳に記述していくとしよう。
ん? なんでそんなもん書いてんのかだって?
決まってんだろ! 俺の生き様の活動記録じゃ、アホンダラ。
もう帰れないかもしれないんだ。
異世界活動記くらい自由に書かせてくれよ。俺も心細いんだよ!
ま、女々しい話はこの辺にして、話を戻すとしよう。
*
アルテアを発ってから少し時間が経過した。
空はどこまでも青く澄んでおり、太陽が燦然と輝いていた。
眼前には地平線の彼方まで伸びる、雄大な緑の大平原がどこまでも広がっている。
時折吹き抜ける強い風によって、草花が大きく揺らめき、さざ波を起こしていた。
大自然の壮大さを感じさせる素晴らしい景色だが、今の俺は、とてもそんな気分にはなれないところであった。
(俺はどうやら、ガチで異世界に来てしまったんだろうな。はぁ……帰れるんだろうか、俺……ン?)
ふとそんな事を考えていると、フリオニールが俺に話しかけてきた。
「カザマさん、ミンウ様は我々に、フィンへ行けとだけ言ってましたけど、どう思いますか? 目的がわからないんです。フィンは今、帝国に占領されていると思うんですが……」
「さぁな。白魔導師さんは運命が見えると言ってたし、何か見えたんだろ。まぁ行ってみようじゃないか」
「ねぇ……カザマさんて、なんでそんなに気楽な感じなの。今から行くのは帝国に占領されたフィンの王都なのよ。私達、帝国が憎いけど、すごく怖いのに……」
マリアは怪訝そうに俺を見ている。
もしかすると胡散臭く思われているのかもしれない。
アジトであったレオンハルトの件で、俺はあんまりよく思われてないんだろう。
ちなみに、ガイは旅が始まってから一言も喋ってない。
無口なキャラを継続中である。
「俺も怖いよ。そう見えるのは君の先入観だ。仲良く行こうじゃないか、マリア。まぁとりあえず、今日の目的地は、北にあるというガテアの村だ」
「そうですね……とりあえず行ってみましょう」――