[Ⅰ]
スコット王子は俺達を流し見た後、木々の間から見える朱色に染まった夕暮れの空を見上げ、言葉を発した。
「ここは森の中か……さっきまで私は、フィンの酒場の地下室にいた筈……私は死んだのか? もしや君達は天使か何かか?」
かなり混乱してるようだ。
仕方ないか。環境が激変だし。
今のコイツは、コンフュの魔法を喰らった状態なのかもしれない。
「アンタの目には、俺達が天使に見えるのか。混乱しすぎだ、スコット王子。残念だが、アンタは死んじゃいないよ。本当は死にたかったんだろうがな」
「何……生きてるだと……では、ここはどこなんだ?」
「ここは王都の南西にある湖付近の森だよ」
スコット王子は俺に視線を向けた。
「まさか、君達は私をフィンから連れ出したのか?」
「ああ、その通りだ。反乱軍的に、生きていた方が良さそうだったんでな」
包帯ぐるぐる巻きのスコットは、そこで手を少し動かした。
「痛みがかなり引いている……傷の治療をしたのか?」
「ああ、そこにいる彼女に感謝するんだな。彼女の癒やしの魔法のお陰だよ」
俺はマリアを指さした。
「魔法だと……私の身体は癒やしの魔法でも治療できなかった筈……」
「お前は恐らく、帝国との戦いで全てを諦め、死を受け入れたのだろう。だが、ある事がきっかけで死にたくなくなった……だから、癒やしの魔法が効いたんだ。ただ、それだけの話だよ」
「ある事がきっかけ? あ……」
スコット王子は地下室でのやり取りを思い出したようだ。
俺に微妙な視線を投げかけている。
書簡の件が気になるんだろう。
「俺の脅しが効いたようだな。その様子を見る限り、見られては不味いことでも書いてあったのか?」
「何……貴公は見たのではないのか?」
「俺がわかるわけないだろ。ありゃデマかせだ。アンタは死にたがりの顔だったから、最後に嫌がらせしただけさ。どうだ? 少しは死にたくなくなっただろ?」
事前にそういう話をミンウから聞いたので利用しただけだったりする。
ゲームとの相違を確認する為、ゴードン王子の事なんかも一通り聞いたのだ。
ちなみに実物のゴードンも見たが、ゲーム同様、かなりの臆病者であった。
ネガティブマイナス思考人間を具現化した存在である。
「フッ……私はしてやられたというわけか……確かに、君の言うとおり、私は死を覚悟し、戦いの中で、それを受け入れていたのかもしれん。帝国と反乱軍の戦力差を見て、絶望していたのだからな。だが……今更生き長らえたとて、私は多くの部下や戦友を失ってしまった。今の私に生きる価値などあるのだろうか……」
スコット王子は涙を流していた。
悔しさと悲しさが入り混じる複雑な涙のようだ。
死に切れなかった事に、若干、後悔の念もあるのだろう。
「また意味のない事を考えるねぇ。生きる価値なんて、そんなの誰にもわかるわけない。そんなのは、アンタが納得できる言い訳を探しているだけに過ぎんよ。俺も自分自身の生きる意味なんてわからない。そんなもの、世の
「そうだな……助けてくれてありがとう、マリア。カシュオーンが滅んだ今、私にはもう、褒美を与えられるほどの力はない。だが、いつの日か必ず、其方には何かしらの形で恩を返そうと思う」
するとマリアが立ち上がり、スコット王子の前で跪いたのである。
「そんなにお気を遣わないでください、スコット王子。私は当然の事をしたまでです。それと不躾ですが……スコット王子に訊きたい事があります。私の兄レオンハルトをご存じありませんか? 見習い騎士ですが、フィン王国の白騎士団に所属していた者です。先の襲撃時は家族で食事中でしたが、帝国の黒騎士団との戦いの後、行方不明になっているのです」
スコットは無言になった。
暫し静かな時が過ぎてゆく。
「……あいにくだが……役に立たなくて、すまない」
「そうですか……残念です」
まぁこの辺はゲームと同じ感じであった。
スコット王子はそこで俺を見た。
「其方、名はなんという?」
「姓は風間、名は陽兵という。どちらで呼んでも構わんぞ。この3人はカザマと呼んでいるがな」
「ほう……家名を持っているのか。ならば、私は名で呼ばせてもらおう。ヨーヘイとやら、1つ訊きたい。其方は私をどうするつもりなのだ? ヒルダの前に連れて行くつもりなのか?」
「一応、そのつもりだ。王女は今、アルテアにいる。そこにアンタを連れてくつもりだが……今の姿は王女に見られたくないか?」
「ああ、流石にな。我等が負けたが故、ヒルダはフィンを追われる事になったのだ。会わす顔がない……」
コイツも少し、ゴードンとよく似た気質があるようだ。
とはいえ、向こうは単純に臆病なだけだが。
「まぁ確かに、敗軍の将だからカッコはつかんか……それにアンタは暫くどこかで静養が必要な身体だろうしな。だがどうすんだ?」
「悪いが……ヒルダには黙っていてくれ。そうだ……其方にコレを渡そう。我がカシュオーン王家に伝わる秘宝『神の目』と呼ばれる指輪だ。受け取ってくれ」
するとスコット王子は自分の指から、青い宝石がはめ込まれた指輪を外し、俺に差し出したのであった。
これがゲームでいうリングなのだろう。
とりあえず、俺はそれを受け取った。
「タータタタ、ターターター」
空気を読まずに俺は、キーアイテムを手に入れた時の音楽を思わず口ずさんだ。
他の4人はポカンとしながら、口を開けて俺を見ている。
意味がわからんのだろう。とはいえ、知っていたら困るところではある。
「タータタタ? なんだ、それは?」
「ああ、なんでもないよ。気分的なもんだから。それはともかく、スコット王子、これは俺じゃなく、フリオニール達に渡した方が良いんじゃないか?」
4人は首を傾げていた。
「え……なぜだ?」
「そうですよ、どうして僕達なんです?」
「それはな、俺は反乱軍じゃないからだよ。仮にとはいえ、スコット王子の意志を受け継ぐのは、反乱軍に志願した君達の方が適任だ。だから、これはフリオニール達が持つべきモノなんだよ」
「其方は反乱軍じゃないのか……合い言葉を知っていたから、てっきり……」
「違うんだな、それが。だからフリオニール、君が受け取れ。お前が主人公だ。ヒーローはお前だ」
俺は半ば強引に、フリオニールの掌に指輪を納めた。
「え、え、ええ? ヒーロー? って、良いんですか!?」
「そ〜なんです! い〜んです!」
俺はハーフの某ナレーター風に言っておいた。
とまぁそんなやり取りをしつつ、俺達は携行食を食べ、就寝に着いたのであった。
[Ⅱ]
翌日、フィンからアルテアに生還した俺達は、病人を宿に預けた後、反乱軍のアジトに行き、ヒルダ王女とミンウに事の顛末を報告した。
「ヒルダ王女、我々はフィンに行って参りました」
「そうですか……フィンはどうなっておりましたか?」
「フィンはパラメキア兵が至る所におり、嘗ての街並みとは程遠い様子でした。それと、この指輪に見覚えはありますか?」
ヒルダ王女は目を見開き、慌てて椅子から立ち上がった。
そして指輪をマジマジと見たのである。
「こ、この指輪はスコットのモノですね! 彼は生きているんですか!?」
フリオニールは俺をチラッと見た後、それに答えた。
「スコット王子はフィンの街にいました。ですが……私達に指輪を託すと、力尽きて……」
フリオニールは言いにくそうに、ヒルダ王女に告げた。
これは打ち合わせ通りの受け答えだ。
ゲームとほぼ同じやり取りだが、意味が違うので、ヒルダ王女が不憫に思えた。が、ここは流すしかないだろう。
「それでは……そのリングは形見の品……彼は何か言ってませんでしたか?」
「いえ……何も。ヒルダ王女……王子のこの指輪を受け取ってください」
ヒルダ王女は頭を振る。
「それは貴方が持っていて下さい。それは勇気ある者に相応しい指輪です。フィンに潜入して帰ってくるとは……貴方達の力を見くびっておりました。反乱軍に力を貸してください。我々は今、魔法の金属『ミシディル』を手に入れる為、強い戦士を必要としているのです」
ミシディル?
また微妙に違う名前が出てきた。
どういう事だ? 発音の問題か?
著作権関係……なわけないか。
「フィンの戦いは、装備の違いで敗れたのです。パラメキア兵はミシディル製の武器や防具で戦っていたと聞きます。帝国はどこかでミシディルを見つけたのです。サラマンドに住むヨーゼフという者に調査を命じたのですが、まだ連絡がありません。ミンウと共に、サラマンドへ向かってくれませんか?」
フリオニールは快く返事した。
「勿論です、ヒルダ王女。サラマンドへ向かいましょう」
するとそこで、王女の隣で控えていたミンウが前に出てきた。
「私の見込み通り、フィンから帰ってきたようだな。君達を待っていた。共に戦おう。それと君達に、私が所有する魔法の小舟を渡そう。使うが良い」
カヌーじゃないんかい。
なんだその魔法の小舟って……聞いてないよ。
ミンウはリュックのような背負い鞄をフリオニールに差し出した。
フリオニールはそれを受け取る。
「使い方は後で説明しよう」
ミンウはそこでヒルダ王女に視線を向けた。
「ヒルダ王女、例の件もお伝えしては?」
「そうですね。間近に危機が迫っております。貴方達にも話しておきましょう」
だがしかし。
「ちょっと待ったァ!」
このまま流されそうな気配なので、俺は思わず声を上げたのだった。
「なんでしょう? 貴方は確か、カザマという者ですね。どうかしましたか?」
「誤解されるとアレなので、今言っておきます。私は反乱軍に志願するつもりはございません。ですので、作戦に参加するのはフリオニール達だけにしてもらえませんか?」
この場にいる者達の視線は、俺に集まっている。
意表を突く発表だったのだろう。
「ですが、貴方は彼等と共にフィンに行ったのでは?」
「ええ、行きましたよ。ですが、それは反乱軍に志願するためでなく、彼の言葉を真に受けての事。彼にもそれについては出発する前に話してあるので、ご理解頂きたいのです」
すると、マリアがもどかしい表情で俺をチラ見した後、なぜか手を上げたのだ。
「あ、あの……ヒルダ王女! カザマさんは、かなり戦いに長けたお方です。その腕前は、屈強な帝国兵を軽くあしらえるほど。彼には是非、反乱軍に入って頂いた方がいいと思います」
余計なことを言うな、マリア。
俺はそこでミンウをチラッと見た。
ミンウは頷く。
「ヒルダ王女、カザマ殿の言っていることは本当です。彼と入れ替わる形で、私はフリオニール達とサラマンドへ向かいましょう」
「そうですか……それは残念です。ではミンウ、後はよろしくお願いします」――