篠澤広は歌が上手い   作:なまやけ

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篠澤広の大学時代に、歌の上手い友人を生やしてみたら。という話です。
広に歌唱力チートを与えて初星学園の王となるような話ではありません。

※オリキャラが出てきますが、主軸は広です。ただ、そこそこメイン寄りの立ち位置のため、念のためオリ主タグをつけております。ご容赦ください。

※本作には筆者の独自解釈が大いに含まれています。



前書きは以上です。それでは本編へどうぞ。


本編

細く、されど伸びやかで、心に染み入る歌声。

 

今年の新入生、篠澤広の歌声は、入学試験の試験官を担当したトレーナーたちの心を鷲掴みにする――には至らなかった。

 

理由は簡潔。体力不足である。

 

しかし、十全に歌えていた前半のみを切り取ってみれば、内部進学組トップとの呼び声高い月村手毬に匹敵する、いや、それどころか現一番星(プリマステラ)の十王星南と張り合っている。そのどちらとも声のタイプが違い過ぎるため、一概に比較はできないが。

 

しかしその分、歌以外のパフォーマンスの未熟さが目立ってしまった。特にダンスパフォーマンスは、その極まった身体の固さ、体幹の弱さから、最早ダンスと呼ぶのも烏滸がましいものであり、さらにはその体幹のなさから生まれる全身のブレのせいで、歌唱にも影響が出てしまうと言う悪循環。ハッキリ言って、アイドルには向いていない。彼女は歌手として生きるべき人間である。

 

これが審査員の総評である。しかし、筆記試験満点、十王学園長の一押しもあったことによって、彼女は無事合格したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ広ちゃん!」

「どうしたの佑芽」

「広ちゃんって昔から歌の練習してたの?」

「それ、わたくしも気になっておりましたの!篠澤さん、お歌がとてもお上手ですから」

「嬉しい。でも、歌を初めて歌ったのはだいたい二年前。それほど昔じゃない、よ」

「......花海さん。わたくしの聞き間違いでなければ、今、篠澤さん、初めて歌ったのが二年前って仰いましたよね?」

「千奈ちゃん。......私も今そう聞こえたよ」

「二人が困惑してる」

「歌を歌い始めて二年で今の歌唱力ってこと?」

「そうかもしれない」

「とんでもないですわぁ〜!」

「無茶苦茶だぁ!」

「まあ、手毬ちゃんが聞いたら卒倒しそうですね」

「なるほど......わたし、凄いのかもしれない」

「何で落ち込むの?!」

「出会ってもうそこそこ経ちますが、わたくし、篠澤さんの事がまーったくわかりませんわ!」

「ふふ、頑張って」

「さ、さすがに独学ってことはないよね?」

「もちろん。わたし一人だったら凄惨な事になってた」

「つまり、お歌の先生がいたってことですか?」

「先生と言うより、師匠というか、友達というか」

「そのお友達さんはアイドルの方なのですか?」

「今は歌手として活動してる。えっと、この人」

「「「えっ?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人の初めての邂逅。

それは大学でとある講義を受けていた時のことだった。

 

「今日の講義ではペアワークをやってもらう。各自近くの学生とペアを組んで、前回取り扱った題についてのディスカッションを行え。」

 

広は困っていた。

知人は誰もこの講義を取っていない。知らない人とペアを組むことには彼女に抵抗はないが、飛び級入学の日本人と言う稀有なレッテルが邪魔をして、こう言う時によく距離を置かれてしまう。飛び級は海外では何もおかしなことではないが、年下のアジア系というのはやはりどうしても下に見られてしまう節があるのかもしれない。ふふ、ままならないね。と、頬を染めて考え込んでいた時だった。

 

「ねぇ、君ペアは決まった?」

「......え?」

「いや、ペア。決まってないんだったら僕と組まないか?」

「......いい、よ?」

「なんで疑問形?」

「こういう時はいつも一人だったから」

「そうなのかい?それはなんとも......おっと。間違ってたらごめん、ヒロ シノザワだよね?実は一度話してみたかったんだ!」

「どうして?」

「だって君、すっごい魅力的な声をしてるじゃないか!君が話しているところを以前聞いて以来、僕は君の声のことが好きになったんだ!」

「......変な人が来た」

 

 

 

「やあヒロ シノザワ!こんなところで奇遇だね!」

「......誰?」

「そこからかい?!いや、よくよく考えたら名前も伝えてなかったね......よし、ならとくと聞け!僕の名前は――」

「あ、ごめん。講義始まるから、もう行くね」

「いや、ちょっと待っ...って足遅いね?!」

 

「......倒れるかと思った」

「ここまでそう遠くないはずだけど......??」

「わたし、体力ないから」

「限度があるでしょ......」

「ふふ、わたしもそう思う」

「なんで嬉しそうなのさ?!」

 

 

 

「やあヒロ シノザワ!君は歌に興味はあるかい!」

「広でいいよ」

「じゃあヒロ!歌うことに興味は?!」

「.......そういえば、歌ったことないかも」

「え、一度も?」

「うん、一度も」

「小さい頃とか、親から教えられたりとかは?」

「しなかった、気がする」

「......ない」

「?......どうしたの」

「もったいない!!!」

「わあ。うるさい」

「そんなに美しい声を持っているのに!一度も歌う事なく生きてきたなんて!こんなの世界の損失じゃないか!日本人は何を考えているんだ?!」

「スケールが大きいね」

「そもそも君も君だよ!生きてれば歌を聴くことも何度もあったはずだ!それこそ日本にはアイドルの文化が盛んにあるだろう?彼女たちの歌を歌ってみたいと思ったこともないのかい?」

「......あんまり興味が無かった、から?」

「......よし、わかった。今から歌ってみよう。そうと決まれば音楽室へGOだ!」

「ふふ、私の意思、聞かれてない」

 

 

 

「とりあえず、まずは音を取れるかの確認をしよう。今から僕がピアノで音を鳴らすから、その音に合わせて声を出してくれ。」

「わかった。やってみる」

 

 

 

「――なるほど。やっぱり」

「意外と悪くなさそうな顔してる」

「いや、音程もグラグラで声量は貧弱。何より途中でバテバテになってるのは致命的だね。はっきり言って今の君に歌の才能はない」

「わあ、酷い」

「...嬉しそうだね。なんとなく君がわかってきた気がするよ。そんなことより、今ので僕の予想は確信になったよ、ヒロ」

「?」

「君は歌を歌うべき人間だ」

「......?さっきと、真逆」

「いいや、僕は今の君に才能がないと言ったんだ。そして、才能の差は技量でも十分にカバーができる。何より君にはその類稀な声がある。」

「そうなんだ」

「ああ!僕が君に教えれば、間違いなく君は歌で頂点を取れる!必ずだ!」

「へえ」

「だから僕と一緒に歌を......ってヒロ?!どこに行くんだい?!」

「褒めてくれるのは、嬉しい。でも、必ず成功するのはちょっと嫌。だから、ごめん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って感じ」

「なるほど...意中の殿方からの熱いアプローチを受けて尚、超えてはならない一線を見極めて冷静に距離を取る篠澤さん......素敵なお話でしたわ〜っ!!」

「待って千奈。そんな話はしてない」

「ねえ広ちゃん!もしかしてその彼っていうのが......!!」

「そう。さっき見せた写真の人」

「ってことは、広ちゃんは超世界的有名シンガーからアプローチされたってこと?!」

「まあ、手毬ちゃんが聞いたら泣いて嫉妬しそうなお話ですね」

「そんな凄いお方から熱烈なアプローチを受けるなんて...やっぱり篠澤さんはすごいお方ですわ〜っ!」

「落ち着いて千奈。当時の彼は普通の学生」

「あれ?でも今の話だと広ちゃんは断ったんだよね?この後また何かあったってこと?」

「さすが佑芽。正解」

「花海さんとわたくしで対応が違いすぎますわ?!」

「続きを聞きたいところですが、そろそろレッスンの時間ですよ」

「でしたら、また後で集まるのは如何でしょうか?」

「賛成〜!それじゃ、レッスンに行くよ!」

「あ!ちょっと!廊下を走ってはいけませんわよ〜っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の話を断ってから約一月。その間、2人は特に会話をすることもなく、というかそもそもそれほど仲が良かったわけでもなかったので、以前までの日常へと帰っていた。が。

 

「ふふ、これはまずい」

 

広は困っていた。

提出するレポートを教授に直接提出する必要があるのだが、その教授の研究室がそこそこ広大なキャンパスの端に位置し、彼女の貧弱な体はその距離の往復に耐えられそうに無かったのだ。

なんとか教授の元には辿り着き、荷物を置いてある教室に戻ろうとするも、悲しい哉、その教室もまた、キャンパスの反対側に位置していた。

 

「流石にちょっと、休憩」

 

いくら彼女でも意味もなく瀕死になる趣味はない。次の講義に間に合うかは怪しいが、近くのベンチに座り、一度休憩を取ることにした。

 

少しして、教室に向かおうとベンチから立った時、ふと声が耳に入ってくる。

 

「あっち、かな」

 

この時、直前まで気にしていた講義の時間のことは完全に頭から抜け落ちていた。なぜか無意識に、その声に惹かれるように足を進めていた。

距離が近くなると、その声は歌声である事が分かった。中性的な声で、とてものびやかに歌っている事がわかる。感情の機微に聡いとは言えない彼女だが、きっとこの歌声の主は歌が好きなのだろうと感じていた。

歩を進める。歌がよく聞こえる。

やがて辿り着いた場所は中庭。その中心にいたのは、見覚えのある姿だった。

 

「......ヒロ?こんな場所で何してるんだい?」

「前の講義の提出物、出しに行ってた」

「......あれ、そんなのあったっけ...」

「提出期限は今日じゃない、大丈夫」

「ならよかった」

「......歌、歌うんだ」

「あれ、聴こえた?おかしいな、この辺りは周りに漏れないはずなんだけど」

「周り、教室に囲まれてるけど」

「この辺りは使われていないんだ。だから教室群がうまく声を遮ってくれると思ってたんだけど、よりにもよってヒロが聞いたとは......はは......」

「なんで、わたし?」

「まあ、その、気まずいじゃないか。前回の会話は僕が振られて終わって、それ以降全く話さないんだから」

「わたし、振ったの?」

「え?」

「?」

「いや...僕に歌を教えさせてくれって伝えたら、断ったじゃないか」

「......なるほど。......ふふ」

「......何がおかしいんだい?」

「勘違いしてる」

「何を?」

「歌を教わる事は、別に嫌じゃない」

「ならどうして...!?」

「絶対に成功すること。それが、嫌」

「成功が嫌......?」

「わたしには、歌の才能がない」

「......そうだね」

「このまま歌の道に進むと、きっと失敗する」

「それは、そうだろうね」

「でも、成功が確約された道は、きっと面白くない。同じ道なら、辛くて、苦しくて、ままならない道を歩んでみたい。だから、断った」

「......以前、なんとなく君を理解したと思ってたけど、そんなことは無かったみたいだ」

「残念」

「......色々要約すると、絶対に成功する歌の道は、嫌ってことだね?」

「まあ、そんな感じ」

「......よし、分かった。一つ、提案があるんだが......まだ僕自身もよく理解しているわけじゃない。また明日会えないか?そして僕にもう一度だけチャンスが欲しい。今度こそ君が納得するアプローチをさせていただくよ。」

「うん、楽しみにしてる」

「OK、時間はまた連絡するよ!それじゃあ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。つまりお前達がレッスンに遅れた訳は昔話が盛り上がってしまった結果、道中で動けなくなった篠澤を背負ってきたから。そういうわけだな?」

「ダンストレーナーの顔。眉間にしわが寄って今にも怒り出しそう」

「広ちゃん?!」

「こほんっ!とりあえず今すぐレッスンを開始するぞ。...篠澤は今日から通常レッスンに参加だな。担当プロデューサーからは根を上げたらすぐにつまみ出すようにと言伝を貰っている」

「ふふ、プロデューサーはいつも通り鬼畜。そういうところが、好き」

「......お前の言動にはいつも頭を抱えるよ。プロデューサーも大変だな」

「わたしも、そう思う」

「......こんなでも、ボーカルトレーナーからは高評価なんだよなぁ」

「そう、なんだ。意外」

「そうか?......まあ、私にとっては複雑なところだが、不動で歌を歌う分には、姿勢もきれいで声も出ていて、歌唱能力は文句なしだと思うぞ。まあ諸々の歌唱法についてはお前本人が理解しているというよりは身に沁みついたもの、といった感じだが。」

「だ、ダンストレーナーさまがべた褒めですわ......」

「あ、明日は槍でも振るのかな......」

「......さて、雑談はここまでだ。ペアを組んでストレッチから始めるぞ!倉本と花海は特別メニューを考えておく。楽しみにするといい」

「羨ましい」

「羨む要素皆無ですわ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、ヒロ!考えがまとまったよ!」

「それ、は、嬉しい、けど...ちょっと、休憩、させ、て...」

「集合場所をここにしたのは僕のミスだね...」

「――ふぅ......ごめん、もう大丈夫」

「さて、じゃあ本題に入ろうか。ただその前に、一つだけ確認したいことがあるんだ」

「何?」

「君は、君が持っている才能の価値を理解した上で、それを捨ててでも苦痛の道を選びたいかい?」

「わたしの才能?」

「そう、君の持つ頭脳は、世界広しといえど、数少ない人間のみが持つ類稀なものだ。それを羨望する人間は数え切れないほどいるし、それを捨てることはある種彼らへの冒涜とも取れる。もちろん君の才能だ。どう使おうとも君の自由だとは思うが、君の選択の価値ぐらいは知っておいて欲しい。その上で改めて聞くよ。君は、それを捨ててでも」

「選ぶよ」

「......何故か聞いても?」

「......楽しそう、だから?」

「......話聞いてたかい?」

「もちろん」

「君が思うよりも、ずっとずっと辛い道だよ?成功が確約されている訳でもない。むしろその可能性はほぼないと言って良い」

「ふふ、厳しいね」

「......はぁ、真面目な風に聞いた僕が馬鹿だったよ......わかった。じゃあ話そう」

「うん。よろしく」

「単刀直入に言うよ、ヒロ、アイドルを目指してみないかい?」

「アイドル。歌って踊る、あの?」

「ああ、そのアイドルだよ。歌を歌いながら、ステージ上で長時間のパフォーマンスを行う必要があるアイドルは、ハッキリ言って君と最も相性の悪い職業だ。」

「確かに。そうかもしれない」

「仮に僕が教えて歌が歌えるようになったとしても、君の運動センスは壊滅的だ。まともにパフォーマンスが行えるようになるまでに、素人目にはどれだけの時間がかかるのか想像もつかない。考えるだけでも恐ろしい」

「......それはそう」

「ただ、ここから先は僕の予測だが、僕が思うに、君は成功することを望んでいない訳じゃない。」

「......」

「約束された成功、苦労のない道のりが嫌なのであって、僕の見立てでは、君が望むものは、どこまでも続く苦労の道。目標に向かって体に鞭を打ち、足を引き摺りながら進む世界」

「......」

「そしてその望みにはアイドルという職業はマッチしている。何故ならトップまで上り詰めても、苦難の道は終わらないから」

「......」

「変わりゆくトレンドへの対応、名が売れることによる日常へのストレス、際限なく増えるファンへのサービス。出来なくなったものから落ちていき、気が付けば他のアイドルが上にいる。これがいつまでも続く」

「......」

「もちろん技術の研鑽も必要だ。むしろ君にはこれが1番大変だろう。上に立つものには当然のように高いパフォーマンスが要求される。そんな辛く苦しい、ままならない世界だ」

「......」

「ここまで話した上で、僕から話したいことは二つある」

「......一つ目は?」

「君がアイドルとして大成するために、初星学園という場所を目指して欲しい。」

「初星学園?」

「日本にある、アイドル養成学校らしい。なんとも、数多くの有名アイドルを輩出しているのだとか。」

「それで、なんで私がそこに?」

「二つ目にも繋がるんだが、以前にも言ったように、僕は君の声が好きだ。そして前の一件で、その声は世界に届けるべきものだと僕は確信した。だからこそ、僕は君にアイドルとして大成して欲しい」

「じゃあ、二つ目は?」

「しつこいようだが、僕に歌を教えさせて欲しい。ただ、前とは違って理由はちゃんとある。初星学園には、入学試験にに実技試験が存在する。そこで歌唱能力も試されるようだ。だから僕は、君がこの試験を乗り越えられるレベルにまで、いや、人に聴かせられる歌を歌えるようになるまで、君にレッスンを施したいと思っている。それが二つ目だ」

「そっか......いいよ」

「やっぱり、考える時間はいるよね。......ん?」

「歌、教えて。アイドル、興味出てきたかも」

「.........やっぱり君は変わった人だね」

「ふふ、それほどでも、ないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、篠澤さんのアンバランスな技術はそういった過去があったからなんですね」

「プロデューサーはいつも言い方に棘がある。そういうところが好き」

「アイドルがあまりそのような言葉を気軽に口にしないでください。...それにしても、彼が篠澤さんの歌の師匠とは。いまだに少し信じられませんね」

「むぅ。今から電話でもかければ、信用する?」

「やめてください。そんな理由で超多忙な彼に電話をかけたとなれば、私が干されてしまいます。そんなことより、今日から通常レッスンに参加でしたが、どうでしたか?」

「ふふ、死ぬかと思った」

「......まあ、保健室に運ばれていないだけ及第点ですね。以前を考えれば奇跡のようなものです。」

「また、成長してしまった......ふぅ」

「安心してください。以前も言いましたが、どこまで行っても、アイドルという職は安定することはあり得ません。どこまでも、ままならない日々が続きます。なればこそ、あなたは愚直に成長していくことだけを考えていて下さい」

「プロデューサー、彼と同じこと言うんだ」

「そうなのですか?...まあ、今後奇跡が続いて、彼と会話をする機会が生まれたのであれば、この苦労を共有するのも良いかもしれませんね」

「まるでわたしの担当が苦痛かのよう」

「当初はそうだったかもしれません。幸い、今は楽しめていますが。さて、そろそろ寮に戻る準備をして下さい。明日もレッスンがありますので、早く休まなくてはなりません」

「わかった」

「それともう一つ。来週に、花海さんのライブが決定したようです。」

「そうなんだ。さすが佑芽」

「他の感想は?」

「......おめでとう?」

「......なるほど。いえ、すみません。話を戻しましょう。当日なのですが、レッスンの一環として、こちらのライブを観に行きます。なので、当日の午後は空けておいて下さい。」

「わかった。楽しみ」

「......そうですね。しっかりと、観て学んでください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、これでレッスンは最後かな。ここまでお疲れ様だよ、ヒロ」

「うん。ありがとう」

「明日にはここを離れて日本に戻る訳だけど、最後に何か聞きたい事とかあるかい?」

「......なんで、アイドルを薦めたの?」

「以前言わなかったかい?君が望むものがそこにあると確信したからだ。って」

「言ってた。でも、それだけなら他にもあると思う」

「......ふむ、そうだね......」

 

「僕が見るに、君は普通のレディなんだよ。ただ、他の人よりも頭が良くて、苦労を経験してこなかっただけの。だから普通の子が言われて嬉しいように、君も褒められると嬉しいんだ。ただその基準が少し特殊なだけで。」

「なんの話?」

「まあ、そうだね。......君は美しいんだから、アイドルとして輝く姿が似合うんじゃないかって思って。容姿はアイドルの強力な武器足り得るだろうからね」

「............なるほど」

「どうしたんだい?」

「......褒められるのって恥ずかしいね」

「はは!今まで幾度となく称賛されてきただろうに」

「確かに。なんで?」

「さてね。ただ、これから先はそんなことが増えるはずだよ」

「そっか。......それはきっと、楽しいね」

 

 

 

「さて、そろそろ僕も準備をしようかな」

「何かあるの?」

「君がこれから頑張るんだ。僕も一歩踏み出そうかなって」

「お揃いだね」

「とは言え、君ほど辛い道にはならないだろうから......一つ、賭けでもしようか」

「いいよ。どんな賭け?」

「きっと将来、僕は君より早く成り上がるだろう。そして僕は必ず君のもとで、日本でコンサートを開催する。その時、君がファーストライブをすでに行っているかどうか。これが賭けの内容だよ」

「随分自信がある」

「なんせ僕だからね。世界ぐらい余裕さ」

「さすが。それでこそわたしの歌の師匠」

「あとは罰ゲームだが......負けた方が勝った方をそのライブに招待するというのはどうだい?」

「世界的スターが一般の学生アイドルを招待。大ニュースになりそう」

「一般の学生アイドルが世界的スターをファーストライブに呼ぶ方が大事さ」

「ふふっ。それはそう」

「だから、くれぐれもファーストライブ前に心が折れるなんてことはやめてくれよ」

「うん。任せて」

「まあ、君なら大抵の事は何とかなりそうだ」

「......それはちょっと嫌」

「............最後の最後まで、君がよく分からなかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼をライブに招待する......じゃと?!」

「うん。賭けに負けたから」

「すみません学園長。何度言っても頑なに折れてくれず......」

「ふむ......確か彼とは旧知の中じゃったな?」

「そう。大学時代の友人で、わたしの歌の師匠」

「......その、賭けの内容というのはなんじゃ?」

「彼の来日コンサートとわたしのファーストライブ、どっちが早く開催できるかの賭け。彼は2週間後に開催するから、わたしの負け」

「なるほどのう......しかし、そもそもいつ、何処で行うかまだ決まっていないライブに、海外在住の、しかも世界的アーティストを招待と言っても、なかなか都合が合わんじゃろう。そこまで考慮した上でスケジュールを組むのであればまた話は変わってくるじゃろうが...」

「それは大丈夫」

「ほう。何をもってそう言い切れる」

「........................彼は、わたしの声が、歌が好きだから」

「...」

「...だめ?」

「ハッハッハ、それなら仕方あるまい!なんとかしてみせい、プロデューサー!」

「だって。よろしく、プロデューサー」

「...............は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――わたし、悔しいかもしれない」

「そうですか」

「ふふ......知らなかった......好きなことで負けるの、すごく苦しいね」

「それはよかった。アイドル、好きなんですね」

「......そうみたい。いま、初めて気づいた。......好き。アイドルが」

「なら、今日のレッスンは大成功です。いつの日か、花海さんに負けないライブが出来るように――」

「プロデューサー」

「――っと、どうしました?」

「ライブをする」

「は?だ、誰が?」

「わたしが」

「いつ?」

「明日」

「ど、どど、どうやって????」

「プロデューサーがなんとかする」

「はっ......あー......ええと......ゴホン!......――なぜ?」

「やりたいから。」

「面白そうだから。」

「悔しいから。」

「ふふん。」

「......なんてままならない仕事なんだ」

「羨ましい。プロデューサー。わたし、あのとき言ったよ。『任せて』って」

「そうでしたね......新鮮で、苦しくて、ままならない。そんな日々を約束した......!!」

 

「いや、ちょっと待って下さい」

「いま、良い流れだった」

「そんな事では誤魔化されません。彼の招待はどうなるんですか。仮に、本当に明日やるとして、結果的には賭けに勝つ事になりますが、そうなると招待はしない方針になるのですか?」

「もちろんする。最初から、勝っても負けても呼ぶつもりだった」

「......ええと。聞き間違いだと大変ですので、もう一度だけ。――明日?」

「明日」

「本気で言ってます?」

「本気」

「..................せめて、連絡は篠澤さんの方で入れてもらっても良いでしょうか。」

「いいよ」

「......助かります。」

「......わたし、明日ライブできる?」

「で......でき......できま......」

「?」

「できま............す」

「苦しそう」

「おかげさまで......趣味を楽しんでいますよ......」

「仲間。プロデューサー、明日も......一緒に楽しもうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか......賭けには負けた......か」

「どうかしたのですか?ミスター」

「すまないマネージャー。明日の予定は全てキャンセルしてくれ。僕は今から日本に向かう」

「は?え、は??」

「それじゃ、行ってくるよ」

「え、ちょ、待ってくだ......は???」

「あれ、もしかして一緒に行きたいかい?確か日本のカルチャーに興味あったよね」

「......ちょっと待って」

「とは言え、観光目的じゃないし、すぐに帰らないといけないから、今回は1人で行く事にす」

「待てっつってんだろ聞こえねぇのか!!えぇ?!そもそもライブ直前の時期にアンタを1人で海外に行かせるわけにはいかないでしょうが!ええ行きますよ!私が行けば良いんでしょう!?」

「はは!それでこそだよ。無理言ってすまないね」

「謝るぐらいなら早くご自身の知名度をご理解した上で、もう少し人の目を気にして行動して下さい。私の胃が千切れる前に」

「善処するとも」

「......はぁ。とりあえず、日本に行く理由ぐらいは教えて下さい」

「そうだね。あれは大学時代に受講していたとある講義の――」

「あなたの過去話には興味ないので端的にお願いします」

「......まあ、大学時代の友人との賭けに負けたからかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだね、ヒロ」

「うん、久しぶり」

「良いライブだったよ」

「そっか......嬉しい」

「......変わったね」

「どこが?」

「色々ね。表情が豊かになったし、体力もついたし、何より、君が素直に成功を喜べているところとか」

「......ほんとだ」

「気づいてなかったのかい?」

「うん。今気づいた」

「はは。その辺りは相変わらずだね」

「多分、プロデューサーのおかげ」

「そっか。良いプロデューサーに出会えたんだね。それは何よりだ」

「わたしには勿体無いくらいの、最高のプロデューサー、だよ」

 

 

 

「正直な話、賭けには負ける気がしなかったんだ。それがまさかこんな形で......というかほんと、翌日によくライブしようって気になったね。というかよく出来たね」

「プロデューサーのおかげ。ふふん」

「よほど優秀なようだね。とは言え、どんな形であれ僕の負けだ。後日しっかりと席を用意しておくよ。そうだな......ぜひ、プロデューサー君も誘って2人で見に来てくれ。色々と話もしてみたいしね」

「そうする。......今話さないの?」

「流石に急過ぎたからね。この後の予定も山積みなんだ。今日の予定を全部キャンセルして来たからマネージャーも怒り心頭だし、流石にこれ以上は厳しいかな」

「そっか。じゃ、次会えるのは来月のライブだね」

「ああ。......ところで、君に聞くのは見当違いだとは思うが......僕のマネージャーが何処にいるか分かるかい?ここに来た時はいた気がしたんだが」

「たぶん、プロデューサーと一緒にいるはず。2人の目が合った瞬間握手して、そのまま部屋を出て行ったから」

「......よく分からないけど、何か通じ合ったのかもしれないね。ちょっと電話かけてみるよ。ヒロも出来れば確認してもらっても良いかい?」

「わかった」

「......『もしもし?マネージャーかい?そろそろ移動する時間だけど......何?今日はこの人と飲むから帰るのなら1人でどうぞ?......そんな事できると思うか?......甚だ遺憾だが、その通りだよ。だから、大人しく今日は、』......切った......?え、嘘?」

「どうしたの?」

「マネージャーが謀反を起こした」

「ふふ、大変だね」

「......そっちは何かわかったかい?」

「今日は食事会の用事ができたから、この後ミーティングをしたら早めに解散、だって。この感じだと、多分マネージャーさんと。今はエントランスにいるみたい」

「そんなに気が合ったのか......?」

「わからない。けど、プロデューサーがこうなるのは珍しい」

「そうか......まあ、うん。とりあえず一度彼女と合流するよ。なんか変な感じになったけど、ライブは楽しみにしててくれ。必ず良いものにすると約束するよ」

「うん、楽しみにしてる」

「それじゃ、また」

「またね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、いよいよ明日ですが、準備はできてますか?」

「うん。大丈夫」

「思えば、ここまで色々ありました。ですが、今の篠澤さんであれば、このライブも大成功に収められると信じています」

「プロデューサー、珍しく饒舌」

「......そうですね。やはり初の海外ライブともなると少々気持ちが昂ってしまうようで。恥ずかしい限りです」

「そんなことない。良いと思う」

「ありがとうございます」

「プロデューサー」

「何でしょうか」

「これまでありがとう」

「......心臓が痛くなる言い回しはいつまでも変わりませんね。それから、私は何もしていませんよ。ただ少しお手伝いをしていただけに過ぎません」

「プロデューサーがそう思うなら、それでもいいよ。それでも、ありがとう」

「......どういたしまして」

「ふふ、プロデューサーは素直じゃない、ね」

「......今にして思えば、やっぱりとんでもなく無茶振りに付き合わされて来た気がします。そう考えると、何かしらの見返りを求めた方がいいのかもしれませんね」

「......いいよ」

「お願いなので、こう言ったやり取りの時に頬を染めるのは勘弁してください。人に見られた時に説明するのが本当に大変なので」

「千奈がプロデューサーのこと、けだものさんって言ってた」

「......否定しましたよね?」

「きゃあ。プロデューサーのえっち」

「否定しましたよね?!」

「冗談。ちゃんと否定した......はず」

「......まさかこんな大舞台前日に胃痛の種が増える事になるとは。......篠澤さんのプロデュースは本当にスリル満点ですね」

「照れる」

「全く褒めてません。......その様子ですと、緊張でパフォーマンスが落ちる、などと言った心配は不要そうですね」

「ふふ、私はいつだって限界の一歩手前。落ちるパフォーマンスはそもそもない」

「そうでしたね」

「そこは否定するところ」

「当たり前のことを失念するとは。むしろ私の方が緊張しているのでしょうか」

「無視された」

「冗談はともかく」

「声のトーンが冗談じゃなかった」

「......ともかく。明日は早くから会場入りしないといけません。篠澤さんに限ってないとは思いますが、寝坊などしようものなら目も当てられません。ミーティングはそろそろ切り上げましょう」

「分かった」

 

 

 

「......あのね、プロデューサー」

「どうかしましたか?」

「......わたし、良いアイドルになれたかな」

「そうですね......世間一般的に考えるのであれば、篠澤さんは"良いアイドル"に該当するのかもしれません」

「プロデューサーは違うの?」

「もちろん、私も思っています。......ですが、私は欲張りなのかもしれません。明日の成功を皮切りに、舞台は世界へと移り、あなたの一挙手一投足に世界の誰もが注目する、そんな未来を。.......篠澤さんが"世界を魅了するアイドル"になる姿を、見たいと思ってしまいました。」

「つまり?」

「つまるところ、私はあなたを"良いアイドル"という評価で終わらせたくないのです。そして、そうなるべきではないと、今なら心の底から言えます。」

「......プロデューサーはわたしのことが好きすぎる」

「あながち否定もできませんね。プロデューサーであると同時に、アイドルであるあなたのファンでもあるのですから」

「......むう」

 

 

 

「......先程、私はひとつ見返りを求めるという話をしましたね?」

「え?」

「明日のライブで観客に、篠澤広の魅力を存分に伝えて来て下さい。それが私の求める見返りです」

「ふふ......プロデューサーはハードルが高くなることばかり言う」

「そうしないと喜ばない、困った担当アイドルがいるものですから」

「確かに。大変だね」

「他人事ですね」

「ねえプロデューサー」

「はい」

「趣味、楽しめてる?」

「そうですね。お陰様で、とても充実した日々を過ごせています」

「そう......ふふ。お揃い、だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――この後は知っての通り。わたしの話は以上」

「感動的なお話しでしたわっ!篠澤さんはとっっっても濃密な日々を過ごしておりましたのね!」

「それは千奈も、佑芽も同じ」

「うんうん!にしても、私たち、本当に色んな人たちにお世話になってるんだね」

「わかる」

「そうですわね......わたくしなんて、先生がいなかったらと思うと、今頃どうなってたか想像もつきませんわ」

「今では旦那さんだもんねー!千奈ちゃんがプロデューサーさんを囲い込んだ時は......今思い出しても凄かったね......」

「倉本家の力の一端を見た」

「は、恥ずかしいですわぁ......」

「かく言う佑芽も、プロデューサーと交際中」

「えへへ......」

「ご幸せそうで何よりですわね」

「羨ましい」

「そういえば、今でこそ言えることですが。篠澤さんがプロデューサー様とお付き合いになられていないのは、わたくし正直意外でしたの」

「あ、わかる!私もそれ気になってた」

「そんなに意外?」

「わたくしたちの中では、プロデューサー様を1番異性としてみられていたイメージでしたので」

「そうだよね!ことあるごとに好きって言ってたし」

「確かに。......何で?」

「篠澤さんが分からなければ誰にも分かりませんわ......」

「広ちゃんは今プロデューサーさんとどうなの?」

「たまに連絡はしてるけど、それぐらい」

「まだアイドル事務所に勤めてるんだっけ?」

「うん。今も色んな子のプロデュースをしてて忙しそう」

「篠澤さんが引退後も敏腕プロデューサーとしてたびたびメディアにも出ていらっしゃいますものね」

「そっかぁ......広ちゃんとプロデューサーさん、とっても仲が良かったから応援したいねって千奈ちゃんと話してたんだけど」

「余計なお世話だったのかもしれませんね。......さて、話を戻しましょう!次は花海さんの番ですわ!」

「佑芽って自分の話あんまりしないから、楽しみ」

「だって恥ずかしいんだもん!」

「それはそう。顔から火が出そうだった」

「顔色は何も変わっていませんでしたけど......」

「広ちゃん、お酒を飲んでも真っ白なままだもんね」

「わたしの話はここまで。佑芽、よろしく」

「うん!それじゃあ、お姉ちゃんとの最初の勝負の話から始めるね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

「ふふ、ずいぶんと昔の話。そんなことも、あったね」

「――――」

「後悔はしてないよ。この道に進めてわたしは幸せだった」

「――――」

「うん。知ってると思うけど......ままならないことばかりで、有名になればなるほど苦しいことや辛いことばかり。でも、わたしにとってそれは幸せなことだった、から」

「――それなら、良かった」

「あ、そろそろ良い時間。あの子を迎えに行かなくちゃ」

「――大丈夫?」

「......ふふ。わたしはもう、あの頃とは違うから。倒れたりはしない、よ。あなたのおかげ」

「――ご飯作ってる」

「うん。楽しみにしてる」

 

「それじゃ、行って来ます」




長い本編になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

最後、広と話しているのは誰なのかはあえて特定できないようにしました。王道のプロデューサーでもよし。今作のオリキャラ君でもよし。大穴で学園長でも構いません。ご自由に当てはめてみてください。
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