ついてない。
俺、アルト・アーキアスはゴブリンの群れに囲まれながら、世界の無情を嘆く言葉を心の中で呟いた。
ゴブリン如きで大袈裟な、と思うかもしれないが、確かに2、3体程度なら、新米冒険者の俺でも五分もかからず処理することができるだろう。
だが”群れ”となってくると話は違ってくる。ゴブリンはスライムと並び最弱と称される魔物の一体だが、人間には遠く及ばないものの、魔物の中では中々に高い知能を持っており、弓や剣などの武器を扱い、集団で行動する習性を持つ。
新米冒険者がたかがゴブリンと油断した結果、数の力に圧倒され、物言わなぬ屍となって帰ってくるということはよくあることだ。
そのためゴブリンの群れと一人で戦うには、個として卓越した力を持つ銅級以上の冒険者でなければ難しく、紫級以下の冒険者はパーティで戦うことが求められるのだが…。
「…」
いない、左右前後ろどこにも仲間がいない、勘違いしないでほしい。俺は一人でここに来たわけではない、ちゃんと同じクランのメンバーと来た、これでも冒険者の端くれ、ダンジョンにソロで挑むことの愚かさや無謀さを知っている。
なのにいない、もう嫌だ、心が挫けそうになり、思わず空を仰ぐ。
案の定だよくそったれ、アイツらの言葉にまんまと乗せられて、のこのことこのダンジョンに来てしまった過去の自分を殴りたくなってきた。
しかしずっと現実逃避している訳にもいかない、このままだと俺に待っているのは死、のみである。なんとか気合を入れ直し、上を向いたままで固定されつつあった頭を前に向ける。
「…これ、詰んだパターンでは?」
うん、ぶっちゃけ詰んでる、決心して下げたはずの頭を再び上げたくなってきた。
どうするよこれ、俺に魔法が使えれば何とか出来たかもしれないが、生憎と俺は
そして頼みの綱であるギフトだが、俺のは一発でこの状況を打破できる可能性があるものの、エネアの消費力が大きすぎて小回りが効かず、すぐにガス欠になってしまう。
そしてダンジョンの中でエネアが欠乏すれば、それこそ一巻の終わり、俺の人生エンド・オブ・エンドである。
「あぁ…ツイてない」
見える範囲で前と右と左に11匹、そして気配から察するに後ろに3匹程度、それぞれ距離は5、6m程度しか離れていない、幸いなことに弓持ちはいないが、剣持ちが何匹かいる。
さてどうするか、手持ちで役に立ちそうなものはいくらかの投擲物と遺具アーティファクト、そしてアサルトライフルのAMENNIとロングソードしかない。これで何とか群れを突破するしかないが…。
「GURRA‼」
「クソ!もう考える時間はないよな!」
みすみすゴブリンが俺に考える時間をくれるわけもなく、一匹こっちに襲い掛かっていた。何とかロングソードで攻撃をいなすことができたものの、何匹か同時に攻撃されてしまえば、流石に防ぐことはできない。
「一か八かだが、やるしかねぇ!」
腰につけていたウェストポーチから素早く閃光弾を二つ取り出し、それぞれ前方と後方に投げ、AMENNIを連射しながら前に走る。
AMENNIは連射性と精度に優れた銃で、市販で取引されているアサルトライフルの中ではトップクラスの性能を持つ。
だが、使用している弾を少し質の悪い銃弾にしているため、固い皮膚を持つゴブリン相手には少しばかり心もとない。なので当てることではなく、怯ませることを目的にとにかく撃ちまくる。
「よし!」
取り敢えずゴブリンの包囲を突破することには成功した。だが、後ろを見ると、閃光弾の破裂音と光に引き寄せられたらしく、さっきよりもゴブリンが増えている、状況は依然悪いまま、というか悪化してると言えるだろう。
つうかここどこだ?頭の中で今自分がいる場所を考えてみるが、皆目見当がつかない。
「”地獄鳥の血統書”、…やっぱ繋がんないか」
”地獄鳥の血統書”は、自らの同族を遠くから感知することで、遠い場所からでも念話できる能力を持つ、
本家とは交信できる範囲や念話の精度などが著しく下がるものの、同じく”地獄鳥の血統書”の所有者に対して、半径200mの間ならば念話をすることが可能となる。
その利便性の高さから、位階の高い冒険者も重宝し、”万華の篝火”や”貧者の杯”と並び、冒険者七つ道具の一つと言われている。
しっかし、繋がんないってことは結構団長達と離れてるってことだよなぁ…。これは助けは期待できそうないっ、と!
「痛っ!」
やっちまった、足元を見ずに走っていたから、石に気づかず転んじまった。すぐ立ち上がったが、後ろを見ると少しばかりゴブリン共との距離が開いている。
足にも、走ることに支障がでるほどではないが、怪我を負ってしまった。自分のどんくささと間抜けさに涙が出てくる。
「ハァハァ、つうかクッソ息が上がってきた…!」
当たり前だが、団長のような人外と違い、俺は普通の人間。いくら鍛えているとはいえ、なんの休息せずにずっと走り続けることはできない。
足もさっきの怪我で、動かすたびに痛みが走るし、そろそろ限界だ。本格的に撒かないとヤバくなってきた。
「”
後ろを振り向きながら、遺具”炸裂する閃光”を発動させる。四方八方に火花が舞い飛び、目を瞑っていなければ失明する程の光が辺り一面に輝く。
この遺具は効果自体は優れているものの、ドロップするのが輝閃蟲という、なんというかその…、男でも見ることを躊躇うようなおどろおどろしい姿、有り体に言うと輝いて飛ぶゴッキーの姿をした魔物だけであるため、中々市場に出回らない。
輝閃蟲の住んでいる場所も場所で、行けばトラウマになること間違いなしの超不人気ダンジョン”蟲楽園・ゼビタス”だから極めつけである。
俺も一度だけ行ったことはあるものの、上下左右全てに蟲が張り付いていて本当に気持ち悪かった。リアシュなんて可哀そうに泡を吹いて倒れてしまった程だ。
間違いなく俺達がこれまで攻略してきたダンジョンの中でもう二度と行きたくないランキング一位間違いなしの場所である。
「できるだけ温存しておきたかったんだけどな!おらっ!」
奴らが”炸裂する閃光”で混乱している間に、とっておきの切り札の一つである投擲手榴弾”PARAN”を取り出し、振り返りながら力強く後方へ投げる。
PARANはB級爆発物に指定される手榴弾で、直径30m程の広範囲を爆破することができ、上位種にもダメージを与えることのできる強力な破壊力を持っている。
その代わりに制作するのに手間がかかり、元になる素材も爆炎兎の体毛や、
うぅ、さようなら俺の3万ルネ…。
「しねぇい…!あっまずった」
投げたPARANが思ったより飛ばず、想定した場所より前の場所に落ちてしまった。今日の俺こんなことばっかである。これが厄日か…。
つうかわぁやべぇ死ぬなんでこんなことに俺のバカあぁぁヤバいヤバすぎる流石に死ぬ死ぬ死ぬお母さまお父様先立つ私をお許し――
「グッ!」
咄嗟に両腕を前にクロスし、受け身をとったおかげで、爆発自体の被害は腕に少しの火傷で済んだが、頭の打ち所が悪く、鈍い痛みが全身に駆け巡る。幸い先程の爆発でゴブリンは汚い肉塊になったか、逃げたかで視界の中にはいない。
しかしここはダンジョン、いつ新しい魔獣が出てくるかわからない。重い体をなんとか動かし、近くの物陰へ移動する。
朦朧とする頭で、なんとか自分に止血剤を注射し、両腕に包帯を巻く。こんなことになるんだったら無理しても聖水を買っておけばよかったと、今日何度目になるかどうかわからない後悔をする。
「マジで今日はついてない…」
あの無責任で傍迷惑な仲間達に対する恨みと、目覚めたとき自分が生きているといいなぁ、という一縷の儚い願いを抱きながら、俺の意識はどんどん暗闇の中に落ちていった。
ギフト=特殊能力。
エネア=ギフトを発動するためのエネルギー。魔力みたいなもん。
遺具=アーティファクト。魔物から落ちるアイテム。
魔法とギフト(特殊能力)はそれぞれ独立してます。
世界観の詳しい説明なんかは章末ぐらいでやります