無謀なる者達   作:芥川賞候補者

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五話

”痛哭街”メギドナ内部の印象は、とにかく”嫌な場所”だった。

 

なんともフワッとした感想であるが、それが率直に抱いた物であるから仕様がない。

 

まず俺が覚えたのは、内部に入る前に感じたものより数倍も強烈な、鼻を衝くほどの腐肉の臭気である。牛乳を布に湿らせて数週間放っておき、それを生卵と絡ませたかのような、酸っぱい異様な匂いがする。自分で例えておいて最悪の気分になった。

 

何の対策もしていなければ、あまりの臭さに鼻水と涙で顔が酷いことになっているそこのチャラ男と小娘のようになっていたかもしれないが、賢い俺はちゃんと嗅覚を一時的に消すことのできる薬を持ってきた。

 

流石俺、出来る男だ。ふふ、そこで蹲っている君たちは、今回の失敗から次回自分がどうすべきかを学ぶ事ですなぁ…。

 

…。流石に可哀想だから分けてやるか。別に量的に足りなくなる事なんてないんだし。中身が外道でも、リアシュのような女の子が苦しんでいるのは放っておけない。見ていますかおばあさま、孫はジェントルマンなナイスガイに育ってますよ。あ、ヨハン先輩はついでな。

 

話を戻そう。次に俺が感じたのは、”痛哭街”という名に違うことなく、四方から痛苦を訴える絶叫と、それに応ずるように響く硬い肉を咀嚼するような音である。聞いてるだけで身が竦み、震えが止まらなくなる悪趣味な二重奏だ。なお、カイト先輩と団長は平然としている。カイト先輩に至っては何が楽しいのか満面の笑顔で、今にもスキップしそうな様子だ。サイコパス過ぎて引く。

 

おまけに、至る所に散乱している魔物の死体と、それらから染み出た血で、空気が湿り、地面にはグロテスクな赤い絨毯ができている。グロすぎて吐きそう。団長でさえ避けて通ってるのに、カイト先輩は嬉々としてそこを歩きに行っている。アンタは悪魔か何かか?

 

そしてこれらの事から俺が思うことはただ一つ。これ以上先行きたくねー、帰りてえー、である。あ、二つだったわ。

 

バチバチに死の空気が漂ってるぜ、怖いぜ。空も俺の憂鬱な気持ちを表すが如くに灰色である。最悪の攻略日和だな。もうこれ今日はやめとけっていう神の啓示だろ。永遠にやめときたいです。

 

「しかし、なんつうか、儚ねぇなぁ…」

 

『カールインの巨像』を始め、多くの宗教美術作品を作り出し、”神を見た者”と称えられたランディ―ロ・サルビィータが、路地裏の細部に至るまで設計したこの街は、”美麗なる都”と呼ばれ、十年前までは世界有数の観光地として栄えていた。

 

街の中央部にある絢爛な装飾によって彩られた噴水と、それを囲うようにして建てられた建築物達。街の南端には、天を衝かんばかりに巨大なバラモンの塔があり、その下にはアルプケイル聖王国先代教皇でさえ賞賛したという、サンディ=パルゴ大教会があった。

 

他にも市民遊泳場や、グレイドック教令堂、そしてヘイヴンストリーク城など、メギドナの著名な建造物は枚挙に厭わない。

 

街単体が芸術史に名を刻むとまで言われ、あらゆる者が一生に一度は訪れる事を望んだ地。それがかつてのメギドナだった。

 

しかし、今ではその街は、生者などいそうもない、どこまでも荒廃とした雰囲気を漂わせている。栄えた都市としての面影は消え失せ、過ぎ去った栄華を証左しているのは、墓標の如く立ち並ぶ建物の残骸達だけだ。

 

10年前、空前の魔物の大侵攻が発生し、”最悪の日”と言われたあの日から、世界は最悪以下の最悪になった。

 

住処を追い出された者同士が、残された僅かな土地を巡って対立し、戦火が命と争っていた土地までもを燃やし尽くした。貧民街が親を亡くした子供達で溢れ、貧困を叫ぶ暴徒を鎮圧しに訪れた騎士たちが、誤ってその小さな命を手に掛けた。

 

なんとも愚かで、惨烈で、喜劇的な話が満ちた場所。それが今のこの世界だ。

 

メギドナのこの有様は、繁栄を極めた人類が、遥かな空より失墜し、地獄に堕ちたこの現状を暗示していると思えてならない。

 

「ロアちゃんー。アルトちゃんがなんか儚げな顔をしてるよぉ。似合わないねぇ」

「言ってあげないでやってよリアシュ君。男にはだれしも、遠くを見てカッコつけたい時期があるのさ…」

「いやァ、青いねェ」

『だっはははは!』

 

こいつら殺していいかな。

 

人が感傷に浸っている後ろで騒ぎたてて、あまつさえ俺を笑うとは。こいつらには人を思いやるという事を知らないのか?まぁ知らないか…。

 

「あレ。そういえば団長、今日は珍しく大人しいネ。いつもは酒を飲んだリ、意味もなく槍を振り回してるのニ」

「あぁ、俺のあくまで勘なんだが、想定より手強そうな敵が奥にいそうでな。まぁ出てくることはないだろうが、油断できそうにないから控えている。」

 

でたよ、団長の謎特技。

 

団長はこれから挑むダンジョンに強敵がいると、事前に察知できるという意味不明な勘を持っている。的中率は驚異の百パーセント、もうそれ事前に下見してるレベルだろ。団長ならありえるのが怖い所だ。

 

最初は団長のギフトか、手持ちの遺具の能力なのかと思っていたが、本人が言うには違うらしい。じゃあマジでなんなんだよそれ。

 

つうか団長が油断できないレベルの敵ってなんだよ。この人例の”極悪連合会”のギルドマスターの目の前で、暇だからって理由でガブガブ酒飲んでたぞ。

 

傲岸不遜という言葉を体現したかのようなこの人が、そこまで警戒するような奴がいるとは…。まったく、もっと帰りたくなってきたぜ。ワンチャンお花摘みに行くって言って逃げ出せたりしないか?ここから一人で帰れるお金も伝手もないし無理か。ふっ、絶える望みと書いて絶望とは、よく考えた物だな…。

 

「確かニ、霊魂(ソウル)の流れも強いネ。数えきれないほどの霊魂が宙に流れているヨ。余程ここの魔王は大食いらしイ、ブクブク太った化け物が見れそうダ。」

 

霊魂。長らく空想上の物だと思われていたが、亡霊(ゴースト)種の発現や、蘇生術によって存在が確立された。俺のような常人では姿を捉えることすらできないが、優れた退魔師(エクソシスト)聖神術士(プリースト)などの、死後の世界と現世の間にある、僅かな歪みを正しく理解した者ならば、知覚する事ができるようだ。カイト先輩は病気か怪我かで、一時期ずっと死の淵を彷徨い、その結果観測できるようになったのだとか。

 

カイト先輩曰く、霊魂というのは何処までも純白で、()()()()()の生命力によって輝きが異なり、大体拳大のような大きさだが、稀によって自分の頭ぐらいの大きさの物もある。決まって空に浮いていて、ふわふわという擬音が付きそうなほど、緩やかな浮き沈みを繰り返しているらしい。

 

ここまでなら、蘇生術に関係のある、個体差のある白い浮遊物体。で話は終わるのだが、この霊魂と言うのは、魔王の誕生にも大きく関わっているというのだ。

 

魔物は上位種である魔王へ至る時、霊魂を多大に摂取する。最初はただの空論であったが、古戦場の跡にダンジョンが発生しやすい事、発生したてのダンジョンの付近には霊魂が以上に少ない事などから、次第に確かな形を帯びるようになった。

 

魔物と霊魂の関係は、今なお各国が研究を進めている。そもそも霊魂とは何なのか。ある者が言うには、誰しもが持つ命の具現体。ある者が言うには、生者が死するときに放つ己が根源の発露。人によって解釈は異なるが、どうやら生物の死に深く結びついてるのは間違いないらしい。

 

まぁ、今はそんな話はどうでもいい。重要なのは、カイト先輩が言うように、霊魂が数え切れないほどこの場に漂っているのなら、途轍もなく強力な魔王が生まれている可能性が高いという事である。

 

…F**K!

 

「お、そんな事言っていたら団体さんが来たぞ。数が多い、お前らも準備しろ」

『了解~』

「あ、じゃあ、巻き込まれないように僕は後ろに下がりまーす。」

『お前も戦え』

 

お前らが他人を巻き込まないように戦えるようになったら考えるわ

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