無謀なる者達   作:芥川賞候補者

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八話

ダンジョン攻略の朝は早い。太陽がまだ地平線から頭を出していない時間から準備を始める。

 

「床で雑魚寝したから体の節々が痛え…」

 

マジで体が痛てぇ、流石に寝袋ぐらい買ってくればよかった。おまけにあの魔王城を攻略するのが憂鬱すぎて、昨日はまったく眠れなかったから眠気と頭痛がヤバい。

 

節々の痛みと眠気と頭痛のトライアングルアタックが発生してるという、本調子とはかけ離れた状態だが、それでもやるしかない。

 

魔物だらけの場所に一日でもいたくないのと、雑草を煮詰めたような精神を持つアイツらが、俺の都合だけで攻略を中止するとは思えないからである。クソが!

 

ま、俺が絶好調じゃない所で、攻略に何か支障ができるわけでもないだろう。はは、俺雑魚だから!

 

「どっこい…しょっと」

 

重い体と気だるい精神をなんとか持ち上げ、寝床としていた教会の一室から出る。普段は魔物の襲撃の警戒のためにも全員で同じ場所で寝るのだが、今回は女性がリアシュ一人な事、教会が思ったよりも広く、全員分の部屋があったから、各自で寝ることになった。

 

「ちゃーす。あれ、今日はヨハン先輩早いっすね」

「おはよう、アルト君。まぁ昨日は夕飯を食べてすぐ寝たからねぇ。まったく、娯楽が少ないんだからお酒ぐらい許してよ」

「毎回全員翌日に響くぐらいに飲むんだからしょうがないでしょ…」

 

危険ばっかのダンジョンで酒盛りするの、マジで終わってると思うの。全員冒険者になる時に受ける研修もう一回受けに行ってほしい。役員さんが面倒みるストレスで吐きそうだな。

 

「あれ?そういや他のみんなは?」

「あぁ、団長とカイト先輩ならウォーミングアップしてくるって言って、一緒に外に出てってたよ。リアシュちゃんはまだ寝てるんじゃないかな」

 

やっぱ頭おかしいよあの二人。なんでまだ暗いのに出ちゃうの?我慢できないの?血を見ることでしか自分を抑えることのできない系の化け物なの?そんなに戦闘狂なら二人だけでダンジョン行けばいいんじゃん、俺を巻き込むなよ。

 

「あ、そうだアルト君。リアシュちゃんの事起こしに行ってくれない?今日は僕が朝ごはん作っとくからさ」

「うぃっす、了解っす」

 

リアシュが寝ている部屋は、一階にある主聖堂だ。

 

10m程もある天井には、花弁を思わせる細工の施された天蓋が広がり、部屋の中心には何かの神を象った石像が静かに鎮座している。澄んだ空気と影に支配された空間に、割れたステンドグラスから差し込む薄青い朝焼けが、石造りの床へまだらな光を落としていた。静まり返った堂内は、まるで時間だけが止まっているみたいだ。

 

……なんか神秘的~。まぁ、中央で毛布にくるまって寝てる少女がいなければ、もっと厳かな雰囲気だったんだけど。

 

像の足元、簡易的に敷かれた寝具の上で、リアシュはすぅすぅと規則正しい寝息を立てていた。近づくと、毛布の隙間から無防備な寝顔が見える。

 

「……」

 

……こいつ、静かにしてたら普通にかわいいんだよな。

 

チビだから普段あんまり意識しないけど、目鼻立ちはかなり整っている。白い肌に、長い睫毛。銀髪もこうして朝日に照らされると妙に絵になるし、寝顔だけなら深窓の令嬢って言われても納得できそうだ。

……まぁ起きた瞬間アホ丸出しになるんだけど。

 

「おーい、リアシュ。朝だぞー」

 

肩を軽く揺すると、リアシュは眉を寄せながら毛布に顔を埋めた。

 

「んみゅぅ……あと50分……」

「長すぎるし、なんだその寝言」

「むぅん……」

 

リアシュは毛布を抱きしめるように丸くなり、俺から逃げるみたいに寝返りを打つ。

 

「おい起きろって。団長達なんかもう外で狩り始めてるぞ」

「……朝から元気すぎぃ……」

「お前が怠惰すぎるだけだ、いやあの二人がバカクソボケアホ元気なのは事実だけど」

 

しかし反応は返ってくるものの、一向に起き上がる気配がない。むしろさっきより深く毛布に潜ってるまである。

 

むむむ、どうしたもんか。少し悩み、ふと思いつく。

 

「起きないと朝飯なくなるぞ?」

「……朝ご飯?」

「ヨハン先輩がなんか作るって」

「…………」

 

閉じていた目がじわじわと開く。

 

おぉ、食欲で覚醒した。安い女だなコイツ(笑)。

 

「……行きましゅ」

「現金すぎるだろ」

 

リアシュはもぞもぞと毛布から這い出る。寝癖で銀髪があっちこっち跳ねていて、しかも片目が半分閉じたままだ。完全に寝起きの小動物である。

 

「ほら水やるから顔洗ってこい。あと口閉じろ、アホ面になってる。もとからアホなのが極まれりって感じだ」

「アルト君ひどい…」

「だがしかし事実である」

 

ふらふらとした足取りでリアシュが俺の横を通り過ぎ――

 

ゴッ。

 

「いっだぁ!?」

 

石像の台座に額をぶつけた。結構いい音したな今。

 

「……」

「……」

 

数秒の沈黙。

 

リアシュは額を押さえたまま、何事もなかったかのように再び歩き出そうとする。

 

「いや絶対痛かっただろ今!」

「……別に全然だし」

「目潤んでるじゃねぇか」

 

強がんなよ。子供か。

 

リアシュはじとっとした目で俺を睨んでくる。いやなんで被害者面してんだよ。ぶつかったのお前だからな?

 

「……アルトちゃんがちゃんと起こさないからだよぉ!」

「理不尽すぎる」

 

そんなくだらないやり取りをしながら、俺達は主聖堂を後にした。

 

外に出ると、冷たい朝の空気が肌を刺す。

崩れかけた教会の廊下には、既に香ばしい肉の匂いが漂っていて、その先ではヨハン先輩が携帯用の鉄板を使い、干し肉を炙っていた。

 

「あ、おはよう二人とも。リアシュちゃんちゃんと起きたんだ」

「アルト君に釣られた…」

「人聞きの悪い言い方すんな」

 

するとその時。

 

ドゴォン!!

 

遠くの方から、何かが爆発したみたいな轟音が響いた。教会の窓ガラスがびりびり震える。

 

「……」

「……」

 

俺とリアシュは無言で顔を見合わせた。

 

「多分団長達だねぇ」

 

ヨハン先輩が、慣れた様子で肉をひっくり返しながら言う。

 

いや慣れるなよ。

 

「ウォーミングアップで何やったらあんな音出るんすか……」

「さぁ? でも二人とも楽しそうだったよ。」

 

ヨハン先輩の笑顔が怖い。猛獣の檻の中に平然とエサを投げ込む飼育員のような、絶対的な「慣れ」を感じる。

 

すると数分後。

 

「ただいマー」

 

崩れた外壁の向こうから、鼻歌混じりに現れたのは、全身を返り血でまだら模様に染めたカイト先輩だった。うわぁグロい、朝から見たくねぇ。

 

しかも片手には、トマホークではなく、馬鹿みたいに巨大な角を抱えている。なぁにそれ。

 

「戻ったぞ」

 

続いて現れた団長を見て、俺は真顔になった。

 

……いや待て。

 

待て待て待て。

 

「なんで山引きずってんすか?」

 

団長は、黒い巨大な肉塊を片手で引き摺っていた。

 

デカい。とかいう次元じゃない。

 

牛を三匹ぐらい無理やり圧縮して丸めたような真っ黒な怪物が、地面を削りながらズルズル運ばれてきている。

 

しかもまだ微妙に痙攣していた。生きてんのかよ。

 

「干し肉だけじゃ味気ないだろ、追加の朝飯だ。ちゃんと鮮度を保つためにまだ〆てないぞ」

「あら~、いらない気遣いどうもありがとございます。いや何?何すかこれ?どっから拾ってきたんすか?もとあった場所に戻してきてくださいよ」

「俺達のウォーミングアップの音を聞きつけてか寄ってきてな。脂がよく乗ってるし、何よりデカくて食いでがありそうだから仕留めたんだ」

「いや会話の中にサラッと“寄ってきた”とか言いました?こんなのが?怖すぎるだろこのダンジョン」

 

俺がドン引きしている横で、リアシュがひょこっと前に出る。

 

「わ、これ黒鎧牛(ブラックモール)》じゃん。しかもかなり大きい個体だよこれ」

「知ってんのかリアシュ」

「うん。たしか腿と肩は硬すぎて食べれないんだけど、他の部位は美味しいことで有名だったはず。高級店とかでたまーに出るんだよね」

 

マジかよ。

 

そう言われると、確かに表面についた分厚い黒皮の隙間から見える肉は、やたら脂が乗っているように見える。見た目がヤバすぎて食欲は全く出ないけど。

 

「へぇー、じゃあ今日の朝食は豪華だねぇ。干し肉だけじゃ味気なかったし丁度いいんじゃない」

 

ヨハン先輩が興味深そうに覗き込む。いやアンタ順応早いな?

 

「ちなみに結構危険な魔物じゃなかったっけそれ」

「んー、突進力が凄いのと、皮膚がめちゃくちゃ硬いんだっけ?」

「あと縄張り意識が強くて、一回怒ると死ぬまで追いかけてくるヨ」

「嫌な情報しか出てこねぇな」

 

そんな物を“ウォーミングアップ”で狩ってくるな。つうか団長達、なんで二人とも微妙に汗かいた程度なんだよ。もっとこう、死闘の跡とかないの?

 

「アルト」

「はい?」

「調理頼む、手早くな」

「嫌です」

 

即答した。

 

 

「なんでだ」

「なんでだじゃねぇよ。見ろよこのサイズ。朝っぱらから解体できる大きさじゃねぇだろ。つうか朝っぱらから食うもんでもないだろ」

「大丈夫だ、アルトならできるし食える」

「その謎の信頼やめろ。…まぁ誰か解体してくれるんだったら、簡単な味付けと焼くくらいならしますよ。」

 

 

俺もちょっと味気になるし。すると、リアシュが肉塊を見ながらぽつりと呟いた。

 

 

「でもこれ、ちゃんと血抜きしないと不味くなるよ?」

「……」

「……」

 

視線を、ゆっくりとヨハン先輩へ向ける。

 

「え、僕?」

「ヨハン先輩器用だし」

「ヨハンクンならできるできル」

「というかヨハン君の他に碌な選択肢がないよ」

 

『頼んだ』

 

「なんでこういう時だけ団結するの!?」

 

ヨハン先輩の悲鳴が、朝焼けのメギドナに虚しく響いた。…上手く躱せたぜ。

 

 

 

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