□■グランバロア領領海海上
ここは、グランバロア領領海海上。
巨大船を幾重にもつなぎ合わせて造られた国家、グランバロアの更に以北以東へ進んだ地点。俗に、“西海”と呼ばれる場所である。
そしてそこは、ドライフ皇国とアルター王国との領海と領海を三叉に割る地点でもあった。
「フフーフ」
塩気と磯を巻いた暖風は、ある男の鼻歌を巻き上げて流れる。
──────―ジャラララ……
男が身に着けた、下品ならずも華美な黄金細工が音を立て、キラリと光る。
カンカン照りの様相を見せる気候は、ありありとその日差しを海へと反射するのだ。さも、純金で誂えられた細工は美しく光るだろうとも。
そして、そんな環境の最中、海上……それも、大型クルーザ──────―
その内の一隻、純白の素体にスカーレットのカラーリングが施されたクルーザーから、着の身を豪奢の着飾った一団が、クルーザー同士を繋ぐ橋に足を掛けた。
「ようこそいらっしゃいました! 我らが、救世主よ」
一行を出迎えたもう一方の側は、赤黒の縦ストライプ柄スーツを身にまとった太身の男が歓声を上げる。もっとも、彼の後ろに居並び整列する一団は、否応にも
太身の男が差し出した握手に、豪奢な男は「いらん」と手を振った。
「結構。もっとも、我々はそういう仲でもありますまい。ねえ、Mr.ルパート?」
「…………ええ、そうでしたね」
「ああ、いや、気を悪くされないで頂きたい。なんだ、その……
「無論、分かっておりますとも」
太身の男──────ルパートは、汗を三つ折りにしたハンカチの先端で拭い、頭を下げた。
その姿を見るべもなく、男は案内役の先導で船内へと押し入る。
すると、どうだろうか、大型のフェリーではあったものの、その内部は外観に見合わないほどの空間が広がっていた。これは、【
「で、なんだったか……そう、取引がしたい、と? 欲しいのは、なんだ? わざわざ、こんな常夏の海上にまで呼び出したんだ、何かワケアリなんだろう?」
男はソファーに座る。
アザレアピンクとホワイトカラーのスーツに身を包み、惜しげもなくその長身な股下を組ませて腰掛ける。
首、指、耳、と着けられたアクセサリーがシャランと音を立てた。
「ええ」
「──────―武器か? 近々、皇国で何やらデカい花火を上げるそうじゃないか? なんて言ったか? あれだよ、あれ。あー……──―」
「──────騎鋼戦争です、テゾーロ様」
「そう、それだ。騎鋼戦争」
頭をひねった男、テゾーロ。
そんなテゾーロへ、背後に並んでいた一行の内のひとり、赤髪の美女に提言が齎される。
テゾーロは、得心がいったかのような面持ちで頷いた。
「いえ、武器ではありません。元より、我々は<マスター>を徴兵する算段でしたので、国内生産分で事足ります」
「ならば、金か?」
「いいえ」
「ならば、兵器か?」
「いいえ」
「ならば、人材か」
「いいえ」
「ならば──────食料か」
「はい」
ほぅ……、と。
テゾーロの口から、感心したような呆れたような嘆息が漏れた。
ルパートは護衛の内の一人から、二人分のグラスとワインボトルを受け取る。
それをテーブル上のバスケットに備え付けてあった果物ナイフを器用に使い、捻り開ける。
「我々、ドライフ皇国の食糧難は既にご存知でしょう」
「ああ。だからこその“騎鋼戦争”ではないのか?」
「ええ。アルター王国有数の穀倉地帯、北部から東北部を狙っていますが、私の見立てだとどうもこれがきな臭いのです」
そう言ったルパートから、ワインの入ったグラスを受け取るテゾーロ。
匂いをグラス内で
鼻から頭にかけて、芳醇な香りが突き抜ける。
とく、とワインを一口煽り、
「──────きな臭い、とは」
「カルディナです」
「カルディナ!」
テゾーロが驚嘆の声を上げる。
カルディナは,中央大陸にその領地を有する商業都市国家群の名称であるが、そのあまりにも行き過ぎた資本主義とあけすけな軍事的行動が特徴の国家である。
「だが……しかし、そうだな、うん。別におかしいことでもない。<マスター>が
「まさしくその通りです。正直な話、たとえ“怪獣女王”や【
「だが、だよ。ルパート君、かの騎鋼戦争ではわざわざ結界が張られる程の一大イベントだ、カルディナが早々、台頭してくるものか」
と、心なしか楽しそうに問い掛ける。
組んだ脚を解き、逆足を乗せた。
「そうですとも。戦争中は結界により、他国ないし二国以外のマスターの干渉は到底不可能となります。ですが──────決着が着いた後は?」
「……なるほど。決着が着き次第、カルディナが侵攻してくる、と?」
「はい」
「だが、カルディナにメリットがあるのか? こと、マスター数や<超級>の数が多いとしても、戦後干渉を行うとアルター王国とドライフ皇国が手を組む可能性も見えるだろうに」
「それだけは絶対にありえません。陛下は、広域な農地を求めており、既に国内の食料事情は危殆に瀕しています。以後、戦争を仕掛けるだけの余裕はなく、戦後にはアルター王国もそれだけの余裕はないでしょう。何せ、今回は“怪獣女王”がいます」
ルパートは身を乗り出して、言の葉を続けて紡ぐ。
「はっきり言いましょう! 今回の取引は私の独断です」
「…………その心は」
「此度の戦争、私の見立てでは負けます──────いえ、より正確に言いますと、勝ちますが負けます」
「つまり?」
「我らが皇国は戦争には勝ちますが、その後のカルディナの干渉により、望むものは得られないと思うのです。そうですね……敗戦国かつ、失っても痛くない領地……旧ルニングス公爵領でしょうか。元々は水捌けがよい穀倉地帯で、海に面しており、貿易の拠点としてもいい場所でしたが、【三極竜 グローリア】のせいで見る影もありません。私の見解と致しましては、あそこ辺りを押し付けられるのではないか、と」
なるほど、と顎に手を添え、逡巡するテゾーロ。
第三者国の干渉による平和条約。
だから何卒──────ッ!
ルパートは膝に手を付け、頭を下げる。
しっかりと握られたその両の拳は力強く握られ、蒼白と赤面の様相を呈していた。
「…………」
つぅ。
熱の解けたグラスの外面を水滴が伝った。
「──────幾らだ」
テゾーロの言葉に頭を跳ね上げるルパート。その
ルパートは正しく国家を慮る、国の徒であったのだ。
「…………っ!」
「どうした要らんのか? それとも遠慮か? なに、どれだけの食料が欲しいんだ、言ってみろ、我々、<グラン・テゾーロ>が好きなだけ融通しようじゃないか。ああ、無論、対価は貰うがね?」
サングラスを外したテゾーロは茶目っ気を含めたウィンクをして見せた。
「ありがとうございますっ! この恩はっ!」
「止せよ。それにまだ、カルディナが攻めてくる訳でもないし、まあ、それでも君らの国にとっては食料が大量流入することは喜ばしいことだろうがね」
交渉成立だ、ルパート君。
テゾーロが立ち上がり、握手を交わそうとしたその時のことであった。
──────────────────!!!!!!!!!!!
船体を大きく揺らす衝撃と共に、
・<グラン・テゾーロ>
……商業系クラン。所属者は総勢で2000人以上。そのほとんどが非戦闘職で構成されてはいるものの、所属・所有している超級職の数だけでいえば、デンドロ内でも随一と言われている。
主な活動は、農作物の栽培から鉱物資源の採取に始まり、生産・加工・販売の全工程を行う純商業……というのが、表の顔。裏では、カルディナ内における<カジノ>の運営や、小国群における武器の密輸までも行う、表裏の資本を牛耳るクランである。