□■グランバロア領領海海上
「テゾーロ様!」
よろめいたテゾーロを、控えていた黒衣の──―ヘルメットをかぶった、無手の──―男が支える。
テゾーロは、揺れが収まったのを確認し、叫声を上げた。
「…………大丈夫だ、タナカ。離せ。──―バカラ! なにがあった!」
「急に純竜級のモンスターの反応が海中に! 恐らく、<エンブリオ>の能力かと!」
「ああ!? <エンブリオ>!? このタイミング……カルディナか!? クソ……ッ!」
ダンッ!
怒りのままにテーブルを蹴り上げる。
「通りで道中、エネミーが少ないと……ッ! ルパートっ! お前、
「まさか! そんな……!」
「──────ルパート様、甲板にモンスターが乗り上げてきました!」
応接室に飛び込んできたルパートの部下が金切り声を上げ、嬉しくない急報を知らせる。
ルパートは顔色を変えて怒鳴った。
それもそのはずである、ことさら気を付けた秘密取引であったはずなのに、襲撃者に加え、モンスターまでもが牙を向いてきたのだ。
「なっ!? 今すぐ警備を回せ!」
「それがっ、襲撃者が! <マスター>が数名乗り込んできていて!」
──────やはり
テゾーロは苛立たしさに舌を鳴らす。
既に甲板では、金属同士がぶつかる音や、破砕音、悲鳴等々が
テゾーロはバカラに目配せをし、ジャケットの襟を正し、サングラスを胸ポケットへと押し込んだ。
「私が居ると知っていながらの狼藉、大いに結構…………Mr.ルパート、賊はこちらで対応させて頂く。いいな?」
「えっ! ええ! ですが、よろしいのですか!」
「これでは、落ち着いて商談もできまい。バカラ!」
「かしこまりました──────全員傾聴!」
バカラの鶴の一声により、応接室内にいたテゾーロ以外の皆が背筋を伸ばし、耳を傾ける。知識人がいれば、それが囮系統上級職のスキルであると理解しただろう。
集まった衆目を尻目に、テゾーロへと頷きを返すバカラ。
「──────ダイス!」
「はァい!!!」
「甲板に上がっているモンスターの殲滅を優先しろ」
バンダナを頭に巻いた巨漢の男がインベントリから出現させた一対の巨大な
「タナカ! お前は敵マスターの相手をしろ。また、船への攻撃を防げ」
「了解しました」
ヘルメットをかぶった男は、仰々しく礼の姿勢を取るなり、そのまま
「バカラは負傷者の治療を。
「畏まりました」
バカラは胸に手を当てて、優雅な礼を返した。胸に添えられた手の甲には、四葉のクローバーと金貨を模した紋章が刻まれていた。
「それ以外の者たちは二手に分かれ、バカラの護衛と甲板に上がってこようとするモンスター迎撃を行え」
「「「「「はっ!!!!!」」」」」
テゾーロの号令で一斉に動き出す一団。
「では、Mr.ルパートは我々と共に。その方が事故が起きる可能性も少ないでしょうとも」
「えっ、あ、は、はぁ……」
突然のことに目を白黒させるルパートの肩に手を添えるテゾーロ。
そのまま押し出すようにして応接室を出る。
「バカラ」
「はい」
名を呼ばれたバカラは身に着けていた手袋を外し、テゾーロの肩に触れる。
「戦況は?」
「五分、と言ったところでしょうか。少々お待ちを……現在、甲板にいるモンスターの大半はダイスが処理を終え、上陸してくるモンスターの対処に回っているようです。タナカは……海中? どうやら、純竜級の海竜の攻撃を凌いでいるようです。モンスター以外の反応も海中に見られます」
斥候系のスキルで探索を終えたバカラが説明する。
「従魔系のジョブか。それで道中敵性エネミーが居なかったわけか……」
海中を移動できるモンスターを使役しており、【
考えを巡らせるテゾーロが甲板へ繋がる扉を開けると、
『GyaOhhhhhhh──────Agya!?』
その開いたドアが、
『Gyahhhhhh……gyaoooossshhh!?!?!?』
そして、あろうことか、甲板で戦っていたであろう護衛の内の一人が持っていた武器が手からすっぽ抜け、モンスターの眼球に突き刺さる。
「うぃぃぃ……あん?」
最終的には、宙から降ってきたダイスの鉄靴によって踏みつぶされることとなった。
「おや」
「あら、
困ったもんだと微笑むテゾーロと、あらあらと頬に手を当てるバカラ。
「どんな状況だ」
テゾーロがダイスにそう問い掛けると、
「船の上に登ってきてたモンスターはほとんどやりましたぜ。プレイヤーのほとんどは、タナカが
「それがとんでもなく厄介だ、と」
「はぃ……いやぁ、俺は海中だと沈んじまうんで、今は上陸しようとする奴を
ダイスは困ったように頬を掻き、「そんなとこです」と肩を竦める。
さも、その巨体と金属製の二本のハルバードは速やかかつ当然に水面に沈むだろうことが予想できた。
戦士系と盗賊系の複合型特殊ビルドを組んでいるダイスでは、水中戦闘が出来ないわけではないが、荷が重い。そのことを知ってか知らずか、テゾーロはダイスの失態を気にも留めなかった。
「なるほど……結構。負傷者は?」
「ルパート……サンの護衛がぼちぼちってとこです。ウチの
慣れてないような敬語で答えるダイス。
「そうか……バカラ、やれ」
「了解しました──────《
命令を受けたバカラがスキルを発動する。
そして、
────────
と、海中からレーザーのようなものが吹きあがる。水中に生息する一部のモンスターが発する水鉄砲である。純竜級モンスターがいたということを考えれば、それは
反動で巻き上がった海水が雨のように滴った。
「こちらに」
それをバカラが傘を広げ、テゾーロと自らを覆う。
次いで、「ゴトン!!」と衝突音がデッキに響く。目を向けるとそこには、錆が前面を覆い、海草のむした宝箱であった。
おもむろにバカラがそれを開けると、
「まあ! こんな所に、
「ということらしいですな、非常時ですし、そちらでお使いになられては?」
絶句。
目を見開いたルパートが、曖昧に頷く。
(さっきの海竜と時いい、この宝箱といい……
「タナカ。もういいぞ、私がやる。お前では決定打に欠けるだろう」
「…………ですが……いえ、ご配慮ありがとうございます」
それと同時に海面が強く波打ち、大型フェリーの何倍もの大きさの影が現れる。いいや、それだけではない。影の登場と同じくして、海面から幾百もの柱──────吸盤のついた触腕が突き出す。
果たしてその正体は異様に肥大化した頭部を持つモンスターであり、鎌首をもたげた触腕の先端には幾つかの人影があった。
そして、人影が乗っている巨大なモンスターの頭部にネームタグが表示される。
──────【腐海触王 グラン・クラウン・グラッドーケン】
「UBM……!」
ルパートが喘鳴にも似た絶望の言葉を告げる。
UBM……世界広しと言えども、一体しか存在しないユニークモンスター。その等級は五つに分類され、
レベルや戦闘能力、就けるジョブに限りがある<ティアン>にとっては、絶望の対象でしかないだろう。
しかし、
「しかも、古代伝説級ですね」
「これも、
「ええ、そのようです……」
「だが、UBMはテイムできないしな……精神支配系のエンブリオか?それとも、カルディナに従魔士系の超級職はいたか?」
「確か、クランランキング二位の<ペンダゴン・キャラバン>のオーナーが【魔獣群師】だった記憶していますが……そもそも上級職ですし、どうやら違うようです」
「なら、エンブリオの能力で服従させたか」
「これは…………海中、特に深海での戦闘と対巨大建造物・生物への攻撃に特化した条件特化型ですね」
「切り裂き甲斐がありそうだなァ」
それに何事でもないかのように振る舞うテゾーロ一行。
ダイスに至っては《看破》をしていたタナカの隣で舌なめずりすらしていた。
と、ここえ顎に手を添えていたテゾーロが口を開く。
「Mr.ルパート。取引のことですが……お代は結構ですとも」
「は──────はぁ……?」
ルパートは突然のことに疑問符と悲鳴が混ざった返事をしてしまう。
視線は雄弁に「この緊急事態に何を!?」と物語っていた。
「代わりと言っては何ですが、
「…………倒せるのですか?」
胡乱気な瞳には、テゾーロの不敵な笑みが映っていた。
「──────私の通り名はご存知ですかな」
「こんな時に何を──────」
「いいから」
思わず出そうになった悪態が、鷹のような鋭い眼差しに貫かれ、差し戻された。
チラリと海上へと視線を向ければ、撃ち放たれた触腕をダイスが切り払っていた。
(これが、マスター……特異的な成長性と固有能力を持った異邦人……)
更にはタナカと呼ばれた男が触腕に触れると、船に振るわれたはずの触腕が
どこか現実離れした、光景に恐怖が薄れる。
引き攣った舌が柔軟さを取り戻した。
「……………………“
「その通り!!」
“財産最強”
それは、ギルド・テゾーロが持つ二つ名の内の一つである。また、その名はこの世界においても、絶大な知名度を持つ。
なぜなら、“最強”の名を持つ存在は、世界に四人しか存在しないからである。
圧倒的なフィジカルと対個人戦における最強、“物理最強”【
世界最高峰の殲滅力と制圧力を持つ対集団戦の最強、“魔法最強”【
対人において並び立つ者はなく、修羅の国にて頂点に立つ、“技巧最強”。
そして──────―
「世界最高峰の財力と財閥を形成するこの私、ギルド・テゾーロこと“財産最強”」
何処から取り出しのか、上機嫌にステッキを手に掛けグルグルと回すテゾーロ。どこかその動きは演技じみていて、眉目秀麗な彼であれば、その映えは猶更よく見えた。
「…………ええ、知っています。貴方が、その他にも“黄金帝”、“企業王”、”新世界の怪物”などの異名を持っていることも、数少ない<超級>であることも、超級職を複数所持していることも」
「む…………前者はともかく、後者は人に言った覚えが──────フランクリンか。あの、
そこまで言うと、「やれやれ」と嫌味ったらしい動きで肩を竦める。
「どうにも最近、舐められてるな、と」
「…………貴方を、ですか?」
「そう、この私を。それにMr.ルパート、君もそうでしょう。折角、私と同乗しているのに、先程見せた、『不安』……どういう訳だか。無論、私が戦闘系のジョブに就いてないこともあるでしょうが……ね」
「いえ、そんなことは……」
「だから、今一度、カルディナにも
「……はい?」
テゾーロが右腕を振り上げる。
するとどうだ、彼の指に嵌められていた黄金の指輪が膨張し、その半身を覆い隠す。凡そ、体積に見合っていない量の黄金に肥大化したのだ。質量保存の法則も何もあったものではなかった。
「何を」
ルパートがそう口の形を作る前に、その理由は明らかとなった。
──────ッッゥスパァァァッッッ‼‼‼‼‼‼‼
横合いから噴き出してきた白線にしか見えない超高水圧のレーザーがテゾーロを襲ったからである。しかし、僅かの痛痒も感じさせた気配はなく、レーザーは半球状の金のドームに弾かれることとなった。
ほんの一瞬、UBMも噂に聞くほど強くないのでは? と疑問が頭に過ぎったルパートであったが、弾かれた水飛沫がデッキの手摺を跡形もなく粉末状にしたのを見て、その考えを改める。
(異常だ)
それこそ、この世界に存在しても良いのか疑問に思ってしまう程には。
「では、雑談もここまでということで──────Its a show time」
詠唱も何もない。
が、変化を如実であった。
テゾーロが身に纏う装飾品の数々がドロリと溶けて、地面につくなり指輪と同じように肥大化する。やがてその量はデッキ一杯にまで達し、船へと零れ落ちていく。
「~♪ ~♬」
鼻歌もそこそこに、指を鳴らす。
いや、鼻歌だけではない、いつの間にか軽やかなタップ音がデッキに叩かれ、奏でられていた。
艶やかに光を反射する革靴が小気味よくリズムかき鳴らす。
変化はそれだけに留まらない。
────────SNAP!!
指を鳴らす。
「──────…………金色の……海……?」
ルパートが現実離れした光景に、本日何度目か分からない驚きの声を上げた。
なんと。海面が──────船の周りだけとはいえ──────金色に染まっていた。
「平伏せ」
────────―SNAP!!
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼』
海中から突き出されたのは、触腕の数と同じだけの純金の棘。先端が痛々しく幾重にも別れ、
やがて、その巨大な体躯に海中から伸びた黄金の茨が這い上がる。
ぎぅと締め付け、蒼色の血液が金に滲んで溶ける。また、その傷口からは徐々に
テゾーロは破壊された手摺から海上へと飛び降りる。一瞬だけ金色の水面が揺れ、UBMへと繋がる架け橋が海面から形成され、持ち上がった。
「確かに、私は戦闘系ジョブにも就いていないし、戦闘系の
だが、お前は私よりも、金があるのか?
【
【
“財産最強”である俺よりも?
金が無いのなら、
【<UBM>【腐海触王 グラン・クラウン・グラッドーケン】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【ギルド・テゾーロ】がMVPに選出されました】
【【ギルド・テゾーロ】にMVP特典【
これは余談になるが、<騎鋼戦争>はドライフ皇国が勝利した。そして、肝心のカルディナによる侵攻はルパートの予想が見事的中し、行われた。
だがしかし、得てして侵攻ルートに、
最終的には、皇国が占領していた旧ルニングス公爵領が実質皇国の統治下に置かれ、後に<第一次騎鋼戦争>と呼ばれるイベントは終了を迎え、<戦争結界>は解除された。
だが、聞く話によると、どこからか齎された大量の食料資本が皇国になだれ込み、一時的にではあるが、皇国はその隆盛を取り戻し、同じくどこからか大量の援助金が寄付金の名目で齎され、旧ルニングス公爵領の復興と西部開拓が進み、穀倉地帯の復活もそう遠くないのだそう。
・【腐海触王 グラン・クラウン・グラッドーケン】
古代伝説級UBM。
全長200メテル(頭部から触腕の先端まで)の巨体を持つ、イカ型の条件特化型UBM。
南海にて、大型船舶の沈没事故が多発しており、その元凶となっていたが、フリーの超級職プレイヤー、【
あとはご存知の通りストーリー通りに『不運』にもテゾーロと出会い、丸ごと黄金の彫像となる運びになった。
<スキル>
・《水中適正・極(深海)》
……パッシブ。水中における全ステータスの上昇が100%上昇。また、深海(200メテル以上)においては、全ステータスが250%上昇する。
・《建造物特攻(巨)》
……パッシブ。建造物への攻撃への特攻を付与。建造物への攻撃時、STRとAGIを200%上昇させ、建造物へのダメージを100%上昇させた上で耐久値へ減少値を参照する。また、全長100メテル以上の建造物に対しては、ダメージを300%上昇させた上で減少値を参照する。
・【
全員が大学のダイビングサークルのメンバーで親友。<遊戯派>。
物価高により、海外遠征が見送りになり、中途で遠征計画が頓挫。以後、活動費をデンドロ購入に使い、デンドロ内でダイビングを行うことに。デンドロ世界では世界各地を旅して、海を潜っている。
UBMのテイム(モドキ)後は、カルディナに雇われの身として、海洋専門の特殊工作員としてカルディナに一時所属。基本的に陽キャなので「面白そう」と思えば、何でもやる(道徳に反しない程度で)。
テゾーロにやられた後は無所属なことを見込まれ、テゾーロ自らスカウトに動き、商業系クランである<グラン・テゾーロ>に所属。世にも珍しい海中運輸業課のリーダーと部下に就任することになった。
ちなみに、リーダーの<エンブリオ>は自分を中心とした半径20メテル以内における、海流の操作を行うテリトリー型の条件特化型。UBMとの戦いでは、海流を操作し、自分を魚雷代わりにしてUBMに張り付いて、海水を排出し続けて酸欠にさせ、味方のテイムモンスターのキャパシティ枠を犠牲に発動する精神支配のエンブリオにより勝利した。
サブジョブは従魔士系と料理人系で埋め尽くされておりUBMの他にイルカやサメ、シャチ型のモンスターがいる。
その他のメンバーのエンブリオは、水中における隠密やキャパシティ増加など。