導入。
□■ドライフ皇国・皇都ヴァンデルヘイム
デンドロの世界には、プレイヤーから不人気な国が二つ存在している。
ここでいう不人気とは、初期位置として選ばれる際に最も選ばれる数が少ないということである。
そしてその二つとは、ドライフ皇国と天地である。
アルター王国は言うまでもなく、ファンタジーを代表するような建築や風景、土地柄、人々やジョブ。
レジェンダリアであれば、更にファンタジー色を強めたような、多種族・多文化を極めた土地。
黄河であれば、古風な東アジアを模した異国情緒あふれる和風ファンタジーと癖の強いジョブが人気。
だが、前者二つはどうであろうか。
天地は論外である。
というか、そこを選ぼうとすると一部を除いて管理AIが説明と再確認と注意喚起が為される。それほどまでに論外な場所である。
桜舞う中で木造の町並み、そして市井を見下ろす安土桃山風の城郭──────。
というのは、表向きの説明。
島国という特性上、大陸の国々とも比べれば特異的な文化を形成する国だが、一言で言ってしまえば、「修羅の国」。
ログインするなり、既存プレイヤーが新規プレイヤーを取り囲み、様々な流派や武芸の一門に勧誘。
うっかり断れば、斬られ殴られ突かれ裂かれ潰される。
黙っていれば、業を煮やしたプレイヤーらに
話を聞きこんでしまえば、勧誘するプレイヤー同士が勧誘が戦の末に殺し合い。
だが、「修羅の国」具合はまだ終わらない。
新人らは既存プレイヤーに促され、ジョブクリスタルでジョブを取得し──────た瞬間に殺される。彼らは生きのいい、経験値でしかないのだ。
そして、デスぺナ明けに彼らは悟るのだ。
「ここは──────修羅と畜生の国だ」
と。
そもそも、武芸者のティアンの平均レベルが300という異常な戦闘能力を有するその国の人々からすれば、マスターは殺しても死なない、丁度いい試金石なのだ。
一歩歩けば斬りかかられ、逃げれば罠と暗殺者、歩く姿は
天地に所属するマスターの間では有名な句である──────字余り。
一方。
ドライフ皇国に行ったプレイヤーらは、また別の理由で驚くこととなる。
ファンタジーを求めに行くことの多いプレイヤーは、その一風変わった光景に落胆と驚きを抱くという。
それもそのはず、ドライフ皇国は大陸でも最も機械文明が発達した土地だからである。
一面を埋め尽くす工場と作業場。
辺りに昼夜間問わず鳴り響く溶接と鉄工の音。
空には尽きることのない黒煙が立ち昇り続けており、酸性雨が土地を侵食する。
あまりにも世紀末なスチームパンクな風景に、一部のロボットやSFファンを除き、早々にプレイヤーは移動を行い、初期のデンドロではプレイヤーはほとんど皇国に所属していなかったという。
<騎鋼戦争>以後は、以前と比べ、所属するプレイヤーや拠点とするプレイヤーもまま増えたものの、それだけの人気はデンドロ発売以後初となるイベント<騎鋼戦争>のため集まったものであったからか、すぐに落ち着くこととなった。
けれども、この皇都の一角、クラン<グラン・テゾーロ>が所有するクラブハウスではプレイヤーを中心としてシックなジャズが流れるクラシカルなバーとして人気を誇っていた。
その二階、応接室にて。
「Mr.ルパート……どういうことだ、これは?」
テゾーロは不機嫌そうな……もっと言えば、不可解そうな表情と態度で眼前の相手に問う。
手には、封筒と手紙がつままれており、封筒の切り口には皇族の家紋を現す蝋印が押されていた。
目の前の相手、くすんだ金髪の礼服を着た男の名はルパート、皇国の外交官に該当する人物の内のひとりである。
ちなみにテゾーロとは彼の台頭から付き合いのある、古くからの知己であり、その頃と比べると些か……事実、かなり瘦せ細って見えた。
彼は
「実を言いますと……私にもさっぱりなのです。つい先程、皇都に戻ってきたばかりなのですが、上官から急に
彼が指さす先には、テゾーロの持つそれ。
手紙の内容についてだが、有り体に言ってしまえば、『話があるから登城しろ』といった内容のものであった。
デンドロ内で最大規模のクラン<グラン・テゾーロ>を率いており、商業系クラン最大の経営者であるテゾーロではあるが、所詮はひとりのマスターである。
呼ばれる謂れも何もない。
ましてや、テゾーロは皇都に来てからというものの、二日目である。何かをしでかしたということもあり得ないのだ。
「私としては、<グラン・テゾーロ>ヴァンデルヘイム支店の視察に訪れただけだというのに……ああ、そう言えばだが、君の故郷に出した支店はどうかね? ドライフ皇国の進出店第一号は、君の故郷だったと記憶しているが」
「ああ! その節は大変お世話に……! 皆、食料の供給や日用品が買えると喜んでいました!」
「……僥倖。私も贔屓した甲斐があったというものだ」
そして、のっそりとした動きで立ち上がるテゾーロ。
「……もう、向かわれるので?」
「ああ。こちらとしても、
彼の脳裏に過ぎるのは、デンドロのリリース当初からドライフ皇国に所属ないし拠点として活動し、初期勢のデンドロプレイヤーの殆どから蛇蝎のように嫌われている人物。
(私にダイレクトに連絡が来るだと……?有り得ん。どうせ、
「──────嫌なことは早めに済ませると決めているんだ。仕事も趣味も」
それっきりテゾーロは供を連れて部屋を出て行った。
「はぁ…………」
部屋に一人残されたルパートは溜め息を吐いた。
もしや自分は、とんでもないことに巻き込まれているのではないだろうか、と。
嫡子として貴族に生まれたはいいが時勢に追いつけず没落し、それでもなお腐らずに勉学に励み、官職として成り上がった。
そして、国を盛り返す手段としてテゾーロと手を結び、交流を続けていた。しかし、どうにも彼は自分に御し切れる人物ではない。自分にはあまりにも荷が重く、器も能力も足りない。
(そもそも、彼を御し切れる存在なんて……)
──────我らが皇帝陛下でも、無理だろう。
「不敬罪か……? いいや、事実は変わりようがないとも」
彼に抱くルパートの感情は尊敬と野心、そしてほんの少しの恐怖である。
だが、少なくとも
………………………。
「こちら、うちの
「これは……なんと、宜しいので? ありがたく頂くとしましょう。妻が喜びます」
「勿体ないお言葉です……そして、社長から言伝を承っております」
「……なんと?」
「『偶には有給を取り給え、ルパート君』……だ、そうです」
「……──────いやはや、身に染みる思いですな」
「……ええ、全くです」
「おや、貴方も覚えが?」
「はい。以前社長に『そんな顔で妻子の元に戻る訳ではないだろうな』と、【
「それは……何と言いますか……」
「ありがたい限りです」
「ですな」
「…………所で、ルパート殿は転職などはお考えで?」
「っ!? まさか!」
「いえ……なら、良かったです。どうやらお疲れだったようで」
「…………今度、飲みにでも行きますか」
「!! いいですね。……しかし、十一時以降は、妻が煩くて。それに子供たちも最近立ち上がったばかりでして……心配で心配で」
「ふっふ! 私もです。それに子供ですか……」
「ルパート殿はお子さんは……?」
「いや……居るには居るのですが、やんちゃ盛りでして。手を焼いております」
「でも?」
「可愛くてしょうがないですな」
「まったくだ」
「まったくですな」
「どこも同じということですね」
「ですな」
「ええ」
──────<グラン・テゾーロ>ヴァンデルヘイム支社支店長とドライフ皇国外交官との会話より。
…………中間管理職の朝は早く、また、幸いなものである。
NPCとかモブの過去とか生活の見える会話好き。