反転好感度のデイバイデイズ   作:このむらりく

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第1話『Trample on“Witch!!”/捻じ曲がった青春』

 異聞。特異。奇跡。過去。現在。未来。

総てが反転されてしまう世界。総てが間違った世界。

始発点は零であって、百でもある。

夢を手にした人間によって、世界は幾らでも生まれ変わる。

それは、とある少女達が背負った《贖罪》であったり。

それは、とある少女達が焦がれた《風流》であったり。

それは、とある少女達が捨てた《正義》であったり。

それは、とある少女が求めた《理性》であったり。

それは、とある少女が得たかった《権力》であったり。

 

 辿るはずだった物語は総て泡沫として、水底に沈み、至るのは――死だ。

 

 空があった。月があった。太陽があった。

紛い、偽る、外側の真と遜色のない架空の世界――キヴォトス。

誰かが喜んで、怒って、悲しんで、楽しんで。

幾つもの線が混ざった特異の始発点が出来上がる。

滑落の奇跡。夢想の残骸。紡がれたはずだった総ての未来の廃棄が確定された。

救われていたであろう、救われなかったであろう。

もう是非は問われない。確かであるのは、反転は為されたという事実だけ。

報われた憎悪が焚き火となり、燃え上がる。その波及は世界へと、青春へと広がり、穢して、歪めて、壊していく。

 

 

 

 

 

 

――――このどうしようもない、行き止まりの世界で、欺瞞の結末を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――何かがおかしい。

 ぼんやりと。吹かれる風に乗って舞い踊る木の葉を見ながら、重ねた思考は解答を導き出せず。

シャーレから少し離れた公園のベンチで座っている“先生”と皆から呼ばれていたその男は違和感に対して、懊悩を重ねていた。

照った太陽、程々に雲が散っている青空。舞った木の葉は既に何処かへと消えている。

思案する頭で巡らせるのは最近の生徒達とのコミュニケーションだ。

始めは些細なことからだった。事前に交わしていた約束事を突然反故にされたり、モモトークの返信がおざなりになったり。

そんな、どこにでもあるような微かなすれ違いから、違和感は始まった。

もっとも、それくらいならば、特段に先生も気にはかけないし、ここまで懊悩することはない。

思春期特有の放蕩さ、その一種だとスルーができるやつだ。

 

 ……おかしいという部分から先は、どうにも繋がらないんだけど。

 だが、最近、どうにも雲行きは怪しい。

モモトークの通知が繋がらないようにブロックされていたり。

実際に対面で話した際に見せる態度のよそよそしさ。

これらについては、流石に上記で過ったラインを超えてきている。

前述の対応が個人の生徒に受けたモノであったならば、自身の不徳であり、コミュニケーションの失敗と理解できた。

キヴォトスの生徒全体に言えることだが、少女達は情動の赴くままに行動をする傾向にある。

そうなると、この徐々に交友が狭まっていく状況はシャーレの先生としては拙い。

加えて、薄っすらと蔓延る嫌悪感が“ほぼ”全員に見受けられる様子であると、話が違ってくる。

視線の剣呑さも最近はどこでも感じる程に、空気が違う。

これは明らかに悪意あるものであるし、杞憂と言うにはファクターが揃いすぎている。

それからは散々だ。色々とあった。むごいと言うべきか、ひどいと言うべきか。

言葉に出すのも憚るくらいには、日々は無情にも流れ、悪化していった。

それをありのままに吐き出す相手もおらず、徐々に心身の悪化が著しいと自覚できるまでになった。

そうして、身の危険を感じ、それとなくヴァルキューレにも連絡を取った。

もっとも、返事は簡素なものであり、求めていた理由の解明には至らなかったけれど。

否、返事を返してくれるだけまだマシなのだろう。

あくまでも公平。ヴァルキューレは遍く総てに公平であろう。

そもそも、ヴァルキューレ警察学校の中でも、公安局の局長である尾刃カンナはキヴォトスの中でも数少ない、理性と秩序を重んじる人間だ。

事務的な返信からも漂う嫌悪感はあれど、だ。それでも、誠意を見せて回答をする器はある。

 

「あら、先生。奇遇ですね」

「奇遇も何も、私が呼んだんだけどね」

 

 そんな中でも、更に極稀で変わらない態度なのが眼前の少女である。

へらりとした表情を浮かべながら現れた少女は先生の横に座り、缶コーヒーのプルタブを開け、ゆっくりとすする。

先生はいつのまにかにベンチの角に置かれたもう一つの缶コーヒーを手に取って、カヤに倣ってプルタブを開けた。

既製品かつ未開封。変なものを混ぜられている心配もない、気遣いの一缶である。

これがお手製の水筒に入ったモノとかであったら、いらぬ警戒をしなくてはならず、お互いに数手のやり取りが増えたに違いない。

シニョンにまとめたピンク髪、胡散臭く細まった目、そして、先生と同じく白の制服。

不知火カヤと呼ばれるシャーレ所属の少女が最近は嫌に親切だ。

最初にある程度深く会話をしたのはいつだったか。

元々、近しい間柄ではなかったが、このように適度な雑談及び情報交換をし始めたのは、先生が孤立化し始めた時だった。

軽い会話から始まり、道端で出会えば話す間柄になるまで。それほどに時間はかからなかった。

とはいえ、先生はそういった態度から掌返しで背中から刃を刺されるといったモノも経験済みである。

油断はない。それら裏切りを知った上で信用する。先生と生徒はそういった関係性で決められているのだから。

 

「それじゃあ、話も手短にしましょうか。生徒達の表向きの態度は、さっきモモトークで伝えた通り。

カヤから見た生徒達の私への印象はどうだった?」

「普通に嫌われてますね、それはもうびっくりするくらいに。

 あそこまで嫌そうな顔をされるのは才能ですね」

「カンナは?」

「先生に対しての取り繕いがない分、眉間の皺は3割増、ですかね。

とはいえ、職務と秩序に忠実な彼女が境界線を超えることはないと思いますが」

「まあ、カンナだもんね」

 

 周りの態度が硬質化していく中で、彼女だけは表面上、笑みを崩さない。

打算塗れであっても、目に見えた態度で冷たさがない分、カヤとの会話には淀みが生まれない。

態度が平坦であるというなら、彼女はまだ“話せる”。

そんな彼女の目線から語られる生徒達の態度は、もはや言葉も交わしたくないという相手の内情を知る手がかりともなる。

 

「それにしても、どうして皆から突然嫌われちゃったんです?

これまでの功績を考えて、とてもじゃないですけど、そんな態度を取られる謂れはないと思いますよ」

「カヤからそんなまともなフォローが来るとは」

「人を何だと思っているんですか」

「胡散臭い打算塗れの子」

「モモトークブロックしますよ」

「それは許して」

「やっぱり生徒にエグいセクハラでもしました?」

「……してないよ」

「有罪一歩手前の気がしますね」

 

こんな風に軽口混じりの会話ができる生徒も、今では貴重だ。

故にこそ、その貴重さをありがたれる状況こそ、異常なのだけれど。

ともかく、他視点からの情報を得れることは、今の立場としてはありがたいが、状況が状況だ。

現状、シャーレの業務にも影響が出ている以上、解決しなくては物事が進まないと先生は理解している。

確認と推測と考察は決して道を閉ざさない。

 

「軽口はともかく。嫌われてる理由はまだわからないんですよね?」

「そうだね。正体不明の嫌悪の原因について――直接あった回数とか、モモトークの会話の頻度とか。

 法則性とか諸々、検討はしてるんだけどね……カヤには実験台として協力してもらってるけど、成果はないよ」

「因果関係は見受けられず、ですか。本当にほぼ全員に嫌われてるって何をやらかしたんですかね……」

 

カヤは怪訝な顔でため息をついているが、こちらはため息とかそういう領域はとっくに超えている。

心身共に、落ち着ける場所がない今、先生として十全に行動できるかすら疑問視しているのに。

いや、とっくに行動は精彩を欠いているし、吐き出せていないが、限界と感じているモノはある。

 

「まあ、事象に名目を付けるならば、《反転》と致しましょうか。

 対応策につきましては考えないといけませんね。改めて、他の生徒達の腹を探るいい機会です。

 今日の会議ではシャーレや各学院の代表者が全員集合しているのですから。

 どうせ議題はあなたについてでしょうし」

「嫌な予感しかしない」

「擁護しようにも、味方がいないですしね。孤立無援である以上、諦めるしかないですから」

「カヤは味方してくれないの?」

「さてどうしましょうか。もういい加減見捨ててしまった方が話は早い……。

 待ってください、服の裾を引っ張らないでください、伸びますって、ちょっと!

 この制服高いんですから、ホントに!」

 

 ぎゅいぎゅいとカヤの制服を引っ張る気力があるのも、いつまで保てるのだろうか。

この奇妙に嵌った打算だけの間柄から打算が抜けた時、カヤはまだ横にいるのだろうか。

そんならしくない弱音を、喉元で抑えつけることすら意識しないといけない自分が、嫌になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――嫌な空気だ。

 カヤと一緒に会議室に入った瞬間、部屋の温度が10℃くらい下がったかのような冷淡さ。

リンは嫌悪感に満ちた表情でため息を付き、ヒナは表情の能面さを更に増している。

ノアは笑顔であるものの、その仮面ぶりは益々。あれは間違いなく、営業スマイルだ。

今日の会議は各学園から代表者が集うものらしく、冷たい視線もいつもの数倍食らってしまう。

横にいたカヤがひえっと微かな悲鳴を上げたが、やはり相応の冷たさであるらしい。

どこのオフィスでもよく見るありふれた会議室の様なのに、今の自分には此処は銃弾飛び交う戦場にしか思えなかった。

これに慣れてしまった――慣れざるを得なかった状況がおかしいのかもしれない。

 

「それでは始めさせていただきます」

 

冷淡な声色から始まった会議は、中身としてはいつもどおりだった。

各学園の現状について。今後のシャーレとの連携について。つつがなく、会議は進んでいった。

しかし、雲行きが変わったのは途中からだった。

大人として、先生として。自身の職務態度から生徒に対しての態度まで。

言いがかりレベルのものもあったが、糾弾が始まった。

ぺらぺらと羅列されていく言葉を先生はひとまず、適当に聞き流すことにした。

此処で下手に反論しては逆撫でをするだけなので、黙っている。

本当にもう、聞き慣れすぎたからか、何が出てくるかわかってしまう。

それだけに、先生はこの下らなくも冷たい断罪劇に対して、疑問を抱いてしまうのだ。

 

……やはり、おかしい。

 

改めて、自身の振る舞いを考えると、急激に生徒達の信頼を損ねるイベントはなかったはずだ。

徐々に、真綿で首を絞めるかのように。すり減った信頼はどこでカウントされている?

最近はモモトークもブロックされ、会話も最低限。これ以上下がる余地はないはずだ。だが、限界はある。

そろそろの頃合いで来るだろうと思っている《イベント》もある。

 

「本日、最後の議題は、彼“ら”の進退について。シャーレの先生として不適格である為、彼を罷免。

そして、不知火カヤも連座で罷免いたします」

 

 ほら、やっぱり、と。改めて、概ね、予測はしていた。

此処まで好感度が下がりきった今、取られる対応としてはシャーレからの罷免だろう。

横でムンクの叫びみたいな表情をしているカヤを見て、安心感を覚えてしまうのはともかくとして。

この状況は拙い。ここでなにか理詰めで反論をしたとしても、情動で動く人間が多いキヴォトスにおいて、通らないだろう。

詰んでいる。困ったことにここから挽回するだけの奇跡は、今の自分では生み出せない。

 

 ……それじゃあ、カヤも罷免されるのはどうしてなんだ。

 

 自分と仲良くしていたからか、それとも日頃の行いか、はたまた人望の無さか。

そもそも心象が最悪である以上、何を言っても曲解されるだけだ。

自分のように、心象が下がっていないカヤを利用する?

無理だ。少なくとも、彼女にこの場面を引っくり返す手札は存在しない。

それに、同じように罷免される以上、火に油を注ぐだけだ。

というか、どうして彼女も罷免なのだろう。

そんなに糸目が胡散臭いのか。それとも、人望が――まあ、ないんだけど。

 

「しかし、シャーレの先生の立ち位置を再び空席にするのは、如何なものか。

みなさんの考えももっともかと思います」

ですので、と。変に艶のある声で、リンが口元を綻ばせる。

その表情に――総てを委ねてしまったモノに覚えが在った。

感極まった時、恋でも足らぬ、愛でも足らぬ――盲目の崇拝。

それが、彼女の顔に張り付いてた。

 

「新しく着任を。私達が仰ぐ先生をこの場で紹介したく」

 

会議室の扉が開かれ、ヒールが床を踏み締める。

その姿を見た瞬間、総てが繋がった気がした。

その絶美とも呼べる黒い長髪を覚えている。その甘ったるい賛美の香りに鼻は曲がりそうだ。

集まった全員が陶酔した表情を浮かべ、人形と化している。

唯一、隣りに座っているカヤだけが怪訝な表情をしているけれど。

遥か頭上から総てを見下ろす、超越と驕り。

終わったはずだったエデンが、再び世界を蹂躙する。

 

「改めて、着任いたします――」

 

不倶戴天の魔女が、口元を大きく歪め。

「――ベアトリス、と申します」

 

 お粗末な偽名を被って、嘲笑う大人の姿。

嫌悪と憎悪が再度、交差した。

 

 




次回

『私達の二人戦争/君と二人で、最初から』
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