「やっほー☆ 蹂躙されに来た?」
当然、戦力及び扱いやすさの意味合いも含めて、侍らせていると思っていた。
シャーレの屋上。其処から続く天への黄金階段。その先には、きっとベアトリーチェがいる。
そして、怪談の行く先を塞ぐように、少女が一人立っていた。
最後の門番。遍く星を握り潰す無邪気な夜のお姫様。聖園ミカは、悠然とそこにいる。
「ま、貴方が来るのはわかっていた。だから、驚きはないけれど。でも、後ろのソレはちょっと予想外」
「……………………サオリ」
先生の背後から一人、無言で現れる。
このキヴォトスが《反転》してから。それまで何の音沙汰もなかった少女――錠前サオリがゆっくりと此方へと歩いてくる。
完全武装。銃火器をぶら下げ、いつでも戦闘に移れるスタイルだ。
「シュロ達は?」
「生憎とそちらとは別入口で来たものでな。門番がいないから侵入も容易だった。他の皆は別フロアの制圧を行っている」
「……ん~?」
ミカが不思議そうな顔で首を傾げているが、今の言葉の中に何か引っかかりが在ったのだろう。
門番がいない。彼女の想定ではヒナに相応する誰かが守っていた。
そうなると、誰かがその門番を退けたか、もしくは、シュロのように足止めをしているか。
どちらにせよ、サオリが無傷で此処にいる以上、ひとまずは棚においておく。
「まあ、どうでもいいっか。下で何をやってても、此処に私がいる以上、先には通さないんだけどね。
それで、質問に答えてよ。どうして貴方がいる訳? 錠前サオリ」
「野暮用だ。確認したいことがあってな。何、時間はかからないさ。すぐに終わる。
私が信じる『先生』ならば、だが。
だから、お前は其処で待っていろ。黙って座っているのは、お姫様なんだから、慣れているだろう?」
「殴り込みをかけてきたのは貴方達なのに、勝手な言い草じゃん? 別にいいけどね~。貴方達のやり取りに興味ないし」
突入のタイミングまで合わせてるとなると、彼女が黒服が言っていた助力の生徒なのだろう。
アリウススクワッド。ベアトリーチェとの因縁深き生徒達。
彼女達がこの戦場に介入することはある意味必然なのかもしれない。
味方であれ、敵であれ。どちらに傾いても、先生は覚悟をしていた。
「…………貴方に一つ問いたいことがある」
「私に答えられることなら、何でも」
もしも、彼女が敵に回るならば。とっておきの切り札は此処で切る。
元々、ミカ相手でも切るつもりだったから、問題ない。
一人が二人に増えるだけだ。
喉の奥が疼く。掌の汗は拭えぬまま。それでも、虚勢は崩さない。
大人がビビってどうする。不安がった顔を見せるくらいなら、笑って見せるほうがよっぽどいい。
「償い切れぬ罪が許される時は来るだろうか?」
「観念的な一般論、もしくは具体性を伴った実例を交えたものかな?
どちらにせよ、それを答えるにあたって、私の個人的解答になるけど」
「構わない。今のキヴォトスを取り巻く事象、関係性は総て知っている。
その上で、答えてほしい。貴方は私達のことを、あの一件を……」
彼女が聞きたがっているのは真実ではなく、きっと納得だ。
自己の想いすら信じられない世界で寄る辺を求めるなら、それは追い詰められた際に出る言葉なのかもしれない。
本来なら、そんな状況を経ずとも培える絆も、ベアトリーチェの前では人を弄ぶ手段に成り下がってしまう。
「許すよ、と。私が答えたらサオリは満足するのかい? 君が抱いている贖罪の意識は、頭から消えてくれるのかい?
違うだろう、錠前サオリはそんな生徒じゃない。私個人としては生徒に罪はないと言いたい所だけど、私は裁判官じゃない」
知ったことではない。眼前で懊悩に苦しむ生徒の前で、そんな魔女の戯言など些末だ。
ベアトリーチェの思惑で此方の行動を縛られたままなど、到底黙っていられない。
先生として。大人として。この選んだ道こそが正解だと信じなくては、着いてきてくれた生徒達に顔を向けられない。
例え、その正解から出さなければならない言葉が、サオリを打ちのめすとしても。
エデンを巡る戦いはきっと、誰もが赦されず、誰もが罪を背負うものだった。
アリウスも、トリニティも、ベアトリーチェも。そして、それらを止められなかった先生も。
誰もがあのエデンを求める限り、罪を背負う。そう、定められている。
「サオリの罪は私が決めて、裁いて良いものではないからね。それに、君の赦しの在処を決めるのは……私じゃない」
だから、サオリの問いに対して、先生は今できる最大限の誠意を以て答えた。
徒に、赦すよ、と。そう言い切ってしまえば、サオリの荷物は軽くなるかもしれない。
けれどそういうことではないのだ。そんな言葉で痛みを投げ捨てられる程、彼女は器用ではない。
愚直に銃だけを握り締めていた少女を救ってくれるのは、きっと共に生きた友人だろう。
「罪と罰に対して赦しを与えるのは、自分だろう」
先生に対して、サオリは酷く自罰的な態度をよく見せる。
エデン条約の際、自分へと銃弾を撃ち込んだことを、彼女は罪として背負っている。
先生がサオリのことをとっくに赦していたとしても、それが彼女に届くかどうかは別問題だって理解っている。
「生きていく中で、背負って考え続けるんだ。サオリが願う『いつか』は誰が決めるものでもない、自分で決めるものだ。
君が傷つけた人達が許すよって言っても。法律が錠前サオリに罪はないと判決が下されても。
それで満足できるなら、君はとっくに救われているし、世界を愛せたはずだ」
永遠に。きっと、死ぬ間際まで。錠前サオリは罪を背負い続ける。
それだけのことをしてきたし、そうなる覚悟はもうできていた。
償いは終わらない、終わらせてはいけないから。
「拭いきれないモノがあるから。変えてはいけない過去があるから。
サオリはずっと贖罪の行方を――エデンが嘘っぱちだったって知っても、生きる意味を探しているんでしょう」
償うべき相手がいなくなろうとも。総ては虚しく、塵と化してしまう世界でも。
それでも、と。前を見て手を伸ばそう。いつか、アリウススクワッドの皆と素直に笑えるように。
先生へと、恩返しができるくらい、大人になろう。だから、生きていく。償いが正しくできますように、と願って。
「例え、最後まで報われなくとも。背負い続けることが君が望む罪だ。
私ができるのは、サオリが判断できる世界を愛して、人を見て、何かを見つけるお手伝いくらいかな」
「…………………まったく。敵わないな、『先生』には」
どこか、自嘲が混じった笑みで、サオリは疲れ切った顔で空を見上げた。
過去の奥深くまで。幼い時から、単一的な思考しかできなかった己の罪深さを改めて顧みる。
ベアトリーチェの言葉が浸透していたかつての自分を思い出しているのだろう。
「もしも、この問いをした相手が『マダム』だったら。安易な赦しをくれたのだろう。
私の言う正しさを信じてくれたら贖えますよって。心地のいい言葉を囁いてくれたのだろう」
あの時のサオリが信じたのは、頭を下げたのは――ベアトリーチェの言葉ではなく、先生の言葉だった。
これまでも、これからも。この人の厳しくも優しい言葉を受けて、奮起しない時など永劫有り得ない。
「――――――こんな状況であっても、貴方は私の『先生』でいてくれるんだな」
そして、見上げた空から視界を地へと落とした時、サオリの銃口はミカへと向けられていた。
彼女の中にある天秤は先生へと傾いた。
言うべき言葉はたくさんある。伝えたい思いはこんなものでは収まらない。
けれど、今はサオリにも先生にも為さなければならない事がある。それを前にして悠長に話している時間はきっとない。
「……私を助けてくれるの?」
「そのつもりではあったさ、最初から。もっとも、大概運が良かったに過ぎない。
元凶がマダムでなければ、目は曇っていたはずだ。黒服とやらが裏事情を口走っていなければ、懊悩はもっと深かったはずだ。
選び取れたのは偏に奇跡だ。私も聖園ミカと同じ立場であっただろうし、嗤えないよ」
嫌悪の正体――キヴォトスで起こっている真実を知った今、この状況はかつて植え付けられていた憎悪に焦がれた自分を重ねてしまう。
エデン条約の際、ベアトリーチェの尖兵として戦争を仕掛けた自分達と同じだ。大人の勝手な都合で子供達が巻き込まれ、駒にされている。
嘘を嘘だと認識させない狡猾さで世界全体を騙すその胆力としつこさには目が回る。
「それでも、私は子供だった。知った上で、踏ん切りとして、真実が欲しかった。
先生の言葉が欲しかった。黒服から聞いた通り、貴方が私の信じた『先生』であるかどうか。
……やはり、無用な心配だったのかもしれないな。
憎悪に曇らされようと、あの時私に手を差し伸べてくれた……私を助けてくれた人は先生なんだって私はまだ理解できた。」
その欺瞞を乗り越えた彼女の銃口は捉えたものを離さない。
何もかもが魔女の夢想に浸るのは、まだ早い。
「憎悪も全て、偽りだと飲み込めた以上、この銃は先生と共に。
アリウススクワッドはこれより、先生の指揮下に入る」
彼の絶望を拭う為には、眼前の敵を己で倒さなければならない。
「証明は済んだ。行って、総てを取り戻してくれ。此処は私が引き受ける」
「わかった、サオリ。どうか、死なないで」
「承知した。…………その言葉を一番認識するべきは先生なんだがな」
その言葉と同時に、先生は黄金螺旋階段を駆け上がる。
受けた信頼には同じく信頼を。先生の足取りに迷いはなかった。
「邪魔しないのか」
「わざわざ聞いちゃう? 私が邪魔した瞬間、サオリが止めるのにさ。
無駄弾使うのは嫌だな~って。私、無駄なことはしない主義だから。
それに、貴方との戦いに余計なモノがあったら、だめでしょう?」
「そうか。それじゃあ、そのまま黙って留まってくれるか?」
「まさか」
「だろうな。お前の言う通りだ。先生が先へと行った今、私達を遮るモノは何も無い」
あっけらかんと話すミカの態度は余裕で溢れていた。
最後に勝つのは私だ。お姫様は己の価値/勝ちを疑わない。
そして、サオリの態度にも動揺はない。
最後に立つのは私だ。愚者は己の私戦/死線を見誤らない。
「あの日の続きだ、聖園ミカ」
「あの日の続きだね、錠前サオリ」
結局、どう在っても。自分達は殺し合う運命なのかもしれない。
エデンの陽だまりに二人一緒には入れない。総ては虚しく、陽の光を浴びれるのはたった一人だけ。
瓦礫の聖堂で殺し合った時からずっと、自分達は銃口を向け合っている。
「勝てると思ってる? お互い万全って違いはあるけどさ、地力の差は変わらない。
今なら逃げても追わないよ? ラブ&ピース――自分探しの旅で学ばなかった?」
「愚問だな。今更逃げて何になるという。私は虚栄の正義を掲げて来た訳では無い」
報われず、死ねよ、愚者/お姫様。
「だが、そうだな。貴様を相手にして、楽に勝てるとは思っていない。
そもそも、歴史の勝者《トリニティ》に私達《アリウス》は敗け続けてきた。
因縁の終焉も結局は私達が敗けたことで締めくくられたからな」
歴史を辿る上で、アリウスという学校は敗北を重ねてきた。
これはベアトリーチェを以てしても変えられなかった一つの事実だ。
それでも、なお。抗い続けるのは――。
「しかし、今回は違う。アリウスとトリニティ。外付けの因縁は存在しない」
――錠前サオリの変えられぬ熱なのだろう。
「錠前サオリと聖園ミカ、個人間での殺し合いだ」
サオリたちが争う時、生ぬるいモノでは済まされない。
携えた愛銃をミカへと向け、サオリは覚悟を決めた。
此処が分水嶺。先生とベアトリーチェへの決着に繋がる、境界線だ。
「語り合うのはもういいだろう、聖園ミカ。お上品にお話し合いで解決なんて思ってはいるまい?」
「相変わらず、面白みがないね。せっかくお話に乗って、考え直す時間を上げたのになぁ」
「生憎と貴様を倒した後も休ませてくれそうにないんだ。お前という通過点に、足踏みなんてしていられん」
「吠えたね、やっすい挑発! まあ、いいや。わからせてあげるから、早く来たら?」
正真正銘の殺し合い。銃弾のように、敵を撃ち穿つまで、進むだろう。
「必ず――倒す!」 「必ず――潰す!」
だから、お前は此処で死ね。
■
本来ならば、ありえぬ再会だった。
少女と少女。現在と未来。砂狼シロコと小鳥遊ホシノ。
あの時箱舟であった一瞬を塗り替える、戦争の真っ只中、そして、その分岐を決める境界線。
シャーレから離れたビルの屋上にて、彼女達は相対する。
「久しぶり、なのかな」
「久しぶり、なんだろうね。そっちのシロコちゃんは」
黒いドレスに握った愛銃。くすんだ銀髪と深い闇を感じさせる双眸。
それはこの世界にいるシロコではない、シロコ。
滅びたキヴォトスから渡り歩き、そして現在に負けた生徒。
今は、只人の漂流者。砂狼シロコは何かを成す為に、此処にいる。
「おじさん一人をここに呼び寄せて何かなあ、昔話?」
「………………ん。その通り。昔話をしに来た」
「今の間からして、絶対違うと思うなあ。適当に返しただけでしょ」
「鋭い」
「そんな鋭いことじゃないってば。全く、ボケ倒しなのはどれだけ年数が過ぎても変わらないんだねえ」
元々、ホシノはヒナと一緒にシャーレ内の護りとしていたはずであった。
それがいつの間にかにこんな所にいる。
予兆はなかった。一瞬で世界は切り替わり、気づいたらシャーレから遠く離されている。
今見ているものは実感があり、幻覚でもない。
「こんな時じゃなければ、付き合ってあげたんだけどさ」
「いつからそんな仕事熱心になったの? サボってばかりだったあの頃を思い出すべき」
「うへ~辛辣~」
その真実は、シロコが持つ色彩の残滓。そして、能力の応用。
空間と空間を自由に行き来できる能力にて、ホシノをシャーレから遠ざけた。
内密に、黒服から託された依頼。先生を助けてあげてほしい。
シロコからすると、その依頼を断る理由はなかった。頼まれずとも、彼の為ならこの命を捧げても良い。
「もっとも。今から倒れる人が気にすることじゃないよね」
「言うねぇ」
「全部間違えて何もかも喪ったからこそ、次はもう赦さない。
あの人を追い出す? 殺す? ありえない、絶対に。世界が滅びても、それだけは……ッ!」
砂狼シロコは先生の為に生きて、先生の為に死ぬ。
あの箱舟で永らえた生命を使ういい機会だ。
救われた罪を雪ぐ時は今――喜べよ、砂狼シロコ。
遠く、滅びた世界の果てで、犠牲者が彼女の殉教を嘲笑った気がした。
「世界《先生》を終わりになんて、させない。あの人を間違いだなんて認識する世界なんて、私は認めない」
元々、この世界の住人ではないシロコに《反転》は効かない。
唯一無二。彼女だけは世界と人々が歪み捻じれたとしても、最期まで先生の味方で在り続けるだろう。
文字通り、最期まで。世界が死滅しても、幾つもの世界を滅ぼすと仮定しても、絶対だ。
あの箱舟で救って、生きろと言ってくれた『先生』の足跡を汚すなら、それが小鳥遊ホシノであっても容赦はしない。
「まさか、私に荒事で勝てると思ってる? 一応先輩だよ? 君をボッコボコにした経験ありだよ?」
「随分前の話を出すのは良くない。かなり傲慢だし、おじさんっぽい。加齢は人を変えるね」
「普通に傷つくからやめて!? まぁ、どうしてもって言うならやるけどさぁ」
「確かに、昔の私だったら、小鳥遊ホシノに勝てる要素はない。でも、今の私ならどう?
少なくとも、“敵”には足り得るんじゃないの?」
「……生意気。いつからそんな口を叩くようになったかなぁ。おじさんの育成失敗?」
おどけてはいるが、ホシノの目に油断はない。
冷静に眼前の敵をどうやって排除するか、算段を立てているのだろう。
例え、それが後輩だとしても、自身のやるべきことに迷いはない。
互いに命を懸ける対象は決まっている。愛。EYE。I。アイの為に。
「……………それに、“世界”を殺した私なら不足はないと思う」
「はぁ。どっちが傲慢なんだか。悪いね、何時か至るかもしれない未来。救えなかっただろう後輩。
その言葉――全部打ち砕くから。
こうして話せたのは嬉しいけれど。今は退いてもらうよ、力付くで」
世界も人々も失って、どん底を経験した今なら。
世界の総てを殺し尽くした経験《色彩》が、シロコとホシノの間にあった溝を埋める。
かけ離れていた実力を縮ませた未来。在り得たはずの再会は、遠く星の夢と消える。
今、此処にある再会は異聞であり、決別だ。
「腕の一本はもらっていくつもりだから覚悟して」
「本当にもう。それが傲慢だって言ってるのになあ。まだその域まで達していないと思うよ、シロコちゃん!」
かつて、死別を以て分かたれた二人。
暁のホルスの異名。先輩と後輩。小鳥遊ホシノと砂狼シロコ。
元の世界でも、今の世界でも。恐怖を司る――もしくは司るだろう少女達の戦いは、人知れず始まった。
次回
『後退無き獣達/恋獄の災厄』