ミレニアムのシステムがハッキングで奪われた。
言葉にすると簡素だが、これは前代未聞の事態である。
全てだ。学園の全てを掌握された。セキュリティ、インフラ、本当に全てだ。
学園内は当然、真っ暗ではあるし、ありとあらゆる電子機器は総て使用不能である。
更に念には念を入れて、妨害電波でもかけられているのか。
緊急の通信すらおぼつかない始末となると、ユウカの顔もムンクの叫びのようになってしまうこと致し方ない。
……解決するって言っても、どうやって? 単純に敵を倒せば終わりって一本道だと、ある意味助かるんだけれど。
当然、この事態を受けて、セミナーの中心である早瀬ユウカは解決を強いられることになる。
残っているセミナーの要員は総動員であり、他部活の有力者にも声をかけていかなくてはならない。
ユウカの胃腸はこの時点で胃薬がぶ飲みであることは間違いない。どこの誰かは知らないけれど、この多忙な時期に頭が痛いことをしてくれる。
見つけたら矯正局に突き出して、万年労働苦役に叩き込んでやる。
この不測の事態を打開するべく、ヴェリタスや特異現象捜査部等、セキュリティに詳しい面々に対応依頼を出したい所だったが、電波妨害を行っているのか、連絡が取れない。
それは、C&Cといった武力で頼りになる生徒、自身と同様に今頃は対応に四苦八苦しているノアについてもだ。
まあ、彼女達なら事態を打開しようと勝手に動いてくれているはずである。
そういった積極性をユウカは疑っていない。ミレニアムの生徒は厄介事には首を勝手に突っ込むし、勝手に解決してくれる。
だからといって、野放しにはできないし、見過ごすつもりはないけれど。
「ハッキングだけじゃないし……校内に無人ロボットが大量に出現、とか。本当になんなのよ」
今回についてはハッキングとは別の案件も絡み合っているから厄介なのだ。
ミレニアムに対しての敵意――明確な襲撃。無数のロボットが突如として現れ、ミレニアム内部で破壊活動を行っているのだ。
ハッキングと合わせて、これは実害があり、拙い。建物のあちこちがロボットによって壊され、奥までが素通しになっている。
ロボットにハッキング。これらを愛銃であるサブマシンガン片手に鎮圧活動と情報収集に勤しんでいるが、正直手が足りない。
そもそもの話、何故ミレニアムが大々的に狙われたのか。
個々人の恨み辛み予算削減等の小競り合いはあるものの、ここまでの規模になると洒落にならなかった。
それに、こんなにも鮮やかに襲撃を受ける程、ミレニアムはやわではない。
突然襲撃される謂れはあっても、これは明らかに敵対行為だ。
シャーレに連絡を。あの麗しくも頼りになる『先生』に連絡しなくては。
そうだ、それが一番だ。自分達はあの人の駒として、馬車馬のように働かなくてはいけない。
そうして、とめどなく、現れるロボットを破壊しながら、広場へと出る。
開けた場所に行けば、誰かと合流できるかも、と。
――結果として、それは最悪の形で叶えられる。
だって、其処にいたのは。頭部から爪先まで真っ黒なその人は――。
その後ろ姿を覚えている。ミレニアムの頂点として敏腕を振るっていた姿を刻んでいる。
一緒に学び、一緒により良い学園を運営しようと、共に切磋琢磨してきた仲だ。
付き合いだってそれなりに長い。
「………覚悟はしていたけれど、やっぱり来てしまう。当然ね、貴方がこの事態において、座する訳ないもの」
いつかは来るであろう遭遇は、こんな戦いの最中であってほしくない。
そう、信じていた。信じたかった。
燦々と日光が降り注ぐ太陽下、暴虐と銃声が広がる学園にて、嘗て手を取り合ったセミナーの二人が交差する。
「会長……?」
「アトラ・ハシースの時といい、まだ会長と呼ぶのね、ユウカ。
とっくに罷免されてると思っていたわ」
ため息をつきながら、此方へと振り向いた調月リオの姿がユウカの目に映る。
その様子に憔悴はなく、ユウカが見知っている平常の怜悧な彼女だ。
「だってまだ、立場的には会長ですし……ってそんなことよりも! 今大変で、力を貸して下さい!」
「ええ、よく知っているわ。ハッキングによるシステムダウン。自動ロボットによる暴動。ミレニアム内外を蹂躙する襲撃のことを言ってるのなら、よく理解ってるわ。
貴方の推測通り、ここまで“綺麗に”蹂躙ができる人間は限られている。
それこそ、ミレニアムの内部システム、拠点を知り尽くしている人間でなかったら、到底達成できない襲撃よ」
この未曾有の事態に最初はどうなるかと思ったが、リオが来てくれたらもう安心だ。
彼女の頭脳、そして対応能力を考えると、解決への一歩どころか最後まで踏み出してくれるはずである。
「…………それで、いつまで目を逸らし続けているのかしら」
「~~~~っ!」
「この状況で、私が此処にいる事実。調月リオという存在を早瀬ユウカは理解していると思ってたいけれど、買いかぶりだったの?」
だから、何一つ懸念はない。眼前の光景を真に理解する必要がない。
「見えるものを見ようとしないのは愚者以下。“足元で倒れている黒崎コユキ”、手に握られた拳銃。これが何よりも私が黒だということを立証している。
貴方でなくとも、このミレニアムに在籍している生徒なら、導き出せる簡単な問題ね」
偶然だ。たまたまコユキが倒れている所にリオが駆けつけただけだ。
リオを護るように旋回しているロボットも、手に握られた拳銃も、きっと。
「もう一度、問いかける必要はあるかしら」
「ない、です……」
この状況を引き起こせる人間はこのキヴォトスにどれだけ存在する?
ハッキング、大量のロボットによる人海戦術。主力に連携を取らせない堅実なやり方。
ミレニアムという一大勢力を相手に取って不足がない生徒は限られている。
単純な戦闘能力だと美甘ネル、頭脳方面でいうと、明星ヒマリ。
そして、ミレニアムの隅々まで頭に叩き込んでいて、徹底的な蹂躙ができるのは調月リオだけだろう。
前者二人はありえない。彼女達は暴と謀、片方しか持っていない生徒だ。
「私が襲撃者という事実から、ね」
選択ですらない、最初から解は1つしか提示されていなかった。
調月リオは、ミレニアムの敵である。簡単な問題と簡単な解。
それを受け入れ、呑み込むことができなかっただけなのだから。
■
世界を取り戻す為に。■■がもう一度正当に評価される為に。
その過程で何の犠牲もなく、目的を達成するなんて絵空事は無理だと知っている。
だから、誰かが割りを食わないといけない。その玉座はまるで生贄の断頭台であった。
歯を食いしばって我慢することを求められている。世界の為に、人々の為に。
総てを捧げて、総てを失え。その果てに、漸く未来が拓かれる。
誰かが悪を担わないといけないのなら、孤独へと追いやられるのなら。自分がやるしかない。
例え、思い出を捨てたとしても。痛まないはずの心が何かを訴えていても。
全て、無視して戦えるのが調月リオだろう。他の誰にも譲らない、自分だけの立ち位置。
「母校を蹂躙するのは心が痛むけれど、致し方ないわ」
此処に立つ。この意味を、リオは真に考えていただろうか。
それでも、という覚悟。何かを肯定するということは何かを否定するということだ。
――改めて。人々の為に、世界の為に、これまでの居場所を捨てる覚悟はある。
自問自答は秒で終わった。こうなることくらい、当然考えていたに決まっている。
エリドゥの時からずっと、覚悟はこの胸へと仕舞い込んでいる。
誰にも理解されぬ孤独――いや、今は先生が前にいるから、一人ではない。
それならば、“転びやすい”ポイントは予め予想できる。
……予想できるなら、なんてことはない。
足元で崩れ落ちたコユキがその証拠だ。彼女を撃つ事に迷いは、なかったはずだ。
歪んでしまった世界を救い、治める為に、正義を為す。
あの人と共に、これからも――調月リオはキヴォトスの安寧を回す歯車で在り続ける。
「私は貴方《ミレニアム》の敵。其処に疑いを持つ必要はない」
ミレニアムの大広場。今は静寂で孤独な戦場。
C&Cのメンバーは分散している状況を作り出し、隔離。各個足止めを図っている。
エリドゥの遺産――個人的に確保していた秘蔵の無人ロボット。
それら残っていた戦力は総て、彼女達へと充てた。
とっておきのアヴァンギャルド君プロト型を差し向けている以上、彼女達の足止めは成功しているはずだ。
そして、残りのミレニアムの主要生徒は適当な無人ロボットとリオが受け持つ手筈である。
その過程で――彼女達と。セミナーのメンバーと銃を向け合うことだって、何通りもシミュレートを行った。
――惑うな。この期に及んで、まだ心を殺せないのか。
胸の内に溜まった靄は余分な贅肉だ、切り落としてしまえ。
自分ならば、情動を無視して行動できるだろう。
アリスを壊そうと動いた時、皆の嘆願を理解し、噛み砕いた上で否定を重ねた過去を、掘り返せ。
犠牲の上に成り立つ大義は、必ず遂行しなければならないと理解しているはずだ。
「……っ」
「それで、いつまでも木偶になっているのは、ミレニアムにとっては不都合じゃない、ユウカ。
急いでいるのでしょう? セミナーとしても、貴方個人としても。この未曾有の事態を解決するべく動いているのだから」
その相対は避けられぬものだった。ただ、その相対には差があった。
リオには覚悟の準備があって、ユウカにはなかった。
そもそもユウカからすると、再度会長と敵対するなんてない、と思っていたはずだ。
あの箱舟で手を取り合えた二人は、もう手を取り合えない。
「どうして、ですか」
「的を得ない質問ね。何に対しての“どうして”か。
早瀬ユウカがそんな子どものような問いかけをするなんて。
私の知る貴方ならこう質問するわ――“何故、裏切ったのか”。
この意味合いで問の内容は正解みたいね」
敵は精々二人。あの日、シャーレから脱出した二人だけだったはずなのに。
その完璧だった計算は脆くも崩れ去り、キヴォトス各地で蜂起が起こっている。
助けを呼んでも、すぐに来るはずもなく。リオの蹂躙を自分達で解決しないといけない。
詰みかけている。ユウカは現状の拙さを自覚した。
美甘ネルの圧倒的な暴力による蹂躙とは違う、戦う前から相手の尽くを封じる蹂躙。
それができるのが、調月リオだ。ミレニアムの頂点――総てを統べていた天才の策謀。
ユウカであっても、彼女の完成され切った頭脳に追い縋るしか敵わない。
「裏切った。それは感情的な視点から視て、問いかけているのかしら」
悠々自適。傲岸不遜。焦り、追い詰められたユウカとは真逆の態度、表情だ。
外面を理性でコーティングしたリオを打ち壊せる手札は、今のユウカには存在しない。
ふざけた悪夢だ。リオの圧に負けてしまいそうで、鋭い眼光から目を反らしたくなる。
今、この場における敵前逃亡はミレニアムの戦線が崩壊することに繋がってしまう。故に、不退転。此処で折れるなど、在ってはならない。
両手に握られたマシンガンを取り落としそうになるのを必死に抑え、ユウカは頭を回す。
「それで、何時まで棒立ちなの? 情動の赴くままに撃つのが、この世界のルールでしょう?」
溜息混じりに目を細めるリオに、言葉を返すこと――敵わず。
数秒、沈黙が続く。その間、指一つユウカは動かせなかった。喉は乾いて、汗は垂れる。
「……質問に答えないと、貴方は何もできなさそうね。
いいわ、私も時間を暇に費やす程ではないから答えてあげるわ。
あえて、質問に返すとするなら――“貴方に答える必要はない”」
「……っ! 馬鹿にしてるんですか!」
調月リオが此処にいるという事実がユウカの足を縫い留める。
その意味とは、彼女が撒いた策略はとっくに開花しており、現在進行形で進んでいる――もしくは、終わっているということだ。
「答えることがユウカにとって何の益にもならないって言ってるの。必要性の観点から見ても、私が此処に立つ理由を貴方が真に理解できるとは思えない。
そもそも、私が今のミレニアムとシャーレに対して敵対しているという事実に、ユウカ……貴方の理解が何の役に立つのかしら。
容赦とか理由とか。そういうモノに拘らう余裕があるなら――――」
「――――そういうところです! 何も言わずに、勝手に突き進んで! やっと、やっとわかりあえたとおもっていたのに!」
「見解の相違ね。その情動が叶うことはきっとない。誰も、私を理解できない。……………………あの二人以外は」
故に、この言葉のやり取りもリオの中では既知である。
そして、彼女の疑問も手に取るようにわかる。けれど、此処は議場ではない。
自分は討論をしにミレニアムへと戻ってきた訳ではないのだから。
「私達は敵同士。交渉のテーブルについていない私達が理解し合える境界線は存在しない。
そうなると、わかるでしょう、ユウカ。妥協と共存が不可能な戦争は、敵を殺さなきゃ、終わらない」
同じセミナーの仲間として、そしてアトラ・ハシースの一件で手を取った仲間として。
嘗て近い距離にいた二人は、今のこの場では決定的に隔絶されていた。
「貴方達は、私を敵に回したくないのでしょう?」
リオは酷薄に笑い、ユウカへと銃口を向ける。
それを撃ち落とす機会は幾らでもあったのに、ユウカの両手は引き金にすら指がかかっていない。
「仮に、貴方の理解を得た所でどうするの? 私が今の状況を丁寧に説明したとして、そこからは?
私が話す理由に納得と理解が得られたのなら、貴方は今の立場を翻して、私の味方をしてくれるの?」
よく知っている間柄であるからこそ。冷酷な算術使いとは名ばかりで、その実は情に厚い。
そんなユウカだからこそ、リオはどんなに言葉を尽くした所で状況は変わらないと知っている。
真実を伝えた所で信頼を勝ち取れるかといえば、きっとムリだろう。彼女は自分の中にある気持ちを裏切れない。
「断言できるわ。今の貴方達には理解できない。
それは貴方達の理解力が劣っているのではなく、単純に情動の話。
人は情動に囚われる以上、ユウカも例外ではないのよ」
感情とはそういうものだ。何をぺら回そうと、感情の前では、その理論は雲よりも薄いモノとしてみなされる。
それに、大多数の生徒からすると、リオ達の方が気が狂ったとしか思えないし、ロジックに基づいた理論は決して成り立たない。
荒唐無稽な言葉の投げ合いでしかないだろうやり取り。
改めて。リオとユウカはどれだけ言葉を交わそうとも、同じ方向を向くことは出来ない。
ベアトリーチェによる生徒達への洗脳は奥深くまで浸透しきっているだろうし、彼女の洗脳を砕くくらい強い反論も、一度やらかしてしまっているリオには分が悪い。
自分のように情動と決断を完全に分離できるならば、ともかく。
そういった生徒はほとんどいないということは天童アリスを巡る一件で身に沁みて理解らされた。
「確率絶無の奇跡を信じて、詳らかに語るのは無意味よ」
「ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃと!!!!!! 煙に巻いてないではっきり言ってください!!!!!!!!!
相変わらず遠回しな言葉! アリスの時と同じ! わかるわけ無いでしょ、そんなので!!」
「……なら、はっきり言えば満足するのかしら」
視座が高い大人、か。それとも、自分のような人でなし、か。
孤独の王。彼女に手が届くのは、きっと、今は先生だけ。もしかすると、もう一人。
待ち人はまだ来ない。その前の前座はまだ終わらない。
「今の貴方達が信じている《先生》は、世界に害をもたらす異形の化け物よ。
その化け物が魔法を使った結果、貴方達の好意、憎悪が総て《反転》してしまった。今の貴方達が抱いている感情は全部逆しまなの。
そういった経緯を経て、生徒の殆どは騙されている。加えて、化物は話術に長けていて、意図的な齟齬も与えているでしょうね。
好意を抱いていない生徒、私のように先生との接点が少ない生徒、耐性がある生徒、風変わりにも此方側がいいと言った生徒。
幸か不幸か、それらが集まって今、革命を起こしている。以上、これが真実だけど、ユウカは信じてみる?」
「……………………はあ?」
「望んでいたのでしょう。疑問は回答を付して、全部説明してあげたわ。
呆けた顔ね、ユウカ。
でも、恥じることではないわ。前提知識のない貴方達が私達を信じることが無理なのよ」
――ほら、やっぱり理解できないじゃない。
「なんです、それ…………」
「結果が間違っているのではなく、過程がもう間違ってるのよ」
「だって、それじゃあ、会長は、どうして」
「私は情動で行動を決めないもの。少なくとも、《王》が感情で動くなんて失格でしょう?
個人的好悪で、目を曇らせるなんてことはしない。私はそういうモノだから」
今抱いている情動が、既に間違えている。つまり、始まりはとっくに歪んでいた。
先生との交流が深かった生徒達だからこそ、正解を選ぶには、感情と決断は別物として割り切らなくてはいけない。
だから、どれだけ好意を抱いていても、自分は引き金を引ける。その逆も然り――嫌悪を押し殺して手を取り合える。
「個より世界を取る人間として、大局を俯瞰した結果を踏まえて、私は此方側を選んだ。
人間失格。軽蔑してくれて構わないわ。きっと、ユウカの観点から見たら……調月リオは気が狂ったとしか思えない」
統率者として、《王》として。感情を無視した判断で行動できるというのは、何かが狂っている証拠だ。
調月リオだからできる行動なのであって、他の生徒達にそれを強いるのは間違っている。
「もっとも、その不条理が良かった時もあるから、一概には言えないけれど。
アリスの時は結果的に、貴方達が取った選択肢が正解だったから。
……結局、情動は理性を上回る。不条理が正しいくらいに、貴方達は『先生』が大好きなのよ。
羨ましいわ、私はそこまで盲目的な生徒になれないもの」
彼女達は間違っていない。間違ってなど、いるものか。好きな人の喜ぶ顔が見たい。好きな人に報いたい。
そんなちっぽけで、それでも純粋な気持ち。友情と勇気と光のロマンに、自分は負けたのだ。
理だけを追い求め、友情を信じなかった。勇気から目を背けた。光を蔑ろにした。
だからこそ。その結果を認めたからこそ、調月リオはあの日、あの時、膝を屈して負けを認めたのだから。
「歪んだ状態が正常と認識されている以上、世界も生徒達も正しいけれど。それが膝を屈することになるかは別の話よ。
例え、この抵抗が結果に繋がらないとしても、私の正義を譲る理由にはならない。
正しさを自分勝手に弄ぶベアトリーチェを、私は許容できない」
だからこそ、リオは今のキヴォトス――彼女達の好意を歪めたベアトリーチェを許せない。
冒涜的に愛と希望を踏み躙り、世界を謀った魔女――ベアトリーチェ。
この世界で生まれた奇跡を馬鹿にするベアトリーチェだけは何が何でも討つ。
《反転》した生徒達に罪は生まれない。罰は下らない。贖いは必要ない。
総てを背負うのは《私達》だけでいい。
「それで、正しさに答えは出たかしら?」
「あああぁぁぁああぁぁぁああああああ!」
そういった覚悟は生徒達には届かない。届く必要もない。
だから、リオは詰問を受けるまで、真実を伝えることはなかった。
もっとも、伝えた所でどうせ理解できない。
何が正しくて、何が間違っているのか。ユウカの頭はそんな二者択一の問題すらわからなかった。
信じていいのは誰? 銃口を向けていいのは誰?
重複し、積み重なった疑問は、誰も答えてくれない。
その結果生まれた混乱の果てに、引き金を引く。引くはずだったのだ。
リオの前に翳されたコユキの体諸共、弾丸の雨を浴びせることができれば、きっと。
「…………やっぱり、甘いわね。ユウカ。そんな貴方を慕って、セミナーは居心地が良い空間になったのでしょうね」
コユキを盾にしたリオを前に、ユウカは引き金を引けなかった。
親友を盾にされて躊躇なく撃てる程、ユウカは非情にはなれない、
彼女の戦場は書類積まれる執務室であり、銃弾飛び交う現場ではないのだから。
しかし、此処一番でその隙は致命的だった。
勝負の決着がつくには決定的過ぎる要素であり、発砲音が響いたのは――リオの持つ拳銃だった。
弾丸は寸分違わず、ユウカの胸へと吸い込まれていく。更に数発、倒れ込むユウカへと銃弾を撃ち込んだ。
「――――私の想定通り。来たわね、トキ、ヒマリ」
ユウカが地面へと沈み、場は再び静寂が戻る。そんな合間もほんの数秒だけ。
リオの言葉通り、待ち人達は揃った。答えはきっと、貴方達にある。
そう、願わせてほしい。そんな、子供染みた一握の、願望。
滲むように、溶けるように。吐き出しかけた言葉は霧散する。
――それでも。それでも。
それは、調月リオの弱さであり、捨てなければいけない逃げ道だった。
赦しはいらない。一人ぼっちを選んだ自分には与えられるべきものではないから。
――こんな形で会いたくなかった。
きっと、この手を貴方達は掴むから。
次回
『明日が静かに消えていく/地獄とは理の在らざることなり』