世界。人々。それらを救うモノ。
救世主の玉座は、総てを背負う十字架の象徴と同意義だ。
最初に座り、背負った少女は足掻き、やり直し続けた。そして、その果てに自らの間違いに懊悩し、壊れてしまった。
もうこの世界にいない、敗北者は今は何処に消えたのか。
「こんな話をするべきではないとわかってはいるけれど」
次に座った二人目――先生も同じく、足掻いている。ずっと、ずっと。
三人目は生み出さない。全部終わらせる。例え、何かが終わってしまうとしても――見上げた夜空に堕ちていく。
「リオはきっと、三人目の候補だと思う」
「そう」
「納得が早いね」
「先生なら、わかるでしょう? 私が考えることくらい」
「…………そうだね。というかさ。先に言い当てると、リオは誰かが嫌そうに座るぐらいなら、自分が座るでしょ?」
その席に座るという意味。犠牲と許容。一つの椅子に二人で分け合って座れたら、どんなに良かったことか。
たまたま、座っただけなんだよ。肩を揺らして、表情だけは笑顔だ。その言葉の冷たさに先生は気づいていない。
「先生が椅子から立ち上がる前に、先生と私が一緒に座れば良いのよ。それなら、少しの猶予は生まれると思うけど」
「じゃあ、そうしようって頷くとでも?」
「いいえ。だから、私が無理矢理に座ってしまえば済む話ね」
ぼそりと呟いた言葉は、リオの偽りない本心だ。
考えなしの突発的思考ではない、合理的な考慮からの結論である。
一人より、二人。頭が回り、肝が座っているなら尚の事。
何も変わっちゃいない、何も赦されてもいない。何も認められてなんかいない。
決戦前の一時。先生とリオが話す内容には剣呑さが大さじ数杯は含まれている。
「子供にも背負わせるなんて認めない」
「先生だけに背負わせるなんて認めない」
「それが、調月リオの願いかい?」
「それが、先生の誓いなの?」
互いを慮るが故に、譲らない。
死んでも治らない頑固者二人は数秒間、睨み合う。
沈黙が続き、先にその空気を解いたのは先生の方だった。
「ははっ。この一件がなくても、私は君達より先に“死ぬ”可能性が高いからさ」
それは、告解だった。先生はどこか諦めているかのように口に出した。
また、エデン条約の時のように学校間の争いが起こったら。
また、アトラ・ハシースのようなことが起こったら。
そして、今回の時のように。世界は不測の事態で溢れている。
銃弾一発で死んでしまうような脆い身体である以上、その可能性を念頭に置いて、生きているのだから。
「だから、これを渡しておきたくて。勝手に背負って一人で死にたがるリオに、お願いかな」
「USBメモリね。中身は?」
「私の遺書」
流石に絶句した。軽い数言でなんてものを渡してくるのだろう。
「死ぬつもりなの?」
「生命の切り時が来て、そうするしかないなら、するだけだよ」
「人には死ぬなと言っておきながら、自身は終活をするつもり?」
「今回も含めて。此処まで一連の事件を通り抜けておいて、そういった算段を立てていない考えなしよりはましじゃないかな」
そんなお願いを気軽にしてくるなとか、それを渡される身にもなってみろとか。
色々と言い返してやりたい気持ちを抑えて、漸く言えたのは、月並みな言葉だった。
淡々と。二人は生命の使い道を議論する。
互いに死んでほしくないと思いながら、己の生命の値打ちについては何よりも軽く論じている。
「だってさ。コクリコ達は悪用するし、カヤはそもそも受け取ってくれないし、FOX小隊は皆怒り狂うし。
ほら、渡せるのはリオしかいない」
「当たり前じゃない。こんなものを渡されたら、皆、怒るわよ」
「その怒りも乗り越えられるよ。皆には仲間がいる」
学食のカレーの値段を払うかのように話しているが、まったく軽くない。
ああ、でも。自分も同じだ。調月リオも己の値段については同様にたたき売りだ。
何だ、似た者同士だ。抱える必要のないものまで背負って、自ら断頭台へと上がっていく。
けれど、彼は他者へと寄り添い、世界と人々に慕われていた。
「私にはいないけど」
「………………えぇ」
「だから、その言葉は通用しないわ。だって、仲間がいないもの」
自分は違う。
己の理性のみを信じている。合理性で俯瞰し、己の情動を凍らせる。
他人の情動も全部理性で捻じ伏せる。だから、友達がいないのだけど。
「リオに仲間がいないのはともかくとして」
「…………」
「恨めしそうな顔で見ても駄目だよ。君はまだ子供なんだから」
全ての人は合理的に動く。
調月リオは、そんな傲慢を愚直に信じている子供だった。
「私は子供だから、そのUSBメモリは受け取れないわ」
「ごめんごめん。そういう意趣返しをされると、私は降参するしかない。見逃してくれないかな?」
「駄目よ。諦めて頂戴」
「でも、今の私には君しかいないんだ、リオ」
「……………………酷い口説き文句ね」
相変わらず、この人はうまく煙に巻いて説き伏せようとしてくる。
そして、その情けない説得に慣れてしまった自分が少し嫌だった。
「でも、君も思っているはずだ。いつか、私は死ぬよ。
それが突然か、まだまだ先か。予定は未定ってやつだけど、この席に座っている以上、安全にぬくぬくできないしね。
今までは運が良すぎただけだし、周りが助けてくれた。ずっと気づくべきなのに気づかないふりをしていたんだ」
今回の一件が起こる前から、先生が死ぬかもしれないシーンは幾つも散らばっていた。
それはアビドスの一幕であったり。それはエデンを巡る戦いであったり。
「知ってるわ。一端の原因は私にもあるから」
「自罰的な言動は良くない。
仮に死ぬとしても、その犠牲は……大人の私だけで十分だよ」
「前提条件が狂っている計算式程、無意味なものはないって理解できないのかしら」
そして、勇者と魔王を巡る戦いであったり。
「手厳しいなあ。ま、重ねて言うのも悲しくなるけどさ。
私が死んで、何事も起こらないのが一番なんだよね。けれど、仮定はあくまで仮定だ。
そうならなかった場合を想定するのは大人として大事だから」
概ね、リオが知る限り。先生の想定はきっとご破産になるだろう。
ただでさえ、不合理が感情的な判断の積み重ねの上に存在している。
そんな生徒達が耐えきれるとは到底思えない。
「…………その打ち明けは他の生徒には絶対におすすめしないわ。
ボロボロにされたくなかったら、打ち明けるのは私だけにすることね」
そこまで理解しているからこそ、情動による行動を否定するべきではない、と先生達は考えている。
責めもしない。世界と人々がそれを肯定するなら、よしとする。
事実、合理性だけを突き詰めて、失敗したのが自分だ。
そして、結果という正しさを出したのは、情動を振りかざした相手側だから。
「……けれど、私は――――――――私だって、先生がいなくなった後のことなんて考えたくない」
「リオ、君は」
「青春を素直に受け止める器じゃないもの」
それは、何処にも行けない、居場所がない異端の自覚だった。
リオは少し笑って、先生は困ったように俯いた。
「君が、世界と人に対して、情を持てないから?」
「そうよ。私は可愛げのない女だから」
世界を愛することができないから。人に優しくすることができないから。
リオが今浮かべている表情は諦観と、怯えと、ほんの少しの安堵。
綯い交ぜになって虚になった世界に居続ければ、誰も顧みることはない。これまでも、そして、これからも。
「キヴォトスも、人も、好きになりたかった。でも、本当の意味で好きになれなかった」
友情も、勇気も、光も。愛と希望と自由を信じることが出来ない自分を顧みて、溜息が止まらない。
たぶん。いや、きっと。合理性の内側にあるか細い情動は、先生以外誰も気づけていないのだろう。
そして、その情動を彼女は抑えつけ、世界と人々を救い続ける。それが、彼女にできる唯一のわがままだから。
「…………それでも、君は救うのかい?」
「愚問ね。それが私の役割である限り。世界も人も救うし、護り続けるわ」
調月リオが死ぬことに巻き込むこともない。
ヒマリがいつの日か言った例えを思い出す。
浄化槽に浮かぶ腐った水。言いえて妙だ。確かに、調月リオは、この世界と人々にとって毒――腐った水でしかない。
「それに、先生は見守ってくれるでしょうし。なら、私が取れるのは、最後まで進む選択肢だけよ」
秩序も理もなく、自由に、あるがままに。そう、生きていけない、青春に浸れない人間にとって、キヴォトスはまさしく地獄だった。
生きることは苦しくて、青で満ちた世界は灰色のようで。
知っている、自覚もある――――その上で、リオはこの道を何度でも選び続けるだろう。
正義を貫き、大義を為す、と。世界も、人も、総てを救う、と。決めたのだ。
「私とずっと一緒に歩いてくれる?」
「そう言われると、断れないね。確かに、エスコートをするのは大人の役目だ。
私なんかがリオの手を取ってもいいのかい?」
「許可なんてなくても、貴方は取るもの。もうとっくに握られているし、離すつもりもないんでしょう?」
自分が征く道の先にいる大人も含めて。リオは遍く万象を救う機構になる。
曖昧に笑い合う二人を追求する人は今この場にはいない。
「まだやるべきことが多く残っているのに、一人だけ抜けるなんて無責任だと思わない?」
「ブーメランだよ、それ。じゃあ、この前も言った気がするけれど、この一件が終わったらミレニアムに戻ろうか」
「………………先生の秘書に転属するわ。シャーレの先生は私のような生徒も受け入れてくれるのでしょう?」
「前から思ってたけど、しれっと入り込んでくるねぇ!?」
こんな風に笑い合うのも、いつまでできるのか。
リミットは迫っている。大切な何かを削って、世界と人々を救う。
だって、その手は比類なき善だから。伸ばして掴めるならば掴みたい。
お互いに己の手が、既に朽ちていることを知っていながら、尚。
キヴォトスと人々しか救えない救世主達は、儚く笑いあった。
■
調月リオが早瀬ユウカを撃つ。
その光景は予測できたことであった。そして、それを見た二人は到着するのが遅すぎた。
リオの表情は変わらず鉄面皮を貫いたまま。
それに比して、二人も、どのような状況に陥っても冷静に――そんなの無理だ。
完璧を務め上げていた少女――飛鳥馬トキは、拳銃に手を触れることすらできなかった。
それは倒れ伏したユウカが対峙した時以上に、動揺が見て取れるくらい、酷い有様だ。
ホログラム上に映った明星ヒマリですら、この状況を信じたくないのか、表情を歪めている。
「貴方達がそんな顔をするなんて。用意周到に準備と覚悟をしてきたと思っていたのは買いかぶり?
穏当な間柄でもない……敵対している関係性の私にするべき行動は銃口を向けることじゃない?」
「どうして」
「貴方もユウカと同じことを聞くわね。いえ、コユキもだったかしら。ミレニアムに起こっている事態と、私が此処にいる事実。
それらを知って尚、当人に聞くのは愚者と呼ばれても仕方がないことよ」
「どうして……!」
「……反芻する程、理解力が落ちているの? トキ、落ち着いて考えなさい。
理解っている答えをわざわざ聞く程、貴方の頭脳を、私は見下げていないわ」
銃口は向けられない。
表情乏しく、怜悧の2文字が似合うトキがひどく、震えていた。
目を見開き、冷や汗と寒気が止まらない。
左手をリオへと伸ばした。掴まれない、手を引くことも離すこともない。
衝動的で虚ろな行動だった。咄嗟に出て、何も得られない手だった。
「私の知っている飛鳥馬トキと明星ヒマリはそこまで愚鈍ではなかったはず。
……ユウカも、コユキもそう。揃いも揃って、抽象的な質問を投げかける。もっと直接的な言葉で聞けばいいのに。
ミレニアムを蹂躙している理由を教えて下さい、と。愛しい愛しい先生に銃口を向ける真似なんておかしい、と」
「…………っ!」
「もっとも、私は何度だって同じ答えを返すけれど」
いつから道は分かたれた? いつから絆は霧散した?
彼女と戦えるのか? 彼女に銃口を向けられるのか?
「私が正しいと信じる道を進むだけよ。そこに、貴方達の介することはない」
ずっと一緒だった。彼女の下で、長らくサポートを任されていた。
いうなれば、トキが一番長く、関係性が深いと言える間柄の生徒は調月リオだ。
「主従は解消している以上、赤の他人。総てを詳らかに打ち明ける必要性はない」
トキが懊悩している自問自答について、リオはとっくに、己の内で完結している。
誰が相手であろうと自身の主張を貫く為なら戦うし、銃口も向けられる。
例え、嘗て共に過ごした学友であっても。嘗て理想に殉じ、命を預けた従者が相手だとしても。
それら総てを、蹂躙する覚悟など、疾うの昔にできている。そんな覚悟も無しにこの場には立っていない。
その結果、ミレニアムを戦火に染め上げてでも、成し遂げねばならない正義がある。
正義とは、そういうものだ。調月リオは、理性で情動を捻じ伏せることができる。
そして、たった一人でも、果てまで歩いてしまえる人間だから。
「このやり取りも無駄でしかないと思うわ。
トキ、ヒマリ。貴方達はもう聞いているでしょう? 大方、ユウカにつけていた発信機から聞こえているはず」
答えは帰ってこない。沈黙は雄弁にも優る。明星ヒマリはわかっていた。
彼女の明晰な頭脳は、リオの端的な言葉で答えを須らく導き出している。
ヒマリの沈黙から分かる通り、補足の言葉はこれ以上、必要なかった。
「それにしても、今日はずいぶんと寡黙ね、ヒマリ。いつもの罵詈雑言はどうしたのかしら」
「気分じゃないだけです。それに、仲良く言葉をかわす間柄でしたか、私達は」
「だからこそ、貴方は詰ると思っていたわ。ミレニアムを脅かす争乱の原因は、調月リオよ。
貴方の嫌悪する相手が敵なのに?」
「本当、性格が悪いですね……」
「お互い様よ。色々と、受け止める覚悟はしておいたつもりだけれど、杞憂だったようね」
いつもならば、滝のように浴びせる罵詈雑言もヒマリの口からは出なかった。
それどころか、彼女は黙りこくったまま、一言も発しはしない。
その類まれなる頭脳で必死に考えているのだろう。
――調月リオが何の意図もなしにこのような暴挙に出る訳がない。
彼女の話す荒唐無稽な理由ではなく、もっと別の意図があるのではないか。
彼女達は動けない。リオのように完膚なきまでに感情を排して行動ができない。
見知った相手を前に、躊躇なく銃口を向けられる程、極まった覚悟を持つことはできなかった。
「トキ。わかっているでしょう? 今の私達はどうあっても、交わらない。
戦況の秤は私が手繰っている。それならば、選択肢なんて1つしかないはずよ」
「……嫌、です」
「エージェントが私情で動く。そのような決断でいいのかしら。
貴方の行動は自身だけじゃなく、C&Cの全体――沽券にも関わってくることなのよ」
この言葉の応酬の先に待っているモノを、トキは理解できている。
C&Cのエージェントにして、元はリオの専属メイド。
対して、頭脳面では最速を誇るものの、身体的な強さでトキに及ぶべくもない。
順当に考えると、勝つのはトキ達だ。
なればこそ、リオがその順当を覆すには相応の代価を支払わなくてはいけない。
「お願いです、リオ様。降伏を。私は貴方に銃を向けたくないんです。私は、こんなことをする為に、戻った訳ではありません!
見逃して……“見逃させて”ください……っ!」
生命。そして、殺意。
殺すという代価を向けるべくは大切な人達、護りたかった母校。
2つの代価を以て、天秤の傾きを確定させる。
「その懇願がもし、今貴方が相対している相手が私でなかったら、平然と対処していたのではないの?」
「…………ぁ」
「その後先のない申し訳無さは“調月リオ”だから感じているものでしょう。萎縮しているのも、私だから。
選り好みをする余裕があるのかしら。C&Cが日頃の任務で相手をしているものと何も変わらない。
私がミレニアムの外敵であることに、変わりはないのよ?」
心底、疑問だと言わんばかりに。
無論のこと、リオの言葉に悪意はない。単純にトキ達の放ったどうしてと同意義のものだ。
「貴方が好意を抱いている『先生』に対して害意を抱いているといったカテゴリでは同一なのに。
私情で区別をつけるのが正義なら、私とは往く道が違うわね」
合理性。一から百まで合理性の塊であるリオに情は通じない。
コユキであっても、ノアであっても、ユウカであっても、ヒマリであっても。
そして、長い間付き従ってくれたトキであっても。そして、己すらも。情動による特別扱いは赦されない。
そこで曲げてしまっては、己が捻じ伏せてきた情動を、人々を、無意味なものにしてしまう。
「もう一度言うわ。私は貴方の敵よ」
どこまでも。誰が何を言おうとも。遙かなる正義の為に、リオは邁進し続ける。
あのベアトリーチェをそのままにしておくということは世界を滅ぼすと同意義だ。
その時点で、他の総ては蔑ろ――後回しにするべきなのだから。
「情に訴えるお願いは私以外にするべきだったわね、トキ。やっぱり、貴方は私の理解者には成り得なかった。
こういう結末もわかっていたでしょうに。わかっていながら来たのは、貴方の悪い所よ。
背負えないのなら、来るべきではなかった。ヒマリの元から離れず、専守防衛に徹するべきだった」
「それでは、貴方はミレニアムを!」
「――蹂躙するわ。ユウカにも言ったけれど、私はその為に来たのよ? 半端に手を緩めるぐらいなら、最初からやらないもの」
トキの言う通りに撤退をしてしまったら、時間が稼げない。
まだ、早い。まだ、時間を稼がなければならない。無傷で撤退など、到底認められるものではない。
「もっとも、蹂躙する理由を知っていても、知っていなくても。私の正義は変わらない」
此処で自分が引くことになれば、C&Cが全員揃った状態で戦況が確定される。
トキ以外のメンツにはアヴァンギャルド君を複数ぶつけて止めているが、時間の問題だ。
特に、ネル相手には絶対に抑えられない。
嘗て、万全のアビ・エシェフを装着したトキでさえも勝てなかった相手である。
幾らでも覚醒を重ねてしまう化け物を誰が止めれると言うだろうか。
「それで、トキは何故……アビ・エシェフを呼ばないのかしら。いや、呼べないといった方が正しい?
呼んでしまえば、間違って殺してしまうかもしれないから。確かに、トキ相手だと、私はすぐに死んでしまうわね」
「…………っ」
「まあ、そうならないように、私も本気で挑むしかない」
リオの言葉と同時に、無人だった広場に無数の機械が呼び出される。
建物の影から、空から、崩壊した瓦礫の山から。
けれど、当然ではあるが、呼び出した名無しの機械は、アヴァンギャルド君の完成度には遠く及ばない。
あくまでも物量によるものだ。こんな有象無象にトキがやられるはずがない。
……それでも、トキには多くを充てられない。
戦力を他のC&Cに充てている為、この機械群はあくまでも、だ。
合図は必要なかった。集ったのと同時に、機械の軍勢が一気呵成にトキへと襲いかかる。
的確に軍勢を捌いていくトキに対して、リオは見極める。
此処に集めた機械は、アヴァンギャルド君とは違い、こだわり度外視の機械だ。
当然、迅速に蹴散らされ、リオへとトキの愛銃であるシークレットタイムが向けられる。
威嚇だ、一思いに頭部を狙って引き金を引けばいいものを、躊躇が見受けられた。
「……インドア派ではなかったのですか」
「ヒマリから聞いたのかしら。確かに、私は戦闘を得手としていないけれど。程々には体力作りもしているわ。
本職のエージェントからすると気にするレベルではないけれど」
故に、横に軽く移動するだけで、トキの銃弾は全て回避できる。
卓越した頭脳は銃弾の行く先さえも理論で読み解ける。
銃弾が当たる死線――危険領域の把握など造作もない。
トキの焦りが見える今こそ。そして、急所以外を狙った銃口のおかげで付け入れる可能性は跳ね上がる。
身体能力と技能による圧倒的な格差による蹂躙は、トキの精神的比重の重さが原因で、《戦い》になっていた。
シークレットタイムの銃弾が切れる。当然、エージェントたるトキのリロードに淀みはない。
されど、そのリロードの合間は走り込むには充分だった。
至近距離に入る。リオの握りしめた拳銃から銃弾が放たれるも、超人的な反射神経で総て躱される。
C&Cのエージェント。隠し番でもある04の実力は、澱んだ精神だけで倒されるには至らない。
……勝てる筈がない相手に、凌げるだけマシね。
その終わりが読まれていたというのか、それとも、直感か。
こちらが逆に弾切れとなってしまった。リオの変わらぬ表情とは裏腹に、状況は拙い。
拳銃の弾倉を取り替える余裕すらなかった。そして、その余裕の無さを、トキは即座に見抜く。
手に持っていた拳銃は蹴り飛ばされ、徒手空拳となる。
ならば、と。空いた拳をトキへと振るう。気合だけは入ったわかりやすい拳。
訓練のされていない右ストレートなど、トキからすると児戯に等しい。
そんな破れかぶれの一撃が届くはずもなく。
空振った拳をそのまま返すかのように。薙がれたトキの拳がリオへと突き刺さる。
「――――――あっ」
間の抜けた声が、リオの耳に届いた。そして、数瞬置いて迸る激痛と浮遊感。
何の変哲もないカウンターだった。それだけで互いの格付けは為されてしまった。
そして、崩れかけた姿勢に追い打ちをかけるように、回し蹴りが入る。
リオの意識は飛びかけ、ぐちゃりと骨が折れる音を聞いた。
「あっ、あっ」
同じ箇所を寸分違わず穿った蹴撃は痛みを倍増させる。そのまま後方へと吹き飛ぶリオに、トキは動かない。
それは、機械の軍勢に阻まれているとかではなく、単純に動けないのだ。
たったの2回。反射的行動も含まれているとはいえ、リオへと直接的な暴力をふるった事実。
それだけで、トキは心臓が破裂しそうなくらい、息が上がっていた。
もうこれ以上、立ち上がらないで欲しい。
圧倒的優位に立っているにも関わらず、トキの息は絶え絶えな状態だ。
顔色は今にも倒れそうなくらいに、青い。目線もふわふわと虚空を漂っており、リオを直視できていない。
「流石、ね。私が信頼していたエージェント。これ以上ない程に、強い。いいえ……ずっと、貴方は、私の従者になる前から、強かった」
しかし、トキの姿とは裏腹に、リオはこれ以上ない程に猛っている。
口から血反吐と途切れ途切れの言葉を吐き出しながら。
目尻からの涙も拭い、立ち上がる。裂帛の気合を込めて、一歩。前へと足を踏み入れた。
――命を懸ける理由を知った人がいる。
自分よりも弱くて、今にも死んでしまいそうで、とっくに壊れかけていて。
すり減って、疲れ切った理想を大切に抱き締め、大丈夫だよ、と言葉を紡いで先を歩いている。
自分の居場所がこの世界にないとしても、それが歩みを止める理由にはならないから、と。
不撓不屈の決意。輝ける至上命題。強制された終着点へと抗う、大人がいた。
仮に、この戦争を勝利で終えたとしても、彼が救われることはないだろう。
それでも、と。救い、赦し続ける、彼は――――。
――未来を棄てる理由を知った人がいる。
あの日、誓った終末の運命。本当にどうしようもなくなったら、己を捨てると言い切った彼。
生徒も。世界も。総てを背負った殉教者として、彼は歩み続けている。
安寧と救済。未来がないのは、彼一人だけなのだろう。
その後ろ姿を見たリオができることなんて――――《彼以上に頑張る》、それだけしかないじゃないか。
これ以上、彼方へと見失わないように。あの人が消えてしまわないように。
「なら、私は、……私も、強くならなくちゃ、ね」
出遅れてしまったけれど、まだ追いつけると信じて歩き続けるしかないじゃないか。
生徒に発破をかけるのがうまい――酷い、大人だ。
生命の使い道は、自分で決める。彼に追いつく為にも、こんな所でたおれることはできない。
先生へと追いつき、彼と一緒に《大人》になっていきたい。
これが調月リオの戦う理由――彼女だけの至上命題である。
「それ程の強さを持ち合わせていながら、貴方は何を迷っているの。
私と貴方はとっくに分かたれている。共に歩む道は、どこにも存在しない。それどころか、互いに重りになる存在なのよ。
貴方が生きていく未来……それらに曇りを与える枷を捨てなさい。
嘗て尽くした情も、嘗て傍に置いた立場も、今の貴方が一片も慮る必要性はないわ」
「どうして、そんな事を言うんですか」
「そのままだと、貴方は何も護れないままよ」
「だって、会長は、会長も……」
「大切な人達を護りたいのでしょう」
「護りたいんです、失わさせないでください」
「私はもう、貴方の――――――」
「貴方はまだ、私の――――――」
歩みを止めぬリオに対して、トキは歩を後ろに一歩。後退りしてしまった。
これは彼女の、調月リオと先生が歩む道。そして、孤独の王への導き先。
その道行きに対して、愚直に仕えてくれた従者を巻き込んでいいものではない。
最初から最後まで。結局の所、二人は分かち合えることはなかったのだ。
「――――――大切な人じゃないのよ」「――――――大切な人だから」
一人で生きていける主と、一人では生きていけない従者。
どうしようもなく、嘗ての主従は溝で分かたれていた。
次回
『虚から見上げた理想郷/友情と勇気と光のパヴァーヌ』