力量の差は明確だった。戦闘の体裁を保てているのはトキの精神的な状態が荒れているからである。
片やデスクワークで机の上が戦場のリオ。相対するは現場で銃を翳し、銃弾飛び交う戦場を駆けるトキ。
嘗ての主従による戦闘は一方的なものだった。傷を負い、血を流しているのはリオだけだ。
頭部から血を流し、服は破れ、あざだらけである。
それでも、と。頭を抑えながら立ち上がる。
トキが手心を加えているのもあるけれど、経験も技量も圧倒的に不足しているリオがここまで食らいつけているのは偏に――。
「なるほど、確かに。勝負にならないわね」
――気合と根性だ。
「何故、倒れてくれないのですか」
「正義の為」
「勝算があるとお思いですか?」
「私が負けたとしても、『先生』の勝算が僅かに上がるかもしれない」
こうしている間にも、リオをサポートしていた機械の軍勢は減っていく。
アビ・エシェフが使えなくとも、トキの技量は衰えない。
けれど。そう、けれど。
「それなら、私の生命を擲つことに一片の迷いもない」
リオを圧倒しているのに、懊悩によるトキの悲嘆は増すばかりだった。
シークレットタイムの引き金にかけた指が震えている。
弾かれたように痙攣を繰り返す右手を、左手で無理やり押さえ込む。
できる限り急所を与えたくないという想いが不幸にも、リオの手傷を逆に増やす形になっていた。
好都合だ。長く立っている分、ミレニアムはシャーレへと援軍に行けなくなる。
それに、もう撤退を考える余裕もない。なれば、この命が尽きて果てるまで戦うだけだ。
リオの死が、戦争の勝利への布石となるなら、それでいい。
死ぬことへの恐怖よりも、彼と約束した正義を貫けないことへの恐怖の方が強い。
「私は選んだわ。それで、トキ……貴方は? 貴方が迷う分だけ犠牲は増えるかもしれない。選ばないという選択肢が一番最悪だということは理解ってるはずよ」
「…………っ」
「飛鳥馬トキ。護りたいもの、救わなければならないものは選別しなくてはいけないの。
それが責務と役割よ。あの時と同じ――――誰かが泣くことになろうとも、背負えるのなら、前に進めるのなら、やるべきだから。
………………私が人でなしで、排外されるべきであることは確かだけど。結局、アトラ・ハシースの時、調月リオは許されちゃいけなかったのよ」
リオは強がりの笑みを浮かべて、再度吐血する。
綺麗に整えられていた髪も、今では汗と血でボロボロだ。
片目は流れる血に濡れて、前がもう見えない。罅が入っている肋骨は粉々で、治療をしないと手遅れになるだろう。
「だから、貴方も、私のことなんて忘れて……貴方を見てくれる人達の中で、生きていきなさい」
その上で銃口を向けるというのは、もう貴方と一緒には戻れないという証明だ。
トキの怒りと悲しみに濡れた慟哭がリオを打ち砕こうとする。握られた愛銃の弾切れにも気づかずに、引き金を引き続けた。
かちり、かちりと。空っぽな音だけが戦場に木霊する。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったトキの顔は、悲嘆という二文字ですら生温い。
「リロードして、撃つ。ただそれだけでしょう?」
「あっ……あっ……!」
ごぼりごぼり。口元から吐き出す血反吐が服を汚す。
もうとっくに肉体的な限界は超えていた。
「トキ、落ち着きなさい!」
そして、嘗ての主従の決着は第三者の手によって中断される。このまま続いていたら、迎えたであろう結末を強引にシャットダウンする。
再度現れた画面の向こう側。ヒマリがトキを制止させた。
ヒマリの毒舌も、今は静かなものだ。とはいっても、その胸の内は煮え繰り返っているだろう。
「死ぬまで足止めをするつもりだったけれど。また、生き延びてしまいそうね」
「…………貴方」
「エリドゥのときからずっと、見逃されてばかり。死に場所を奪うのが貴方の得意技? とどめを刺すのは下手なようね、ヒマリ。
昔から、貴方はそうやって、人を切り捨てられない。天才故に、何も失わずに、総てを救えると傲慢を抱いている」
漸く、一息つけそうではあるが、リオに油断はない。
口から溢れる鮮血を袖で拭って、力を込めたはずの右手がもう感覚がない事に気づいたのは今更だ。
随分とボロボロになってしまったが、当初の目的である時間稼ぎはもう達成している。
「死ぬつもり、だったんですか」
「トキといい、ヒマリといい……しつこいわね。天童アリスを巡る一件から、今に至るまで。
私は常に己を死地に追いやってきたし、生命を切り捨てられる手札に入れてきた。
誰かを切り捨てる――犠牲の算出をしている人間が、己を切り捨てないと思って?」
けれど、まだ此処には敵が残っている。明星ヒマリのホログラムが此処にいる。トキだってまだ戦える。
彼ならば、立ち上がるだろう。ならば、自分も、もう少しだけ。
「例え、私が救われる席を貴方が用意していたとしても、私は座れない。神輿として一度は担ぎ上げられた人なら、張り通さなくてはならないものがある。
……何を怪訝な顔をしているの。私はずっとそう生きてきたのはわかるでしょうに。調月リオという人間を、明星ヒマリが知らないとは言わせないわ」
自らを犠牲にしない奴が統率者――王にはなれない。
少なくとも、自分が知っている大人は身を削って前に進んでいた。
汚れ、傷つき、摩耗した果てが見えていても、ずっと。
「私が責務に溺れて、役割の底に沈むまで。
ユウカも、ノアも、コユキも、トキも。汚れ切った、己の正義しか見えない愚かな統率者なら、躊躇なく捨ててくれるでしょう?
ミレニアムの生徒達が調月リオを赦さないこと。それが、私にとっては最良の未来だから」
トキ達には未来がある。リオとは違って、まだ残っている。
もしも未来が元に戻らなくとも、生きていける心を育んで欲しい。自分や先生を仕方のない犠牲と切り捨てて、青春をやり直せば良い。
仮初ではあっても平穏の中で、貴方達がこの先、笑って生きていけますように。今は無理でも、いつかはきっと。
「~~~~~~っ!!!!!! 傲慢、ですね、それは。皆、貴方のように強くはない」
「ヒマリの言う通りよ。けれど、弱いからこそ。《私達》を捨てれるように。
躊躇なく未来へと目を向けられるように。
万が一の可能性が確定した世界でも、ミレニアムには強くなってもらわないと困るわ」
生きて欲しい。例え、その世界が偽りの楽園でも。あなた達はきっと幸せになれる。
その為に、私達の犠牲が価値在るものと認識される為にも。
どうか、お願いします。もう――――《私達》を赦さないで。
「不要な統率者が無くなった結果、皆で手を取り合えるし、分かち合える。
世界が暴君を捨てた結果、よりよい未来を目指していける。
これまでも、これからも。私は大義を成す為に、………………もう、私には、それしか遺っていないから」
「正気じゃない……!? 幸せの享受、その枠組の中から抜け出すというのですか、自ら!」
「私がいたら、幸せの純度が下がるもの。皆、そうよ。そう、あってほしい。私は、望まれないものだから」
調月リオが求めた、報いの在る結末は――己が望まれないものとして孤独に生きて、孤独に死ぬこと。
けれど、たった一人だけ。今は一緒に死んでも良いと思える人がいる。
遍く総てを救うべく、最前線へと立ち続ける先生《ロウ・ヒーロー》。
そして、自分は彼の後を追い縋る理の従者。
役割と責任を背負い、己の進む道を先導してくれる大人。
あの人となら、一緒に死んでもいい。その理想と願いに殉じてもいい。
功罪が正しく認識されない世界で、己を捨てて貫く大人を見て、リオが見出したモノ。
我慢ができない《子供》の、たった一つのわがままがそれだった。
「理解、できません。聞くに堪えない……! そんな犠牲が前提の考え方を! 貴方のエゴを認めるはずないでしょう!?」
子供故の真っ直ぐさ。そして、それを実行できるだけの行動力。
感情を無視し、冷酷な決断を下せるとしても。ミレニアムの総てから強く恨まれようとも。
「知ってる。貴方はきっと、私を止めてくれるもの」
調月リオは止まらない。その上で大人という嘘を張り通している子供だ。
人に頼らずに前へと進める一人きりの子供だ。
嗚呼、そんな人の心もわからぬ子供が死を選ぶなんて。孤独の王へと歩みを進めるなんて、認められない。
「だから、止めたければ止めればいい。私は止まらないよう、最大限に努力するから」
「相変わらず、人の気持ちがわからないんですね。改めて、確信しました。
私は貴方を認める訳にはいかない、その自覚と傲慢を徹底的に叩き潰す」
「そうしてくれるなら、助かるわ。どちらが正しいのか。もしくは、どちらも間違っているのか。
いつか答え合わせをする時まで、正解は保留されるもの」
アトラ・ハシースの一件で少しは人の気持ちを読み解けるようなったと思ったけれど。
相変わらずの石頭、一人で総てを抱え込む責任感。
いつの日か、語られた王の結末をなぞるかのように。
調月リオは一人で生きて、一人で死ぬ。もしくは、王を先導する彼を追うように。
どう在っても、結末はきっと変わらない。
「…………貴方が本気なら、私を止めるくらい造作もないでしょう、ヒマリ」
それはリオがヒマリに対して抱く最大の信頼。
何故なら調月リオを容赦なく袋小路に追い詰めて、殺せるのは――明星ヒマリだけなのだから。
「ねぇ、私の――――」
さぁ、調月リオの戦争を終わらせよう。
けれど、そう、けれど。その終わりを止めれるのは。
殺すのではなく、覆せるのは――――。
きっと、未来に連れて行ってくれる、勇者なのだろう。
「光よ――――!」
いよいよ突撃かと思った瞬間、光線がリオ達の間を突き抜ける。
瞬時にトキはシークレットタイムを射線の向こう側へと向けるも、光線の主はもうとっくに走り出していた。
放たれた弾丸を巨大なレールガン――スーパーノヴァで防ぎつつ接敵。
そのまま振り抜かれたスーパーノヴァはトキを大きく吹き飛ばす。
「リオ会長!」
「…………アリス」
来るとは思っていなかった。いや、もしかしたら、とは思っていた。
彼女は、彼女だけはきっと。そんな根拠のない希望を一片程度抱いていたのは否定できない。
魔王を解き放つのは、勇者の役割だ。
だって、そうだろう? 物語のお約束はそう決まっている。
天童アリスが諦めない限り、調月リオは一人になることはない。
「どうして、貴方は?」
「とりあえず! 喧嘩を止めに来ました!」
「喧嘩、って貴方……。そういう枠組みはとっくに過ぎていると思うけれど」
こんな時でも、変わらず無垢な言葉を投げかけてくる。
喧嘩なんて言葉では収まらず、殺し合いという枠組みにまで入っているけれど。
アリスにとって、リオとは尊敬する会長なのだ。
「助けてくれたのは感謝するわ。でも、貴方は此方側に来るべきではない。
私に肩入れをすると、貴方も巻き込まれてしまう」
「…………リオ会長は、先生と、ずっと一緒にいたんですね」
やっぱり、と。悲しげに笑うのを見て、リオは察してしまった。
彼女は他の生徒達とは違う、機械仕掛けのアンドロイド。
如何に天童アリスが人と遜色ない感情を持っていたとしても、その根源ばかりは揺らぐものではない。
「貴方の言う先生は――――」
「先生は、先生です! アリスを助けてくれた先生です!」
皮肉にも、世界を破壊せしめんとした機械人形故に《反転》は起こらない。
奇跡はアリスの身体の中に。彼女の言う『先生』はリオの思い描く先生と一致しているのだろう。
皮肉なものだ。あの時、殺し合うしかなかった彼女が、今は味方として此方側にいるなんて。
「そう…………貴方は他の子達と違うから。それじゃあ、今のキヴォトスについて――」
「知ってます! 正しくは知らないですけど、何となくわかります!
皆、おかしくなっちゃいました。先生のことを悪く言って、アリスは怖くて……!」
一人で彼女は抱え込んでいたのだろう。ぎゅっと握り締めた手と顰められた眉。
それだけで全部わかってしまった。何も出来ない自分を受け入れるしかない、と。
ようやく見つけた糸口がきっと自分だったのだろう。
調月リオでなければ、よかったのに。もっと、誰か。彼女のことを慮る人がいれば、と。
「此処にいたのが、私じゃなくて…………」
涙ぐんだ目が、リオへと請い願う。その目をリオはまっすぐに見返せない。
今の自分はきっと、悶え苦しむように表情が歪んでいる。
慰めの言葉すらわからない自分を恨めしく思う。先生だったらアリスにこんな気持ちを味合わせない。
私でなければ。そんな諦観しか出てこない。
そんなセンチメンタルを追求する時間を、戦場は与えてくれやしない。
悠長に言葉を交わしている間に、戦線に復帰したトキがアリスへと迫る。
ダメージこそ通っているが、鈍器でぶん殴られる位で倒れるやわなメイドではない。
「~~~~っ! アリス、右斜めから来ているわ!」
「はい!?」
嗚呼、こういう言葉だけはすぐに出る。
アリスは咄嗟にスーパーノヴァで銃弾を防ぎ、即座に光弾で反撃。
やはりというべきか、さすがというべきか。天童アリスのスペックはトキ達に劣らない。
即座に反応できる俊敏性、そして、指示を遂行する純粋さ。
もしも、鍛え上げたら、それこそミレニアムのトップを取れるのではないかと思うくらいに。
「その通りに来ました、流石はリオ会長です!」
けれど、それはあくまでも可能性の話だ。仮定は所詮、何処まで言っても仮定だ。
戦闘が本職であるC&Cと比較すると、当然ボロが出る。そのまま牽制弾を撃っているが、トキには当たらない。
どうする? どうすれば、乗り切れる?
いや、その答えはとっくに導き出しているはずだ。ただ、リオにできるかどうか。アリスが受け入れるかどうか。
「アリス――――ッ!」
今から行うのはリオが算出した机上の空論――それに運を多重に重ねた大博打である。
こんな博打を打つのはリオの信条にも反するし、確実性を取れるものならそちらを取りたい。
しかし、現状他の手段はないし、思いつかなかった。
この博打の鍵は友情と勇気。自分とは遠く離れたモノを賭け金に乗せなくてはならない恐怖。
それでも、彼女となら。亡き魔王と今を生きる勇者のパヴァーヌを続けることができるかもしれない。
「……今だけでいいわ。私を、信じてくれる?」
「今更ですよ、リオ会長」
嘗て最果ての立ち位置で対峙した勇者と魔王が、この窮地で手を結ぶ。
約束の言葉は交わされた。互いを見据え、そして、同じ方向を向いた。
アトラ・ハシースの一件で他の面子も混じえた、済し崩しに組んだ時とは違う、二人だけの戦線。
「私が視て、トキの動きを読むわ。だから、アリス……っ! 貴方はそれに合わせなさい!」
「わかりました! 協力プレイですね!」
やることは単純だ。リオが視て、読む。そして、アリスが動く。
徹底した分離戦略。どちらかがとちったらその時点で戦線は崩壊するだろう。
ワンミスゲームオーバーのクソゲー。ゲーム開発部も顔を顰める難易度だと言うのに。
アリスの表情は笑みで溢れていた。ソロプレイではない協力プレイ。
それをリオとできることへの喜びはどうやら抑えきれていないらしい。
「リオ会長と協力プレイはあの箱舟の時以来です!」
「あの時とは状況が違うけれど、ね」
調月リオと、天童アリス。最強の頭脳、最強の肉体。
最強が組めば、何処までだっていける。ミレニアムが相手であろうとも、
即興即決で、パヴァーヌを踊り切れ――――!
「――――行くわよ!」「――――行きます!」
リオとアリスの動きが、変わる。指示、そして行動に淀みはない。
トキも眼前の二人に対して容赦は出来ない。けれど、尽く、トキの動きは先回りされる。
銃弾は当たらず、リロードするのも精一杯。奇をてらおうとも、それすらも読み切る。
如何にC&Cのエージェントといえども、二人の相手は容易ではない。
神算鬼謀。強靭無垢。彼女達が手を組むと、ここまで強さが跳ね上がるのか。
リオ単体であれば、身体能力。アリス単体で言えば頭脳。
トキが上回れる要素は在るが、二人が組めば拮抗する。
攻防が始まって数瞬。トキが倒せないという事実が何よりの証拠だ。
「アリス、今よ!」
「はい、会長!」
トキは焦りばかりが募っていく。ヒマリが画面の向こう側で何かを叫んでいるが聞こえない。
置いていかれる。奪われていく。その立ち位置は自分のものであるはずだったのに。
調月リオの横は飛鳥馬トキではなかったのか。苦渋の表情と息切れはトキから冷静さを奪っていく。
何故、連れてってくれない。何故、此方側に来いと言ってくれない。
どうして。どうして? どうして――!
「邪魔だ、後輩」
だから、横合いから思い切り迫る先輩の姿など、気付かない。
勢いのままに蹴り飛ばされ、吹き飛ぶトキを尻目に、赤毛の最強が悠々とリオ達へと視線を向けた。
「何だ、お前ら。息ぴったりじゃねぇか」
「ネル先輩! 遅いです!」
「っせーな、反省してるっての」
「全然謝る気がありません、ゲームセンターだったら即退場です!」
まるで、散歩をするかのように。
美甘ネルが現れる。両手に持ったマシンガンをくるくると回しながら、その顔に不敵な笑みを浮かべて。
だって、それが認められるのは最強だろう?
「よう、リオ。めんどくせぇ話は割愛だ。
チビから話は聞いてるぜ。つーか、ずっと視てたから知ってっけどよ」
「……ネル。少しの間にこそこそと盗み見をする趣味が出来たのかしら。
貴方なら、直接話をつけに来るはず、と。そう思っていたのは間違いだったみたいね」
「ごちゃごちゃうるせぇな。こっちにも色々あんだよ。ま、あたしが出張ったら小賢しい懐柔でもしてたんじゃねぇの?」
相変わらず、態度が悪い。仮にも元上司相手だというのに。
「その態度、貴方も先生のことを」
「あ? 信じてねえし、嫌いだが? ……そこんとこは今蹴り飛ばした後輩と変わらねー」
「なら、私達を助ける理由なんてないと思うけど」
「そーだけどよ、引っかかるもんがあるのは確かなんだわ。アリスの言い分が正しいんなら、今のあたしは間違ってんだろうし。
全然、科学的な保証もねぇんだ。チビが言うだけなら保留だったんだが……リオも同じスタンスだってなら話は別だ」
ネルは当然《反転》の影響を受けているし、先生のことだって大嫌いだ。
そのスタンスは変わらないし、リオのように理性で総てを捻じ伏せて判断を下すことなんてできはしない。
けれど、リオやアリス、その二人まで嫌いになった訳じゃないのだ。
「あたしが知る中で、お前らは嘘がつけねぇ二大巨頭だ。ンな奴等が協力して、訴えてきてんだぞ。
それに、リオとアリスが同じ意見で決着つけて、手を組んでんだ。信じる理由なんてそれで十分だろ」
「考えているのか、考えていないのか。どっちなんだか」
「かもな。でも、美甘ネルはそういう奴だって、お前はわかってんじゃん」
彼女達の間柄を知っているからこそ、協力体制を築いているという事実がとてつもなく、重い。
大義の為に己を殺せるリオと、無垢で真っ直ぐなアリス。
その二人が手を組んで挑む難題、そして、その解答までの時間稼ぎ。それに賭けてみるのも悪くはない。
「リオ。安全な場所まで避難したら、情報を流せ。今回のミレニアム襲撃の犯人は――美甘ネルだってな」
「正気!? そもそもそれを信じる生徒達がいるとでも!?」
「大丈夫だ、ノアがそれに追従するはずだし、敵はこっちで全部引き受けてやる。あたしがぶちのめしている間、何とか態勢を立て直せ」
「本当に、いいのね」
「くどいぜ、ったく。あたしはあたしの信条でそっちについたんだ。感謝される謂れはねぇよ」
「…………ありがとう、ネル」
「チビの無邪気さが感染ったか? その鉄面皮が緩くなるのは久しぶりに見たわ。それに、素直に礼を言われたのなんて初めてじゃね?」
「人のことを何だと思ってるの」
「外も内も鉄の人でなし」
「……………………」
リオは呆れたように、少しだけ口元を緩めてしまった。
ああ、そうだ、こういう子だった。美甘ネルという少女は、そういう型破りに生きていく。
数年単位の付き合いだと言うのに、すっかり忘れていた。ただ、自ら彼女達への理解を手放していただけだ。
「あ~、もう! マジでよぉ! 揃いも揃って辛気臭ぇなぁ! アリス、リオ。ンな顔すんな! あたしに対して気に病む必要はねぇよ。
自分で選んだ道だ、ガタガタだせぇ文句は言わねぇ!」
「そうではなくて! 学友と戦うのよ!?」
「わかってるっての。それ踏まえてお前ら側に立つって決めてんだ」
ネルという不確定要素はリオでも読み切れるかわからない、大きなカテゴリーだ。予定調和であったエリドゥの戦いも勝敗を覆した。
だから、彼女を味方に引き入れることをリオは真っ先に選んだのだから。
「リオを相手取ったり、世界の危機に立ち向かったり、色々あったけどよ。
たった一人で、ミレニアムを相手取るのは初めてだ。あたしも大概、イカれてんな」
獰猛に。笑う、破顔する。
鬼が其処にいる。ミレニアム最強。一騎当千の強者故の余裕。
それはトキは当然として、画面上のヒマリでさえ、震えてしまう程の闘気である。
「さっさと行け、リオ。わりーけど、お前の元メイド――また潰しちまう」
「…………善処はして」
「OK、BOSS。できる限りは、な。アリスも頼むぜ。リオは任せたぞ」
「はい!!!!」
一人残るネルを尻目に、リオ達が後方へと撤退する。
こうなってしまった彼女は意地でも動かないし、その判断も妥当だ。
このまま戦場に残っていたとしても、ネルの邪魔をするだけだし、撤退をする他ない。
トキはそれを防ごうとするも、当然ネルへと阻まれる。
「ぶち抜いてみろよ、後輩」
「本気ですか……!? ミレニアムを相手に戦うなど――!」
「うっせぇなぁ。この期に及んで、説得とかしらけさせんなや。こっちは、アスナ達含めて全員潰す気でいるんだよ」
声の限りに放たれた絶叫は、ネルの愛銃から吹き荒れる掃射音に掻き消される。
トキの追従を抑えつけつつ、背後から気配が消えるまで目立った攻めは行わない。
あくまでも、役割は足止めと言わんばかりに、ネルの動きはリオ達を護るものだった。
悪夢に魘されるように、トキはふらりと足をふらつかせ、表情を更に曇らせた。
「あたしがリオについて、お前がミレニアムにつく。あん時と反対になっちまった。
ふざけた展開で踊らされてる気もするが、ここまでかち合ったらしゃーないな」
「なら……!」
「ならもクソもねぇよ、戦場だぞ? リオもあたしも、そういう覚悟でいるんだよ。
お前を潰すとしても、進むってなぁ」
縦横無尽。ネルの俊敏な動きは的を絞らせない。瞬時にトキへと接近し、蹴り飛ばす。
これから援軍としてくるであろう障害を考えると、トキ相手に時間をかけている余裕はない。
最初から全力全開。ネルは本気でミレニアム全員を潰す気概でいるのだから。
「どうであれ、あたしはリオにつくと決めた。お前もC&Cなら、芋引いてんじゃねぇぞ、トキぃ! 腹括って、潰しに来い!」
「~~~~~~~~~~~~~~~~っ! アビ・エシュフ、起動!」
「ハッ! 煽ったあたしが言うのも何だけどよぉ! リオやエリドゥッ! ミレニアムのサポートが十全じゃねぇのに、その札切って良いのかぁっ!?」
「問題ありません……! 電源が落ちる前に、ネル先輩を倒して、リオ会長を追いかける。簡単なことでしょう……っ」
「よく吠えた! 持久戦なんざしなくても、倒してやるよ! それじゃあ、くたばれや――!」
アリスを巡った一件とは逆の立場になった二人は、再度争い合う。
たった一人――否。アリスにリオ、ノアも入れた四人の戦争が幕を上げた。
次回
『希う散華の子守唄/天獄の死闘』