反転好感度のデイバイデイズ   作:このむらりく

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第19話『希う散華の子守唄/天獄の死闘』

 正直な所、勝算なんてものはなかった。

昨夜に相対するであろう敵のことを云々考えて、たっぷり時間を費やして。

どう考えても、自分が担当する敵は明らかに格上だろう。

そうなれば、真面目に戦ってやるのも骨折り損のくたびれもうけ。

適当にやり過ごすか、尻尾を巻いて逃げるか。

選択肢は多数浮かんだが、結局の所、保留という形で収めるものとした。

 

「で、うまく乗せられて。手前はゲヘナの最強相手ですか」

 

 相手を痛めつけるのは好きだが、自分が痛めつけられるのは遠慮したい。

何を自分勝手なことを。どの口がほざくのか、と。

FOX小隊辺りが鋭いツッコミを入れる所だが、生憎と彼女達はこの舞台ではない、別の場所で躍っている。

 

 ……しかし、本ッッッ当に、勝算ないですねぇ。

 

 互いに啖呵を切って、シャーレのフロアを駆け回って、数分間。シュロはヒナ相手に防戦一方であった。

これはまずい。シュロはぐむぅと顔を歪めて考えてみたはいいが、やはり難しい。

銃弾の応酬を繰り広げて戦線の維持を続けているが、その実は綱渡りで決定打がないだけだ。

極めつけは圧倒的優位に立てる要素であった怪書の存在。

ヒナの銃弾など恐れるに足らずと思っていたが、全然バリバリに効くのである。

軽く掠めるだけでとても痛い、辛い。

ベアトリーチェの込めた呪いが宿ってるんですかねぇ、と。ヒナへと与えた何かが銃弾を必中にしているのか。

魔女が織りなす奇跡。そのからくりの正体がどうであるかなど、今は考える余裕はない。

唯一つ確かなのは、ヒナの銃弾はシュロへと届く。

そうなると、後は地力の差がモノを言うのだが、あのゲヘナを牛耳れる実力を持つ風紀委員の長相手に競り勝てると夢想できる程、頭がお花畑ではなかった。

 

 ――箭吹シュロは空崎ヒナには勝てない。

 

 わかりきった事実を考えながらも、何故抗うのか。

大体はあの大人が悪い。このシュロさえも誑かして、いい具合に乗せる口車。

あんな約束程度で心動く自らの情動も、腹立たしい。

 

「手前の生死で、あの人を一喜一憂させられるのは善き哉」

 

 荒ぶ銃弾の嵐を紙一重で躱しつつ、重い溜息をついた。

適宜、壁に引っ込みつつ、うまく逃げているが、いつまでも続くものではない。

殲滅力の高さで名が通っている風紀委員長だ。シュロの逃げなど、直に看破する。

これでも、定石を踏まえた上で、逃げの一手を適度にずらすといった手法等、翻弄を試みているが、効果はない。

流石、ゲヘナを牛耳る風紀委員の長。各学園を見回しても、彼女程の強敵はいないだろう。

少なくとも、花鳥風月部が根城にしている百鬼夜行にここまで力量と覚悟が極まった生徒はいない。

 

「大した忠犬ですねぇ! 飼い主がそんなに大好きですかぁ?」

「安い挑発ね。貴方こそ、あんな人の為に忠を尽くす人には見えないけれど」

「ありゃ、言い返されちゃいました。あの人のことはともかく、手前はキヴォトスの忠犬としてイメージキャラをやっていける具合なんですが?」

「欠片もないイメージを作るのは良くないわ」

 

 ちょっとこの最強どうにかして下さいよ、と。

つまるところ、本来の計画上でも想定はしていなかった最強を相手にしなくてはならない。

戦略戦術共にキヴォトスの最高峰。蹂躙と君臨を兼ね備えた女王様。

空崎ヒナ、噂に違わぬ頑強性だ。

 

 ……おまけに煽りが効かないとなると、勝算が更に下がりますねぇ。

 

 元々、シュロは事前準備を周到に行ってから挑むタイプだ。

敵対する相手のことを徹底的に調べ上げ、勝ち筋を確定させてから、その結果への道を補強する。

世界に蔓延る御都合主義を封殺して、とことん相手の弱点を突く。

出たとこ勝負が全くできない訳では無いけれど。搦手で相手を徹底的に弱らせてから美味しいところだけを剥ぎ取る。

そんな卑怯に卑怯を重ねまくった戦法を得手としている者が真っ向から最強と勝負するなど。

口を悪く言えば、自殺行為だ。人生捨ててしまった、と。心底心配になる程に。

 

「安易な覚醒の一つや二つ、引き起こせば万事解決」

 

 よく言えたものだ、普段は逆の立場だと言うのに。

ぐだぐだと戯言を吐き捨ててしまったが、状況は変わらない。

結局の所、シュロのいつもの手筈が、今のヒナには通らないのだから。

変にカッコつけてしまったせいで一番の貧乏くじを引いてしまった。

横に先生がいたなら、こんな状況、放り投げてスタコラサッサと逃げていたはずだ。

 

「無理でしょうけど。ねぇ、空崎ヒナ!」

 

 あの時、交わした言葉に騙されたくなってしまったのか。

足止め役なんて引き受けてしまったのが後々に響いている。

全部この世はなべて嘘ばっかり。ああ、そうだ。嘘ばっかりだ。

 

「ずっとお腹を出しておねだりしてる駄犬は強いお言葉がお好きですねぇ……!

 面白みも欠片もありませんね、ご主人共々、風流の何たるかもわからない凡愚が!」

「私のことはいい。けれど、“先生”の悪口は許さない……!」

 

 シュロは舞を踊るように、銃弾をすり抜け、反撃を試みるが、通った試しはない。

否、正確には通っているが、本体が分厚すぎる。

多少の銃弾、なんのその。どんな神秘、奇跡を持ち合わせていたら、こんなにも硬くなるのだ。

ベアトリーチェが振りまいているバフを抜きにしても、彼女の強度は異常だ。

舌打ちを数度繰り返し、交差と離脱が重なっていく。このままではジリ貧である。

 

 ……足止めとしてはそれでもいいのですが、相手がいつまで乗ってくれることやら。

 

 自分が煙に巻いても、相手がそうとは限らない。

彼処まで猪突猛進の信頼を抱いている以上、一刻も早く屋上へと向かいたいはずだ。

ヒナの出力のギアはどんどん上がっていく。

回避と反撃も徐々に際どいラインまで押し下がっている以上、敗北は近い。

まあ、この程度か。醒めた自身が諦めを囁いている。

 

「倒れるにしても、華々しく、雅に散りたいものですが、はてさて」

 

 気づけば、大会議室へとシュロは追い込まれていたが、表情の陰りは一切なく。

追いついてきたヒナへとふらりと振り返る。

そして、ヘラヘラと底意地の悪い表情を浮かべ、口元を釣り上げた。

諦める時か、と。浮かんだ諦観を――――“嘘”に塗り替える。

 

「降参でぇす! って言ったらどうします?」

「どうもしないし、そもそも信じるに値しないわ。貴方の言葉には真《誠》がないもの」

「よくご存知で。もっとも、今の手前様よりはよっぽどあるとは思いますけどね」

 

 かかかっと。声を上げて嗤うシュロの口からは絶え間なく罵倒が吐き出される。

クソッタレ。ゴミカス。ふざけた、操り人形。捻れて死んでしまえ。

湯水のように浮かんでくる煽りは、ネットサーフィンで鍛えた罵倒力が最大限活用されている。

 

「あ~、愚鈍で盲目な人形風情が雁首揃えてつまらないッ……! 

 つまらない奴等が、風流《先生》をぶち壊すというのは……やっぱり死ぬほどムカつくんですよ。

 手前ら、勝手に曇らせるな。“それ”は手前の獲物です」

 

 シャーレの大人。善性の塊である、頼れる先生。

噂を聞いていた時からずっと会ってみたかった。成程、その噂通り、壊しがいのある獲物だった。

この極限状態でも己を曲げず、シュロ相手に一歩も引かぬ姿。

彼こそが自分の宿敵《アークエネミー》。

交わした約束の成就。辿る末路をシュロが総て余す所なく、平らげる。そんな、何時か至る未来を夢見ている。

 

「厚顔無恥の外野共が奪いやがって! 手前の獲物を見せびらかしやがって!」

 

焦がれて、願って、自分の手で彼を壊してしまおうと決めていた。

灼熱の太陽を彷彿とさせる輝きで生徒の悩みを晴らしてくれて。

真っすぐでどんな生徒でも導いてくれる。

 

 ……何、勝手に奪ってくれてるんだ?

 

 先生を穢すのは自分達――花鳥風月部のはずだった。

とても楽しみで、ワクワクが止まらない玩具を奪い取って壊そうだなんて。

その為に、入念に計画立てて実行しようと思っていたのに。

 

「あの人を壊して良いのは、台無しにするのは――手前だけです!」

「何を言ってるの、貴方……?」

 

 もう手遅れなまでに、自分達以外が好き放題苦しめて、嘲笑って――。

滑稽で三文芝居にも劣る、そんな表情を指させるのは自分達の役割だ。

それを横から奪い去って、楽しんで我が物顔をしているクソな大人。

自分達の席で寛いでいるゴミクソの年増女。

 

「ああ、理解は結構。そんな無意味で無価値なモノは蹴り倒して捨ててしまうので」

 

 それが死ぬほど、自分達の風流をコケにしていて、ムカついたから。

シュロ達が先生側について本気になっている理由なんて、それだけで十分だった。

喜びも怒りも悲しみも楽しみもあの人の総ては、丸ごと自分達のモノだ。

奪われたモノは取り戻さないといけない。

 

「手前様の存在など、あの人へと遺してやるものか」

 

 負け戦に本気というのも、風流がないけれど。

今回に限っては特例――今後は起こり得ない奇跡として受け入れよう。

 

「それでは、ここからが本番にて! 如何せん喝采無き! 観客無き晴れ舞台!!

 結末は視えていますが、過程はまだ! 余地は残っている――ッ! なればこそ、精々足止め役を演じるとしましょう!」

「――――っ!」

「屍山血河のオンボロ舞台、演出はどうぞお任せを。それじゃあ、幾許かではありますが、手前と演じ合ってくれますね!?」

 

 一筋の憎悪が世界を天翔る。やがて、それは舞台へと浸透し、幾つもの黒火を生み出していく。

黄泉の門、絶対的な隔絶の向こう側を此処に開く。

その媒体として、シュロは懐に入れていた怪書に強く念じ、祈り、畏み申す。

焚べて、燃やして、この胸に渦巻く想いを無尽蔵に吐き出そう。

 

「先生が悪いんですよ? 手前以外にあんな唆る顔をするんでしょうから」

 

笑う。嗤う。咲う。

この世総てを虚無へと沈める破滅的な笑みを浮かべ、愛銃をくるりくるり。

黒火から生み出されるのは有象無象の怪異達。

幾ら最強といえども、この数を無視できるものではあるまい。

ヒナの表情から余裕が消える。後先を考えて戦える敵ではなくなった、と。

そんな引き締まった顔をされてしまっては、思わず食らいつきたくなるではないか。

 

「――――では、参ります」

 

 ヒナが銃口を向けるよりも前に、怪異の群れが害意を為す。

銃弾をぶち込み、倒しても、尚襲いかかって来る不死身の怪物。

霧散と収束を繰り返して、何度も何度も何度も。

 

「呪い廻って、腐り落ちろっ!」

 

 怪異達の合間を縫って、シュロが駆ける。怪異の影から放つ弾丸は、ヒナへと飛躍的に当たるようになっていた。

攻守が逆になり、ヒナは防戦一方となっている。突如現れた怪異への恐怖。それは、ヒナとて動きを鈍らせるはずだ。

故に、奇異による驚きで浮足立った此処でヒナを落とす。

 

「対応、疾すぎないですかねぇ……?」

 

しかし、その決意とは裏腹に着実に、ヒナは怪異へと対応できている。

薙ぎ倒された怪異は再生産できるし、優位は変わらない。

 

「…………いやはや。物量で潰しているというのに、怯まないとは。

 怪異ですよ? 恐怖を司る呪いですよ?

 何の苦もなしに踏み越えられちゃあ、怪談家の名も廃るというもの!」

「撃てば倒れて、消え失せる。なら、何も問題はない。

 その程度なら、小鳥遊ホシノの方がよっぽど怖い」

「舐め、るな!」

 

 それでも、とヒナの決意と力量はシュロの切り札を押し返せる強度を誇っている。

だって、と。その優位を塗り替えることができてこそ、最強なのだろう。

荒れ狂うゲヘナの頂きに立つという意味。それを今、シュロは身を持って味わっていた。

 

「魔女の奇跡、ここまでのものとは」

 

 本来なら倒れぬ怪異も、今はベアトリーチェの神秘によって討伐可能なまでに零落している。

再生産の速度を超え、的確にかつ暴虐的に。ヒナは怪異を討滅していく。

 

「確かに最初は面食らったけれど、慣れてしまえばどうってことはない」

「阿呆ですか、その理論! 怪異よりよっぽど悍ましいですねえ、手前さまは!」

 

 攻め切れない。攻守が逆転したというのに、状況はシュロがジリ貧だ。

多少は此方へと天秤を傾かせこそしたが、決定打を与えられぬまま、戦況は膠着する。

捌く。縫う。回避できぬ致命は怪異を壁にして、防ぐ。

接近して格闘戦でもしたら何とかなるなど、そんな甘い考えは溝に捨てた。

隙がない。最強とはここまで練度が極み切っているのか。

 

「後からぽっと出の大人に誑かされた分際が良く吠える」

「……私のことはいい。でも、先生を馬鹿にするのは許さない」

「許さない? その許しで何か買えるんです? 何の銭にもならない赦しを説くなんて」

 

 言ったはずだ。理解など、無意味で、無価値だ、と。

 

「さすが、正義の風紀委員長様は言うことが違う!

 遠慮なく、手前さまの大好きな先生を罵倒して、赦しの大量獲得といきましょうか、はははっははっ!」

 

 攻撃の苛烈さは増していく。想定よりも反撃は激しく、銃弾も総て撃ち落とされ、怪異の群れも数少ない。

気がついたらシュロが劣勢になっているし、物量で押し潰す作戦はとっくに破綻している。

 

「都合の良い道具でいるのは楽ですし、愛されますもんねぇ!

 暴力ひけらかして楽しいですかぁ? 楽しいですよねぇ! 野蛮なゲヘナ様はそれしかできませんから!

 嗚呼、本当に愚鈍で無知蒙昧。暴力装置でしかない!

 こんな出来損ないの生徒を受け持っていた先生が可哀想でなりませんよ、あはははははは!!!!」

「黙れ……!」

「黙りませんとも! 手前、怪談家故に、口を開かずにはおれませぬので!」

 

それがどうしたというのだ。銃弾が掠ろうが手札が少なくなろうが、物を語ることは決してやめない。

怪談家を気取る以上、これくらいはできないとやっていけないのだから。観客の手荒いブーイングも何のその。

シュロの戦いはまだ、終わってはいない。

 

「健気でいいことではありませんか。そういう系統のヒロイン、昨今の流行りでは?

 まあ、手前の好みとは違いますが、それはそれ、これはこれ!」

 

 息切れは激しいし、纏わりつく倦怠感は重くのしかかる。

けれど、喉はまだペラ回せる。指は引き金を引ける。足はたたたんとステップできる。

だが、それまでだ。ヒナを倒すには、足りないものが多すぎた。

 

「流行り物を終わらせるのは、何時だってそれ以上の鮮烈な世界! まだ、終幕には早すぎます」

 

 本当に? 自己分析をしても、不足が多いが足りているものだって在るはずだ。

体力――不足。殲滅力――不足。展望――不足。気力――十分。

何だ、それじゃあやれるじゃないか。シュロは己も棄てたものではないな、と。

喉から絞り出された吐血を乱暴に拭い、静かに嘲笑った。

 

 ……この“鬼札を切る”という意味を、手前は真に理解しているか。

 

 何故、己はここまで本気になっているというのか。

逃げてしまっても、誰も責めやしない。此処は孤独で喝采なき戦場故に。

 

「わかってて、こうしてるんですから、毒されてますねぇ、あの人に」

 

 無意味も無価値も飲み込んで、物語にしてやるのが、一流の怪談家。

想像と展開。それらの余地はまだ残されて椅子。それなら、まあ。

まだやれるのなら、続けよう。嗚呼、自然と出た言葉は、シュロの空白にすっぽりと収まった。

気紛れ我儘でゴーイング・マイ・ウェイ。やりたいようにやって、勝手にやめたらいい。

 

 ……ムカつくじゃないですか。手前が、ただの時間稼ぎもできないなど。

 

 その考えが、しっくり来る。これ以下はあっても、これ以上はない。それが答えだ、間違いない。

だって、まだ自分はあの最強に手傷を負わせていないのだ。負け犬で端役。とはいえ、多少の足掻きは見せた方が舞台は盛り上がる。

先生が怒りそうだな、って思ったけれど、そんなお説教を聞いてやるいい子ではないので。

 

 ――はぁ。この場面だけ切り取ると、まるで手前が先生だーいすきな生徒みたいじゃないですか。気色悪ぅ。

 

 恋とか優しさとか、そういう甘ったるそうなモノは皆無だ。

単純に底意地の悪さと負けず嫌い。子供特有の跳ねっ返りの強さがモチベーションである。

 

「そこまでやるつもり、本当になかったんですけどねぇ」

 

 結果的に言うと、箭吹シュロは先生の為に命を懸けることにした。

初めて自分達が出会った時、命懸けの存在証明を見せつけてくれたように。

あの人にできて、自分ができぬ道理など、ない。此処で先生との差を縮めてくれる。

 

「――――先生にできることが、手前にできぬものか」

 

 怪書を用いて更なる高みへと、至る。

呪いを掌握。この胸に抱いた約束と決意を焚べて、燃やし尽くす。

弱体化あり、時間制限あり、後遺症きっとあり。

下準備もせずに強力な呪いを顕現させるなど、正気の沙汰じゃない。

 

「呪よ廻れ。術はこの掌に。手前の想いは、現し世を犯す」

 

けれど、けれど。

狂気の沙汰を楽しめずして、何が花鳥風月部。何が怪談家。

この屍山血河にて大いに嘲笑う少女、それが箭吹シュロだ。

最強上等、この口はまだ塞がれていないのだから。

 

「さて、舞台の幕はまだ閉じませんよ。正義の風紀委員長様を飽きさせぬように。

 手前の多芸多才ぶりを披露させていただきたく」

 

 それならば、まだ紡げる。舞台の底が抜けていないなら、何度でも語り継ごう。

恐怖も絶望も余す所なく、圧縮する。今から繰り出す最恐を以て、最強への返答といこう。

 

「刹那であれど、手前様を脅かす災厄になりましょう!」

 

 潔く、散華しろ、怪物《空崎ヒナ》。お前がいるから、あの人は笑えない。

 

「それでは御開帳。一切合切、何もかもっ! 終わりにしましょうや! 恐怖を紡げ――クロカゲ!」

 

 これまでの怪異とは違う、本物の闇。有象無象を遥かに凌駕した怪異を顕現させる。

身の毛がよだつ咆哮。黒炎纏う呪いの体毛。事象の総てを抉り裂く爪牙。

これこそが、災厄。これこそが、切り札。常人には破壊不能の怪物だ。

 

「本当は出すつもりはありませんでしたが、嗚呼――全くいけません。

 手前ときましたら、我慢ができぬ性質でして」

「貴方、本気……!? こんな無差別に呪いを振り撒く怪物を出すなんて!

 シャーレを取り戻しに来たのではないの!!」

「はぁ、何を寝ぼけたことを言ってるんです?」

 

 人は怪物《空崎ヒナ》には勝てない。それは不文律であり、絶対とも言える。

なればこそ、怪物にはそれと同様の規格外を当てればいい。

クロカゲ。喝采と恐怖の災厄。受けきってみせろよ、怪物。

如何に空崎ヒナでも、災厄を相手に十全でいられるなら、それはそれで嘲笑ってやる。

 

「別にこんなふざけた伏魔殿――灰と塵に散らせてしまっても、手前は何も困りません。

 壊れたら壊れたで、あの人を此方へと呼び寄せる理由にもなりますし。

 ええ、振り返ったら、それが一番ですね!」

「イかれてるわ……!?」

「ゲヘナで慣れてるでしょう、イカれた人達はぁ! 何をそんなに、人間みたいな態度取ってるんですぅ!?」

 

 シュロは満面の笑みで判決を下す。踵鳴らして、シャーレなど踏み荒らせ。

こんな下らない魔女の住処など焼き払ってしまおう。

それに、あの人を縛り、つまらなくさせる牢獄など、必要ない。

 

「だ・か・らぁッ!!!!!!!!!! 全部ぅ――――ぶっ壊せ、クロカゲェ!」

「……っ!」

「遠慮なく。建物諸共、燃え尽きろ。そうさせたくないのでしょう、なら――相手取ってくれますよねぇ!?」

 

 瞬間、威圧と共に災厄が駆ける。

薙ぎ払われた大腕を避けつつ、ヒナは眼前の災厄への対応を考える。

銃弾は通る。しかし、効いているかとなる不明だ。

苦悶の悲鳴をあげず、ただひたすらに攻め立てる姿はまるで狂戦士である。

 

 ……流石に押し返せましたか。

 

 その様子を見て、シュロは劣勢を何とか覆せたことを確信する。

とはいえ、懸念は在る。クロカゲとは一学園を滅ぼして余りある強大な怪異である。

これまで繰り出していた怪異を無数に呼び出すのとは訳が違う。

 

「……っ、くぅ――!?」

「は、ははは、ははハハハッ! 

 魂込めてるんですから、もっと苦しげに喘いでいただかないと出したかいがない!」

 

 ああいった本物は入念な手筈を整え、多くの想いを喰らって漸く自在に操れるといった次第だ。

しかし、今回は突発的な顕現である為、言葉とは裏腹に、ギリギリの状況だ。

 

「本来は足止め程度に済ませておきたかったんですがね」

 

 まあ、そんな内実は表情に出さないのが一流の怪談家。

クロカゲの自慢の巨体で押し潰されそうなヒナを追い、シュロも跳ぶ。

 

「随分と必死ですが、手前をお忘れで? 幾ら頑強さを持ち合わせているとはいえ、この状況は堪えるでしょう。

 ほら、獣に喰われるのが嫌でしたら、銃弾もございます。だから、さっさとくたばれ、最強!」

「……邪魔っ!」

「おやおや。ついに語彙力の余裕もなくなりました?

 ま、それはそれで文句なし。なにせ、口を開けば趣のない言葉を紡ぐだけ。

 ゲヘナですので、頭がすこぶる悪いのは承知の上ですが。

 一辺倒な言葉しか使えないのは、どうかと思いますよ……っと! 危ない危ない、残念予測できてます!」

 

 回せ。廻せ。舞わせ。鋭く、何度でも。

止まらぬ語りは、ヒナの集中力を少しずつ削いでいく。

確かにヒナの銃撃は速くて重い。そして、正確に急所を狙ってくる。

だが、事前に予測できていたら、躱すことができる。

凡愚の生徒達とはできが違うのだ。

 

「お気持ち表明をするなら、今しかありませんよ!」

「――うるさい!」

「へ?」

「ごちゃごちゃと詭弁ばかり!」

 

 加えて、今はクロカゲという壁がある。

手札を揃えて、相手の心理的優位性を奪って。それでも、ヒナの牙城は崩れない。

予測すらも容易に超えてこそ、最強。

流石のシュロも冷や汗と苦笑いでため息をついた。

 

「いやいやいや、ありえないでしょう。最恐なんですよ、この怪異。

 そんな気合と根性だけで……!」

 

 クロカゲへと銃弾を絶え間なく叩き込むヒナを見て、シュロは今度こそ冷や汗をかく。

放たれた黒炎も乗り越えて、巨体の爪撃も受け止めて。気合と根性を理由にするには、明らかに強すぎる。

倒れる気がしない。心身共にダメージを与えているはずなのに。

 

「それでも――――――! 漸くできましたね、隙が」

 

 けれど。僅かでも、隙ができたら――それはシュロにとって、奇跡と呼べる可能性になる。

煽りにより感情的になった動きは読みやすい。クロカゲを力任せに引き離したその瞬間こそ、シュロは待っていたのだ。

論理的な攻めに徹していたヒナが悪く言えば、乱調する。

一足で接近。当然、ヒナも銃口を向け、乱射するが、前のめり気味に崩れ落ちる姿勢で、シュロは躱す。

 

「一発ぅ! 吹き飛べ」

 

 地面を強く蹴りつけ、勢い良く高跳ばせる。そして、くるりと前に一回転と共に、踵をヒナへと落とす。

鈍い音と共に、ヒナの頭部から血飛沫が弾け飛ぶ。

そのまま横薙ぎに蹴りを再度ぶつけ、アクロバティックな姿勢から愛銃をヒナへと向ける。

当然、それを躱す術はない。呪いを込めた銃弾をぶち込み、ヒナを大きく吹き飛ばす。

最強を誇るヒナ相手に単体でここまで戦うことができている。

 

「嗚呼、全く! ようやくまともな一撃! まだ、ですよぅ! もっと怪異を呼び込んで――――うェ?」

 

 けれど、そこまでだ。彼女を倒すには、まだ足りない。だというのに、怪書を介した力は絞り粕しか残っていない。

シュロは己の限界が此処までだと悟らされる。

膝が勝手に崩れ落ちる。銃を握り締めている手は弛緩し、震えが止まらない。

奮起と喜悦で誤魔化していた息切れはいよいよ無視できない領域だ。

気合と根性。そんなもので覆せる程、眼前の敵は甘くなかった。

どれだけ力を再度込めようとも、銃を持つ手は震えたままだ。これでは、狙いを定めることすら敵わない。

 

「これ以上続けて、心配をかけても、ねぇ。煩い小言が、たくさん……。それは、嫌です」

 

 シュロに比べ、ダメージこそ与えたが、ヒナは健在だ。

力強さも俊敏性も色濃く残っている。どうやら我慢比べはこちらの敗北らしい。

 

 ……総てを懸けてできたのは、結局足止めだけ。まったく、どちらが化け物なんだか。

 

 勝敗は決した。此処に留まっていたら、間違いなく自分は死ぬ。

クロカゲを維持するのも限界であるし、潮時であった。

そう決めたや否や、クロカゲをヒナへとぶつけた最中、シュロは脇目もふらずに逃走した。

最後の力を振り絞り、我武者羅に疾走する。

ヒナは追ってこない。それもそうだ、自分を追ってくるより、一刻も早く『先生』の下へと馳せ参じた方がいい。

クロカゲが消え、妨害もなくなった以上、彼女はこの伏魔殿を登り切るだろう。

 

「まあ、ここまで喋り倒しで疲れました。ですが、最低限は演じ切りましたよ」

 

 そうして、ある程度の距離を取った後は、ふらりと倒れ込む。

もう、一歩たりとも動けない。このまま目を閉じ、事態の解決まで、惰眠をむさぼろうかと思っていたのに。

 

「うっわ、負け犬だわ」

「……開口一番で喧嘩を売るのがSRTの教えなんですか?」

 

 起き上がって復活するのも億劫なのに、悪口が降ってきた。

どうやら、彼女達――FOX小隊はちゃんと勝ってきたらしい。とてもムカつくので、祝福なんてしてやらないけど。

 

「私達は勝ったが」

「ほーん。こっちは風紀委員長とサシで戦いましたけど?

 それに、手前は先生と一緒にシャーレへと突入した唯一無二! 先生にとって、一番の生徒なんですが?」

「ねぇ、隊長。こいつ、トドメさしていいかしら」

「許可する」

「やっちゃおうか」

「やってしまえやってしまえ~」

「手前が言うのもなんですが、FOX小隊、煽りをスルーできなさすぎでは?」

 

 あまりにもスムーズに暴力への移行を提案していることに、流石のシュロもドン引きである。

血生臭い任務ばかりでストレスが溜まっているからなのか、穏当なやり取りもできなくなったのだろうか。

もう少し、カルシウムは取った方がいい。

 

「それで、先生は?」

「先に行かせましたよ……。空崎ヒナ相手に護りながら戦うなんて無理ですし。

 あ~、でも、後追いしちゃったから、どうなることやら。ま、時間は稼ぎましたし、手傷も負わせた。

 はぁ、このまま大人しく倒れたままで……って何で手前を背負うんです?」

「弾除け要員」

「こんないたいけな女の子をそんな物騒な手法で使っていいとでも?」

「それじゃあ、爆弾を抱えさせて突撃させない? 残ってる爆薬あるからいけるよ~」

「……本当に、FOX小隊荒み過ぎでありませんか?

 よくそんな倫理を吹き飛ばした案を即座に出せますねぇ、人の心ってご存知ですか?」

『悪名高い花鳥風月部の部員が言うべきことではないけれど。

 ええっ、誰ですか、この人達リオ会長のお友達ですか!? 違うわ、アリス、割り込まないで頂戴』

「うっわ、ドローンが喋りました……ってミレニアムの会長様……と何か混ざってますね。

 なんです、騒がしく割り込んできて。陽動の人達を助けには行きませんよ」

『ちょっと、まだ先生は助けられてないのですか! というか、シャーレ半壊してません?!?!?!?

 ああああああああ、私の執務室は、大丈夫なんでしょうね!?

 か、解決、早急な解決を! 皆さん、早くどうにかして下さい!!!!』

 

 FOX小隊の背後でふよふよと浮いているドローンが複数。音声を発する場所からはリオとアリス、そしてカヤの声が聞こえてくる。

結局は全員ほぼ勢揃い。コクリコはたぶん、トリニティ相手にエンジョイエキサイティングで夢中なのだろう、通信はやってこない。

アレだけの規模を操って戦争など、滅多にない機会だ。邪魔をするのは風流に欠ける。

 

『ミレニアムは適度に混乱を引き起こしてきたわ。ゲヘナ、トリニティも同様の結果でしょうね。

 後はシャーレを攻略するだけよ』

「さようでございますか。まあ、コクリコ様に至っては心配も烏滸がましいですけど」

『先生が目的を達成する一助となるべく。人手は多い方がいいでしょう?』

「統率できていない手前達ですが、その考えは一致してるんですよね……。

 まあ、ここまで来た以上、物語の蚊帳の外で終わるのは嫌ですし」

「嫌々来なくてもいいぞ」

「行くって言ってるじゃないですか! それじゃあ、改めて、手前は体力回復の為、寝ます。優しく運んでくださいね」

「弾除けとして使うまではね」

「……本当に何なんです、この殺伐さ」

 

 そうして再び。集った生徒達はシャーレを登る。

その果てに待っているものが何かを知らずに。希望が待っていると信じて。

真実を知っているが故に、過ってしまうことを知らずに。




次回

『罪巡る、子供達の迷子教室/忘れられた大人のためのキリエ』
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