反転好感度のデイバイデイズ   作:このむらりく

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第20話『罪巡る、子供達の迷子教室/忘れられた大人のためのキリエ』

これは、いつか報いを受ける物語だ。

錠前サオリは、物語の端にいる。否、端にすら居場所はないのかもしれない。

少女はこの世に生まれた時から咎人である。

奪わなければ、生きることすら難しい。狭く閉じた世界は単一で、見上げた青空さえも霞ませる。

その汚濁の世界を当たり前を感じていたからこそ、どうしようもなかったのだ。

 

 なんて、欺瞞。

 

 どうしようもなかった。そんな言葉を使って自身をごまかしても、罪は消えない。

穢れた手で握った銃の引き金は驚くくらいに軽かったことを、まだ覚えている。

アリウスではよくある経歴だ。

その中でもサオリは才覚に恵まれ、仲間もいた分、まだ“マシ”だった。

世界の底で背比べなんてやった所で、何の意味もないというのに。

それこそ、天上――トリニティの令嬢から見たら、アリウスなど全員等しく塵に過ぎない。

塵は地に吹き曝されていればいい。

 

「……だからこそ、足止め役か」

 

 塵と星。地を這いずり回った元テロリストが相対するのは、星の祝福を受けしお姫様。

聖園ミカ。彼女はきっと、ヒロイン、と。そう呼ばれる存在なのだと思う。

サオリとは違う、端役が太刀打ちできるものではない、輝かしい存在。

銃弾を避けつつ、思案するは眼前の敵をどう時間稼ぎするか。

何分保つ? どれだけ血を流せば止められる?

そもそも止められると認識しているのが傲慢なのかもしれない。

星が地面に落ちてくることなど、ありえないのだから。

 

「下らない」

 

 思い返せば、銃弾の如き人生であった。

後戻りができなくなるまで、進み、当たるまで。

決めてしまえば、後は突き進んでしまうのは性分か。

いつ、死んでしまうかわからないからこそ、後悔しないように。

サオリは深い溜め息をつきながら、ミカへと銃口を向ける。

 

「神……いや、天使に愛された身体か? 全く、才能が尖ると、此処まで先鋭化するとはな」

「何、怖気づいちゃった? 今からボコボコにされるから?」

「いいや。天上の者を地面へと引きずり下ろす――、はっ。箱入りのお嬢様を土塊で汚してしまうことが心苦しくてな」

「……ッ! 生意気!」

 

 あの時――アリウスの校舎にて殺し合った時と違い、今回はお互いに万全だ。

銃弾を惜しむ必要はなく、精神的な躊躇いもない。

錠前サオリと聖園ミカ。何の言い訳もできない、どちらが格上なのか決定づけられる潰し合い。

 

「力技で技術を凌駕するとは。粗悪な弾丸ではないんだぞ、身体へと当ててるんだぞ……っ!」

「弾丸くらい受け止められるのが強さってものでしょ!」

「お姫様が持ち合わせるにはごつすぎるがな……!」

「知らないの? 最近の流行りは戦えるヒロインなんだよ?」

「拳と銃で成り上がる物語は門外漢だ」

 

 銃弾を当てている。されど、ミカの動きに鈍りは欠片も見受けられない。

多少の銃弾は生身で受けとめる。牽制混じりの銃撃はまるで意に介さない。

こちらはそんなゴリ押しなんてできないし、実践でもしたらすぐに倒れてしまうのに。

 

「一人で殴り込みをかけてきただけはある。だけど」

「よく耐えてるし、流石アリウスの主力。でもさぁ」

「――『先生』を害するなら、倒す!」「――『先生』を害すなら潰す!」

 

 さてと、どうする。生半可な銃撃は牽制にすらならない。

かといって、ミカを殺す――ヘイローを砕く選択肢も今は選ばない。

あらゆる手を尽くした上での最悪ならば、受け入れられるが、そうした結末に屈するのは少々諦めが早いのではないか。

行き止まりの絶望――状況が更に詰まるならともかく、まだ戦いは始まったばかりだ。

 

「珍しく、気が合ったな。お互いに想う『先生』は違うが」

「へぇ! あんなに生理的にムリな奴相手によくそこまで懸想できたものだね!

絆されちゃった? 趣味悪いねぇ!」

 

 リロード、銃撃。お互いに淀みはない。飛び交う銃弾は違わず、相手へと迸る。

反転され、想いは逆しまに。ただ、二人は立っている場所が違う。

ミカもサオリも好感のカテゴリこそ違えど、同様に思慕しているのだから。

 

「確かにあの人には、今も嫌悪が渦巻いているさ」

 

 先生に対して、強い恩義、及び好意を抱いているか。

それらの感情がトリガーとなって《反転》は発生する。

当然、その例に漏れずサオリも対象だ。

他の生徒達と同じく、植え付けられた嫌悪は存在している。

 

「だが、その上で……私は“此方側”に立っている」

 

 今、キヴォトスで何が起こっているのか。

事前に黒服から、話は聞いていた。信じる信じまいはサオリの自由と前置きをつけられて。

《反転》した好意と憎悪。そこに、ベアトリーチェが織りなす陶酔と魅了に満ちた世界。

長年アリウスの統治下で戦ってきた――アリウススクワッドのリーダーとして生きてきたサオリには理解できる。

 

 ……手口としては、いかにも“マダム”がやりそうなことだ。

 

 事前に聞かされていた内容を照らし合わせると、尚の事信憑性が増していく。

嘘か真か。どちらにせよ、知ってしまった以上、行動しないという選択肢はない。

自身の感情に従って動いて、愚行を晒すのもゴメンだが、総ての情動を抑えつけ虚無のままに戦った過去もある。

故にこそ、最終的な判断は、直接嫌悪の原因と相まみえて、決めることにした。

最後の最後まで悩んで、苦しんで、決め兼ねたが、決定的な場面にて選び取ることができた。

 

「あの場面で聞いた言葉は、私が信じる『先生』のものだった。

 媚や恐れの一つや二つ出すべきなのに、何一つ出さなかった」

 

 嘗て自身が頭を垂れて、身勝手にも助力を乞うた日。

憎悪の一言で切り捨てられても可笑しくないのに、導を提示してくれた姿を、サオリは生涯忘れることはない。

そして、今回の一件でもサオリは再度視た。

あの時と今――嫌悪で濁り切った目でも、変わらずに同視できた。

あの日、救われた記憶に違わないモノ。那由他の憎悪に染まった世界でも在り続ける真実の誠。

サオリが『先生』につく理由はその事実だけで充分だった。

『錠前サオリ』を救ってくれた『先生』は其処にいた。

 

「例え、この選択の果てで地獄に堕ちるとしても、後悔はない」

 

ならば、負ける訳にはいかない。先生に与する一人の生徒として、この死線を踏み越える。

 

「命を懸ける理由は、もう貰った」

 

それは、血を吐くかのような叫び――自信を鼓舞する気付けだ。

サオリは地面を踏みしめ、加速。アサルトライフルを投げ捨て、接近を図る。

それまで一定の距離を開けて戦っていたのに、いきなり距離を詰めてきた。

アウトレンジによる銃撃戦を捨てるのは、愚策では、と。

ミカの試算からすると、サオリの選択はロジカルではない――到底信じられるものではなかった。

 

「インファイト!? 勝負棄てたぁ!?」

 

 素手で壁を壊せるミカと比べたら、サオリの身体能力は劣る。

フィジカルによる格差は勝負するまでもない。

徹底した戦闘論理に基づき動く彼女が唐突にインファイトを選んだ。

破れかぶれで来たのか。否、そんなはずはない。武器を隠し持っているのか、と疑う姿勢をミカは崩さない。

どちらにせよ、正面から打ち砕くだけだ。生半可な小細工など、無いものと同じ。

嘲りを浮かべつつ、ミカは迫るサオリに銃弾を放ちつつ、カウンターをぶちかまそうと――。

 

「予測しやすいな、お前の攻撃は」

「――あ?」

 

ミカはサオリを捉えられない。

予め、其処に来ることがわかっていたかのように。

サオリはミカの掌打をすり抜け、拳を一閃。腹部に入った拳を翻し、脇腹へも一突き入れる。

 

「ステゴロの喧嘩が苦手か? その馬鹿力の活用法を知らないらしい」

「……うるっ、さい!!!!」

「安い遠吠えだ。弱く見えるぞ、聖園ミカ」

 

 拳の連撃により、倒れ込んだミカの頭目掛けて、サッカーボールキック。

咄嗟に両手で庇うも、勢いまでは抑えきれず、吹き飛ばされる。

併せて追撃。吹き飛ばされたミカが起き上がる前に、彼女の腹部を蹴り砕く。

ミカは砕かれる前に、地面を転がって回避。無様に、格好の整えもない、命からがらの動きだ。

無理矢理の動きで地面を踏み抜いた足裏には痺れが残る。

故に、完全に逃げ切れない。

 

「まさか、私がインファイトを不得手にしていると思った訳ではないだろう」

「……手癖足癖最悪女」

「腑抜けた煽りだ。当然、銃火器を扱うのと遜色がないくらい、鍛えているさ。アリウスと関係があったお前が、知らんとは言わせない」

 

 再度、接敵。急激な体重移動による負荷で止まったミカを容赦なく蹴り倒す。

無論、頭部狙い――防いだミカの腕はぎしりと軋む。

それでも、ミカが倒れないのは、根性と意地。詰まる所、痩せ我慢だ。

 

「それで、いつまで這い蹲っているんだ。とっとと起きろ、お姫様。ご就寝にはまだ早すぎる」

「ずっと、蹴ってるから、でしょうが! こっのっ! 品性の欠片もない蛮族!」

「生憎と品性なんてもの、生まれた時から存在し得なかったものでな――――!」

 

 聖園ミカは強い。サオリが知る中では有数の強さといっていい。

少なくとも、絶対に勝てるとは言えない隔絶した実力者だ。

だが、それは品性のある幼い強さだ、幼さに付け入る策など、サオリは幾らでも湧く。

勝つ為なら、目的を成す過程で、何でもやる。

ドブ川のように、汚く、どこまでも地を這うサオリの強さとは正反対のものだった。

 

「神秘による不倒。貴様がそれを謳うなら、倒れるまで蹴り続けるだけだ」

 

 迸る左脚がミカの顎を蹴り飛ばす。

追撃は、拾い上げたアサルトライフルと拳銃の二丁から発射された銃弾の嵐だ。

ミカはそれらを躱すことは出来なかった。惨めな程に、顔を歪めて、歯を食いしばって。

 

「上等――! こんな豆鉄砲!」

 

 正面から、真っ向突破。

無邪気なお姫様は恋も闘いも正面から攻め入れる。

踏み込みは轟音と共に。圧倒と強権を多分に含んだ暴力は、思考をする暇すら与えてくれない。

サオリは直感による導きを信じ、瞬時に回避行動を取る。振るわれた拳はまだ読み切れる。

 

「厄介だな、恋するお姫様の暴走は!」

「厄介? 純愛だよ! 好きな人の為に戦うなんて、当たり前でしょう!」

「その結果が、門番の真似事か。いいように使われてるな!」

「う、るっさい!」

 

 拳と脚が同時にぶつかり、互いの身体を吹き飛ばす。

壮絶な音と共に地面へと倒れ伏せる二人だったが、すぐに立ち上がり、信念を叫び合う。

 

「貴方こそ、何の為に戦ってるの、錠前サオリ! 正義? それとも、恋心? やっぱり、義理!?」

「私は――――」

 

 直球の暴走は彼女に迷いが無いことを想起させた。それに比べて、サオリは未だ、懊悩が完全に解けてない。

自分は今、正しい選択を取れているのか。割り切れたかのようでいて、割り切れない。

戦っている最中も自問自答は続いている。

ミカの純粋な感情の発露に、眩しさを感じつつ、あそこまで貫けはしないだろう。

それは、たった一人を選ぶ恋。自分とはかけ離れた道だ。

 

『償いは、誰かから与えられるものじゃないよ。自分で見つけるんだ』

 

 もとより、ベアトリーチェ――マダムを深く知っていなければ。

自分も他の生徒達と同じ先生を糾弾する立場であっただろう。

情動を《反転》させる。生徒達を自分に夢中にさせて、操り人形にする。

消耗をいとわない、否、考えることができなくなったお人形。

掠め取った信頼で自在に駒を操るなど、ベアトリーチェからすると楽しくて仕方がないだろう。

あの人ならやりかねない悪質さ極まる動きには辟易する。

《反転》の影響あれど、ベアトリーチェへの植え付けられた好意があれど、錠前サオリは操り人形なんかではない。

 

「――――私は、正義も親愛もわからん。わからんなりに、考えて、懊悩して、また考えて、選んだ。

 何なのかわからぬまま、ただ後悔したくないと信じるしかできん無骨者だ」

 

 何度目かの接敵、そしてクロスカウンター。

身体は痣が出き、口元のマスクはとっくに破損して外れてしまった。

断続的に息と一緒に吐き出される血反吐は、サオリのダメージが重くないことを証明している。

 

「きっと、お前の質問に答えを返せる程、私は明確に意識できない。学もないからな」

 

 眼前のお姫様は嘗ての自分だ。

誰かに与えられるがままに命令を下されて、それを実行する。

これまでアリウスの尖兵として生きていた頃を想起させる人形だ。

マダムの言う言葉をそのまま受け取り、引き金を引いていただけの人生。

 

……私は今、自身の意思で選べているだろうか。

 

 もしもマダムならば、自分が問いかけた質問に甘い言葉を投げてくれただろう。

罰は与えてくれる。償いは用意してくれる。贖いは整えてくれる。

許しのゴールが見えている道はきっと、楽だ。

ベアトリーチェの甘言と比べて、先生が投げかけた言葉は、自分で考えなくてはならないものだった。

終りが見えない道。いつ抜けるかわからないトンネルを進むかのようで。

 

「そんな私が確信しているモノはただ1つだけ。あの時、私は先生に救われた。自分自身の道を往けと教えられた」

 

 今でも、怖い。嫌悪という感情は彼を信じることを否定している。

自分自身すら裏切るようなものだ、怖くて貯まらない。

それでも。その恐怖をぶち壊した言葉が、サオリをまだ、此処に立たせている。

自身が、仲間が、先生が、この世界に存在する総てが信じられなくなっても。

あの時、あの瞬間、サオリに対して答えてくれた言葉だけは真実だと。信じるに値するものだと。

錠前サオリが自身で切り開く人生の遙か先を思い出させてくれたから。

生きてさえいれば、いつか必ず笑えると信じてくれたから。

 

「己が為に、私は戦う。そして、道無き道へと一歩を踏み出す過程で、必要ならば。

 世界も、自分自身も、憎悪も――全部裏切るさ」

 

 彼が与えてくれた赦しと言葉が、サオリにとっての救いだったから。

あの時差し伸べてくれた手と同じだ。どんな美辞麗句よりも、サオリの胸に響いたから。

最期まであの言葉が胸に在るなら、此処で死んでも構わないと思った。

こんなにも苦しくて、寄る辺無き夜であっても。償いが終わらなくても、贖いが責め続けていても。

 

「あの人をもう二度と悲しませないように。あの人からこれ以上、奪わせないように」

 

 まだ、銃を取れるなら、戦える。

蹴り飛ばしたミカが立ち上がるのを尻目に、サオリもまた立ち上がる。

 

「総てが虚しく、冷たい世界なんて……あの人には似合わない」

 

 たった一つだけ。大切な言葉が遺ればよかった。

それだけで何とだって戦えるし、歯を食いしばって立ち上がれる。

弱くて、今にも倒れてしまいそうな顔で、戦っているあの人を双眸に焼き付けて、サオリは銃を取る。

 

「Vanitas vanitatum et omnia vanitas! だから、何度でも言う。お前は此処で倒れろ、聖園ミカ――ッ!」

「あーあっ! イカれている! 私はそんな生き方、嫌!」

「そうだな。それでも、此方側を選んでしまった。酔狂で滑稽で……けれど……満足だ」

 

 サオリもあんな風に生きてみたいと思ったのだ。

自分もまた、誰かを導ける光になるべく、後に続く人達を辿り着くべき世界へと。

サオリ自身、先生にそうしてもらったから。そして、それは今でも変わらなかった。

嫌悪と偽りの中でも忘れなかった背中が其処にあった。

随分と遠ざかってしまったが、まだ追いつける。あの人の生徒で在る為にも。

 

「だが、酔狂も突き詰めていけば、いつか本物になる」

 

 その為の、存在証明を懸けた戦争を再続けよう。

自身の選んだ道を、笑って進むことを貫けるように。

地面を踏みしめる力は強く、二人は再度衝突する。

 

 ――――――その無邪気な希望を潰そう、聖園ミカ。

 

 捌く。穿つ。ミカの放つ拳を一心不乱に殺し続ける。

互いに銃はとっくに仕舞っている。弾切れということもあるが、リロードする余裕など、眼前の敵は許してくれないだろう。

ごきりと鳴らした拳は暴風の如し。風を捩り切り、残像が見える程の勢いを横から掌をぶつけることで、致命を殺す。

壮絶な連続音と飛び散る血飛沫が死闘を彩っていく。疲弊があろうが互いの拳は最高加速。通す、止める。

 

「弱者が強者に勝てないと誰が決めた……!」

「私!!!! 私の思いが一番強いもの!」

「適当な戯言を!」

 

 最短の掌底、最速の蹴撃。戻して、見極めて、沈ませる。

交差する拳と脚を出し入れする様は出来の悪い舞踏のようで。

たらりと滴り落ちるのが汗だけじゃなくなってきたのはいつからだろうか。

 

「お前は邪魔だ」

「貴方が邪魔なの」

「何故倒れない!」

「どうして倒れてくれないの!」

 

 ミカが放つ。サオリが捌く。何度も繰り返したやり取りはもう数え切れない応酬になっていた。

重く、点を薙ぎ、軽やかに点を塗り潰す。裂帛の気合が言葉と四肢へと乗り移る。

一つ取り間違えば、即座に天秤が傾くだろう、格闘戦。

 

「先に進む!」

「進ませない!」

 

 交錯し、想いを言葉にして、突き付け合う。

拳を撃つ。蹴りを裂く。汗と血が飛沫となって虚空へと消えながら。

殴る。蹴る。殴る。蹴る。叩く。殴る。蹴る。殴る。蹴る。叩く。

贖えない罪を胸に、二人は戦うしかない。

軋む身体と擦れた心。手を取り合って、皆で一緒なんて。そんな未来はとっくに錆びついていた。

倒れてしまいたい。目を閉じてしまいたい。けれど、まだ拳は握れるし、立ち上がれる。

もう、終わりにしたいのに、終われない。

互いに、まだ――『あの人』が戦っているのなら、立ち続けなくてはならないから。

 

「千日手、だね。ここまで泥臭く粘るなんて思わなかった」

「それが、アリウスだ。エデン条約の時からずっと、変わらない。いや、変われないんだ。

 ――頭が良くない私達はそれしか知らないからな」

「地頭の悪さを曝して、生命落としちゃ意味ないと思うけど」

「確かにな。だが、……死んだように生きるのは、きっと辛い」

 

 長い間、そんな生き方で人生を浪費していたサオリにとって、ようやく手に入れたものだった。

曇り空を見上げてばかりだった、泥の中で這い蹲って起き上がれなかった、誰かの操り人形でしかなかった。

これからも変わらない、変えられない運命だと思っていた。

けれど、あの人がそれらを吹き飛ばして、運命を変えてくれた。

先生に報いたい。例え、勝てる勝負ではないとわかっていても。

 

 ――錠前サオリは聖園ミカに勝てないという不文律は揺らがない。

 

 神秘の色濃さが培ってきた経験を蹂躙する。

泥に沈んだ石っころは丁寧に磨き上げられた宝石には勝てやしない。

それでも、勝ちたいと心から思ったのだ。思いに嘘はつけぬ以上、サオリが諦める道理にはならない。

 

「終わりにしよう、聖園ミカ。正面から撃ち抜いてやる」

「真正面から勝負とか自殺したい訳? 私に勝てるってまだ思ってるんだ」

「生憎と、自ら負けを選ぶ殊勝さは持ち合わせていなくてな。

 愛しの人を早く助けに行きたいのはお互い様だろう」

「…………」

「賭けるのが怖いなら、このまま時間稼ぎに付き合ってもらう。

 聖園ミカという駒《女王》は私に阻まれたままだ。」

「やっすい挑発だね」

「だが、買うだろう? 格下に舐められたままなんて、性分が許さないはずだ」

「ほんっっとうに、やっすい挑発ッ! いいよ、乗ってあげる。正面から、完膚なきまでに潰すから」

 

 地を這う屑星と天高く舞登る綺羅星。二人の最後の激突が始まった。

ぶつかる銃弾は互角。弾かれ、砕かれ、互いの矜持がぶつかり合う。

だが、ミカの攻撃はこれだけでは終わらない。空高く顕現された星の欠片。サオリへと向け、飛んでくる。

けれど、まだ決着は通らない。飛来する小爆弾が星を止め、爆弾をかいくぐって飛来した弾丸の雨が星を砕く。

 

「やっぱり来たね、アリウスゥ!」

 

 サオリの背後で愛用の武器を構えた三人の姿が見える。

シャーレの他フロアを制圧してきたのだろう、機を見て割り込む手筈だったからか、動きに焦りは見受けられなかった。

それでも、そこまでだ。種はもう明かされた。必殺を防がれようとも、まだミカ自身は健在のままだ。

後は、正面から、アリウスを潰せばいいだけの話である。

 

「まだ、だよ! 奇襲を防ぎ切った今、貴方達なんて!!」

 

 サオリがいることから、他の三人も行動を共にしているとは予測できていた。

自分の役割は門番であり、彼女達をこの先へと通さないことだ。

ならば、後はどうということはない。徒手空拳であろうと、遅れを取る

 

「――銃がなくなっても、その台詞……まだ吠えれるか?」

 

 そして、再度銃弾が飛翔する。

その狙いはミカではなく、ミカの愛銃。更なる援軍、そして予期せぬ狙い。

必殺はただ、ミカの武器を削ぐ為だけに使われる。その威力、ミカの手で握られていた『Quis ut Deus』が大きく後方へと吹き飛ばされた。

 

「白洲、アズサ――!? どうして、此処に!?」

「サオリ達は仲間だ。サオリが助けを求めた以上、私はそれを助ける義務がある」

「ヒフミちゃん達は……?」

 

 物陰から現れたアズサを見て、ミカの表情は驚愕に染まる。

彼女はヒフミ達から離れることを良しとしないと思っていた。

言ってしまえば、サオリ達と共に戦うというのは分の悪い賭けだ。

 

「言ってる意味がわからない。ヒフミ達は友達だし、サオリ達も仲間だ。別に、それは片方しか助けないなんてことはない」

「………………そっか。あーあ、ヒフミちゃん達とずっと一緒だし、トリニティに馴染んだから、完全に染まったと思ってたけど。

 全然まだ、アリウスに仲間意識あるじゃん」

 

 加えて、慢心はあった。

けれど、心の何処かで彼女達を下に見ていたのだろう。

自分なら単独で錠前サオリ達を倒せる。

これは辿るべくして辿った敗北だ。ミカは素直に己の過失を受け入れ、ゆっくりと宿敵へと顔を向ける。

 

「――――終わりだ」

「――――終わりだね」

 

 サオリは既に王手をかけていた。銃口はミカの頭へと向けられている。

ここから覆す術は今のミカにない。まさか、何でも一人で抱えがちのサオリが決着までの道筋を仲間に頼るなんて。

錠前サオリ。いや、アリウススクワッドを読み違えた自分の負けだ。次があるかどうかわからないが、次は敗けない。

だから、この銃弾《敗北》は甘んじて受け入れよう。

 

「目標、沈黙」

「ギリギリだったね、サッちゃん」

「姫達の力があってこそだ。乱入のタイミングも完璧だった」

 

 残った一発の銃弾を以て、ミカを下す。

一人では勝ち得ない、アリウススクワッドの仲間達がいたからこその勝利だった。

ようやく、一息つけるといった所か。

 

「姫、それは」

「先生のタブレット。電源は入ってないけど」

 

 もしかすると先生の助けになるかもしれない、と。

フロアを制圧ついでに奪ってきたタブレットをアツコはふふんと見せる。

 

「それで、どうするの、リーダー。ミカを倒したは良いけど、この先にいるのは――」

「十中八九、マダムだ。再度、相まみえるとは思わなかったが」

 

 嘗てアリウスを支配した超常的存在。そして、今はシャーレを牛耳る魔女。

あの生きることすら難しい世界で晴らすことのない曇を生み出していたことを思い返すと、表情も固くなる。

 

「先行している先生だけに任せる訳にはいくまい」

 

 この晴れた空の上で戦う大人を助けるべく。サオリ達も、階段へと足を踏み入れる。

 

「また、貴方達?」

 

 油断していたつもりはなかった。けれど、まさかこのタイミングで来るとは、と。

お誂え向きの御都合主義は今日も正しく機能しているらしい。

やっぱり――晴れた日には、絶望がよく見える。

その短い言葉には溢れんばかりの憎悪と悔恨が入り混じっていて。

 

「また、奪うの?」

 

背後からゆらりと現れたヒナ相手に、サオリは反射的に引き金を引いていた。当然、狙いも甘く、銃弾は当たらない。

サオリの弾切れと同時にヒナが動く。引き金は引かれ、吐き出された銃弾はアリウススクワッド全員をまんべんなく狙っている。

四人、全員が散開。ヒナは憎悪のままに、バラけた人員から各個撃破していく算段なのだろう。

ヒナはサオリに一瞬で接近し、デストロイヤーを薙ぎ払う。

元々、ミカとの戦いで浅くはない傷を負っていたサオリは防ぐ余裕なく、ゴミのように吹き飛んでいく。

吹き飛んだサオリに巻き込まれ、アツコも倒れ込む。

舌打ち混じりにミサキが照準をヒナに合わせようとするも、高速で動くヒナに合わせられない。

幾ら、威力の高い武器であろうと、撃たせなければどうということはない。

各個撃破という四文字が全員の脳裏に浮かび上がる。

 

「カバー、入りますぅ!」

 

 ミサキとヒナの間に、ヒヨリが割り込んだ。

撃つ。本職はスナイパーであるものの、狙撃一辺倒の持ち主という訳ではない。

半ば中距離のガンナー染みた動きではあるが、それができるだけの技量はある。

エデンでも殺り合った経験もある、タンクとしては一番適しているだろう。

両者、戦場を忙しなく動き回りながら、機をうかがう。

数度、ヒヨリが撃つ。しかし、それは当てる為ではなく、陽動。

予め狙っていた場所に誘導する為の釣りの銃撃。

撃つ所が決まっているなら、問題はない。

ミサキの重火器から放たれた榴弾は、ヒナに直撃した。

 

「これで倒れないって化け物ですねぇ!!!!!! うぇぇえええええええ!」

 

 ヒヨリの喚き声が響き渡る中、後ろから復帰したサオリが合流する。

これ以上、倒れていられない。片腕は動かず、口から断続的に生み出される血反吐は無視できない。

それでも、請け負ったお願いはまだ続いている。立場が入れ替わったが、今度は此方が門番だ。

此処から先へとヒナを通すつもりはない。

 

「姫、ミサキ、ヒヨリ、アズサ」

 

 総てを賭ける。アリウスの仲間達は自分を信じてここまでついてきてくれた、その覚悟と生命を無下にはしない。

 

「援護を頼む」

 

 最高にキレている最強相手の時間稼ぎ。

勝ち目がないにも関わらず、全員瞬時に頷き、臨戦態勢を整えてくれた。

結局、自分達にはこういう逆境が似合っているということか。

 

「奪わせない、もうこれ以上、あの時みたいに!」

「……そうだな。お互い、奪われたくないというのは同じみたいだ」

 

 皮肉交じりの捨て台詞を吐き捨てるのと共に、サオリ達は再度銃を手に取った。

 

 

 




次回

『この場所が約束の彼方/あの場所は永遠の最中』
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