反転好感度のデイバイデイズ   作:このむらりく

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第21話『この場所が約束の彼方/あの場所は永遠の最中』

穢れている、という意味では自分はとっくに手遅れだろう。

初めて人を殺した時、自分は泣き喚いたか。

吐いて、泣いて、ぐちゃぐちゃに表情を歪めて、叫びちらしただろうか。

とっくに色彩の意志に染まって、何も感じなかっただろうか。

罪あるモノを殺した、罰あるモノを殺した、大切なモノだけは殺せなかった。

半端で、何もかもを喪った愚者の成れの果て。

ただ一つ確かなのは、砂狼シロコは人殺しであり、世界の敵であったという事実だけ。

始発点はあの砂嵐が総て奪い去っていった、終着点はもう遥か過去に通り過ぎてしまった。

それでも、まだ生きている。この身体は鼓動を止めないでいる。

空は変わらず、頭上にある。銃は手元にある。敵は向こうにいる。

 

――遠いな。

 

漂流者。異物。世界の敵。色彩。

かつてのキヴォトスを滅ぼした経験は、敵うことないと諦めていた相手と互角に戦えている。

交差と離脱を幾度も繰り返し、銃弾を撃ち込み合う。ホシノが巧みに盾で銃弾を防ぎ、シロコが死角へと回り込み、一撃必殺を狙う。

お互い、無駄撃ちはない。相手を追い詰める布石として、伏線を貼り続けている。

 

「こうして相対するのは初めてだけど、やっぱり君はシロコちゃんなんだね」

「そう呼ばれていいか、今の私に資格があるのか。その是非に応えはないけれど」

 

自分をそう呼んでくれていた人達は皆死んでしまった。

最後まで生き残っていた先生も、あの箱舟の戦いで、終わりを迎えてしまった。

今のシロコには誰も残っていない。正真正銘の一人ぼっち。

世界という括りを抜きにしても、孤独に生きていく他ない。

 

「どうして、『先生』に危害を加えようとするの」

「……信用できないからに決まっているよ」

 

 自分達の前では見せなかった、過剰なまでの不信。表情があっという間に硬化し、温かみは欠片も存在しない。

ホシノの口から吐き出される言葉は、乾ききっていた。

喪失を経験したからこそ生まれた、後悔。

不信と後悔が世界を埋め尽くし、凝り固まった道しかもう残されていないのだろう。

 

「考えるだけでも、怒りが湧いてくる。

いけしゃあしゃあと寄り添ったつもりで、全部ウソだった! そうだ、大人は汚くて、皆、嘘ばっかりで!

裏であくどいことをしているに決まっている」

「……それで?」

「でも、後任の先生は違う、あの人は導いてくれる、あの人は一緒にいてくれる!」

 

 裏返し――造られた憎悪。

今、放たれた言葉が冷たく鋭い分だけ、本来の先生への信頼が強かった。

情動に縛られている少女がそれに抗うなど、できるはずもなく。

だからこそ、シロコは何も言わなかった。自分もかつて、情動で世界を滅ぼした身だ。

偉そうに講釈を述べれる立場ではないし、逆に起こした規模の大きさ、深刻さで言ったら、自分の方が大きい。

憎悪で動いた先達者は過去の罪に縛られている。

 

「なら、いいんだ! 私は、それで! それだけで!」

 

 何度も喪って、一人で背負おうとして、壊れて。強くて、前線でアビドスの皆を護ろうとして。

例え、化け物になってでも。言葉通り、彼女は一人で突き進み、果てに辿り着いた。

 

「そうだね、先輩からすると、それだけでよかった」

 

 ホシノがそういう先輩だって、シロコは知っている。

前に立って導いてくれた人を喪ったトラウマ。並び立つ者がいない孤独感。

仲間と居場所。それらに対して、誰よりも執着していたのはきっと、彼女だ。

身体的な面では強くても、精神的には脆い所があった。

 

「護られてばかりだった私が、その言葉に言えることはないよ」

 

 シロコ達は結局、庇護される立場から抜け出せなかった。

護られて、救われて、認められて。受動的であった自分達が学園生活を送れたのはホシノが裏で尽力していてくれたからだ。

あの貧しくはあったが、透き通った日々が在ったのは、ホシノのおかげである。

先輩に甘えていた己がホシノへと強く言えるはずがない。

 

「状況、理由。全部、仕方がなかった。そう言うしかないから」

 

 カイザー相手でさえ絡め取られるのだ。ゲマトリアの一学園を長い間支配していた女傑相手に、ホシノが精神的に敵うはずがない。

思考誘導を巧みに受け、色々な喪失を想起させられて。様々な情動を重ねて。

生み出された複合的な憎悪を、シロコには理解できてしまった。

 

「…………私だって、感情的になって全部壊したから。世界も、人も、全部駄目にした。

 間違っている度合いで言ったら、きっと私の方が重くて、強い」

 

 消え入るように自嘲した、罪の懺悔。

その言葉を放つ声色、表情は弱さで溢れていて、己への失意が顕になっていた。

 

「私には今の世界を、皆を糾弾することなんてできない。そんな権利、私にはない。

これまでも、これからも。自分勝手に世界を終わらせた私には、あってはならないものだから」

 

 だって、大切なものを踏み躙ったのは、自分も同じだから。己が犯した大罪を忘れたことなど、片時もない。

情動で殺戮を行い、世界を滅ぼした自身が他者をどうして責められようか。

喪ったものは取り戻せない。誰もいなくなった世界で、元通りだなんて到底無理な話だ。

この世界の光は全部、シロコにとってのものではない。

箱舟で潰えるはずだった生命を、先生に救われて、生き永らえているだけである。

あの人が自分を擲って助けてくれたから。

たまたま、先生もシロコも二人共に生き残れただけで、本来はどちらか片方が死んでいた。

 

「もう隠居でもして、細々と暮らしていこうかなって思ってたけど」

 

 表舞台からは退場したつもりだった。

『二人』の先生による決死の行動のお陰で、拾えた生命だ。戦場に身を晒して、粗末に扱うことは許されない。

 

「今の世界を見て黙っていられる程、私の中にある熱は冷えてなかったみたい」

 

 それでも、尚此処に降り立った理由。消えぬ想いが胸に灯っているのは、感情と呼べるものなのだろう。

粗末ではない、確固としたモノを胸に、

 

「たとえ、先輩が相手でも……撃てるよ」

 

 銃口はホシノから逸らさない。何故戦うのか。何故銃を手放さないのか。

それらの何故にはとっくにケリをつけている。欲しかった未来は、夢は、同じであるはずなのに。

お互いにそう思っていても、戦うことをやめるなんて、できやしない。

 

「私を救ったのは、今の先輩が大嫌いな先生。『私の先生』を看取って継いだのは、あの人だけ」

 

 例え、小鳥遊ホシノが相手でも。譲れない選択と、超えられない一線はある。

『先生』の遺志を彼が継ぐ限り、砂狼シロコは彼の奇跡を支える可能性であり続ける。

あの人が抗うというのなら、シロコも抗う。

 

「先生が諦めないなら、私も諦めない。先生が止まらないなら、私も止まらない」

 

 本来、漂流者みたいなものであるシロコに、この世界を救う気持ちはない。

どんなに似通っていても、ここは別次元の彼女達の世界だ。

よほど、強い理由がない限り、部外者である自分が干渉するつもりはなかった。

 

「認めない。絶対に、認めない。ああ、認められる訳がない……! 

 私が焦がれる程、欲しくて。それでいて、喪ったもの《先生》を、皆で捨ててしまおうだなんて、そんなの!」

 

 その道理を奇跡で覆していいものと、覆してはいけないものがある。

あの人を悲しませることが是とされる世界なら、砂狼シロコは再び、《世界の敵》になろう。

「《世界の敵》を前に、先輩がやることなんて一つしかないでしょ?」

「そーだねぇ。そんな顔をしたシロコちゃんが止まるはずないし」

 

その口から出たのは――かつてはできなかった取捨選択。

大多数の殺戮はできても、大切な人は撃てなかった。

再び、選択肢は垂らされる。雨が降りしきるあの日、自分は撃てなかった。

今度は、大切な人《小鳥遊ホシノ》を撃てるのか。

先生なら、全部救う、と。殺さずに止められる、と。

迷いなく言い切れるのに。私には言えないよ。そんな弱音を抱えて、シロコは挑む。

 

……撃たなければ、奪われる。護らなければ、喪う。

 

こんなはずではなかった未来で、最後まで迷った自分。

世界《色彩》の再演は行われない。否、もうこの先、行うことはない。

あの時撃てないまま、総てを台無しにしてしまった結末だけは、もう受け入れない。

やらない後悔より、やる後悔だ。ただがむしゃらに生きてきた時のように、シロコは再度銃を握った。

 

「……なら、仕方ないねぇ。改めて。シロコちゃんは、私の敵だ」

「こっちこそ! 先輩は、私の敵だ!」

 

 ホシノが持っていた盾を投げ捨てる。

其処にいるのは嘗ての最強。星が夢へと堕ちる前の姿。

背後には護るべき後輩達はいない。前には倒すべき後輩がいる。

いつものタンク役じゃない、ホシノの本来のスタイルである電光石火の超絶前衛。

 

――そうして、星の煌めきは天高く舞い踊る。

 

再度、世界は銃弾飛び交う戦場へと切り替わる。

ホシノの言葉も、銃弾も、シロコからすると空虚なモノだ。

否、世界そのものが騙されているのだ。正気は向こう、狂気は此方側である。

そんな当然を今更提示されて、何だというのだ。

《世界の敵》なんて、ずっとやってきた。各学園を滅ぼす過程で、死地なんて数え切れないくらい遭遇してきた。

 

……これまでも、これからも。

 

 銃口がホシノの動きへと追いつかない。

変幻自在。縦横無尽。的を絞らせないように、常に地を蹴り、忙しなく動き回る姿は流星のようだ。

シロコはこの戦いまで、ホシノが盾を捨て戦うなんてほとんど見たことがなかった。

彼女はいつも、後輩を護り、タンクの役割をする護りのスタイルを選ぶから。

 

 ――私は先生と一緒に、生きていくんだ!

 

 彼女の本来のスタイルは、速度で圧倒し、敵を迅速に討つ速攻タイプ。

隠し事とはぐらかしが得意技なだけはある。自分の本来のスタイルをここまで隠しているなんて。

なら、ギリギリまで引き付け、瞬間移動で背後を取る。

業腹ではあるが、色彩の力も使って本気で戦わないと、ホシノには勝てない。

接近し、此方に銃口を向けた間際、決行する。

来る。銃弾を避けつつ、距離を詰めてくる。一瞬でもよそ見をしたら、その瞬間、銃弾で倒れるだろう。

距離が縮まったこの距離だ。ホシノが銃口を此方へと向けた時。色彩の瞬間移動で、背後へと回る。

そして、手に持った銃の引き金を引く。死角、そして瞬間移動によるシームレスな一撃。

そのはずだったのに。

 

「で?」

 

 まるで、そうするとわかっていたかのように。

くるりと180度回った銃口は寸分違わず、シロコの頭部を狙っていた。

瞬間、放たれた銃撃を愛銃で何とか受け止めるしかなかった。

 

「その手札、箱舟の時も合わせると何度おじさんに見せた? 出し惜しみをしないのはいいけどさぁ、何度も見せている手札が通用すると思った?」

「……やってみなくちゃ、わからない!」

 

 これが最強。これが暁のホルス。眼前の敵を必滅する、砂塵の如き強さ。

最強を相手取るのに、色彩の残滓を使う程度で倒せると思ったか。その傲慢は、烏滸がましく敗北へと繋がるだろう。

無窮の武勇、明晰な戦闘頭脳。頭を存分に使い、戦闘論理を組み立てる。そして、それを裏付ける戦闘技能。

シロコからすると、正気を失ってテラーになったホシノより、よっぽど恐ろしい。

 

 

「そういうの何て言うかわかる? 蛮勇――絵空事って言うんだよ!」

 

 先輩と後輩の間柄であった時、砂狼シロコは小鳥遊ホシノに勝つことはなかった。

思い返せば、本気のホシノとやり合うなんて考えたこともない。

こうして世界を渡って尚、逃げ続けてきた命題の一つだ。

 

――だから、諦めるのか。

 

 此処に立っている以上、そんな弱音を吐くことは許されない。何が何でも、ホシノをこの場に留め刺すことを考えろ!

その為なら、どんな手だって使う。それが猿真似――眼前の敵の戦法であっても手段の一つに取り入れる。

 

「ん。勝手に使う」

 

 ホシノが投げ捨てた盾を拾って、再度接敵。

盾の“使い方”はもうわかっている。死した“先輩”がその身を以てよく教えてくれた。

 

「破れかぶれの選択……いや、そうじゃないか。その持ち方、構え、全部鏡写しみたいだよ。

それさぁ、おじさんの真似? 随分と様になってるねぇ」

 

 それでも。手段が増えたとて、簡単に覆る実力差ではない。

才能という絶対的要素は二人の間に隔絶と存在している。

砂狼シロコは小鳥遊ホシノへと勝つ事はできない。世界を滅ぼした経験と色彩の残滓で追い縋ることはできても。

その上で、運という不確定要素を重ねて、漸く横並び。もしくは半歩後ろか。

 

「繰り出す手法を増やすのは流石。でも、それなら……もっと欲しいかな。まだ、出せるでしょ、シロコちゃん――――っ!」

「……っ」

 

 所詮は地を這いずる狼だ。天高く昇った星は遠く、狼は決して届かない。

その事実を狼は痛い程理解している。星の煌めきは遥か頭上の彼方。

その煌めきを掴み取ろうなど、考えた所で意味がない絵空事だった。

 

 ――星と狼の距離は数万キロ。測らずともわかる隔絶が其処にある。

 

 けれど、やってもいないのに掴めないと誰が決めた?

空を飛べない狼でも、星に向かって吠えるくらいはやれるだろうと自嘲して。

勝利はたぶん空っぽでここにはない。意味は虚に消えるかもしれない。価値は夢物語で終わってしまうだろう。

たった一つ。結末は――――まだこれから決められる。

 

 ――やれるのだろうか?

 ――やれるよ、先生が教えてくれたから。

 

 されど、星が何らかの要因で地上へと堕ちてきたら?

煌めき方を忘れ、現在位置さえも歪んでしまった星ならば?

なればこそ、狼は星を見上げて吠え立てる。

元の世界でも――この世界でも為せていない、最強の踏破。

 

「まだ、付き合ってもらうよ、先輩――!」

 

 右手には銃を。左手には盾を。

ホシノの銃から吐き出された弾丸は、左で握った盾で受け流す。

弾いて。受け止めて。盾の強度も無限ではない。

回避が難しいモノだけを選別し、捌き切る。

そうして、ホシノが弾切れになった瞬間、シロコは駆ける。

滑るように、低姿勢のまま疾駆した体躯はまるで狼の如く。

踏み締めた地面は軽く流すように。ジグザグに動く疾走の最中、シロコは“飛んだ”。

脚部への力を最大限に、地面を蹴り、身体を強引に上へと持ち上げた。

小さいホシノの体なんて余裕で越えてしまう高さの跳躍。それは目を眩ませるには十分に派手な動きだった。

そして空中で銃を背後へと回し銃撃。

 

「曲芸、だねぇ!」

 

ホシノは右斜めに滑るように跳ぶ。もはや直感で動いたようなものだ。

そのまま体を百八十度廻し、引き金を数度引く。

 

「でも、まだ見える!」

「神業……っ」

 

 シロコの銃弾に当てつつ、反撃にもなる程度の厚みある弾幕が降り注ぐ。

瞬間移動にて躱しはしたものの、ジリ貧だ。このままだと、勝てる気がしない。

数十分間、こうして足止めをできているだけ、まだマシとさえ感じてしまう。

狼と星の距離は縮まらない。世界を壊せようが、空より遥か頭上――星屑廻る虚空を壊すにはまだ遅い。

 

「ノノミちゃんのやつかぁ」

 

 取り出したミニガンの掃射も置き去りに、ホシノは先読みしたかのように、銃弾を撃ち込んでいく。

波状の銃撃を軽々と踏み越え、シロコの行動を踏まえた動きには無駄がない。

 

「次は誰のかな」

「誰だろうね。もう、ないかも」

「そんな顔で言われても説得力に欠けるよっ」

 

 瞬間移動で致命的な一撃だけを避け続けることにも限度がある。

息が荒い。酸素が恋しい。表情筋は疲弊で疲れ切っている。

此方は肩で息をしているのに、ホシノは涼しい顔でへにゃりと笑っている。

 

「今度はアヤネちゃんか。操り方もうまい。でも、いつまで保つかなぁ」

「お世辞がうまいね、先輩。即断即決で対応できている癖に」

 

 こうしている間にも、呼び出したドローンの操作はやめていない。

諦めることを諦めて、最強へと挑み続けているが、自分が劣勢であることには変わりない。

このまま、シロコはホシノに順当に負けるだろう。

 

「お世辞じゃないよ。まあまあ、本気だよ? ここまでおじさんに競れる相手って限られてるし」

「競っても、そこまで。最終的に、勝ちは譲らないんでしょ?」

「だって、それこそお世辞になっちゃうからねぇ。シロコちゃん、そういうの好きじゃないでしょ」

 

 色彩の力を十全に使っても、ホシノへと届くかどうか。

奇跡には奇跡を。神秘には神秘を。ホシノとシロコ。二人が持ち得る現状の権能には明確に格差がある。

勝てることはなくとも、時間を稼ぐくらいには。心中で吐き捨てた弱音が全身へと浸透する。

重くて辛い。これまでも、これからも、ずっと。

攻撃側として此方がずっと攻め立てているのに、ホシノは総て対応し続けている。

 

「本当に強くなったんだね、シロコちゃん。でもさぁ」

「……!」

「おじさん、これ以上遊んでいる暇、ないんだよね!」

 

 そうなると、攻守が逆転した場合、自分は耐え切ることができるのだろうか。

“攻めさせてやった”。先輩の胸を貸してやっただけで、実際問題は何も通じていなかったら?

獰猛な笑みを浮かべ、ホシノから能動的に動く。姿がかき消え、急速に接近する。

初弾。心臓狙いの一撃必殺。銃口が向いた瞬間、シロコは身体をずらし、ぎりぎりで回避する。

次弾。回避によって、姿勢を崩した所を狙う一撃。色彩による瞬間移動で無理やりに躱し切る。

 

 銃弾! 銃弾! 銃弾!

 

 放たれる総ての銃弾に無駄がない。一つ喰らえば確実に倒れてしまう、致命傷。

神経をとがらせ、致命を防ぎ切ることのなんと難題なことか。

 

「奪わせない為に、奪われない為に! 私はこれ以上、負けられない!」

 

 その叫びはもはや、懇願もしくは悲嘆か。

周りが見えなくなって、捻じ曲げられた情動は抱えていたトラウマを最悪の方向へと突き動かした。

壊れたヘイロー。息をしていない大切な人。あの日、砂漠で見た絶望が再びやってくるのなら。

もうあんな想いはしたくない。ただそれだけだった。

 

「うん、知ってた。何を言っても、届かないけれど。あえて言うね」

 

小鳥遊ホシノは、いや。この世界に生きる生徒達の誰もが、子供だった。

そして、それはシロコも同じこと。互いに譲れないモノがあるのなら、道を駆け抜けるしかない。

 

「それでも、私はあの人の為に、戦う。だから、勝負。

 ねぇ先輩。貴方は何を――――」

 

 その最後の言葉が放たれる瞬間――銃弾が途切れた刹那、シロコはホシノの背後に跳ぶ。

空間跳躍。けれど、種のばれた必殺はもはや、必殺足りえない。

ホシノは冷静にシロコが出現するであろう位置を予測し、

 

「読めてるよ」

「読ませてるって理解らない?」

「二重の空間跳躍!?」

 

 くるりと後方に向けられた銃口が捉えたのは、虚空のみ。

這い出たのは正面から。シロコの手に在るのは、ホシノが持っている銃と似通った、それでいてどこか違う別れの証。

先に当てたのはシロコだ。引き金を引き、装填された銃弾を総て、ホシノへとぶち当てた。

それでも、最強の神秘は倒れない。シロコが狙いを定めている時、当然動きは止まる。

止まった的を当てるのなど、ホシノにとって造作もない。

返す形で穿たれた銃弾はシロコの意識を刈り取るには十分すぎる威力だったはずだ。

 

「……ぁ」

 

 倒れない。銃弾を食らいつつ即座――――三重の空間跳躍。

この戦いにおいて、初めて、ホシノの予測を超える一手をシロコは打ち出した。

握られた拳銃はホシノの腹部へと向いていて。とすん、と。一発当てるまでがシロコの限界だった。

 

「足止めとしては完遂されちゃったか。純粋な力比べでは勝ちだけど、勝負としてはおじさんの負けか」

 

色彩の残滓――世界を滅ぼした経験を以てなお、届かないからこそ、最強。

小鳥遊ホシノは結果的に砂狼シロコを五体満足で打ち破った。

しかし、かかった時間、手傷を考えると手放しで大勝利と呼べるものではない。

加えて、空間跳躍により、シャーレから遥か彼方へと飛ばされ、援軍として駆けつけるには時間がかかる。

局所的な勝利こそ拾えたが、大局的には負けてしまった。

ドカリと座り込み、ぼんやりと見上げた空は青く透き通っている。

それで、終わり。終わりったら終わりなのだ。

 

 

 

 

 

 

『貴方は何を――――護りたかったの?』

 

 

 

 

 

 

 それはキヴォトス外の人間だからこそ、出せる問いかけだった。

誰しもが、魔女に誑し込まれ、感情に踊らされている。

その上で深く熟慮するなど、してはならないのだ。

だって、そうだろう?沸き立つ感情を常に制御できるなど、それこそ異常であり、ありえない奇跡だ。

 

 ――――だから、気づくな、思うな、揺らぐな。

 

 最後の言葉に対して、答えていた仮定。即座に切り捨てた仮定の先にあるのは、何かが弾けて二度と戻らない闇の中だ。

深掘りする必要なんてない。シロコも、ノノミも、セリカも、アヤネも。

皆が笑顔なんだから、それでいい。

 

 

 

 

 

 

それでいいと、言わせてよ。

 




次回

『あまねく絶望の収束点/瓦礫戦線』
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