反転好感度のデイバイデイズ   作:このむらりく

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第22話『あまねく絶望の収束点/瓦礫戦線』

 さてと、どうするか。

羽沼マコトはこの荒れ切ったゲヘナをどう鎮めるか――いや、平常も荒れているようなものだけど。

今回はこれまでとは違い、さながら、戦争状態である。そして、内部も一枚岩ではない為、対応も一様にし難い。

外部のカイザーコーポーレーション、内部の風紀委員会。そして、各部活の厄介者達。

これらに対して、総てを薙ぎ倒す力は自分達にはない。

強いて言うならば、風紀委員会だけはケチョンケチョンにしたい所ではあるが、そうもできない事情がある。

よって、万魔殿は何が起ころうとも、我関せずのスタンスを貫く予定であった。

無論、戦況が変わり次第、スタンスは流動的になっていくものだが、今回に限っては不動を貫く所存だ。

そもそも、動く必要性がないのだ。周りが勝手に争ってくれるし、消耗して倒れていくのだから、自衛するに留めるのが一番賢い。

風紀委員会が血気盛んにカイザーと争って苦しんでくれるなら、万々歳。

策を弄せずして、ヒナ達が苦しむ姿を想像するだけでとても喜ばしい。

ひとまず、安全地帯にてぬくぬくと過ごすつもりだったが、どうもそうはいかないらしい。

 

「………………まったく、解せん」

 

 昨今のキヴォトスはマコトの予想を軽々と超えてくる。

先任の先生に対しての不満と嫌悪。そして、後任の先生に対しての愛され具合。

マコトもそれらの動きには特段文句はないし、そもそもシャーレの人事に口出しができる立場でもない。

己の城である万魔殿に害する動きさえなければ、他組織の人事異動などどうでもいいのだ。

 

「預かり知らぬ所で、物語は進んでいる。それは理解した」

 

 それに、万魔殿としてはシャーレと現在、程々の距離を保っている。

最初はもちろん、懐柔含めて色々と策を練ろうと思っていたが、最近は何だか様子がおかしい。

先任と後任の違いは、マコトもむむむと懊悩しているが、あまりにも、周りが先生に対しての憎悪で凝り固まっていて、逆にドン引きしてしまった。

あのいつもは抑え気味のイロハまで感情的になっているのは正直怖い。

マコト自身、周りが苛烈な情動に溢れていて、冷静さを取り戻してしまった始末だ。

 

「そして、この封鎖について。その理由と内情も打算ありきと理解った以上、私が口出すこともないが。

 まあ、解せんな。そんなもの、私達に明かす必要もないだろう。お前達は、万魔殿に何をさせたい?」

『無論、協力だ。我々と君たち……互いの利益を向上させる為の一助……羽沼マコト。君はそういった謀りが得意だろう』

 

 マコトの視線の先にある画面には、一人の大人が映っている。

ゲヘナの包囲を指揮しているジェネラルは苦笑交じりの声で訴えてくる。

 

『この暴動でもまだ、君たち――万魔殿は風見鶏を気取るか。機会損失を考えると、そろそろ動くべきはないか?』

「ふん、この程度の暴動はゲヘナでは日常茶飯事だ。私達が出張る必要性などないし、利益がどこにあるというのだ。

 協力と言葉を投げているが、うまい言いくるめだろう。はっ、そちらのいいように扱われるだけにしか聞こえんな」

 

 規模の大きさや内情を考えると、その言葉には強がりも籠もっているが、あながち間違いでもない。

ろくでもない事件、やらかしまくりの生徒達、半ばテロリスト染みた部活動。

頭を悩ます要素がゲヘナには山のように積もっている。

とはいえ、こういった外部との大掛かりな争いとなると、珍しくもあるし、トリニティならともかく、相手はカイザーコーポレーションだ。

 

「生徒達の自主性を重んじるのがゲヘナだからな。規律と気品で縛られたトリニティならまだしも、私達は違う」

『その自主性で損害が発生しているのに、君はまだ不動を貫くのか?』

「脅しか、それは。つまらん前振りをしようが、万魔殿のスタンスは変わらん」

 

 だから、どうした。相手が強ければ、下手に出るのか?

ゲヘナとは、羽沼マコトとは、そんなにもつまらないものだったのか。

 

「例え、数日後に世界が滅びようとも、私達の魂は変わらない。

 ゲヘナとはそういうものだ。自由に生きて、自由に死ぬ」

 

 断じて、否だ。その言葉通り、ゲヘナの流儀をわからぬ部外者相手にイモ引きなどあってはならない。

ましてや、自分は統率者。万魔殿の議長たる己が言葉で弄される訳がないだろう。

 

「貴様の言葉、これ以上聞くまでもない。万魔殿は打算だけで手を取り合うような腑抜けた組織ではないと知れ」

『そうか、残念だ。私個人としては君とうまく付き合えると思っていたんだがな』

「疾く、失せろ。まったく、いらん時間を取られた」

『本当に残念だよ。やはり、我々がゲヘナで交渉をするべきは風紀委員会だった。

 実際の頂点は空崎ヒナであり、羽沼マコトとは比べ物にならない傑物だ。その噂はほんとうだったらしい』

「は?」

『そもそも、万魔殿よりも風紀委員会の方が強敵であることは一目瞭然。活力と気力どちらも満ち溢れている。

 比較にすることに、申し訳なさしか出ないな。嗚呼、もちろん風紀委員会に対して申し訳ないと言ってるんだが』

「は?」

 

 ぷっちーん。マコトはキレた。

交渉及び他者との妥協点を見出すことを得手としている彼女がアホになる部分、それが風紀委員会――空崎ヒナについてである。

ヒナを話題に出すだけで機嫌が悪くなり、それはもう感情の赴くままに行動してしまう悪癖だ。

 

『それじゃあ、この話はここまでということで。通信は切らせてもらう』

「いやいやいやいやいや、おいおいおいおいおいおいおい! まさか、私を差し置いて風紀委員会に話を持っていく気か!?」

『交渉決裂した以上、それはそうだろう。加えて、羽沼マコトは空崎ヒナよりも器が小さいと我々の共通認識が追加された』

「はああああああああああああああああああ!?」

 

 いつもならば、マコトの暴走を止めるイロハ達がいるが、今はいない。

何なら《反転》の影響でマコトがストッパーの役割を担っているというのに。

 

「待て待て待て! 通信を切るな良いぞそのままだ早まらないその判断力誉れ高い。なんだ、その、話くらいは聞いてやってもいいぞ?

 私は寛大だからな、門前払いなどしないゲヘナの帝王だから風紀委員会はやめろ、それだけはだめだ」

『先程のやり取りは当然録音しているが、もう一度流そうか?』

「過去に囚われるな! 我々は常に未来に生きているキヴォトスの住人だろう!?!?!??!」

 

 そんな状況で、風紀委員会の話題を出されたらどうなるのか。

それはもう、万魔殿の生徒達ならば、もう何も言わずともわかる問題である。

 

『掌返しが早すぎるのは、信用を損なうぞ』

「うるさい! 風紀委員会が取引材料に出るのなら、話は別だ! 何、あの風紀委員会よりも万魔殿が贔屓されるのなら、それで良し! キヒヒヒヒ!」

 

 侃侃諤諤。マコトに対して、色々と風紀委員会を話題に出したプレゼンをしたら、快く協力の方向性へと話が転換していった。

それでいいのか、万魔殿。画面の向こう側にいるジェネラルもドン引きである。

つまるところ、いつものお約束ごと。エデン条約の時と変わらない逆張りだ。

空崎ヒナが先生のことが好きで、贔屓を受けているなら、自分はその邪魔をしたらいい。

風紀委員会の動きを徹底的に掻き乱して、奔走させてやる。

 

「それに前々から思っていたんだ。今のシャーレは風紀委員会を贔屓にしていて、気分が悪い!

 このあたりで万魔殿の凄さを宣伝して、内外問わずゲヘナのナンバーワンだと知らしめるぞ!!!!」

 

 心なしかシャーレも万魔殿よりも風紀委員会に信頼を置いている。

空崎ヒナが今のシャーレに寵愛を受けているのを歯軋りしながら見ているのは、もう終わりだ。

これまでもそうだったが、これからも万魔殿の時代である。

 

 ――情動は物事の真実と収束を遠ざける。

 

 もしも、マコトが風紀委員会に相乗りする形でカイザーコーポレーションと相対していたら、事態は収束していただろう。

最低で最悪な理由で、ゲヘナの戦線は膠着状態へと陥っていった。

混迷を辿るゲヘナの情勢は未だ不明。最初から最後まで、蚊帳の外で乱痴気騒ぎを全員が繰り広げることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミレニアム内にて喧伝された情報は更なる混乱を招くものだった。

今回の襲撃犯は美甘ネル。その情報について、信じるも信じまいも当人次第。

大半の生徒は半信半疑といった様子であったが、その喧伝が生塩ノアから発せられたものという付随情報が付けば話が違ってくる。

一笑に付すにはあまりにも発信者への信頼が強すぎる。ノアが間違った情報をこの緊迫した状況下で流すはずがない。

 

「……人手とか色々足りなさすぎる」

 

 各務チヒロはミレニアムの校舎内を走っていた。

本来なら、チヒロの立場、能力的には電子戦に終始準じるべきであり、こういった肉体的活動は他の生徒に任せるべきだ。

しかし、現在発生している問題として、ミレニアムのネットワークは内外問わずほぼ遮断されている。

何とかヴァルキューレ及びシャーレに連絡はしたらしいが、果たしてどこまで耐え抜けば良いのやら。

そうなれば、各連携含めて、今のミレニアムでは、自分の足で動くしかない。

 

「私が動く以外、どうしようもないじゃない」

 

 しかし、そこからが問題であった。仮に、ネルが実行犯であるとして、彼女に真正面から立ち向かえる生徒など、この学園内ではほぼ存在しない。

並大抵――否、相応の強者であっても、傷一つつけることすら容易ではないだろう。

C&Cのメンツであっても、勝機があるのは一之瀬アスナくらいか。いや、アスナであっても、本気のネル相手に勝ちへの直感を見出だせるのか。

そんな考察をどれだけ重ねようとも、結局戦いというのは水物だ。ましてや、戦闘のプロフェッショナルではない己が予測する程無駄なことはない。

 

 ……こういう時に連絡手段は遮断されているし!

 

 そして、チヒロが連携を行う相手はあの明星ヒマリだ。

今頃、部室にて事態の解決を図るべく、護衛にはトキやエイミがいるだろうから心配はしていないけれど、様子を見に行き、情報交換は行いたい。

まあ、癖が強い偏屈な彼女ではあるが、流石にこの状況では突飛な行動はしていないはずだ。

コタマ達でもヒマリとは、問題なくコミュニケーションは取れると思うけれど。旧知の間柄であり、知識もある自分が接触した方が効率的だ。

 

「危険な目に合わせたくないってのは、過保護なのかもなぁ」

 

 その言葉には、ちょっと、嘘が混じっている。

後輩達を危険な鉄火場に送り込みたくない。その思いがかなり強いのは否定しない。

そもそも、襲撃にあっている今のミレニアムを出歩く生徒は大抵、戦いの心得があるものだ。

そんな戦場に後輩達を送り込むくらいなら、自分が出向こう。

 

 ……こんなこと、あの子達には言えないけどね。

 

 そうして彼女は今も戦っている。

バレたら間違いなく、彼女達もついてくる以上、ヒマリをダシにしてしまった。

結構、色々と事実嘘含めて言ってしまったので、今度謝っておこう。

 

「……っ、足音!?」

 

 だから、その意思がある限り。チヒロが戦場に身を投じた結果、出会いは必然だった。

戦場から抜け出そうとしているものと戦場に飛び込もうとしているもの。敵と、味方。

調月リオと各務チヒロは戦場で交錯する。

 

「………………そういう、こと」

「チヒロ…………」

 

 突然の邂逅。チヒロは抱えていた愛銃を構え、リオも足に装着していた拳銃を引き抜いた。

アリスを介した敵対ではない、正真正銘、互いに銃口を向けあった再会。

両者、説明は必要なかった。チヒロはミレニアム、リオは襲撃者。

ならば、やることなんて一つしかない。銃口を逸らせないまま、緊迫した状態が続く。

 

「チヒロ先輩! アリス達は!」

「アリスは黙ってて! …………リオ、どうしてアリスを連れているの?」

「アリスは――」

「関係ない、なんて言っても、通用しないよ。こんな状況で無理ありすぎ」

「…………っ」

 

 一目見るだけで、わかる。満身創痍。彼女の姿は全身ボロボロで今にも倒れそうなくらい、か細い。

横にいるアリスが何か言いたげだが、チヒロ達が制している以上、アリスも黙るしかない。

彼女は何も言わない。言い訳もせず、助けてとも言わない。

 

 ――そういう所が昔から気に入らなかった。

 

 全部一人でやろうとする。リオは周りに助けを求めることなんてしない。

自分達は彼女の考えに追いつけない。錘となる自分達は彼女にとって必要はない。

ああ、わかっていたとも。嘗ては共に難題へ向けて手を取り合った間柄だ。

彼女が此処にいる意味、そしてその風体を見てチヒロはすぐに理解できるとも。

それでも。それでも、だ。仲間“だった”のだ。自分達は。

 

 ……やっぱり、自分からは、何も言ってくれないんだね。

 

 チヒロにだってわかっている。今回の襲撃犯の正体がネルではないことも。リオがボロボロで、血濡れでいる理由も。

また、勝手に他人の責任も背負い込んで何かを行っているのだろう。

エリドゥの時と、何も変わらない。昔から今に至るまで、一人で責任を請け負って、勝手に擦り切れていく。

彼女はいつもそうだ。そうする理由があるなら、一人で前線にも立つし、生命すらも切れる手札に入れてしまう。

 

「…………」

「…………っ」

 

 互いの銃口はぶれていない。アリスがオロオロとしているが、邪魔などできるはずもない。

最初はわかりあえていた。同じ学び舎で学んで、同じ道を歩んで、同じ難題に挑んで。

そうして、最後に破局した。

関係はもう修復なんてできなくて。ヒマリも、リオも、自分も。

全員が間違えていて、正しかった。誰もが等しく罪人で、こんなはずじゃなかった未来を望んでいたはずなのに。

 

「何も、言わないんだね」

「…………何かを言う必要があって?」

「そういうとこだよ、ほんと。必要性とか効率性とかそういう計算できる事象で人を見すぎ。重視しすぎ。

 とりあえず、話してみる。そういうものなんだよ。

 皆、リオみたいに全部割り切って行動できないんだからさ。そうやって、言葉と態度を軽視してるから、皆から誤解されるんだよ」

「さっき、ヒマリにも言われたわ」

「悪癖だってわかってるなら、なんで治さないの」

「…………」

「都合が悪くなったら、無言になるのはやめてよ。目を逸らして煙に巻こうとするのも昔から、ずっと。

 ほんっっっとに変わらないね、リオは」

 

 こんな風に軽口を叩き合う関係が嘗てはあった。

私達は仲間なんだ、と。ジュースを飲んで乾杯なんてした時もあった。

 

 もう取り戻せないけれど確かにあったんだ、と。

 

 そして、今。この瞬間。各務チヒロと調月リオ、二人だけの世界は続いている。

 信じ合いたかった残滓が此処にある。

絵空事の夢を語り合った過去と同じ、悲しいくらい――自分達はまだ、子供だ。

だから、言葉をどれだけ投げても止まらないことを知っている。

諦めない、絶対に。後ろを振り向かずに前へと進んでしまうリオに対して、自分はきっと追いつけない。

 

「はぁ…………行けば?」

「いいの?」

「アリスがそっちにいる時点で、私が此処で力尽くなんて、無理だし。

 悠長に説明を聞いている余裕もないから、さ」

 

 何時から自分達は違えてしまったのだろう。

ミレニアム襲撃の事件、いや、アリスを巡る一件か。

それよりも前。出会ったあの頃からか。何もかも、やり直すには遅すぎて。

 

「ヒマリで止められないなら、私には無理だよ」

 

 中途半端に賢しい己が憎い。

リオのように完璧に割り切れず、ヒマリのように感情的にもなれず。

どうして、“私達”は昔のように戻れないのだろう。

走り去っていく彼女達と戦うことも追うこともできない。

疑問を呈するしかできない、各務チヒロという人間が、嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を見上げていた。ぼんやりと、夢見心地な意識のまま、見上げていた。

錠前サオリは既に限界だった。何度目かの攻撃で起き上がれなかった。

聖園ミカとの一戦から連続して、空崎ヒナと交戦。

それは間違いなく、このキヴォトスでは艱難辛苦の順位をつけるならば、上位であろう。

大それた神秘もなく、銃弾をものともしない頑強性もなく。

堅実な技能、擦り切れた覚悟。そして、荒れ果てたアリウスを生き抜いた経験がサオリの武器だ。

それらは圧倒的な才能で圧し潰される。所詮は、才覚溢れるモノからすると、吹いては飛ぶ塵芥。

 

 ……私の力など、そんなものだ。

 

 口元のマスクは何処かへと吹き飛び、愛銃は遠くに転がっている。

形勢はアズサ達が耐え抜いているが故に、まだ互角。いや、ここから少しでも間違った戦法をとれば、即座に天秤は相手へと傾くだろう。

人数及び連携を含めて、此方が圧倒的に優位だというのに、勝負の体裁が保たれていることだ。

それくらいでなければ、あのゲヘナで最強の座に座っていられるはずがない。

 

「勝てない」

 

 全身血濡れで、呼吸もうまくできない。

骨には罅が入っているのだろう、手を動かすだけで痛みがほとばしる。

辛うじて意識があるだけで、それさえも気を強く持たなければ、そのまま意識を失ってしまうだろう。

まごうことなき、瀕死だ。こんな状態で戦えるはずがない。

 

「星を何度も墜とすことは、できないな」

 

 エデン条約の際も、鬼神の如き戦いぶりをしていたことから、覚悟はしていた。

それらの経験を経て、改めて思い知る。

空崎ヒナは最強だ。決して舐めていた訳ではないが、サオリはゲヘナの頂点に立つという意味を真に理解できていなかった。

あの無軌道かつ狂乱の日常を送る生徒達から恐れられ、認められている者が凡愚な訳ないだろう。

恐るべくはあれでいて、少なからずの手傷を負っていたことだ。彼女もまた、激戦を経て、この戦場へと割り込んだのだ。

そうなると、やはり――勝てないという結論へと至ってしまう。

強さと思いが伴っているということは手に負えない。何の搦め手も通用しない、真っ向からの勝負になるのだから。

所詮、己は虚しく散りゆく塵芥。煌き輝く主役には勝てぬ端役に過ぎない。

 

 なぁ、聖園ミカ。私にはやはり無理だったよ。

 

 視線の先に倒れているお姫様は何も答えない。

憎悪の連鎖。アリウスが行った所業。たくさん傷つけて、たくさん歪めてしまった。

例え、天使が許しても。恩師が道を作っても。世界と大衆はきっと許さない。

やったらやり返される。その理論で自分達もやった以上、報いはいつかやってくる。

それだけのことをしてきたし、それを返されて当然だとサオリは考えている。

その無邪気さ故に許されるものではないことも、他ならぬ自分もそれには納得している。

 

「空崎ヒナ。お前が私を憎むのは、仕方がないことだ。それくらい、私にだって理解できる」

 

 誰に放つでもなく、口から漏れ出た言葉には切実が多く込められていた。

生きる為に。幸せになる為に。戦い、重ねた罪は剥がれ落ちないだろう。

許しあうことの難しさを、サオリはよく知っている。

人は簡単に憎み、お互いを傷つけ合う。アリウスという掃きだめで、キヴォトスに向けて犯した所業。

それらを顧みたら、彼女が抱く憎しみは正当なものである。

例え、このような事態でなくとも、衝突は避けられぬものだったはずだ。

 

「お前に裁かれることも、とっくに覚悟できていた。今も、そうだ」

 

 どんなに取り繕っても、やり直して善行を積んでも、己を苛む苦痛は残ったままだ。

ヒナがサオリへと銃弾を撃つことも覚悟していたことだ、と。

因果応報であると受け入れるつもりだった。

仲間達はともかく、自分の顛末については当然の帰結だ。

罪は消えない。罰は終わらない。先生も言ってたことじゃないか。

例え、世界と人々が許しても、自分が許せない。

アリウスの箱庭しか知らなかった己の判断など、取るに足らない子供の空想だろう。

それでも、託されてしまった思いがある。背後には護るべき仲間達がいる。

例え、生き恥であるとサオリが感じていても、まだ倒れることはできない。

 

 ……なんだ、先生と同じか。

 

 自分よりも先に突き進んでいる大人を想起して。

傷だらけになっても、誰から憎まれようとも。己の道を進むことが最善であると信じている。

聖園ミカ。お前は、お前だったら、どうする? いや、そんな問いをする相手ではないか。

でも、やっぱり。お前ならと考えてしまうんだ。お前はいつだって煌めいて、眩しい程に強かった。

想いを歪められても尚、真っすぐに突き進む姿を羨んで。決して自分はそう在れないだろうな、と。

 

「死ぬにはいい日だが、約束……してしまったからな」

 

 いつ死んでもかまわない、明日を夢見る少女は疾うの昔にアリウスの残骸となって消え失せた。

それでも、残ったもの――掬われたものがサオリを突き動かす。

立ち上がる。ただそれだけの動作が酷く緩慢だ。痛みは全身に迸り、表情は渋くなる。

屈しかけた膝に力を込め、落ちている愛銃を拾い上げ、錠前サオリは再び前を向く。

視線の先では、今も仲間達が戦っている。己の感情よりも、サオリの判断を信じてくれた。

サオリはその信頼に対して、責任を取らなくてはならない。

信頼には責任を。責任には結果を。

故に、まだ死ねない。あの人を悲しませぬように、サオリが死ぬべき時はまだ先だ。

 

「借り物の憎悪に踊らされた者同士、最後まで付き合おう」

 

 彷徨う子供達の乱痴気騒ぎ。

それは憎悪が果てるまで、永遠に続いていく。

断つことなど、できやしない。この世界では猶のこと、不可能という文字が出てくるだろう。

紛い、押し付けられた憎悪であろうとも。相手を殺し切るまで、ずっと。

 




次回

『その選択の果て/待っていた墓標《キセキ》』
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