反転好感度のデイバイデイズ   作:このむらりく

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第24話『バイバイ・キヴォトス/ロスト・ブルーアーカイブ』

 キセキの同時行使。

たったそれだけ。それだけの想いで、世界の全ては罅割れた。

口から漏れ出た声はしわがれ、心底驚嘆しているものだった。

次いで、絶叫。世界の総てを呪うかのような、狂声が響き渡る。

全身に這い寄る倦怠感。苛む痛みは当然として展延し、己の内側にある大切なモノが削られていく感覚。

己とプレナパテス。二枚の大人のカード。

覚悟していた通り、本当に危機が迫った時に切る――それも、切ったら最後、高い代償がある極まったモノだ。

それは決して先生が使うものではないし、もしも使うとすれば、想像を絶する苦痛――命が削られる恐れがあるだろう。

忠告してくれたのは、誰だったか。いや、そんな忠告を受けなくとも、知っていたはずだ。

 

 ――何かを得るには、何かを喪う。奇跡は無償で祈れない。

 

 幾ら並行世界の己とはいえ、記憶と想いを背負うのだ。

人の軌跡、世界の重みは想像を絶するものである。

己の奇跡を行使するだけでも負担があるのだから、軌跡との同時使用といった裏技を使用する。

それでもこれらを使うと決めたのは、人の身で挑むには難題過ぎたからか。

 

 奇跡を歪めた、超常的存在。只人である身が超常を殺すのだから、当然払う代価も高額だ。

 

 その代価を払って尚、選んだ道だ。ベアトリーチェを必ず殺す。

そう、誓った以上、痕跡すら残さない。その為に、力を。もっと、力を。

流れ込んで来るキセキを掴み、握り潰し、目を開け、理解する。

タイムリミットは自身という器が壊れるまで。

奇跡/軌跡の輝きがくすんだその時こそ、自身の終わりだ。

必要なのは絶対。百点満点の結果だけだ。

その結果を得る為の下地はとっくに整えられている。ただ、それを行使することで、己がどこまで保つか。

振るうことができる力は絶対と呼べるものではあるが、無理矢理に稼働させている外付けエンジン、いつ壊れて果ててしまうかもわからない。

 

 ――気分は上々?

 

 嗚呼、最悪な気分だ。コンディションのバッドステータスが比類なきレベルで積み上がっていく。

今すぐにでも倒れ込んでしまいたい。前は見えず、今自分が何処に立っているのか。

それでも、それでも。

右手を伸ばし続けるし、倒れることはしなかった。

それに、重なった手の感覚はまだ覚えている。冷たくなったプレナパテスの手をぎゅっと握りしめて、何を誓った?

アレに意味を遺すな。アレに価値を与えるな。

果てなき自問自答を乗り越えて、先生は辿り着いたはずだ。

 

「ベアトリーチェ、お前は此処で終わるんだ」

 

 漸く出せた声は、成し遂げねばならぬ大望。

今、その権利があり、掴めるモノは己だけ。

寄る辺無き、喝采と称賛が消え失せた戦場にて、方角さえも見えなくなった盲目的な大人。

二人の大人は譲れぬ願いを携えて殺し合う。

この煉獄を踏み越えて、ただ1つだけ望んだ願い事。

胸に宿った御都合主義《デウス・エクス・マキナ》が粉々に砕け散ってしまう前に、こう言うのだ。

 

「死ぬのはお前だ、ベアトリーチェ!」

 

 ――瞬間、世界は時間を取り戻す。

どうやらあの一時の己とのやり取りも、この耐え難かった痛みも、現実世界では数秒にも足らない短い時間だったようだ。

降りしきる雨の冷たさも、握りしめた己だったモノも。今は感触にない。

漏れていた絶叫と絶え間ない激痛は、とっくに消えていた。

けれど、掴んだキセキはこの身体に。

ベアトリーチェはもう大丈夫だ。必ず、殺せる。

後は、元凶を殺す。それだけだ。先生はベアトリーチェへと真っ直ぐに視線を返す。

 

「それで、私をどう倒すというんです?」

 

 返答は、言葉で返さない。もう彼女とのやり取りは総て済んだ。

先生は腰にぶら下げた拳銃を引き抜いて、ゆっくりとベアトリーチェへと向ける。

 

「まさか、そんなもので殺すと? キヴォトスの生徒でもない只人が、何の力もない、先生が?

 ありふれた! 何の奇抜さもない、拳銃で! ふ、は、ははは、ははははははははははははっっ!

 私を笑い殺すつもりですか!? ああ、それはいい手段です、道化を貫くことにも意義がある!」

 

 それもそうだ。これが神秘溢れる生徒が放つ銃弾ならまだしも、只人である先生が放つ銃弾など、キヴォトスでは児戯にも等しい。

ヘイローもない、機械の身体でもない、弱き身体。そんな人間が、只の銃弾で殺そうなど、片腹痛い。

 

「は、はは、ははは、ははははははっはは! ええ、いいでしょう!

 どうぞ気が済むまで足掻いて願って! その果てに絶望していただきたく!

 その時の貴方の顔を思い浮かべるだけで、ああ! ああ! 最高の気分です!」

 

 嘲笑が響き渡る。未だ、この超常たる存在に挑む不敬を理解できていないのか。

徹底――病的なまでに彼女は先生を舐めている。この世は須らく、己よりも劣っている。

どこまでいっても、彼女は大人であり、魔女であり、女王であり、異物であった。

 

 しかし、その言葉は正しい。このセカイで誰よりも脆弱な先生が、ゲマトリアを殺し切るなど。普通に考えたら夢想論だ。

 

 ただし、その脆弱な人間が持ち合わせているモノに、ベアトリーチェは気づかない。

彼が握っているのは異端なるキセキを重ねた超常だということに。

大人のカード。それは確率操作であり、奇跡の顕現。

縁と縁を紡ぎ、結ぶ絆の結晶。

『ありえない』を『ありえる』へと変換する虹色の願望機。

それはまさしく絶対と呼べるキセキ。しかし、その二文字を抱くとはいえ、先生が持ち合わせていた一枚分だけでは、足りないだろう。

倒すことができる。だが、根元まで殺し切るとなれば、足りない。

 

 ――――超常には超常を。

 

 三度目なんてない。今後の憂いも含めて、魔女が孕んだ可能性まで鏖殺しなければならない。

魔女が抱ける復活の可能性を根絶するには、更なるキセキが必要となる。

故に、黒焦げになった軌跡を掛け合わせることを先生は選んだ。代償は大きいが、得るモノも大きい。

出目がラッキーセブン以外出ないスロット。六の目しか出ないサイコロ。絶対に当たる万馬券。目玉しか出ない確定ガチャ。

確率を謳っておきながら、その実は結果が決まっている。運の支配。絶好調を超えたご都合主義《運命》の掌握。

ああ、そんな存在は――神と呼ぶしかないだろう。

そして、魔女は未だ気づかない。

 

「――――――――は?」

 

キセキは条理を捻じ曲げる。その擬似的な神が込めた銃弾は、幾重のキセキ《必殺》が込められた魔弾となる。

必殺は一発でいい。何発もばらまく必要なんてない。

だって、これは、余程のことでなければ死に得ないだろう、頑強性が忘却へと追いやっていた事実。

世界も、人々も、そして、ゲマトリアも。誰もが抜けている一つの法則がある。

キヴォトスでは起こり得なかった法則。只人の先生くらいしか注視していない法則。

 

 

 

 

 

 

 銃で撃てば、人は死ぬ。たったそれだけの、法則。

 

 

 

 

 

 

 引き金を引いて、乾いた音が一つ。銃弾がベアトリーチェの腹部へと当たった。

起こったことといえば、ただ、それだけだ。まさか、自分が銃弾一発で死ぬ訳がない、そんな傲慢があったから避けることすらしなかった。

ベアトリーチェのぽかんとした表情。そして、口元から垂れる血の雫が一滴。

 

「助かったよ、棒立ちでいてくれて。おかげで狙いやすかった」

「えっ、あっ、え、え、は」

 

 未だ理解が追い付いていないのか、ベアトリーチェの声は断続的で意味をなしていない。

腹部から漏れ出す命と、次いで迸る痛み。全身に脈打つ痛みに悶え、膝が勝手に崩れ落ちた。

がくりと崩れ落ちてから漸く理解が追い付いたのか。呆け声しか出ていなかった言葉に文が戻る。

 

「お、おかしい……っ! 只人の分際で、私が、こんな!」

 

 腹部に空いた穴に風が入り込んでいる。最初は悶える程あった痛みも消え失せている。

その意味がわからぬ程、彼女も愚鈍ではない。

表情が徐々に絶望へと染まっていく。

疑問符が無数に飛び交っているであろう、理解が追い付いても言動までは落ち着いていない。

銃弾一発でこの自分が死んでしまう? 何故、こんな只人が自分を終わらせるのだ?

 

「なんです、その目は。わた、私を誰だと!」

「取るに足らない只人に殺される超常的存在?

 よかったね、初体験じゃないか。格下に殺される気分はどうだい?」

「ふざけ――っ、ごほっ! あ、ああああ、私が、私は……!?」

 

今まで経験したことのない未知。

死。ベアトリーチェにとって、一切縁のなかったモノだ。それが今、彼女の全身に這わせている。

死とは無縁だった存在が、真実の意味で死と向き合うことになる。

その恐怖と言ったら筆舌に尽くしがたいものであるはずだ。

 

「た、たす、助け――っ」

「アリウス統治時。お前にそう言ってきた子供達がたくさんいたはずだよ。

 その子達をお前はどう扱った? まぁ、お前が思い出せる訳ないよね」

 

 血を流し尽くし、霧散していく意識の中で、彼女は確信した。

命が消えていく。終わるのだ、自分が。嫌だ、嫌だ、嫌だ!

脳内に狂ったように湧き出てくる言葉は恐怖と混乱に満ちていて。

口から出てくるものは命乞いだけ。それもあんなに蔑んでいた先生に対して、だ。

掌返し。死への恐怖から逃げることしか、今の彼女の頭にはない。

そして、その言動と振る舞いに誇りはなく、今この瞬間、キヴォトスで一番無様なのは、彼女だろう。

それはゲマトリアとしても、ただの化け物としても見るに耐えない。

だから、お前は――無様に死ぬ。

好き放題に生きて、奪って、ひけらかしてきた。

その報いは、今味わっている恐怖が答えだ。

欠落と崩壊が交互にやってくる。まだ、生きている。いや、もう死んでいる。

怖い、いつ終わってくれるのか。それとも、終わらせてくれないのか。

傾きは固定しない。だって、それが死を迎えるということだ。

とっくに彼女の視界は色彩が亡くなっている。今も発しているはずの命乞いもちゃんと言葉に出せているのだろうか。

何も見えない。何も聞こえない。鼓動の音はもういつの間にかに闇の彼方へ。

ゲマトリア。ベアトリーチェ。己がしがみつき、離さなかったものも、全部摩耗する。

何だったのだろう。四則演算など到底無理なこの頭に残ったのは、疑問。

その問いは誰に対してか。何に対してか。最早、知る由もない。

淀んで、滲んで、最終的には全部空っぽだ。輪郭のなくした意識が最後に見たものなど、ない。

ベアトリーチェはゆっくりと己の終焉を味わうことになった。

意味と価値が恐怖で塗り潰され、更には虚無へと堕ちるまで、ずっと。それが、彼女にとっての罰。

超常的存在の、本当の終わりだった。奇跡であっても、覆せない真実が此処にある。

 

「結局、こうするしかなかったな、ベアトリーチェ」

 

 それを、先生は最後は黙って見届けた。

今の自分が浮かべている表情は到底、生徒達には見せられない。

基本的に生徒達に詳らかにする先生も必要なら隠すし、欺くことはする。

こんな、憎悪と拒絶でしか分かり合えない間柄――生徒達に見せるものでも、背負わせるものでもない。

もう少し大人になってから、段階を踏んで学んでいくものだ。

そもそも、ベアトリーチェが蘇らなければ、もっと先送りにできたけど。

 

 ――貫き続けるさ、演じ続けるさ。

 

 担って、背負って、その果てに待っていたモノ。

エゴイストであり、プリテンダー。

先生というエゴを貫き、大人を演じて。

その過程で生まれた痛みを、忘れぬように、揺らがぬように。

 

 ――でも、これが、私が負う責任《罪と罰》なら仕方ない。

 

 その席《責》を誰かが担わなくてはならないのなら。

それで、誰かが笑ってくれるのなら。

全部、仕方がないことだ。

救われる対象――少しの陽だまりに自分が入ってないことも。

キセキは決して先生の幸せの為に、賽を振ってくれないことも。

そうして壊れた自身の心を無理矢理に継ぎ合わせていることも。

全部、全部。見なかったことにして、先生は盲目に責任を果たす。

それは他の誰にも任せられない自分だけのグランドオーダー。

 

 ――受け継いだキセキ《デウス・エクス・マキナ》は引継ぎを終え、粉々に砕け散った。

 

 奇跡は生徒達には舞い降りる、青春は彼女達を救ってくれる。

何度も。何度でも。曇りなき青空が続く限り。だから、さあ、青春を再続けよう。

 

 

その為に、今――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――やり直そう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 口に出して、宣誓する。生徒達は救われる、世界は元通りになる。

その為に選ぶ。

間違っているのは、世界か。それとも、自分か。

ずっと悩んできた。自分で決めた選択肢が本当に正しいのか。

今下す判断が齎す事を考え、それでも、と。

二つのキセキ。潰え、手持ち無沙汰になった魔女のキセキ。

これら総てを使い、世界と大衆は元通りの道へと歩むことになる。

できるのか? そんな問いを投げかける時はとっくに過ぎている。

やらなくてはいけないのだ、これは使命であり、絶対だ。

世界を救おう、生徒達を護ろう。

それらを為せる力があるのなら、為すべきだ。往く余地があるなら、往くべきだ。

救って、護る。その願いだけを信じて、信じさせて欲しい。

 

「全部、元通りにするんだ」

 

 呟いた言葉を噛みしめるように、先生はキセキを束ねて、行使する準備を整える。

けれど、積み重ねてきた懊悩が最後の引き金を留めさせた。

先生の手には、常に後悔と間違いが付着している。

選択肢を提示され、選んで、棄てて。その繰り返しを続け、ここまでやってきた。

世界と人々が間違っているからと言って、自分が絶対的に正しい訳ではない。

世界も、人々も、己も。須らく間違っているとしたら、どうする?

正しくもあらず、間違いでもあらず。あり得ぬ、そして、届かぬ。

結局の所、二律背反に侵された至上命題なのだから、解決なんてできるはずがない。

絶望の終着点。担い手の魔女は意味と価値を遺さず、虚とする。

故に、新たな担い手は自分を以て他に存在せず。

身体に宿った軌跡と呪いはとっくに定着している。今の自分には、世界と人々を元通りにする資格が十分にあるはずだ。

 

 迷うな、と。

 

 自身を顧みて、曖昧に嗤う。

己を鼓舞するかのように呟いた声は驚くくらい覇気がなかった。

おそらく、奇跡の担い手であるベアトリーチェがいなくなった以上、《反転》は自然と元通りになる――かもしれない。

あくまでも、仮説だ。キヴォトスに蔓延る《反転》した感情はそのままかもしれない。

それなら、やりようはある。先生が引退して陰ながら、とか。表舞台から去るだけで幾らでも対策できる。

しかし、感情が元通りになって、記憶がそのままであったなら、話は別になる。

生徒達がベアトリーチェへと与した記憶を残したまま、世界は続いていく。

 

 多分、生徒達は耐えられない。

 

 それに伴う影響を考えると、やっぱり消えてしまった方が円滑に世界は繋がっていくのだろう。

最終的に、決断の争点となるのは、この戦い及び記憶を遺すか、遺さないか。

最初から、二者択一の選択肢は常に提示されてきたし、これは、シャーレから逃げてから、この状況に至るまで、ずっと考えてきたことだ。

このまま、あるがままに時計の針を進めるべきではないか。記憶を遺すことで生まれる学びや絆もあるはずだ。

先生の個人的判断で変えてしまっていいのか。

彼女達はこの記憶を抱えたまま、青春へと戻れるのか。

己個人の判断でそれらをなくしてしまうことは、生徒達の未来を強制しているのではないか。

自分もベアトリーチェと同じではないか。

懊悩は混迷し、明確な回答を導き出してくれない。これらの問題に対して、明確な答えは生まれなかった。

きっと、どちらを選んだとしても、後悔する。

 

 ――ああ、でも。あんな奴の為に、生徒が苦しむ必要なんてない。

 

 けれど。それでも。

害が利を上回るとか。総合的な成長だとか。

色々と生徒達のこれからを考えて、悩んで、苦しんで、選んで。

そういった『青春と未来』に、ベアトリーチェという存在は劇物だ。

彼女達はこの期間に起こったことを先生が許しても、生徒自身が許さない。

 

「お前には何も奪わせない」

 

 一生ついて回る呪いとして、彼女達の青春に汚れが付着する。

ああ、彼女達の青春は魔女の手によって取り戻せないものになる。

 

 ――そんなものを認める/遺せる訳がないだろう。

 

 自分も大概、エゴイストである。例え、それが弱さであっても。間違っているとしても。

より多くの生徒達が青春を陰りなく送ることを選んだ。

 

「無かったことにする。その罪は背負うさ」

 

 この戦いの記憶は生徒達には残らない。

だから、自分一人で、喜びも、悲しみも、怒りも、楽しみも。全て、背負う。

 

 ――棄てれるのか?

 

 その意味を、己は真に理解できているのか。

それはここまで一緒に戦ってきた生徒達との絆も無かったことになることを受け入れられるのか。

ここまで大規模な奇跡を行使するのだ。器用に彼女達だけ記憶を遺すご都合主義は存在しないだろう。

世界を塗り替える奇跡だ、そこに例外を加えると障害が発生してしまうかもしれない。

 

 不知火カヤ。FOX小隊。調月リオ。花鳥風月部。アリウス・スクワッド。

 

 分かち合えてしまった相互理解。

叶うはずのない、約束。

決して訪れないだろう未来。

過去と嘘を乗り越えた決意。

それらを棄てることは先生にとって、最後の試練となる。

 

「棄てるさ。私は、私は…………世界と、生徒達を――――」

 

 ――――救う。

 

 その対象の中に、彼女達の名前がないことなんてとっくに気付いていた。

だから、きっと。それは罪であり、永劫許されない枷として己に残る。

 

「…………あぁ」

 

 青春《物語》を続ける為にも、奇跡は淀みなく行使されなくてはならない。

《反転》による魔女の存在証明を不成立とする。

そうして、改変された物語に遺るものが青春であることを信じて。

物語の続きで愛と友情と希望が生まれるのならば、それはハッピーエンドでいいはずだ。

一片の曇りもない救済。物語の基軸は元に戻る。

それに、この戦いを一緒に駆け抜けた記憶がなくなったとしても。

もしも、彼女達が困っていたり、問題を起こすのであれば、再び自分が責任を持って対応したらいい。

彼女達も自分の生徒であることに変わりはないのだから。

 

「キセキなら、応えてみせろ。世界と人々を護って救うくらいの、ことぐらい、できるだろ……?」

 

 これこそが己の答えと決意を固め、先生はカードを手に取った。

奇跡は軌跡に呼応して、眩い輝きを放ち始める。

嘘で世界と人々を覆う準備は整った。あとは、先生が引き金を引くだけだ。

 

「クルミ」

「オトギ」

 

 そのやさしさに、先生は救われた。

あの時握ってくれた手の温かさを、あの時願ってくれた皆の幸せを。

世界が忘れても、己は忘れない。

 

「リオ」

「カヤ」

 

 どこまでも愚直に、己の強さを貫く姿に救われた。

その愚直さ故に間違えた彼女達だけど、まだ間に合う。

未来にはまだ、希望が残っている。その筋書きを変えるのは、自分でなくともいいはずだ。

 

「シュロ」

「コクリコ」

 

気まぐれで我がままばかりだったが、最後までこちら側に立ってくれた彼女達。

記憶をなくせば、再び敵同士。趣なんてない殺伐とした間柄に戻るだろう。

それでも、鈴の音を彷彿とさせる軽やかな声と、泰然自若とした態度をきっと忘れることなんてできないだろう。

 

「ニコ」

「ユキノ」

 

 もう二人との約束は果たせない。

己を顧みろと怒ってくれたその優しさを。

一緒に明日を見ようと願ったあの日を。

それらをくべて、私は進もう。

 

「サオリ」

 

 あの局面で己の味方をしてくれた。

その決断がどれほど辛く、険しいものだったか。

己への嫌悪に濡れて尚、此方側に立ってくれた決意を無駄にはしない。

 

「君達が忘れても、私は忘れない」

 

 彼女達から受けた信頼を、培った信用を、一つずつ、丁寧に切り捨てていく。

遺るのは責務と立場。それらに不純物が混ざってはいけない。

ああ、生きるのはこんなにも辛く、無様だ。

胸中で荒れ狂う激情を押さえつけて、奇跡を希う。

お願いします。頼むから。頼むよ。

切れ切れに吐いた言葉が思い出へと手を伸ばしてしまう前に。

 

 

「世界を元通りにする」

「世界を元通りにする」

 

 世界を元通りにする。

 

「世界を元通りにする」

「世界を元通りにする」

 

 世界を元通りにする。

 

「世界を元通りにする」

「世界を元通りにする」

 

 世界を元通りにする。

 

「世界を元通りにする」

「世界を元通りにする」

 

 世界を元通りにする。

 

「世界を元通りにする」

「世界を元通りにする」

 

 世界を元通りにする。

 

「世界を元通りにする」

「世界を元通りにする」

 

 世界を元通りにする。

 

「世界を元通りにする」

「世界を元通りにする」

 

 世界を元通りにする。

 

「世界を元通りにする」

「世界を元通りにする」

 

 世界を元通り■する。

 

「世界を元通りにする」

「世界を元■りにする」

 

 世界を元通りにする。

 

「世界を元通りにする」

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 世■を元通りにする。

 

「世界を元■りにする」

「世界■元通りにする」

 

 世界を元通■にする。

 

「世界■元通りにする」

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 世界を元通りにする。

 

「世界を元■りにする」

「世界■元通りにする」

 

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世■元■り■■する。■元■りに世■を元世

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忘れてほしくない」

「世界を元通りにする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 選ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■」

 

 

 

 

 

 

 忘れてほしくない。

 

 

 

 

 

 

 お前は今、何を選んでしまった?

奇跡は願いに対して真摯に応える。奇跡は正しく機能する。

即ち、嘘偽りは奇跡の前では通用しない。

例え、それが許されぬものであっても。99%の否定。そして、1%の肯定。

ほんの僅かな躊躇であっても、それ必ず映し出されることになる。

 

 彼女達との思い出《ブルー・アーカイブ》を棄てれる訳がなかった。

 

 短い間だったが、護られて、救われて。彼女達という存在は決して無視できるものではない。

世界と人々が秤に置かれてることを踏まえて尚。棄てなくてはいけないとわかっていても、できなかった。

先生は最後まで100%、己と彼女達を犠牲にすることへの迷いを消しきれなかった。

奇跡は正負どちらの情動であっても、平等に精査する。それは、共に戦った生徒達に忘れてほしくないという切り捨てた弱さも拾い上げてしまう。

 

「………………………………止めて、くれ」

 

 止めろ。口から漏れ出た言葉は己の口から出たとは思えない、弱弱しい懇願だ。

忘れてほしい。忘れてほしくない。逆しまの願いを、奇跡は素直に受け止める。

ぐちゃぐちゃになった己の表情は、声は、世界の行く先を示している。

全く異なる願いを奇跡へと二つ重ねたらどうなるのか。

自明の理である。奇跡は不具合を引き起こす。

願った忘却は中途半端に叶えられ、願った定着は中途半端に固定される。

出来損ないの願いがキヴォトスをコーティングされるだろう。そうなれば、世界と人々はどうなってしまう?

 

 先生という存在が、全てを駄目にする。

 

 お前のせいで、キヴォトスは、生徒達は、ぐちゃぐちゃになってしまう。

お前が責務と立場に徹しないから悪い。お前が彼女達に救いを見出してしまったのが悪い。

お前が生きているのが悪い。お前が許されるのが悪い。お前がキヴォトスに来たことが悪い。

世界と人々が、彼の重りであった。

 

「……知ってるよ、そんなこと」

 

 現状の認識を整理する。このままだと奇跡は不具合を起こす。

いや、うまく回る可能性は残っている。破綻は確定とまではいかない。御都合主義で帳尻は合い、先生にとって最良の結末が待っているかもしれない。

けれど、あくまでも『かもしれない』という話だ。無論のこと、保証なんてものはどこにもなく、何が起こるか全くわからない。

今後のキヴォトスに破綻が発生する可能性を考慮すると、きりがない。

 

「だったら、これしかないってことも。最期に、私がやらなきゃいけないことくらい、決めていたさ」

 

 整理の時間は悠長に与えられない。決断は即断即決。

一刻も早く、稼働し始めた奇跡に対して、回答を出さなければならないのだから。

 

 ……過った最期へと走り切る。

 

 先生は腰にぶら下げた拳銃を引き抜き、銃口を自身の側頭部へと向ける。

その行動は、衝動と理性による最終結論だった。

回答は、先程ベアトリーチェに対して行ったことの再実行。

奇跡の担い手を排除する。つまるところ、自死だった。

あの時、花鳥風月部を相手取った時とは違う、正真正銘、己を殺すべく引き金を引く。

これが正解か、不正解か。時間が無さすぎる今、もはや何もかもが間違っていて、許されないのだから。

そんな不確かな中でただ一つだけ、絶対なのは。

『終わらせる』。それだけは間違いじゃないと信じられるから。

 

「ごめん」

 

 そうして、己への殺意を込め、引き金を引いて。今度こそ、総てが終わるはずだったのだ。

引き金は確かに引いた。何度も、何度も。指の皮が剥けるくらい、強く引いたはずなのに。

弾丸は発射されなかった。キセキはもはや己の生死すら自由にしてくれない。

誰かが担わないといけない人柱。世界と人々が健やかに廻る為の要石。

役割と責務がそれを強い続けるのだ。

 

「確かに、こうなるかもしれないとは思っていた」

 

 そうして、色覚も消えてしまった。あの透き通るような青も、吐き捨てた血反吐の赤も。

総てひっくるめて、喪失してしまった。

空が灰色だから、建物が灰色だから、血が灰色だから、死体が灰色だから、己が灰色だから。

青を無くした理由は幾らでも思いつく。

我欲のままに振るった思いと決意が招いたのか。それとも、奇跡と呪いを二重に使った代償が廻ったのか。

何にせよ、ユキノと交わした約束は果たせそうにないな、と。

一緒に青空を見よう。そんな簡単なことさえ、できない。

彼女の遠慮がちな笑みも、自分は受け止められる資格はもうないのだろう。

 

「殺せたのは、色だけ。無様だな」

 

 口から漏れ出た言葉にすら、色がなかった。

喝采はない、栄光はない。無論のこと、そのようなモノを望んでいる訳ではなかった。

聖職と呼ばれるであろうこの立場で求めるべきではないことだってわかっている。

だから、こうなる結末は、「どうしようもない」と評する他なかった。

何を抱こうが、赦されないし、救われない。世界はそういう形でできている。世界はそういう形で続いていく。

そうだ、仕方がない。ふらりと振り返り、歩いてきた灰色を見据えて、ため息を付く。

誰が担おうが、その礎が子供であろうが、結局行き着く先は同じなら。

せめて、過程で起こる懊悩は自分が担おう。揺らぐな、違えるな、まだ帰路はある。だから――。

 

 帰る場所など何処にもないというのに、何処に帰るというのだろう。

 

 色のない世界に帰った所で心休まる時はきっとない。

人も、世界も、移ろいやすいものだ。現に、魔女の企てにより、世界はバラバラになりかけた。

そうして、取り戻そうと足掻いた結果、最後は総崩れだ。

 

 助けてとはもう言えない。

 

 祈るように、悔いるように。何度引き金を引いても、銃弾は己を救ってくれやしない。

自由と青春で満ちた世界は生徒達の幸せは保証されている。

その幸せの保証には先生が必要だから、どうなっても生かす選択肢を取るのだろう。

 

 世界は廻る。青春は続く。

 

 先生は総てを得て、総てを喪った。殺して、殺された。

心の何処かでわかっていたはずだ。何の代価もなしに世界が元通りになるなんて思っていなかった。

誰かが汚れるくらいなら、自分が汚れよう。

そう、決めていた。選択肢を提示されて、先生は選び取った。

正誤はどうであれ、責任と結果は帰ってきた。

そして、その結果の中に青はどこにもなく。世界は疲れて、色褪せてしまった。

全部、くすんでいく。輝いていたはずの世界はもう消え失せた。

戻れなくなる。許せなくなる。救えなくなる。

それでも、役割と責務は消えやしない。奇跡と軌跡を行使した以上、もはやその生死はキヴォトスと生徒達のものだ。

己の手にそれを棄てる権利はとうに投げ捨てた。

だって、お前は。だって、貴方は。だって、自分は。

 

 ――大人で、先生なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上る。昇る。登る。

ボロボロの身体を引き摺りながら黄金螺旋階段を駆け上がる。

FOX小隊と小さなドローン、そして、背負われた怪談家、サオリ達が続く。

 

「ちょっと、もっと優しく運んでくれませんか?」

「ここから投げ捨てますよ。貴方、身内じゃないですし」

「手前といえども、こんな高い所から落ちたら死にますからね!?

 いいんですか、とっても後悔しま……あ、ちょっと待って下さい、これは振りじゃないですからね」

『元気ね、貴方達……』

「ただでさえボロボロだったのに、さっきの風紀委員長のせいで、もう弾薬もないわ。

 というか、リモート先の会長サマも満身創痍じゃない」

 

 リモート先で発せられるリオ達の声にも疲弊がある。

シュロは言わずもがな、全身ボロボロでニコにおぶってもらっている。

暴れまわっているヒナを援軍に来たFOX小隊達が後ろから奇襲できたのは僥倖だった。

挟撃がうまくいかなければ、ヒナを倒すことはできず、間違いなく戦いはまだ続いていたはずだ。

 

『良いからさっさと先生を連れて帰って来て下さい! 何の為に、貴方達を送ったと思ってるんですか!!』

「うっさいわねぇ」

 

 カヤだけは元気一杯だが、何時までこの元気も続くことやら。

それでも、全員足を止めないのは胸中にある意識が共通しているからにならない。

あの人の所へと、行かないと。

この先に待っているもの。自分達の手で終わらせなければいけないもの。

一人で世界の果てへと向かった先生を少しでも手助けする為にも。

駆ける。懸ける。願いを、生命を、正義を、嘘を、恩義を。

それら総てを気力に変えて、階段を急ぎ足で踏み越える。

そうして、そうして。

 

 ――――頂上の戦いはもう、終わっていた。

 

 戦争の終わり。そして、キセキへと突き立った墓標。

全員が最善を目指して、最良を信じて。その選択の果てに残ったものが待っていた。

 

 理想の終わりと青春の瓦解。

 

 誰も駆け寄ることができなかった。

その結末に触れてしまえば、本当に壊れてしまいそうで。

一言で言えば、疲れ切った表情だ。自分の頭部へと銃口を当てて、引き金を引き続ける姿を見て、全員が絶句した。

それは、この場にいる全員への罪であり、罰。

此処に立つという意味は、世界を背負うことだ。もしも青春を楽しむならば、立つべきではなかった。

その上で、選んだのは少女達だ。最善で、最良の、地獄を征くことを選んでしまった。

けれど、彼は、彼の顔は。どうしてそんなにも。

 

 そんな顔をさせる為に、そんな責務を背負わせる為に、私達は戦ってきたのか。

 

 人々が、世界が、物語を望んでいる。

透き通った青春を。あの青の先にあるハッピーエンドを。

それらを介した友情と希望は、果たされる。誰にも知られぬ犠牲を踏み台にして、きっと。

 

 

 

 青が、今にも泣きそうな笑顔で、嗤っていた。





次回

『忘れてほしくない/世界を元通りにする』
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