「やっほ、先生~。いい夕焼け空の所、悪いけどすこーしお話しない?」
「…………オトギかぁ。何かあった?」
「いんや、暇すぎて暇だったから? 先生も暇だろうし、声かけちゃったって訳だよ。
まあまあ、許してほしいね。この寛大な私に免じて」
「寛大なの、そっちなんだ……? 別にいいけどね、多忙って程でもないし」
リオ達との話し合いの後、百鬼夜行へと向かう道中。
カヤが秘密裏に隠し宿としている平屋で、少しの休息をしている最中だった。
今後の戦略について一考していた時、ふと声をかけられた。
夕焼け小焼けの茜空。特に気にもしていなかった先生はその声への反応が数瞬遅れてしまった。
へらりとした表情でぬるい声色。FOX小隊の中でも、ゆるっとした態度が特徴のオトギだ。
ガラス球みたいな、透明な瞳がニヤリとした口元と合っている。
彼女がこうして声をかけてくるのはそこまで珍しくはない。
「二人きりだね、先生……」
「隊長に通報するよ?」
「初動が早すぎる。特に悪いことやってないでしょ、私」
「これからやるんでしょ。その表情には覚えがあってね。
イタズラ好きの生徒がこれから悪事やりますって顔とそっくり」
「偏見!」
「れっきとした経験からくる推測だから」
「その推測は私で終わりにしてほしいねぇ」
FOX小隊の中でも、ムードメーカーなのだろう。
場を和ませて、程よい空気にしてくれる言動は、先生も好感を持っている。
とはいえ、彼女も歴戦の特殊部隊隊員であり、狙撃手という立場からくる目の良さは頼りにされている。
「そういえばクルミから色々と聞いたよ。いや~随分とラブラブなやり取りをしたそうで」
「脚色どれだけ盛ったらそうなるのさ」
「10割増し」
「暴利にも程がある。というか、よくもまあ、そこまで盛れたね」
「乙女は色恋の話だといつも盛るからね、気にしないで」
「被害は私とクルミに来るんだけど」
「おっと、これは鈍感を通り越してる発言だよ」
それでも、飄々とした態度と言動は確固とした自我――素がふわふわなのだろう。
先生に対しても特に気取った様子は見受けられない。
うっへっへっと、とても乙女が出す笑い声ではないのはさておきとして。
「まあ、脚色云々はともかく」
「全然、ともかくで片付けていい話ではないけど……」
「そこはほら、さっきも言った通り、乙女は恋の話が大好きだからさ。
親愛なる友人に意中の人ができたとなったら……っと、また話が逸れる所だった。
FOX小隊としてではなく、私個人として、先生にはお礼を言っておきたくてね」
ぺこりと。オトギは頭を下げて、悲しそうに笑う。
其処にあったのは、先程までのふわりとした空気が消えた、疲れ切った少女の姿だった。
どこか冷たく、おちゃらけた表情ではない。それはFOX小隊のオトギとして、何かが切れた現実的な表情だ。
「クルミに対して、真摯な態度で接してくれてありがとう」
「生徒に対して真摯な態度で接するのって当然のことじゃない?」
「その当然が嬉しかったってことだよ。
まあ、やってる業務的な意味合いで、私達は色々と擦れててさ。
先生もRabbit小隊で知ってるはずだけど、あんな感じ……わかるよね?」
「あー……」
「褒められた話じゃないんだけどさ。FOX小隊にいつかは来る破綻だった。
クルミの場合、それが皆より早く来ちゃったんだろうね。
わかっていたのに、私達は見ないふりをしてきた」
オトギの言う通り、Rabbit小隊と出会った当初は、コミュニケーションすらまともに取れなかった。
紆余曲折あって、良好な間柄になったけれど、険しい道のりだった。
先生は知っている。彼女達が何に対して焦って、追い詰められていたか。
その事実をFOX小隊が知らないはずもない。彼女達もまた、先生の預かり知らぬ所で切り詰めていたのだろう。
「先生が眩しくて、真っ直ぐだから悪いんだよ」
「買い被りすぎだ。私は碌な人間じゃないよ。
オトギが思ってる程、立派な大人をやれていない。
そんなことないって思っていても、きっと、私は――」
「それでも、救ってくれたのは先生でしょ~。私達が踏み切れなかった一歩を踏み出したのは、先生なんだから」
出会い、逃走、懇願、解答。
全部偶然だった。それは先生でなくとも救えたかもしれない可能性だった。
けれど、偶然も積み重なると――必然だ。そうやって手繰り寄せたモノを、運命と呼ぶ。
一つの偶然では為し得なかったと理解していながらも、それでもやっぱり――この出会いを、オトギは奇跡と信じたいのかもしれない。
「ま、先生の思ってるように、私達の出会いが違っていたら、こういう風にはならないかもね。
たーだっ、そんなつまんないイフを考えてるってこと、クルミにバレないようにしてよ?」
起こり得ないイフの可能性に一喜一憂するより、青春《イマ》に目を向けた方がいい。
いつのまにかに、オトギの表情には明るさが戻っていた。
「私達の中でも、クルミはきにしいでね。正しさだけでは色々と割り切れないこともあってさ。
せっかく、自分の正しさを取り戻せそうなんだから、水を差すのはやめてほしくてねぇ」
強く、正しく。彼女が気を張り詰めていることは先生にもわかる。
もっとも、それはクルミに限らずFOX小隊の全員に通じることかもしれないけれど。
真面目で、正しくて、理不尽を受け入れられない――我慢ができなかった子供達だった。
「改めてお願い。今の先生に頼むのは酷かと思うけれど、あの気難しい親友が珍しく懐いたんだ。
私にできることなら、できる範囲で何でもやる。だから、クルミのことを気にかけてほしいんだ。
もし先生の手が空いているなら、隊長達のことも――」
「頼まれなくてもそのつもり。そもそも、一人抜けてるでしょ。自分自身――気にかけるのはオトギもなんだけどね」
「へ?」
「この流れで、オトギを気にかけないなんてある訳ないからね」
「いやいや。私は別にいいってそもそもそういうのは私じゃない子が受けるものであって」
「そう? だって、オトギも私の生徒なんだし……。
内では場が和むように気を配ってて、外では狙撃手らしく敵と遭遇しないか常に気を張ってるのに?
私が、とても頑張ってる子も見て見ぬ振りするような大人と思う?」
その言葉を理解する事に、数秒は使った。首を傾げて、うんうんと唸って漸く理解が至る。
オトギは、キョトンとした顔で先生を見るも、先生はその表情に浮かべた笑みを変えることはなかった。
敵わない。最初から最後まで。オトギは自分を度外視していることに自分で気付かないのだから。
夕日の眩しさがオトギの表情を隠す。寧ろ、隠れていなければならない。
オトギ自身、浮かべている表情が真っ赤でだらしがないと確信している以上、それは絶対に隠すのだ、マスト隠しである。
とはいえ、黙ったままだと判定負けだ。ぷいっと、先生から顔を反らし、ごみょごみょと小さな声で言葉を返す。
「違うけど、いや違ってほしいけど」
「そんなことはないでしょ。というか、私がオトギだけハブるような性悪だと思った?
クルミのことをお願いする大人が、そんなろくでなしだと気が気でなくない?」
「それは、そのぉ」
「はい論破。先生が生徒の悩みを聞かなくてどうするのさ。私の存在意義、台無しでしょ」
「……そこにいてくれるだけでいい置物という意義ってどう?」
「目が泳いで、口元がもごもごで、もっとはっきり言ってくれるなら頷けるかもね」
「頷く気、ない癖に……乙女の攻略は手強いんだから。私は絆されないよ!」
「生憎と。ゲームで百戦錬磨なんだ、私は。負けるつもりはないよ」
「乙女の瑞々しい気持ちとゲームの攻略を一緒にしないで」
「それもそうだね」
こんな風に、軽い会話をしたのは久しぶりで。それでいて、下らなくて。
緩んだ口元はまだ戻らないが、飄々さを取り戻していたオトギは無理矢理に会話を打ち切って、先生に背を向ける。
「まあ、急ぐモノでもないし、気が向いたらってことで」
「……ありがと、先生。それじゃあ、気が向いたら頼らせてもらうね~」
「そのいい草だと本当に気が向いたらって感じだね……」
ひらひらと手を降って、オトギはその場を後にする。
もう顔の表情からしてガバガバの気はするが、取り繕いはしよう。
振り向かない。これ以上甘えてしまわぬように。
そこは、まだ、オトギが飛び込んでいい居場所ではない。
「こそばゆいものだね、無償の信頼は。向ける生徒は選ぶべきなのに」
先生から逃げた後、ボソリとつぶやいた言葉は重く、息苦しいものであった。
漏れ出した独り言に込められた想いは後悔か、それとも諦観か。
どちらにせよ、オトギは疑うのも馬鹿らしい、愚直に先生を張り通している大人を見て、敵わないと思ってしまった。
最初からムリなことだった。その悪を貫くには自分達はあまりにも正義で在りすぎた。
「やっほ。クルミ。いや~、あの人劇薬だわ。あそこまで真摯に口説かれたら、靡いちゃうね。
敗け敗け! 私の敗け! 色んな意味で勝てないって、あの人! クルミが色ボケ狐になるのも納得!」
「そういうのじゃない! ただずっとこのままでいいのかって思っていただけなの! 先生が背中を押してくれただけだし!」
「じゃあ、もう一回あのやり取りを聞く? この前のやり取り、盗聴して聞いていたけれど、ラブラブだったねぇ
クルミが恋に落ちる音は録音済だよ、キヴォトスの放送局を占領して配信しちゃおうか?」
「ぶっ殺すわよ」
「こっわ~。ま、それはともかくとして、重ねて、あの人は誑かしの極みだね。
聞いている状況を顧みると、あの胆力と善性は傑物だよ。
とっくに壊れて、人を信じられなくなってもおかしくないのに」
話を立ち聞きしていたのか、建物の影でこっそりと此方を覗いていたクルミへと、声を掛ける。
口元をへの字に曲げたいつも通りの跳ねっ返り。
思えば、彼女と任務以外の話をしたのはかなり久しぶりな気がする。
「でも。ああいう大人が欲しかったんだよねぇ、私達は。先生と知己になるのがSRT廃校前だったら、なぁ。
あの人、間違いなく私達を助けてくれたし、廃校も撤回できたのに」
「今更の話でしょ。大事なのはこれからってあの人は言ってくれたんだし」
初めはただ、正しい行いをするべくまっすぐに進んでいたはずだった。進む道を見失って迷子になって、後戻りしようにも帰り道もわからない。
だから、この結果は必然であり、この未来は偶然である。
居場所を取り戻す為なら、何をしてもいいのか。自分達の正義を裏切ってまで、覆した廃校に価値はあるのか。
武器が考える必要はない、と。隊長は言うけれど。どうしても、心の片隅からわだかまりは消えてくれなかった。
「あーあ。どうせ地獄に落ちるなら皆で一緒に、って思ってたけどさ。
悪役向いてなかったねぇ、私達」
「私は今でも落ちる覚悟があるわよ。今更悔いて改めた所で許されるとは思っていないし。
それでも、そうね……まだ間に合うなら、自分の正義を貫く。大人に……先生に賭けてみたい。
例え、隊長と道を分かつことになっても。私はもう、自分の正義を裏切れない」
先生とのやり取りは最後の後押しに過ぎない。消えない迷いを浮き彫りにされて、堪えきれなくなっただけだ。
嘗て抱いた正義の一番星は、今は見えている。遥か彼方で輝くモノを掴める掴めないに関わらず、手を伸ばすことを諦めない。
嗚呼、SRTに入学した時、FOX小隊を結成した時、犯罪者達を検挙した時。
いつだって傍にいてくれて、導いてくれた正義を、オトギはもう思い出したから。
「ずっと悩んでいたけど、これでスッキリした。悪いわね、オトギ。私は先に抜けるわ」
「いやいやいやいや。私の方が先に抜けるから」
まずは、手を伸ばしてくれた人を信じることからやり直そう。ああいった大人なら、まだ信じてもいいかもしれない。
奪われて、地に落ちた自分達でも、可能性が残っているのなら。
――きっと、それは素敵なことだ。
■
そして、その裏側を、まだ彼女達は知らない。
■
「合縁奇縁、云々! 色々とあるけれど、ご飯を作ったよ!
調達が結構大変でこれしか作れなかったけどね!」
「絶対、《作れなかった》じゃなくて、《作らなかった》でしょ、これは」
「どうして止めなかったのさ、隊長」
「私にもできることとできないことがある」
「うっわ、逃げた……」
時刻は夜に変わって。とりあえず、親睦を兼ねて食事を取ろうということになった。
学校が違えば、立場も違う。何なら抱いてる思想すらバラバラだ。
それでも、此処に集ってるのはベアトリーチェという冒涜的な存在を放置しておけないと考えている為だ。
主目的が全員、一致しているのなら、手を結ぶことだって容易い。
けれど、これは絶対にそういう思惑を全部ぶん投げた《趣味》だろう。
稲荷寿司。更に稲荷寿司。机の上にたくさんの稲荷寿司。というか、稲荷寿司しか存在しない。
燦然と輝く狐色のお寿司のが机を一国支配。
ばばーんと効果音がつきそうな笑顔で、ニコが音頭を取る。ポーズはすしざん●い。
ニコだけにニッコニコで出来上がった稲荷寿司をアピールしていた。
FOX小隊とカヤは慣れているので諦め顔だが、先生とリオは少しドン引きしている。
稲荷寿司に対しての情熱が強すぎないか、この副隊長。
「別に私は食べなくてもいいのだけれど」
「まあまあ。そんなことを仰らずに。腹が減っては戦はできぬというじゃないですか」
「サプリと栄養ドリンクで十分よ……あ、掴まないでちょうだい! やめ、やめなさい!
食べる、食べるから! 無理やり口に突っ込むのはやめて!」
控えめに遠慮しようとするリオは何とか話をそらして逃げようとしたが、ニコの押しに勝てずに食べている。
やいのやいの、と。こんな風に騒がしい日常染みた光景を見るのは久しぶりな気がする。
気を張り詰めて、揚げ足を取られないか、と。《反転》が起こってからそういったことしか頭になかった気がする。
先生はぼんやりと眼前の光景を眩し気に、見つめていた。
「………………美味しいわね」
「ニコの手作り稲荷寿司は絶品だもの!」
「なんでクルミが自慢げなの……? これが料理下手くその顔ってやつ?」
「ここ数日、本当遠慮ないわね、オトギ!?」
リオはそのまま数個流れるように食べ、あのカヤでさえ、もぐもぐと食べているのだから、その味は推して知るべしなのだ。
全員が一致して絶賛というのは、ニコの料理の腕前の高さを示している。
先生もそのまま一口、二口、三口。口に入れて、飲み込んで。
確かに丁寧に刻まれた具材と油揚げの味付けの濃さといい、作り慣れている感が醸し出されている。
「うん、確かに美味しいね」
談笑しながら、各々これまでとこれからについて語り合った。
もぐもぐと咀嚼音。わちゃわちゃと会話音。
無論のこと、出会って数日の間柄である以上、腹を全て割って話したとは言わないけれど。
それでも、その場の空気に気まずいものはなく、きっと――温かい日常が戻ってきていたのだろう。
気がついたら、机の上にある稲荷寿司は全てなくなっていた。
身体が資本のFOX小隊は当然だが、リオやカヤもしっかり食べていたのが驚きだ。
食欲旺盛な若者、恐るべし。
そうして、ちょっとした懇親を含めた食事会は滞りなく、終了して。
――此処から先は、そうはならなかった話だ。
先生はそのまま、笑顔で。ちょっとトイレに行ってくるね、と席を外して。
笑顔を崩さず部屋から出て、歩いて、早く、歩いて。口元を抑え溢れ出ぬように。
そして、トイレで――全て吐いた。膝からがくりと崩れ落ち、口から漏れるのは胃液と少量の稲荷寿司。
身体が震える。息苦しさと小さな嗚咽。声は小さく抑えなければならない。
気づかれたら、言い訳が効かない。もう《取り戻せない》ということに生徒達が気づいてしまう。
演じ、騙し切った代償は暫くの嘔吐だ。甘んじてこの酷を受け入れる。
自らの首を締め、喉元で止まっている吐瀉物を無理やり押し流す。咳き込み、目を見開き、涙を流しながら。胃の中にあるモノが全てなくなるまで、吐き続けた。
大丈夫。いつも通り。まだ、吐ける。まだ苦しいと、思える。
「…………先生?」
そんな、明らかな異常を隠しきれなかったのは、先生自身、気が緩んでいたのかもしれない。
否、ここで責めるにはあまりにも拙い。
シャーレと違う場所だったからなのか、それとも、逃亡生活の疲れからなのか。
運命は、このまま見過ごされるという選択肢を提示しなかった。
見てはいけないものを見てしまった。
そう表情に張り付いた――――七度ユキノが、呆然と其処に立っていた。
先生は笑顔が消え、表情は何も無かった。鉄面皮も笑顔も。お互い被っていた仮面は崩れ落ちている。
「……っ! 毒物か!? 誰が盛った!」
「違う!」
呆然だったのは数瞬で、それからのユキノの動きは迅速だった。
彼が嘔吐しているということは毒物を盛られたか。しかし、あの大量の稲荷寿司から先生が食べるものだけをピックアップする神業など、不可能ではないか。
加えて、ニコがそんなことをするとは思えないが、今の先生が嘔吐で苦しんでいる理由は、と。
そこまで考えた時、先生の口から否定の言葉が返ってきた。強く縋るような、泣きそうな声色だった。
「…………違うんだ、大丈夫だから」
「その顔では説得力がありません」
何一つ大丈夫ではない顔で、先生は繰り返してそう告げる。
それは自分へと言い聞かせるように。これ以上、おかしくならないように。
霧散してしまいそうな正気を必死で掻き集めた、弱り切った姿だ。
「お願い。このことはユキノの中で留めてくれないか。他の隊員、カヤやリオ、誰にも言わないで欲しい」
「私がそれに従う理由は?」
「伝えた所で解決しないから。無闇に混乱を広げたくない……今は足並みを揃える段階だ。
変に配慮された所で、私が抱えているこれは解決しない」
連携は簡潔に。こんな状況であっても、彼の判断力は曇っていない。
ユキノも彼の言う言葉が正しいと理解できる。
だけど、このままでいいのか。見過ごすことで何かが深まっていかないか。
少し、懊悩するユキノを追いかけるように、先生は言葉を続ける。
「…………心理的な拒食症。そうなった理由は今の状況からして、察せれると思うけれど」
差別と迫害。排斥と憎悪。食物へと混ぜ込まれる悪意など、いくらでも思いつく。
何の変哲もない、酷く蔑まれた環境ではよくある話だ。
色々と任務の都合上、人の汚い部分も見てきたユキノは納得が早い。
嗚呼、それを踏まえて。ユキノでさえも眼前の大人への憐憫を湧き立たせる。
本当に《反転》という事象は――――――。だから、それを踏まえた上で、ユキノは言葉を投げかけた。
「理解しました。それでも、隠されるよりは……」
「言ったでしょ。明かした所で解決はしないし、皆に余計な重りを背負わせてしまう。
ユキノには――ごめん。私と一緒に背負ってくれないか」
「……先程は場を乱したくないから、無理をして食べたんですか。こういう《手作り》に辛い記憶がありながら」
「私一人が我慢して丸く収まるなら、それでいいよ。ネタバラシは然るべき時にしたらいい」
「それでこの様では、世話がないと思いますが。………………本当に」
吐いた弱音の裏に、更に弱音を隠して。生じる総ての責任と義務――十字架を己だけで背負いたがる。
悲しそうに笑う先生の姿に、ユキノはいつかの自分――今も続いているFOX小隊としての自分を幻視した。
「しばらく、此処にいます。まだ吐くのでしたら、見張りが必要でしょう?」
「恩に着るよ」
それからの数分間の沈黙は、不思議とそこまでしんどさを感じるものではなかった。
……いいや、ちょっとだけ、しんどい。
誰かが悪意無しで横にいてくれるという要素だけが、少しだけ心を落ち着かせてくれた。
次回
『与えられてしまった役割の片隅で/色褪せた青春の片隅で』