カスレアモンスターに転生した最強の俺は再び頂点を目指す! 作:サニキ リオ
風呂場で気を失って、目を覚ますとベッドの上にいた。隣には心配そうな表情を浮かべたアビィの姿があった。
「あっ、起きた?」
ベッドの横にはアビィが椅子に腰かけていた。
「ニャー、ニャルゥ……(あー、怠い……)」
まだ頭がクラクラするが、なんとか起き上がることはできた。
どうやら誰かが運んでくれたようだが、アビィ以外に誰もいないことに気がづいて辺りを見回すと、他のみんなも部屋の中で眠りについていた。レイナに関してはミサキを抱き枕にして寝ている始末である。
「みんな寝ちゃったよ。今日だけでもいろいろあったから疲れちゃったみたいだね。特にレイナは今まで大変だったろうし」
アビィは苦笑しながら、俺の頭を撫でてきた。何度も触れ合った恋人の手だからか、不思議と心地良く感じてしまう。
「チャガ選手の横槍が入っちゃったけど、本当にごめんね。あなたをひどく傷つけた」
「ニャンニャ、ニャン(俺の方こそ、ごめん)」
アビィは何も悪くない。悪いのは全て俺なのだ。勝手に裏切られたと絶望し、勝手にキレ散らかして、挙げ句の果てにこんな醜態まで晒してしまった。
「そんな顔しないでよ。もしかして、手のこと気にしてるの? それだったら大丈夫だよ」
アビィはひらひらと傷一つない手を見せてくる。
「ニャウ……(本当にごめん……)」
俺は無邪気に笑うアビィの顔を見ることができず、俯く。
「優しいんだね」
そんな俺に対してアビィは優しく微笑んでくれた。言葉は通じず、会話は噛み合わない。
「じゃあ、仲直りしよっか」
「ニャウ(わかった)」
それでも俺は素直に受け入れて、アビィへと身を寄せる。ああ、人間の身体じゃなことがもどかしい。
モンスターに転生して逆に良かったと自分を納得させていたが、そんな方便ではもう自分を騙すことはできなかった。
それからしばらくの間、お互い無言のまま時が流れた。
心地良い沈黙を破ったのはアビィの方だった。
「私ね。恋人がいるんだ」
まるで独り言のようにアビィが呟く。いや、実際独り言のつもりなのだろう。
「ケイム・ブライヤ。世界で一番強いミシカライザーで、誰よりも格好良くて強い人なの」
その口調はとても穏やかで、どこか嬉しそうだった。
「でも、本気で神剋を目指すようになってからケイムは変わっちゃった」
「っ!」
悲し気に目を伏せるアビィに、俺は息を呑んだ。
そんな俺の様子には構わず、アビィは独白を続ける。
「神剋になってからも、きっといろんなプレッシャーがあったんだと思う。表向きはファンに良い顔して体裁を保ったり、慣れないメディア露出も増えたりした。それでもケイムは勝ち続けるためにモンスターに厳しく、自分にもとことん厳しくなった」
そうでなければ勝ち続けらない。歴代の神剋のミシカライザーを見てそう思ったのだ。
モンスターからの信頼なんていらない。自分の楽しみなんていらない。必要なのは勝利という結果だった。
「昔は不利な状況もひっくり返しちゃうような無茶で魅せる戦いをする人だった。本人は博打打ちなんて自虐していたけど、あの頃のケイムはモンスター達と勝利の喜びを分かち合うような人だった」
アビィはそこで言葉を区切ると、無理に笑顔を浮かべて言った。
「どんなケイムでも私は彼が好き。だから、私だけは素の彼を肯定していたかったの。本当はレアモンスターも高いプレゼントもいらなかった。ただ一緒にいたかった……それだけで良かったのに」
「ニャウ……(アビィ……)」
俺は愚か者だ。アビィのことを理解ある彼女だと勝手に決めつけ、彼女の本心を知ろうともしなかった。
アビィならわかってくれる。そうやって俺は彼女の優しさに甘えていたのだ。
「実はね、さっき警察から連絡があったんだ」
「ニャッ!?(なんだって!?)」
まさか俺の死体が見つかったのか。驚いている俺を他所に、アビィは淡々と話を続けた。「彼、生命保険の受取人を私にしてたんだ」
どうやらニュースにはなっていないが、俺が行方不明になっていることに関しては着実に捜査が進んでいるらしい。
「ケイムが行方不明になって捜査を進めていく内に、生命保険の受取人が私になってることを突き止めたみたい。前はライターだからって取り付く島もなかったけど、これで信じてもらえたみたい」
自嘲するかのように力なく笑うと、アビィは声を震わせて続けた。
「ケイムとは恋人らしいことなんて全然できなかった。デートだって数えるくらいしかしてないし、キスだって自分からは全然してくれなかった。写真だって一緒に撮ったものは一枚だってない。警察の人や石版管理局の人が信じないのも当たり前だよね」
それはアビィがずっと溜め込んでいた想いだった。俺が見ようともしなかった、アビィが必死に押し殺してきた気持ちだ。
「大事なことは何も言わない癖に、こういうことはちゃっかりしてさぁ……!」
アビィは想いを吐露すると、嗚咽混じりに泣き出した。
俺は大粒の涙を流す彼女へかける言葉を、文字通り持ち合わせていなかった。
「スタメンから外した子を私に押し付けないでよ! 私のスマホはモンスター牧場じゃない!」
「ニャァン(ごめん)」
「会えなくてごめんじゃなくて、会いに来てよ! こっちがどれだけ我慢してるかも知らないで!」
「ニャァン(ごめん)」
「なんであの日来なかったの! 私、ずっと、ずっとずっと待ってたのに!」
「ニャァン(ごめん)」
「勝手にどっかいなくならないでよ! ただでさえ会えないのに、寂しいじゃんバカァァァ……!」
「ニャァン(ごめん)」
堰を切ったように溢れ出す感情の奔流は止まることを知らず、俺はひたすらアビィへの謝罪を繰り返した。
そして、アビィの膝の上に移ると、小さくなってしまった体で精一杯アビィを抱きしめた。
「慰めてくれるの? ありがとね」
アビィは俺の意図を理解してくれたのか、優しく頭を撫でてきた。
今の俺には恋人へ届く言葉を紡ぐことも敵わなかった。
それから、どれだけ時間が経っただろうか。
泣きつかれて眠ってしまったアビィに毛布をかけていると、後ろから声をかけられた。
「アビゲイル様があのように感情を剝き出しにするところは初めて見ました」
「ミサキ、起きてたのか」
「レイナ様が離してくれず、寝苦しかったものですから」
俺が視線を向けると、そこには困ったような表情を浮かべるミサキの姿があった。
泥のように眠っているレイナの方を見てみれば、ちょうどミサキがいた場所がぽっかり空いている。抱き枕状態からはなんとか脱出したようだ。
「どうですか、ご自分の愚かさで愛する人を傷つけた気分は?」
「お前、本当に良い性格してるよ」
「あなたに使役されていましたから」
皮肉を返すと、ミサキは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「これでわかったでしょう。仲間を切り捨て、恋人を傷つけるようなあなたのやり方を私は認めません」
「そう、だな。そう思うのが普通だ」
俺はどこか胸の奥に引っかかるものを感じながら、そう答えた。
「それでも、俺は神剋のミシカライザーだから……止まることはできない」
自分の進む道が大勢の者達を傷つけていようと、俺は足を止めることはできない。
「呆れた人ですね。いえ、もう人ではありませんでしたか」
石版大戦での勝利。それこそが俺に唯一残された道標だからだ。