TS転生、ただし人外   作:匿名TS

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鉄と緑

 ある日、僕らは死んだ。我ながら陳腐な書き出しだが、荒唐無稽な物事を語るにはいきなり叩き込むのはよろしくない。慣らしが必要だ、何事も。

 

「……しかしだ。まあ君も漸く事の次第を受け止められる様になったんじゃないかな?」

「今でもタチの悪い夢にならねえかって思ってるよ俺は」

「夢から覚めることを祈って崖から飛び降りる、それもアリかも知れないね。ただ僕が死ねるかどうかは怪しい所だけども」

 

 その日、僕らは生まれ変わった。自己啓発本を読んだ訳じゃない、誰かに諭された訳でもない、ただそのまま、僕らは死んで新たな生を手に入れた。望んだ訳でもないのに。

 

「そんな気にはなれねえな」

「そうだろう、君は博愛の精神を持っていたからね。見た目に反して」

「……うっせえ」

 

 目の前で目線を明後日の方へ向ける彼は、なんとも美しい。

 目の保養にぴったりな濃緑の滑らかな髪、翡翠の様に輝く瞳、端正な顔立ち。絶世の美女という言葉を誰かに捧げるとすれば、彼に捧げるのが正しいとすら思える。

 

 ただ、その姿には幾らかの異形が混じっている。

 胴体から顔にかけては人そのもの、しかし頭の髪飾りの様にも見える花は頭皮から生えているし、手先は緑色をして、足の先は木の幹の様な質感である。

 

「ドライアド、或いはアルラウネ。僕がモンスター図鑑を読んだ限りでは君はそのどちらかだと思うんだ」

「俺がそのドライバーだかアルカポネだが知らねえが、そいつだったからって何になるんだよ」

「君は僕よりパッと見は人に近い。きっと君の方が広く受け入れられる筈だ。この世界、亜人なる人種は存在していても完璧に共存しているとは言い難いからね、ファーストコンタクトは大事にしたい。そしてドライアドとアルラウネはどの図鑑にもとびきりの美人とか、守ってあげたくなる様な美少女とある。つまり、それらの種族に属する君の美貌はこの世界に通用する筈だ」

「美人やら美少女やら……ったく気持ち悪りぃ」

「ははぁ、もしかして君はもう経験したのかい? ああ、だから()()()()()()に身を隠したのか、ただ余り隠れている様には見えないけど」

「狭苦しいのは嫌なんだよ」

 

 僕らが生まれ変わってから、暫く経っていた。僕も彼も、種族の特性故か、人の言葉を生まれながらに解せる事は何よりも幸運だった。手足を隠せば彼が活動するには問題なく、僕もローブを着込みフードを被れば活動出来た。

 

 そうして僕らは生活基盤の足掛かりを作り、今こうして談笑するに至る。右も左も分からない状態じゃこんな穏やかには居られない。

 

 今、僕らは地方で素性を隠しながら経験を積み、都会──王都で更に上を目指そうとしていた。ただ彼は今の身体がお気に召さないそうで、早く男に戻りたいと言う。僕は、正直言ってあまり変わりがないものだから、どちらでも構わないというのが本音だ。

 

「誰が見ず知らずの奴のオカズになるかよ」

「そうだね。ただ君を見ていると、この冷たい身体にも得体の知れない熱が込み上げる様な気がする時がある。予想するに、君には種族由来の魅了の力もありそうだ」

「げぇ、お前までおかしくなったら、俺はお前を正気に戻るまで殴り倒すからな?」

「その時はお手柔らかに頼むよ」

「ならないって言えよバカ野郎」

 

 翡翠の瞳を不機嫌そうに吊り上げ不満げに睨む彼。可愛らしいものだ。

 

 彼の飾り気の無い態度は非常に好ましい。ただ、今の美貌と合わさるとやや悪質だ。地方には彼を想って今も剣を振るう青年が居たりもする、何なら年頃の少女の初恋を盗む有様だった。都市ともなれば垢抜けた都会人達も居て、そう目立つ事はないなんて希望的観測を抱いてはいるが、実際の所はどうか、呆れ半分興味半分だ。

 

「さあ、そろそろ踏ん切りがついたんじゃないかい? 萌黄(もえぎ)君」

「あ〜嫌だ。帰りてえ」

「知名度を上げれば情報を集めやすい筈だ。君の目的の助けにもなるだろう」

「お前だけ有名になるってのはどうだ、白鉄(しろがね)

 

 確かに。手をポンと叩いて肯首する。僕の外見も彼と同じ位には奇天烈だ。

 

 発光するサファイアの様な瞳、白く艶めき人肌の様に柔らかい鋼鉄の肌、全身を走り薄く発光する空色のエナジーライン。ファンタジーには似つかわしくない、ロボットの様な外観である。ただ、身体のラインは女性的な丸みを帯びている為、厳しさは抑え目だ。

 

「確かに、僕が広告塔になるのも一つの選択だね。けど、僕の姿は周りからどう受け止められるかまだ未知数だ。鼻も口も無い半分のっぺらぼうの僕に警戒心を抱く者も現れるかも知れない」

「そうか? 別にそこまで変じゃねえだろ」

「世界が変われば常識から疑わざるを得ないと僕は思うよ」

 

 場当たりな言葉ではぐらかすと、やがて彼も渋々ながらに納得の表情を見せる。彼は言動とは裏腹に押しに弱いタイプだった。それは生まれ変わっても変わらず。

 

「大丈夫、僕も一緒なのは変わらない。ただ、君の従者……というよりは、君に付き従うゴーレムって設定で動くだけさ」

 

 これも僕らが最初にたどり着いた場所で得た知識だ。ゴーレムは魔法によって作られた人工金属生命体、作成者に従い奉仕する。一歩引いてカーテシー、彼はそれを見てため息をついた。

 

「……はぁ、やるしかねえか」

「そうだね。取り敢えず、冒険者ギルドに行ってみよう」

 

 差し詰め彼がご主人で、僕は従者。先導すべきか3歩後ろを歩くべきか悩んでいると、彼が痺れを切らし僕の手を掴み引きずり始めた。

 

「早く行くぞ」

「ああ待ってくれ、僕は従者としての立ち振る舞いを考えて……」

「考えたって仕方ねえだろそんなもん行くぞ」

「おわわわ……」

 

 そうしてやって来たのが、ここ王都の懐剣──冒険者ギルドである。

 

 陽が当たり、白塗りの壁が宝石めいて輝いている。冒険者ギルドと看板が掲げられていなければ、高級な宿屋か何かと勘違いしてしまいそうだ。

 

 一癖二癖あるキワモノ揃いの伏魔殿、普通の冒険者ギルドに対しての一般的な評価だが、人の集うこの地の冒険者ギルドは如何なるものか。正直、胸の高鳴りが抑えられない。高鳴る心臓は無いが。

 

 熱烈歓迎と言わんばかりに大きく開かれた扉、その奥が人で賑わっているのが通りからでも伝わってくる。

 

「……むさ苦しいな、おい」

「千里の道も一歩から、行ってみようじゃないか」

 

 

 

〉──────────〈

 

 

 

 陽の光とはまた違う、静かに広がる白の光。

 その下で、1人の少年が腹を抱えて蹲っていた。

 

 周囲の人間は嘲笑、憐憫、無関心。

 

「お前、もう要らない、出てけ出てけ、出てけよ」

「……っ」

 

 1人の男が、顔を酒精で赤くしながらくだを巻く。少年は、腹に重い一撃を貰っていた。

 

 込み上げる痛みと吐き気に耐えながら、少年は白目を剥く勢いで真上を見て、ぐるりと身体を回す。

 ダン。床を打ち鳴らしたのは今しがた振り下ろしたブーツによるもの。踏み抜いた位置は、先程まで少年の頭があった位置である。

 

 少年の額に冷や汗が滲む。そんな事も気にせず、男はつらつらと語る。

 

「居るんだよ。お前みたいに才能ある奴に感化されて夢見るひっつき虫が」

 

 少年には幼馴染が居た。剣の才能に溢れた少女だ。勝ち気で不屈、その才を活かして王都で一旗上げると少年を引きずってやって来た。

 

 だが、少年はまるでその世界について行けていなかった。

 

 それは彼が入ったパーティが戦闘能力を重視し、それが十分に活かされる依頼ばかりをこなすパーティだった為でもある。ただ、少女は少年と共に居る事が当たり前と思っていて、少年もそれに従っていた。子供らしい傲慢さと無垢な恭順の関係だ。

 

 元いた場所では通じた。ただ、ここではそれが通じなかっただけ。それだけである。

 

 男は酒に曇った脳の胡乱な命令に従うまま、暴力で以て彼を追い出そうとしている。周りはまだ傍観を決め込んでいた。この様な事は度々起きるもので、そこから始まる決闘や乱闘は荒くれの多い冒険者達にとっては丁度いい見せ物でしかない。

 

 その中でも温厚な者らは止めるか否か逡巡するが、そうした者達は決まって後方支援を得意とする様な者達。酒に酔った男が暴れた時、止められる程の武力があるかどうかは定かでない、寧ろ自らが怪我を負いかねない。故に躊躇っていた。

 

 少年は拳をきつく握り、ただ歯を食いしばっていた。

 

 彼に自覚はあった。いつかそんな日が来るのだろうと、心のどこかで思っていたのか、悲観すらなかった。彼にとっては今まで少年を振り回して来た少女に別れを告げるチャンスでもあるだろう。

 

 しかし、いざその日が来た時。彼は納得出来なかった。

 何に納得出来なかったのか、それは少年には分からなかった。

 

「……」

 

 気付けば、少年は無言で立ち上がり男を見据えていた。

 周りは、いよいよ始まるかと息巻いた。

 

 その熱気に当てられてか、男のボルテージも上がる。座っていた椅子をガタンと倒しながら立ち上がった姿は、少年の何倍もある。

 

「何だその目は!」

 

 男が拳を振り上げた。少年は、ただ踏ん張ろうと覚悟した。

 

 拳が断頭台の如く振り下ろされ──

 

 ──パン! 

 

 

 

 乾いた音が響く。

 痛みを覚悟した少年は、来るはずのそれが来ないことに違和感を覚え、反射的に閉じていた目をゆっくりと開く。

 

「来て早々これかよ、治安悪ぃな」

 

 鈴の音の様に澄んだ声が紡ぐ荒んだ口調。誰もが一瞬、耳を疑った。

 

 周囲の人垣をすり抜け飛び出したのは1人の女。木製の籠手で男の拳を受け止めていた。華奢な身体はまるで大樹のごとく、今なお力を込められた拳を微動だにせず握り続けている。

 

「……おい、立てるか?」

「あ、はい!」

 

 目の前の男には興味が無いという風に拳を止めたまま少年に向き直る女──萌黄は、気の抜けた少年を心配してか、何の気無しに顔を近付ける。

 

「ほんとかぁ?」

「だっ大丈夫ですから!」

 

 顔を赤くしながらも勢いよく立ち上がる少年を見て、まあ大丈夫なのだろうと納得した萌黄は、背後に迫るもう一つの拳を首を傾けただけで回避した。

 

「所で、おっさんは何しようとしてたんだ?」

「何はこっちのセリフだ! テメェこそ何しに来やがった」

「おっさんがダサい真似してるから親切心出して止めに来てやったんだよこっちは」

 

 萌黄はこう言っている。

『無様を晒すお前を止めに来た』と。

 その意図を理解した男は更に苛立ち、火に薪を焚べるようにテーブルの上の酒を呷り、ジョッキを目の前の女に向かって投げつける。

 

 萌黄はそれをひらりとかわしすかさず指先で招く煽りのジェスチャーを見せる。とすれば男にはもう、女しか見えない。煽りに乗せられ、目を真っ赤にして、男は腰に佩く剣を抜き──

 

「お、あ……?」

 

 ──放つ前に、男は地面に倒れ伏していた。

 

 萌黄は、何かを察した様に人垣へ目を向ける。そこにはローブの下から銃口を覗かせるゴーレム──白鉄の姿があった。

 白鉄の握る銃からは、殺意も音も硝煙も発していない。その銃がただの銃でないが故に、誰も気付いていない。

 

「……ぐぅ」

「あ〜あ、酒が回って酔い潰れたか」

 

 ともかく、男は既に夢の中。あの銃によるものだ。萌黄は適当な言葉を投げ、観客を散らそうとする。だが見誤ったのは、自らの外見についてだ。

 

 観客からすれば、見知らぬ美少女が啖呵を切って現れた。男への注目より、萌黄個人への注目が既に優っていたのだ。

 

「嬢ちゃん! どこから来たんだ?」

「俺たちのパーティに入っ」

「いきなり言ったら引かれるだろ! ここは食事にでも誘って……」

 

「ちょっ? 何だよお前ら!?」

 

 彼は人の群れに呑まれていく。身動き取れない中、何とか抜け出そうと試みるが、それは困難を極めた。白鉄の助けも届きそうにない。

 

 その時、彼の手を誰かが強く引き込んだ。

 

「うぉっ?!」

「こっちです!」

 

 人の群れの下、彼と視線を合わせたのは先の少年であった。少年は群れの隙間を見つけ、彼をエスコートしていく。

 

 そうして──

 

 

 

「……酷え目に遭った」

「クエストに出向く前から疲労困憊だね。全く君は後先を考えない」

「気を悪くなる光景を見るのが嫌なんだよ」

「余計なお世話だったかも知れないじゃないか。そこはどうなのかな、君は?」

「い、いえっ、助かりました!」

 

 ひっそりとした路地の上、姦しくしていた彼ら。ギルドから抜け出した3人はほとぼりが冷めるまで待とうと考えていた。

 

 薄暗い中、煌々とした青の瞳が少年に向けられる。その姿を見る。

 

 ゆったりとしたコート、腰巻かれたベルトにはいくつかポーチが付いている。日常生活で使う様なメガネを掛けている為、白鉄は前線で戦う様なタイプではないと判断した。

 

 フードに隠されているとは言え、目は光っている。視線に気付いてしまった少年はやや困惑していた。

 

「……何か、付いてますか?」

「いえ、丁度良いな、と」

「はい?」

 

 白鉄は考える。せっかく待ち時間が出来たのだから、この街を観光するのも悪くはない、と。

 

「実の所、僕たちは田舎者で右も左も分からない身でして。そこで君に街の案内を頼もうかと、流石に今からギルドに行くと、また騒ぎになりそうですし」

「僕が、ですか? 別に構いませんが……」

「なんか悪いな」

「いえ、助けられたんですから、このくらいなんて事ないですよ」

 

 萌黄は白鉄の提案を快諾した少年に気を良くして、少年の肩に腕を回す。自らの姿を気にすることもなく。

 

「ひょえっ?!」

「じゃ、道案内頼むぜ」

 

 さして厚くない服の向こうにあるはち切れんばかりの胸が無意識に彼の側頭部に押し当てられる。静かなる性の暴力により、少年の意識は一瞬飛んだ。

 

「がががががんばります!?」

「……少々荷が重かったかな」

「じゃ、行くぞ」

 

 再起動した彼の様子は、側から見ても異常ではあったが、白鉄は心の中で静かに謝り、尚も肩を組みながら歩こうとする距離感が壊れている友人の背中を追うことにした。

 

 ──そんな姿を遠巻きに見つめる人影を感知しながらも。

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