窓の外は真っ黒だった。すでに夜である。
桑山千雪は寮の自室でラジオをつけた。スマホのアプリではない、楽曲のサブスクが浸透しているというのに相応しくないCDプレイヤーの1機能である。
《――うんうん、たしかにそれは気になるね。確かに同じ部活の子が一人だけ仲間外れになっているというのは問題だ》
確かこの時間帯は学生向けのラジオ番組が放送されている。内容にはあまり注意を向けずに彼女はシャグと呼ばれる巻き煙草の葉を2種類とローラー、フィルターを取り出した。
白色の包装に入っていたシャグを取り出し切り吹きで湿らせると揉み解す。赤色の包装に入っていたものも同様にして、混ぜ合わせる。
《まずは君自身が行動すること。僕は何もできないからさ》
巻き紙をローラーにセットしフィルターを入れて、巻く。
《君自身が積極的に声掛けをするというのはどうかな?もちろん、君の仲間と一緒に、というのが理想なんだろうけど》
その後シャグをローラーにセットし、巻く。
《それでも今の状況が改善されないというのなら最終手段として年長者を頼るというのはどうかな。まーあんまり推奨できないけどね》
はみ出た巻き紙の端を千雪は舌で舐め、湿らせて糊付けした。ローラーから1本の巻きたばこが取り出される。
《僕としては君が仲間はずれに対して何か行動をしようとしたのは嬉しいよ。その勇気をもって行動を継続して欲しいな》
千雪はラジオの音声を聞きながら巻きタバコを黙々と作り続ける。1週間のうちの一夜で行われる、彼女のルーチンワークだ。
*
283プロがある建物の屋上は283プロが所有、管理している。一時期は一階のテナントと共有スペースにしていたが、283プロしか使わないため結局現在の管理体制となってしまった。
町の様子が一望できるというわけでもない高さの屋上に千雪は一人で訪れていた。
283プロのキュート担当のアルストロメリアのメンバーが煙草を吸っていると聞いたらファンはどう思うのか、と彼女自身も考えていたが喫煙を辞めようと考えたことは無い。
煙草にライターで火をつける。肺に煙を落として息を吐いた。彼女好みに配合した雑貨屋時代から続くブレンド。
「――ん?桑山か」
「……社長」
灰皿を出そうか、と考えたが手で制される。社長も懐から煙草を取り出して火を付ける。
「桑山は手巻だったよな。珍しい」
「珍しいので、あまり見かけないんですよね。だから通販に頼るしかないんですけど……」
「私のは……いや、いい」
少なくとも私のアイドルプロデュース方針には反するな、とため息とともに社長は紫煙を吐き出す。
「プロデューサーは何も言っていないのか」
「はい。はづ――はづきさんは嫌がるんですけど、プロデューサーさんからは何も……ただ車内では吸わないようにとしか。ユニットのみんなは……最近は何も」
「なるほど」
その言葉に社長は特に反応を示さなかった。
「社長は私に禁煙するように言わないんですか?」
「いや、普段の様子から鑑みるに周囲に人がいるような環境で吸ったりはしないんだろう。それにアイドルのプロデュースはすべてプロデューサーに一任しているからな。私からは何も言わない。それに、愛煙家の私がそう説いても何の説得力もないだろう」
説得するつもりはないがたしなめるつもりではある、といった感じで彼は紫煙と共に吐いた。風が煙を明後日の方向に運ぶ。
「――どうして桑山は煙草を吸い始めたんだ?」
社長の一言に眉を少し上げる。
世間話のつもり、だろうか。
「……中学の時に『×××』っていう映画を見まして。それに少しだけ出ていた女優さんがタバコを吸っていて、そこから――ですかね」
「その映画は初耳だな」
「ネットでの評価も悪くってサブスク配信もされていない、そんな映画です。今では吹き替えもされていないDVDしか見る手段がないんですよ」
「ほう、洋画なのか。私は職業柄か邦画ばかり見るからな」
「私はむしろ邦画のほうが見ないですね」
「邦画といっても昔の任侠ものばかりだが。最近の恋愛映画は――なんというか、よく分からん。最近はやっている『壁ドン』というものは、あれは何が良いんだろうな?」
「微妙に古いですよ。……10年前ぐらいかと」
「……流行は早いな」
時代の流れを噛みしめるように社長は煙草を吸った。千雪もそれに倣って、咥える。
「……はづきはなんて言っている」
「え?」
「煙草のことだ。私にはいつも辞めるように言い聞かせる。最近では箱を見るだけでも反応するようになった」
取り出した携帯灰皿に灰を落としながら社長は愚痴を言うかのように千雪に聞いた。
「あー……私はシガレットケースを使うので見咎められることはないのですが、一緒に飲みに行ったときは文句を言われますね。『かわいい服にタバコの臭いが付くでしょ~、だからヤニなんて吸わずに一緒に酒を飲もうよ~』って」
「――あいつはプライベートだとそんな風に友人に甘えるのか」
「えっ、あっ、えっと……はづきさんには言わないでください……」
「心得ている。怒り出したあいつは怖いからな」
その言葉を聞き、千雪は社長とはづきの関係の長さを思い出した。確かはづきが幼少期の時から……という話は聞いている。
「きっと社長さんが早死にするのが嫌なんですよ」
「だと良いのだが」
ふと、社長がなにか遠い目をして煙草を吸った。
「失うのはもう嫌ってことか……」
「何か言いました?」
「あぁ……いや、何でもない。――少し、あいつの昔と未来のことを考えていただけだ。私が早死にしたら、一体はづきになんて言われるんだろうな」
そんなことを言う社長の姿は千雪の目から見ても少し弱々しげで、まるで七草はづきを自分のことがきっかけで悲しませたくないように見えた。
「禁煙、します?私も親友に泣かれるのはイヤなので」
「ふっ……禁煙はすでに何度も試したさ。――そういえば最初の禁煙は小学生のはづきに煙草の臭いが嫌がられたからだったな。私のタバコの匂いは、キツイらしい」
「お互い、人泣かせですね」
「なに、はづきが――いや、はづきよりも長生きすればいい話だ。私はともかく、君はまだ可能性があるだろう」
と、そこで社長は灰皿に煙草を押し付け火を消した。
「すまないな。老人の世間話に付き合ってもらって」
「いえいえ!そんなことは無いですよ」
「これからもはづきの良き長き友人であってくれ」
「言われなくても」
その言葉を聞き満足そうに退出する社長の後ろ姿を見て、そして自分が吸っていた煙草が大分短くなっていることに気づいた。どうやら世間話に気を使いすぎて、煙草の管理をし損なったようだ。
――私が早く死んだら、はづきは泣くのかな。
そういえば今まで彼女がゆったり微笑んでいるさまは何度も見てきたが、その奥にある悲しみといった激情を見たことは無かった気がする。自分はライブ後に感極まったりするとき等もあって見られまくっているのに。
そんなことを思いながら、煙草の火を消した。口の中にはバニラの甘い臭いが後味としてまとわりついていた。
昔書いた作品です。