出奔貴族と追放令嬢   作:本大

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◇ある日の執務室の国王と文官◇

 アイヒュン王国。国王の執務室に二人の男。

 

「聖女様はどうなさっておる」

 

 重厚な執務机で書類に署名作業を行う国王が、別の執務机で書類作業中の文官に声をかける。

 

「学園には変わらず通っているようです。授業態度も問題なく成績も悪くないご様子。授業を離れると社交や交遊ではどこか上の空のようですが、体調に問題は無しと報告書に記載があります。

 また学園の御令嬢の方々との交流は良好のようですが、貴族子息の方々との交流は少ないご様子。休日には教会へ通い祈りを捧げ、教会の奉仕活動にも参加されているようです」

 

 文官が聖女関連の報告書を確認し返答するが、国王は若干眉を寄せるだけだ。

 

「……ベルンハルトはどうした」

 

 文官が使用している席は本来宰相の席であり、文官は宰相直々に代理を任されている。

 筆頭文官をしている優秀な男だ。

 

「宰相閣下はスピラ公爵閣下及び派閥貴族の挙兵に対応するため、(みずか)ら公爵閣下の元へ直接足を運び、説得及び交渉に当たっております」

 

 文官は、

 

「え。それ聞くの? 先日入室伺いしたときに言ったよ? まさかその歳で耄碌(もうろく)してんのか? 宰相閣下がお前の尻拭(しりぬぐ)いで、どれだけ御苦労されているのかわかってねぇな? 王国宰相の居場所と状況知らないとか大丈夫かこいつ。危機意識が皆無(かいむ)かよ。せめて宰相閣下の状況くらいは把握していろバカヤロー!」

 

という内心を尾首(おくび)にも出さずに返答。

 

「進捗はどうなっておる。内戦に発展するか?」

 

 そんな文官の内心など(つゆ)知らず、国王は内戦を危惧(きぐ)しているようだ。

 

「宰相閣下からの最新の報告では、内戦に発展するかは五分五分のようで非常に慎重な交渉が必要であると記載があります。

 スピラ公爵閣下及び派閥貴族の怒りは凄まじく、交渉は困難を極めており命をかけて内戦阻止に動いている。と報告書にあります。……力及ばず阻止できなければ、宰相の位を辞するとも。

 スピラ公爵閣下及び派閥貴族も宰相閣下の御覚悟を察してか交渉には(のぞ)むものの、宰相閣下以外の王宮関係者や派閥外貴族との交渉は一切断っているご様子。

 宰相閣下からは、『慎重な交渉と行動が求められるためスピラ公爵閣下及び派閥貴族を刺激しないように』と、王宮各部署及び各貴族家に通達がなされております」

 

 文官は、

 

「はぁ使えねぇ。ホントこいつ使えねぇ。王には王の仕事があるとはいえ、下級文官の方が仕事出来るんじゃねぇか? 公爵閣下も御令嬢も宰相閣下もお可哀想に。こいつに執政任せていたら一年持たずに国が滅ぶんじゃねぇか? 公爵閣下か宰相閣下が国王になんねぇかな」

 

という危険な内心を、全く見せることなく返答。

 

「そうか。スピラにも困ったものだ。王太子含め聖女様の周囲は?」

 

 国王は尚も訊ねるが執務が止まっている。

 だからこの文官に内心で、「使えない」と思われてしまうのだ。

 

「王太子殿下、剣聖嫡男、ツベイ王国第二王子殿下が最も聖女様に近しいとされており、他の貴族嫡男に挽回の目はないだろうと報告書には。交流の多い御令嬢の方々とは特筆するような揉め事などは起きておらず、関係は良好とあります。また、社交や交遊関係が聖女様を(わずら)わせないよう、在学中の宰相閣下のご子息が折衷(せっちゅう)奔走(ほんそう)しているようです」

 

 文官は、

 

「お前が! 聖女様を! 学園に! 放り込むなんて! 暴挙に出たから! 内戦が起きそうになってんだよ! 何が困っただよ。お前に困ってんだよ。戦時並みの仕事量になってんだから、ヤバイと気が付けよ。箝口令(かんこうれい)だけで事態が収まるわけねぇだろ常識的に考えて。お前の頭はお花畑か!

 全方位頭がお花畑の連中の相手をさせられて、聖女様も宰相閣下のご子息も可哀想に。それにしても宰相閣下のご子息は十代とは思えないほど優秀だなぁ。うちの部署に欲しいなぁ」

 

という内心をやはり全く表に出さず、書類仕事の手も常に動いている。かなり優秀な男だ。

 

 そして、ベルンハルト侯爵家の四男。

 カイン・フォン・ベルンハルト。

 

 今年十七才になる彼はまだ二年以上は学園に在学するのだが、就職先の内定が一つ出来た。

 本人の知らぬ所で内定先が出来るのは、七つ目である。

 優秀な弟の活躍を知ったならば、すでに国外に出ているロルフは満面の笑みを浮かべるだろう。

 

 この国王も賢王(けんおう)ではないが、決して暴君(ぼうくん)愚王(ぐおう)の類いではない。

 長所は少ないが短所も少ない、普通の王なのだ。

 国王としての威厳もあり、国のことを考えられる良い王なのだ。

 

 平時ならば。

 

 普通であったがために、

 

「息子と聖女様が結ばれれば我が国には最上じゃね? 聖女様を王妃に迎えることが出来れば、我が国の次代は安泰が神から約束される。国力も上がって王族の権威も増すな」

 

と、リスクを勘案(かんあん)することなく一国の国王としては普通の欲を求め、早急(さっきゅう)に動いてしまった。

 

 宰相には慎重にと(いさ)められたが、自国に聖女が現れ舞い上がり、多数の上級貴族が国王を後押ししたため有頂天(うちょうてん)になってしまったのだ。

 

 国王の頭もお花畑になっていた。

 

 本来は聖女が心穏やかに生を(まっと)う出来るよう、聖女の意見を聞きつつ真綿(まわた)でくるむように大切にして、しかるべき保護をしなければいけなかった。

 

 しかし、あろうことか国王は聖女を巡って政争を起こしてしまったのだ。

 本来は自身を盾にしてでも聖女を守り、政争を静めるべきである国王がである。

 

 再び無言で執務に戻る国王と文官。

 

 室内は書類を(めく)る紙の()れる音と、ペンを走らせる音だけが微かに聞こえる静かな空間となった。

 

 しかし、文官の内心は荒れ狂っていた。

 

 文官は、

 

「いや何か言えよ。今後の方針を示すとか指示を出すとか、なんかあるじゃん。それを無言て。無言てお前。おれは宰相閣下じゃないんだから、今、下に方針を示すことが出来るのはお前だけなんだよ。貴族の当主でも無い文官風情が王に意見出来ないって知ってる? ねぇ知ってる? 無いわぁ。ホント無いわぁ。

 しかも、こいつ内戦のことより聖女様の動向に意識が行ってるじゃん。やべぇだろ。内戦だぞ。内戦。内戦って戦争だって知ってる? 国家の危機だって知ってる? ぼくちゃんしってまちゅかぁ? 宰相閣下は良くこんなのと仕事して我が国を運営なさっているなぁ。本当にすごい方だ。ご子息も優秀だし。

 もし宰相閣下が公爵閣下と結託して王家簒奪でも計画してくれたなら、王宮抜けて絶対に宰相閣下につくのになぁ。結託してくれないかなぁ。公爵閣下を頭にして王家簒奪してくれないかなぁ」

 

などと、少しでも思考が表に出れば一瞬で首が飛ぶような危険な妄想をしている。

 

 あろうことか国王の執務室、国王本人の眼前で、王家簒奪計画の妄想を繰り広げながら書類仕事を進めている。

 

 この文官、あり得ないほど(きも)が太い。心臓が鋼鉄で出来ているのか。

 

 ベルンハルト宰相とスピラ公爵が文官の内心を知ったならば、「予知でも出来るのか!?」と目を見開いて驚愕(きょうがく)することだろう。

 

 誰にも知られずに、王国でも最優の筆頭文官が宰相と公爵の陣営につくことが決定した。

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